第33話 白金蓮の憂鬱⑤
僕、白金蓮とローズ、ダチュラの一行は、川沿いに森を抜ける強行軍を開始した。
危険地帯につき、足早な行軍だ。
途中、モンスターが近づくとローズがすぐにその気配を察知する。嫁さんほどではないが、気配感知の能力があるらしい。正確な数や強さまではわからないが、モンスターの接近には確実に気づけるというのだ。
「右後方から何かが近づいてくる」
「遠隔攻撃なら任せてくれ」
ローズが知らせてくれるので、僕が対処してみた。
新開発の魔法が実戦で有効かどうか試してみたかったのだ。
川沿いを選んだのは幸いだった。
森の中を行くより見晴らしが良いので、魔法を当てやすい。
まもなく木の間から見えてきたのは、昨日、僕たちが逃げ出したファイティング・グリズリーだった。
「また、こいつか」
緊張しながら、連携魔法の水蒸気爆発を発動する。遠隔発動された複数の魔法陣がファイティング・グリズリーの目の前に出現した。
魔法陣の連携から大爆発が引き起こされる。
さて、それでは”水蒸気爆発”とは、いかなるものか。
ここで少々説明させていただきたい。
簡単に言えば、水が急速に熱せられることにより、爆発的に水蒸気となる現象である。
水は100℃で沸騰し、水蒸気になる。
水蒸気の体積は、液体の時と比べると約1700倍に増大するという。
つまり、水が急激に熱せられると周囲を吹き飛ばすほどの大量の気体が発生し、爆発現象を起こすのだ。
ただし、このように説明すると、高温に熱せられたものと水があれば、簡単に水蒸気爆発を起こせそうな気がしてくると思うが、自然界では火山の噴火など、大規模なものでしか発生しない。水蒸気爆発を人工的に起こすのは容易ではないのだ。
例えば、高温に熱せれらた鉄の塊を水の中に投入するとどうなるか。
鉄の表面に接触した水は、たちまち水蒸気になる。しかし、その水蒸気が空気の膜となってしまい、周囲の水との接触を妨げてしまうのだ。
よって、せっかくの熱量も連鎖的に水へ伝導することはなく、多くの水蒸気は発生するが、瞬間的ではないので、爆発には至らない。
通常、水蒸気爆発が起こるには、固体ではなく、液体化した高温の物質、つまり、マグマなどが必要になるのだ。先程の例では、鉄を融解するほどにまで熱し、液体になった鉄を水に投入すれば水蒸気爆発は起こる。
では、僕がこの魔法で行ったのは何か。
火の魔法を三連携し、高温になった炎に対して、さらに風の魔法によって火力を上げる。その際、四連携目で暴走現象が起こるのだが、そこに水の魔法を投入した。
ここで魔法というものの真価が発揮される。
高温の炎と水を同一空間に同時に出現させることができたのだ。
それによって、高温の熱を瞬時のうちに水全体に伝導させることができる。全ての水がいっきに水蒸気となり、爆発現象を引き起こす。普通の実験では起こり得ない物理現象を、魔法によって起こしたのだ。
ドッゴォォォォンッ!!
魔法陣による水蒸気爆発により、15メートルほど離れた僕たちの方まで、爆風の余波が来た。暴風に煽られて、こちらまで吹き飛びそうになる。
爆発の収まった後には、地面が抉れてできた小さなクレーターと頭や胴体の一部が吹き飛んでしまった熊の遺体が残された。さらに周囲の木までもが無残に折れたり、消し飛んだりしている。
「レン、これはやりすぎだな」
ローズが感嘆しつつもダメ出しした。
「私たちまで危ないわよ、これ」
ダチュラも呆れている。
「ごめん。これは、使いどころを考えないといけないね」
僕が反省すると、ローズが付け足した。
「おそらくレベル35クラスの上位魔法程度の威力がある。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。しかし、派手すぎる。これでは、他のモンスターにも気づかれて引き寄せてしまう危険性がある。ここぞという時の切り札に使う方がいいだろうな」
「そうか。しばらく自重するよ」
「だが、切り札があるというのは、それだけで強みだ。そこはむしろ頼りにしているよ、レン。あたしだって、こんな森で複数のモンスターに囲まれたら、どうなるかわからないからな」
「ところで、その魔法、名前は無いの?どう考えてもレンのオリジナルでしょ?」
ダチュラが思いついたように質問してきた。
「え、名前?うーん、ただ水蒸気爆発を起こしただけだしなぁ……」
これは、ようするに必殺技に名前を付けろと言われているのと同じだ。しかし、何も思い浮かばないし、中二病くさくて恥ずかしい。
「【
結局、ただ英語にしただけの名前にした。
そこからの道中は順調だった。
モンスターの接近を察知したローズが危険を知らせ、全員で索敵を開始。敵が少数の場合はローズが素早く倒し、強力なモンスターが複数同時に向かって来た場合にのみ、僕の【
「この魔法は遠隔攻撃でなければ使用できない。ローズがモンスターの気配を察知してくれなかったら、ここまでうまく戦えなかったよ」
僕が感謝の言葉を述べると、ローズは持論を語った。
「マナを鍛錬すれば肉体が強固になるとはいえ、女は男と比べれば、どうしても筋力で劣る部分がある。その代わり、女は感知能力に優れている場合が多いんだ。ダチュラも訓練すれば、できるようになると思うぞ」
「そうなんですね」
ダチュラも受け答える。
「敵を察知できるというのは、生き残る上で最重要の能力とも言える」
「はい」
なんだかんだで、ローズはダチュラのことを気に掛けているのだ。
さて、かなり進んできたところで、川の流れが小さくなってきた。
だいぶ上流まで来たのだ。
そこで少々、面倒臭い事態に遭遇した。
前方が小さな崖のようになっており、小川が小さな滝を形成していたのだ。高さは4メートルほどだ。
「よじ登れない高さではないが、迂回した方が良さそうだな。この上にモンスターがいる。登っている最中に襲われたら、ひとたまりもない」
と、ローズが言うので僕も応じる。
「迂回すると森の中を通ることになるな」
「せめて上がどうなっているのかを確認できれば、対処もできるんだが……うん?なんだ?」
ローズが後方を振り返った。
「ローズ、どうした?」
「急にモンスターの気配を感じるようになった。あたしたちの後をつけてきたんだな。おそらくサイレント・グリズリーだ。ヤツらは隠密行動で近づいてくる。こんな、いやらしい近づき方をするのはヤツらくらいだ」
「ローズさん、上!」
後ろに警戒心を持ったところでダチュラが前方の崖の上を指差した。複数のスカイ・ウルフが崖の上に立っていた。
「スカイ・ウルフか。なるほど。奴らにとってはこの滝が絶好の狩場なんだな。見えるだけでも10体。奥にはその倍以上いるだろう。獣のくせに賢いじゃないか。それとも偶然か?後ろのサイレント・グリズリーは近すぎてレンの魔法も使えない。いずれにしても追い込まれてしまったようだな」
「熊と狼が一斉に来たらまずいな……」
3人に緊張感が走る。
「二人ともすまない。あたし一人なら問題なかったが、この数が一度に来たら、二人を守りきれるか正直わからん」
「ローズ、後ろに隠れている熊はどんな性格をしている?好戦的か?臆病か?」
「どちらかといえば臆病だ。隠れて敵を襲うのが奴らの得意戦法だからな」
「なら、熊は問題ない。前の狼をこれで倒してくれないか」
そう言って、僕は【
「これは?」
「追い風を纏って、通常の3倍のスピードで動ける。効果時間は1分。最初は動きの速さに慣れないと思うから気をつけてくれ」
「へぇ、いいものを持ってるな」
「いくぞ」
僕は後方15メートルの位置に向かって【
森の中から爆炎が上がると同時に、大慌てで逃げ出す熊の姿が見えた。すぐそこの木の陰にいたようだ。襲われていたら危なかった。
一方、前方の狼は爆発音を聞くと同時に一斉に飛び降りてきた。
それをローズが高速移動して全て倒していく。
ウチの嫁さんのように姿が見えなくなるほどではないが、それでも凄まじい速度だ。
「レン!この魔法すごいぞ!」
ローズは歓喜している。あれよあれよという間に20体近くの狼が斬り捨てられた。
「これなら、ジャンプで行けそうだな」
そう言って、4メートルの高さを悠々と跳び越え、崖の上に行くローズ。
崖の上から狼の悲鳴が次々と聞こえた。
「僕は今、一人のバーサーカーを誕生させたのだろうか……」
「レン、冗談言ってないで私たちも追いかけよう」
ダチュラが急かすので、僕らも【
「1分間で36体。これはあたしの新記録だよ」
ローズは笑っていた。2秒に1体のペースを超えていることになる。とんでもない女性だ。
「レン、この魔法はいいな。ハンターが使う宝珠は攻撃系が多いんだ。こんな珍しい魔法、初めて味わったよ」
「珍しい?ここではエンハンス系の魔法は珍しいのか……これは、たまたま使えた魔法なんだ」
「この魔法があれば、レベルを5つくらい上げた戦い方ができそうだ」
「ただ、これは肉体への反動も大きいから、多用はしないほうがいい」
「今、それを感じてるよ。魔法で加速できても動きを止めるのは自分の筋肉だ。かなりの負荷だな。それに自分の速度が急に加速するというのは、戦いにくいものだ。相当練習しないと実践で使いこなすのは難しいだろう」
「それをいきなりやってのけたローズはすごい、って言いたいのかな?」
「まぁ、そういうことだな」
気さくな笑顔で言うローズだった。
この戦いが森林地帯を抜けるハイライトとなった。
不思議とそこから先はモンスターが一切出てこなくなったのだ。
「なんなんだ、この辺りは。モンスターの気配を全く感じなかった」
「そんなこともあるんですね」
ローズとダチュラが二人でつぶやいた。
すると街道が見えてきた。
「あ、道だ」
「あれ、北側ルートの街道ですよね?」
上流まで登ってきた小川が渓流となり、街道と交差していた。
空を見上げれば、まだ太陽が頂点まで昇りきっていない。
「午前中のうちに突破できるとはな。レン、本当に感謝する。あたし一人では、こんなこと思いつかなかった」
「いや、僕の方こそ、ありがとうだよ。ローズがいてこその旅だった。僕にとっては”渡りに船”だったんだ」
意気揚々と街道まで向かう僕たち三人。すると、途中の川原に焚き火の跡があった。
「誰かがここで野営したんだな。しかも昨夜のことだ」
いろいろと食い散らかされた跡があり、焚き火の跡も若干の暖かさが残っていたのだ。
「レン、こっちにも焚き火の跡があるよ」
ダチュラに呼ばれた。
「こっちも昨夜のものだね。二組のグループがここで野営したんだ」
こちらの方は、先程のものより散らかっていない。
人が横になれそうな材木が転がっており、僕はさらにそこを注視した。
長い髪の毛が落ちている。
「黒くて長い髪……百合ちゃんかも……」
後ろで見ていたローズが感嘆の声を上げ、横にしゃがんできた。
「髪の毛を見つけて、人を特定するだと?君はいつもいつも、とんでもないことを思いつくな」
「いや、それほどのことではないんだけど……」
日本に生まれ、マンガやアニメを観て育てば、だいたいこれくらいのことは誰でもやると思うのだが、こちらの世界では、まだ考えつかないことなのだろう。
「うん?では、この髪の毛は……少しブルーがかっているな。これは私の依頼主、シャクヤ嬢のものだ」
「え、じゃあ私たちが探している二人は、今ちょうど一緒にいるってこと?すごい偶然!」
ダチュラが驚き、喜ぶ。
僕も安堵した。
「よかった。その可能性は高いと予想してんだよ。たぶん百合ちゃんが言っていた、助けを呼ぶ声とは、その子のことだったんだ。どういう理屈かは置いといて、遠く離れたシャクヤって子の気配を感知した。そして、こっちまで飛んできて、助けたんだ。まったく……人騒がせな子だよ」
「ん?ちょっと待て。どういうことだ?よく理解できないんだが、君の奥さんは、あたしの依頼主を助けてくれたのか?」
ローズが首を傾げている。
嫁さんが大ジャンプして、こっちまで飛んできたなどとは説明しても信じられないだろうから、適当に流そう。
「うん。そうだろうと思う。そして、今はおそらく一緒に村の方に向かっているはずだ。足跡もそっちの方に続いている」
地面にはうっすらと足跡が残っており、それが村に向かう方角へ続いていた。
「足跡を追うのは狩りでも基本だ。レンの言うとおりだろう。よし、採用だ。……それにしてもすごいな。ここからどちらに行くべきかが最大の問題だったんだが、いつの間にか解決してしまったぞ」
感心するローズ。
「たまたま運が良かっただけさ。まさか彼女が野営した跡を見つけられるなんて考えていなかったからね。本当はこれを使おうと思っていたんだ」
僕はそう言って、宝珠を取り出した。
「これは、毒の有無を解析することができる【
「ん?それでどうするんだ?」
「僕の宝珠には、ウチの嫁さんがマナを注ぎ込んでくれたものがある。それを読み取って、嫁さんのマナを解析できるようにした。具体的には、こうして宝珠を覗くと……」
僕が宝珠を覗きながら、体の方角を変えていくと、ガヤ村に向かう位置で宝珠の中が光った。
「こうして、嫁さんのいる方角で光が出るんだ。毒をサーチする時の応用だ」
「だから、今朝から何度も宝珠を見つめてたのねぇ。何してるのかと思ってたわ」
ダチュラが感心しているような呆れ顔で言った。
「そんな便利なものがあるのなら、初めから言ってくれ。もう、あたしも驚かないさ」
ローズも苦笑した。
「さぁ、急いで行けば追いつけるかもしれない。行こう」
僕たちは、ガヤ村方面へ街道を急いだ。
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