第35話 白金百合華の冒険⑥
口のきけない男、ウィロウ。
白金百合華に向けて背後から毒入りの吹き矢を飛ばしたため、彼女から激昂された男だ。
彼はハンターとしてモンスター討伐に参加した際、運悪くチームが瓦解し、自分を残して全滅してしまった。
辛くも死地から脱出したウィロウだったが、その時のショックで言葉を発することができなくなり、行き場を失って森をさまよっていたところをエルム達に拾われた。
彼は言葉を失う代わりに、男性としては類まれな気配感知能力を身につけることができた。その能力のおかげで全滅チームの中から一人だけ助かることができたのだ。盗賊仲間の中でも兎などを狩るのは彼の担当だった。
そして、今もこうして、恐ろしい気配がひしめく地下城の中を、敵に見つからないよう避けながら無事に降りてくることができた。
彼は、いったい何をしに、ここに来たのか。
盗賊のアジトとしていた塔の頂上部分で、彼はそこにいるべき人物がいないことに愕然とし、まずは外を探し回った。だが、外にはその人物の気配を全く感じないことから、地下にいると判断し、自分も降りてきたのだ。
白金百合華とシャクヤは、そのウィロウを追った。
ウィロウは走っては立ち止まり、走っては立ち止まり、何かを確認するように曲がり角を曲がっていく。そして、地下への階段を発見して、降りて行ってしまった。
「え、あいつ、まだ下に降りるの?」
「ど、どう致しましょう」
「面倒臭いことになったわねぇ……ん?この下……人がいるわ」
「え」
「あいつの他に人が1人」
「もしかして、そのお方を探して降りて来られたのでしょうか」
「そうかもしれないわね。私たちとしても、あいつに道を聞くのが一番早いんだから、行くしかないわ」
「はい」
下の階、本来なら城の地下になるが、そこに降りると陰鬱な雰囲気の廊下が続いていた。
「この先に2体、ヤバいのがいるわ。それにしてもあのウィロウって男、なかなかやるわね。敵に見つからずに向こう側まで走って行ってる。そうやってここまで来たんだ」
「わたくしはどう致しましょう」
「シャクヤちゃんは見ていればいいわ。私にとっては問題ない相手だから。ちょっとここで待ってて」
「はい」
百合華はシャクヤを置いて通路の先に超スピードで走った。
(こんな狭いところで攻撃されたら、シャクヤちゃんを巻き込みかねないもんね)
シャクヤの明かりが無いため暗闇の中だが、2体の気配を察知して、瞬く間に殴り倒した。
その先の方には、壁の隙間から光が漏れ出しているのが見える。
「シャクヤちゃん、もういいわよ」
シャクヤが追いついてくると、明かりによって倒したモンスターの姿を捉えることができた。2体とも複数のモンスターが合成された姿であった。
「こ、これはなんでございましょうか?こんな恐ろしい姿のモンスター、初めて拝見しましたわ」
さすがのシャクヤも動揺している。
「森で会ったヤツとは形が違うけど合成獣キメラだわ」
「キメラ……と言うのですか?」
「えっと、私がいた国では……その……お話によく出てくるのよ。こういう、モンスターとモンスターを合成したモンスターが」
「そんな……いくらモンスターと言えど、生命の倫理に反すると思います」
「こんなことするヤツに心当たりなんてない?」
「このような恐ろしいことができるのは、おそらく魔族だと思いますわ」
「やっぱりそうなのね」
「お姉様は、他にも気配がするとおっしゃっておられましたね?」
「うん。上の階には、こんなのがウジャウジャいるわ」
「ということは、ここは魔族の実験場なのかもしれませんわ。わたくし達はとんでもないところに来てしまったようでございますね」
「そうね。じゃ、そこの明かりの先にウィロウがいるから、早く連れて帰りましょう」
明かりが漏れ出ているのは部屋の扉であった。
百合華は中の気配を確かめながら、その扉を開ける。
そこは、異臭の漂う研究室のような部屋であった。
この部屋だけ明かりが灯されていたのだ。
部屋の住人は今は留守のようだ。
机の上には実験器具のようなものが多数置かれている。本や資料は整理整頓されて綺麗に並んでいるが、いくつかは散乱しており、床に転がり落ちているものもある。
奥には別の部屋が続いており、その方向から声が聞こえた。
「あっ、あああぅあぁぁぁああ」
ウィロウの声だ。
すると、別の声が答えた。
「あんた、来てくれたのかい!」
女性の声である。
百合華はそちらに向かった。
そこには、ウィロウの他、みすぼらしい格好の女性がいた。
鎖と鉄球による足枷が右足に付けられており、簡単に逃げられないようにされている。ウィロウは彼女の足枷を外そうとしているが、鍵が無ければ外せないであろう。
「あなた、魔族に連れてこられたの?」
「た、助けてください!助けてください!」
百合華が話しかけると女性は震えた声で助けを求めた。気が動転しており、それ以外の言葉を忘れてしまったかのようだ。
「ウィロウ、って言ったわね。ちょっとどいて」
ウィロウに下がらせて、百合華は足枷を両手で掴み、左右に引っ張る。鉄製の足枷がバキッと2つに割れた。
「えっ」
「もう大丈夫よ。ここから逃げましょう」
足枷をあっさり破壊した百合華に女性は一瞬戸惑ったが、束縛から解放されたのだとわかると百合華に抱きついた。
「あ、あぁぁああ!」
声にならない声で嗚咽する女性。
と思った瞬間であった。
ドスッ
「うっ!」
百合華が呻いた。
女性が抱きついた瞬間に持っていた刃物を百合華の腹部に突き立てたのだ。
床に血が一滴ずつポタッポタッと落ちた。
「え、お姉様?」
異変に気づいたシャクヤが駆け寄った。
女性は百合華の胸に飛び込んだまま全く動かず、ただガクガクと震えている。
ところが、心配するシャクヤに向かって、百合華は唇に人差し指をつけて合図した。
「しっ」
「えっ……」
シャクヤがよく目を凝らすと短刀が刺された腹部は赤くなっていない。
血が出ているのは、女性の手であった。
「可哀想に。脅されてやったのよね?魔族かしら?このまま、じっとしててね。今、見られているから」
百合華は女性に小声で告げた。
それを聞いて女性は震えたまま小さく頷いた。
「震えた手で慣れないことをするもんだから、自分の手が傷ついちゃってるじゃない。私のことは大丈夫よ。これくらいじゃ傷もつかないから。いい?これから私、やられたフリをして倒れるから、あなたは私を殺した感じで立っていて」
そう言った百合華は、そのまま床に倒れ伏した。
「う……うぅ……」
女性は短刀から手を放し、震えながら身動きせずにいた。横で聞いていたシャクヤが演技に乗っかる。
「お、お姉様!お姉様ぁっ!!」
意外なことに迫真の演技だった。
すると、さらに奥にあるもう一つの部屋から、不気味な声が聞こえてきた。
「ンフ、ンフ、ンフフフフフフ」
不快感のある笑い声とともに部屋の陰から、異形のヒトが現れた。
その場にいる全員が恐怖で動くこともできない。
「よ、よよ、よよよ、よくぞやってくれましたよ、あなた!その恐ろしい人間を殺ってくれるなんて大功労賞です!や、約束どおり、死ぬような実験はしないであげましょう!」
姿を現したのは、二本の角が生えた青白い肌の男だった。
タキシードのようなキッチリした服装をしているが、逆にそれが不気味な容姿を際立たせている。
背が高く痩せ細った体形。
しかし、なぜか左腕だけが別人のように太い腕をしており、肌の色も違う。
背中にはコウモリのような羽が生えているが、左の羽、百合華たちから見ると右側の羽が途中からズタズタになっていた。
「おや、他の皆さんは、はじめましてですね。あ、あなた達も良い素材になりそうですが、い、今はどうでもよい。こ、この異常な強さの人間を手に入れることができたのですから。例え死体であっても、ワ、ワタシの研究は大いに進むことでしょう」
独特なしゃべり方をするこの男は、ウィロウにもシャクヤにも目もくれず、百合華がうつ伏せているところに近づいた。
「ど、どんな強者であっても不意を衝かれれば弱いもの。人間とはそんなものですねぇ。さて、ま、まだ息があるようなら、さらにラッキーですが……」
と、男が百合華の顔を覗き込もうと接近した瞬間であった。
ガシッ
百合華が男の左腕を掴んだ。
「やっと会えたわね」
ニッコリ微笑む百合華に対し、恐慌をきたす異形の男。
「な!な、な、な、なんですとぉぉ!!」
「あんた、森にいたヤツよね」
「な、なぜ生きているのですか!?確かに、ナ、ナイフが刺さって……」
百合華の腹部に刺さっていた短刀が落ちた。その短刀は刃の方が砕けていた。短刀は服に刺さって引っ掛かっていただけで、百合華の肉体には傷一つ付けることはできなかったのだ。
「気配を感知できる私に不意打ちは無いわよ。まぁ、できたとしても、この程度じゃ話にならないけどね」
「ば、化け物めぇぇっっ!!!」
「失礼ね。あんたに言われたくないわ……よ?」
言い終わる前に今度は百合華が驚く番であった。魔族の男が、自分の左腕に右手の手刀を叩きつけ、なんと左腕を自ら切断したのだ。
「えぇっ!?」
掴まれた左腕を置き去りにして、魔族の男は背後にあった机の上に素早く乗っかり、天井に右手を当てた。
「そ、その左腕は差し上げます。どうせ失敗作でしたから」
天井は一部が外れるようになっており、そこから魔族は天井裏に入って行った。
「あっ!こらっ逃げるな!」
右手に掴んだ魔族の左腕だけが残されてしまった。
「キラ・ヨシカゲじゃあるまいし……どうすんのよ、これ……」
仕方なく魔族の左腕を机の上に置く。
そして、短剣を突き立てた女性に声を掛けた。
「ご覧のとおり、私がいればあんな魔族、問題ないのよ。一緒に逃げましょ」
「あ、あぁぁ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
女性は申し訳なさと嬉しさで嗚咽している。
「辛かったわよね。私も自分がこんなに強くなければ泣いてるわ。ところで、あなたはどこのどなたかしら?このウィロウと知り合いなの?」
百合華が優しく抱きしめると、少しずつ女性は落ち着きを取り戻し、身の上を話しはじめた。
「わ、わたすは、『カメリア』と申します。とある貴族様にお仕えしていた奴隷です。そこにいる盗賊の人たちに貴族様が襲われて殺されました。わたすはその時、この人たちにさらわれて、監禁されていたところを今度は恐ろしい魔族に捕まって、ここに連れて来られました」
「えっ」
カメリアと名乗った女性からの密告を聞き、百合華はウィロウを睨みつけた。
「あんた達、やっぱり女の子にひどいことしてたのね。あとで覚えておきなさいよ」
ウィロウが脅えて後退りする。
しかし、今度はカメリアが彼の前に立った。
「ち、違うんです。この人は悪い人ですが、悪くありません。わたすを助けに来てくれたんです」
「でもカメリアちゃん、こいつらにひどいことされたんでしょ?」
「されました。この人たち、乱暴だし、臭いし、ひどいのなんのって……毎晩毎晩、代わり番こに相手をするのも本当に大変で……」
そこまで聞いて百合華の目が殺気立った。しかし、カメリアは続ける。
「でも、魔族と比べたら!魔族と比べたら、この人たちは優しかったんです!あの、あの魔族は……魔族は……あぁ、あぁぁ……生きたまま、男の人を……うぅぅ……」
カメリアは震えて固まってしまった。
そのまま後ろに振り返り、ウィロウに抱きついた。
「あんた……こんな恐ろしいところまで、わたすを助けに来てくれたのかい……そんなにわたすに惚れてくれたのかい……」
「よほど怖い目にあったのね……あなたもこの男が好きなの?」
「今、好きになりました。盗賊はひどい人たちで、この人も変わりなかったんですが、わたすがちょっと優しくしてあげたら、この人わたすにベタ惚れになって、一緒に逃げようなんて話もしていたくらいだったんです。本当は、利用してやるだけのつもりだったんですけど……」
「あなた……たくましいわねぇ……」
最初はあまりの不憫さに言葉を失いそうだった百合華だが、彼女の生き様に感嘆した。そして、ウィロウには厳しい目を向けた。
「ウィロウ、あんた達がこの子にしたことについては、あとでキッチリ話をしましょう。だけど、この子が助かったのは、あんたの功績よ。あんたがここまで来なければ、私はこの子の気配に気づくこともできなかった」
ウィロウは感謝の表情でペコリペコリと何度も頷いた。
「わかったら早いとこ、ここから出ましょう。あんた、道は覚えてる?私たちをアジトまで案内してちょうだい」
「きゃあぁぁっっ!!!」
ここで突如、シャクヤの悲鳴が聞こえた。
何事かと思い、視線を向けると、奥の部屋を覗いたシャクヤが、のけ反るように後退りしていた。
「どうしたの?シャクヤちゃん」
「あ……あぁ……こんな……ひどい………」
地下にあっても落ち着き払っていたシャクヤが脅えている。
百合華はイヤな予感を抱きながらも、先程まで魔族が隠れていた奥の部屋を覗き見た。
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