第34話 白金百合華の冒険⑤

細長い暗闇の空洞を、白金百合華は滑り落ちていた。


遺跡の床下に突如現れた落とし穴のような空洞。実際に中に入ってみると、そこは滑り台のような傾斜になっており、それがグルグルと同じ角度に曲がり続け、螺旋状になっていた。


真っ暗で水の無いウォータースライダーといった具合である。


先に落ちていったシャクヤに追いつくためにも速度を上げたいと思う百合華だが、狭すぎて何もすることができない。下手なことをすれば、壁面に体が当たって減速してしまうだろう。


(どうか無事でいて、シャクヤちゃん)


やがて、出口が近づいてきた。といっても暗闇なので見ることはできないのだが、百合華の場合は気配感知能力の応用で、自分の近くの地形を把握することができたのだ。

そして、その先の気配に気づき、大声で叫ぶ。


「シャクヤちゃん!そこどいて!!」


出口の手前は、ご丁寧に上に向かうカーブができており、速度が落ちる仕様になっていた。そこから抜け出た百合華の体は、空中を華麗に舞って優雅に着地する。


「あれ……これ落とし穴じゃなかったの?」


「まぁ、ユリカお姉様。追いかけて来てくださったのでございますか?」


シャクヤが普段と変わらぬ声で近づいてきた。


「うん。避けてくれてありがとう。シャクヤちゃんを蹴飛ばしちゃうところだったわ」


「いいえ。お姉様の声が聞こえましたので」


ちょうど落ちてきたばかりのシャクヤは、つい今まで着地地点でキョロキョロと辺りを見回していたのだ。実は百合華を避けることができたのは間一髪だった。


「シャクヤちゃん、怪我はない?」


「はい。大丈夫でございます。ですが、わたくし、さすがに今回は生きた心地が致しませんでしたわ。どうせ死ぬのなら、せめて素敵な殿方に抱きしめられてから死にたかった、などと、はしたないことを考えておりましたの」


「なんか、いつもどおりな感じで安心したわ」


照れながら言うシャクヤに百合華は安堵した。


「そういえば、頭はどうしたの?」


シャクヤは隠していたブルーの髪を露にしていた。

覆っていたヴェールのような布が無い。


「これに使っておりますの。緊急事態ですものね」


よく見れば、百合華とシャクヤがお互いに顔を見れるのは、シャクヤが持っている明かりのおかげであった。


「これは目くらましに使う【明閃光ブライト・フラッシュ】という魔法の宝珠でございます。光が強すぎるので、布で覆うことで和らげているのですわ」


「なるほどねぇ。明かりが全く無いだなんて、ひどい所に落ちてきたもんだわ。普通のダンジョンだったら、もう少し気を利かせてくれるのに」


「ダンジョンとは、なんでございましょうか?」


「ああ、ごめんね。こっちの話。ところで、その宝珠はどれくらい持つの?かなり強烈な光を出してるわよね?」


「もともと長時間使用する魔法ではございませんので、そう長くは持ちません。ここはとてもマナが濃いのですが、20分も使えば、再チャージに1時間は掛かると思います」


「そう。じゃあ、ちょっと貸してみて」


百合華は宝珠を受け取ると、自分のマナを注入した。


「はい。これで24時間くらい持つんじゃないかな」


「え?ええっ?なんですか、これは。すごいです!すごいマナの量でございます!」


「これをやると、ちょっと脱力感が来るのがイヤなんだけどね」


「あっ、それではお姉様、お時間に余裕ができましたので、ちょっと見ていただきたいのでございますが」


「なに?」


シャクヤは後ろを向いた。


「あの……お尻のところなのですが、破れておりませんでしょうか?」


言われて、百合華も声を上げた。


「あっ!そうよね!」


自分も慌てて、お尻を押さえる百合華。触った感触は何ともないようだ。


「シャクヤちゃんの方は大丈夫よ。私の方はどう?」


「ユリカお姉様も大丈夫でございます。うふふ、よかったです。お尻に穴が開いたまま外に出るのはどうかと思いましたので」


「床がツルツルになっていたから、そこは助かったわね。じゃあ、ここから出ましょう。シャクヤちゃんのお陰で、とんでもないアトラクションに参加しちゃったわ」


「申し訳ございません」


「いいわ。シャクヤちゃんがドジっ子だってことが、よくわかったし」


「ド、ドジ!?ドドドドド、ドジ!!?」


「ん?」


今まで何があろうとも穏やかな口調を変えなかったシャクヤだったが、ここで突然、動揺しはじめた。


「わ、わたくし、ドジなどでは、ございませんわ!決して!決して!!」


(ええええぇぇぇぇっ、今まで何を言っても動じなかったのに、そこが地雷なの!?)


唖然とした百合華はすぐにシャクヤをなだめた。


「ああ、ごめんね。言い間違えたわ。ちょっと、おっちょこちょいなのよね」


「はい……」


(おっちょこちょいはいいのね……よくわからない子だわ……)


「申し訳ございません。取り乱してしまいましたわ……」


シャクヤは顔を赤らめ、恥じ入っていた。


「じゃ、早く戻りましょう。こんな暗くて狭い場所、長居するところじゃないわ」


百合華は、自分が落ちてきた穴を見て言う。


「私一人だったら、ここをよじ登って戻ることができるんだけど、シャクヤちゃんを連れて行くのは、さすがに厳しそうね」


「あちらの方に道が続いておりますので、行ってみるしかなさそうでございますね」


「そうね。ところで、シャクヤちゃん、私からも相談があるんだけど」


「はい。なんでございましょう」


「シャクヤちゃんは道に迷う人?」


「どうでしょうか?今まで道に迷ったという経験がございませんので」


「それはね、すごいことなのよ。私は道を覚えるのが苦手だから、シャクヤちゃんに全部任せるわ」


「はい。お姉様のお役に立てるのでしたら、わたくし、光栄でございます」


どう考えても非常事態の中、呑気におしゃべりしていた二人は、ようやく遺跡の探索を開始した。そもそもどれくらい下まで降りてきたのかも、彼女たちはわかっていない。


「ひとまずは登り階段を探しましょう」


そうシャクヤに言われ、歩き続けた。

石造りの通路が延々と続いている。


「ここは水路のようにも見えますね。今は使われていないようですが」


床の真ん中は四角くヘコんでいた。その溝が通路とともにずっと続いている。


「へぇ、なるほどねぇ」


「水路があるということは、ここに昔、多くの人たちが住んでいらした、ということを意味しますね」


「ふーーん」


百合華にとっては、あまり興味のないことだった。


(そういうこと考えるのって、ほんと蓮くんとタイプが似てるわ)


「あ、ご覧ください。何か見えましたわ」


通路の前方には、右手に空間があり、そこまで行くと登り階段があった。


「これを登って行ったら、元の場所に帰れるかな」


「どうでしょうか。それなりに歩きましたので、地上に出られたとしても離れた場所に出ると思いますが」


階段を登った先には、洞窟のような空間が広がっていた。土に囲まれているが、かなり広い。そして、片側のみ石造りの壁が続いている。


「あれ、遺跡から出るつもりだったのに洞窟になっちゃったよ」


「遺跡の外には出たようですが、遺跡そのものが地下に埋もれているのでございますわ」


「どうやって、地上に出ればいいんだろ?」


「この壁が遺跡の壁だと思います。これに沿って進みましょう」


壁伝いに歩いていく二人だったが、洞窟も壁も長く続いていた。

先程の通路を歩いてきたよりも長く歩く。


長い道のりで百合華は思い出していた。


(そういえば、遺跡に入っちゃった、あの彼はどうしたかな。ウィロウって呼ばれてたっけ。私がシャクヤちゃんを優先してこっちに来ちゃったからなぁ……)


心配ではあるが、体が一つしかない以上、どうしようもない。無事を祈るのみだ。


ようやく壁が途切れた。しかし、その右手にはさらに壁が続いていた。壁が90度に曲がっていたのである。


「ずいぶん広いわねぇーー」


「遺跡というより、まるで大きなお屋敷の外壁に沿って歩いているような感覚でございますわ」


「なるほど」


そこからさらに壁に沿って歩き続ける。

やがて、大きな門が現れた。


「お屋敷の外壁。と先程申し上げましたが、これはまるで玄関でございますね」


大門は閉まっている上に高さが3メートルほどもあった。

とても一人や二人の力では開きそうもない。


「これを開けるのは厳しいですわね。どう致しましょう」


シャクヤはあたりをキョロキョロと見回した。


「私が開けてあげるわね」


と言って、百合華は大門の扉に手を当てる。

少し力を入れると、扉は簡単に動いてしまった。


「これで通れるわよ」


ゆっくりと扉を動かし、45度ほど開いたところで百合華は扉を通り抜けた。

すると、その向こう側には一人の人物が立っていた。

そこにいたのは―――


「まぁ、お姉様。すごいですわ。そこまでお力持ちでしたなんて」


シャクヤだった。


「え、なんでいるの?」


「はい。あちらに小さい扉がございましたので」


「え?」


よく見ると、大門のすぐ横には小さい門があった。いわゆる脇門である。


「えええええぇぇぇぇぇぇ」


大した力は使っていないが、無駄な労力だったことに唖然とする百合華。


「なに、このひっかけ……」


「大きな門は、お客様をお迎えする時に使い、普段は横の脇門で出入りするのだと思います。ここは、まさしくお屋敷でございますね」


「へぇぇ」


「そして、ご覧ください。中にあるお屋敷。これはお城と言うべきでございますね」


壁の内側には、広大な空間が広がり、その先には、装飾が散りばめられた大きな玄関口があった。


まさしく城の入り口である。


しかし、1階部分しか見ることはできず、2階以上は洞窟の天井の土に埋もれている。


「お城が地面の下に埋もれちゃったってこと?」


「そうでございますね。ここは、たまたま空洞になっていたのだと思います」


「よく崩れなかったわね。このお城」


「そこは不思議でございますね。ですが、これで合点がいきましたわ。わたくし達が入った遺跡の入り口。あれは、お城の塔だったのでございます」


「そうか。塔のてっぺんだったのね」


「はい」


「私たちが落ちてきた穴は?」


「もしかすると、戦の際に、位の高い方を逃がすための脱出ルートだったのかもしれませんわね」


「なるほど」


「ですから、塔の入り口が見つかれば、元の場所に帰れると思います」


「じゃ、それを探しましょう」


そう言って、二人は周辺を歩き回った。しかし、どこも土に埋もれており、入り口らしきものは城の玄関口しか無かった。


「はぁ……かなり歩いたけど、ここしか入れないわね」


「仕方ありませんわね。お城の中から、塔に続く場所を探しましょう」


「シャクヤちゃん、先に言っておくね。この中はかなりやばいヤツらがいっぱいいるわ」


「そ、そうでございますか」


「私から離れないでね」


「はい」


城の中に入ると、最初にあったのは広々としたロビーだ。

1階と2階が吹き抜けになっており、正面には2階への大階段が見える。


「やっぱり気配がボヤけるなぁ。下にも気配があるけど、少ないわね。意外と上からの方が気配が多そうに感じる」


「では、1階から探しましょうか」


「いや、一番やばいのは、この1階ね。凶悪な気配が奥の方に点々といるわ。ここは、とっとと上に行きましょう」


「はい」


そうして、吹き抜けの大階段を登ろうと思ったところだった。


「ん?誰か来る」


「え」


百合華は吹き抜けの2階。その右手側を見た。

そこから現れたのは、あの口のきけない男、ウィロウだった。


「え、あいつ、ここまで降りて来れたの?すごいわね」


汗だくで走りながら、階段を降りてきた。

ウィロウは百合華を見るとビックリして立ち止まった。

彼からすれば、どうして百合華とシャクヤがここにいるのか、全く見当もつかないであろう。


「あっ、あぅぁ」


ウィロウは何か言おうとしたが、しゃべることができず、ペコリと頭を下げて、再び走り出してしまった。


「えっ、ちょっと!どこ行くのよ!ねぇ!」


「お姉様。あのおじさまが塔から降りて来られたのでしたら、あの方に聞けば、きっと塔まで戻れますよね?」


「そうよね。あいつを追いかけましょう」

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