第32話 白金百合華の冒険④

「はっ!」


異世界生活9日目の朝。

白金百合華は夢にうなされて起きた。


「蓮くんが……大奥作ってた……」


ほとんど寝付けなかったあげく、やっとまどろんだところで見たのが悪夢。

最悪の寝起きだった。


「ヤバい……夢だったのに泣きそう……」


横ではシャクヤがスヤスヤと眠っているが、すっかり目が覚めてしまい、これ以上眠れる気がしない。


すぐそこの渓流で顔を洗う。

離れたところで盗賊の男たちがまだ寝ていた。

よく見ると酒盛りをしていたようだ。


(こんなときでもお酒を持ち歩いていたのね。別にこいつらは、このまま置いて行ってもいいかも)


そう思っているとシャクヤが起きた。


「おはようございます。お姉様」


「おはよう。眠れた?」


「はい。おかげさまで。ところで、お腹が空きましたわね」


「そうね。じゃあ、あいつら起こして作らせよっか」


男たちは百合華に叩き起こされ、朝食の準備をした。

彼らは朝に弱いようだ。

昨夜の食材が残っていたので、食事はすぐに用意できるかと思われたが、寝起きの彼らの仕事はモタモタしており、時間が掛かった。


「朝に弱いわねぇ。適当に寝て、適当に起きるのが、あいつらの生活なんだろうなぁ」


百合華はボヤきながら、シャクヤとともに朝食ができるのを見守っていた。

ようやく準備が整い、食事を取った。


「そういえば、あんた達、お酒を持ってたなら少しもらえばよかったわ」


ふと百合華が言った。


(呑めば少しは眠れただろうになぁ)


というのが本音だ。

大将のエルムは慌てる。


「あっ、そうでしたね。気が利かねえで、すんません。近づくなと言われておりやしたので」


「いいわよ。どうせ盗んだものでしょ」


「へい……」


(寝不足だけど、体力は十分にある。昔の私では考えられないくらい元気で本当にありがたいわ)


体の不調を全く感じもしない百合華。

食事は前夜と同じく美味なるものだったので満足だった。


「まったく、あんた達のせいで、ずいぶんゆっくりした出発になっちゃったわ」


「すんません。遺跡はすぐそこですので」


「私たちは、その向こうまで行くのよ」


そう言って出発する。百合華としては、夫のために村まで急ぐのが最優先なのだ。


再び百合華とシャクヤが並ぶ美少女二人旅となった。

その後ろを男たちがぞろぞろとついて行く。


シャクヤとのおしゃべりを楽しみながら百合華は歩みを進める。するとシャクヤが少し改まった口調になった。


「あの、ユリカお姉様。実はわたくし、お願いがあるのですが」


「なに?シャクヤちゃん」


「わたくし、今回の目的は聖峰グリドラクータの調査だったのでございますが、新しい遺跡があるとわかりましたら、そちらの方も興味が出てきまして」


「行きたいの?」


「お姉様があまり気乗りしていないご様子ですので、無理にとは申せないのですが……」


「そう。シャクヤちゃんが行きたいって言うなら、ちょっと寄り道くらい、いいんじゃない?」


「本当ですか?ありがとうございます。わたくし、ワクワクしてきましたわ」


「遺跡に興味があるなんて、珍しい子ねぇ。蓮くんみたい」


と、百合華は言ってからハッとした。


(あれ?なんか妙な胸騒ぎがする。この子と蓮くんを会わせない方がいいような……考えすぎ?)


まだ会ってもいない二人のことを嫉妬するかのような感覚に、百合華は我ながら驚いた。


(よくよく見ると、容姿といい、佇まいといい、しゃべり方といい、そして頭良さそうなのに天然なところといい、蓮くんの好みのドンピシャって、こんな感じじゃなかったかな……)


そこまで考えると不安がよぎる。


(いやいや。15歳の女の子相手に、なに焦ってんのよ。こんな年下の子を蓮くんが相手にするわけないでしょ。自信を持つのよ私。5年も寄り添ってきた夫婦の絆がそう簡単に壊れるわけないわ)


自分で自分に言い聞かせる百合華。

シャクヤはずっと見つめ続けられて不審に思う。


「あの……どうかなされましたか?お姉様」


「ううん。なんでもないっ。なんでもないわよ」


「そうでございますか」


「うん。……ん?あれ、やっぱり、なんでもあるかも」


「え?」


歩きながら、今度は百合華の視線はシャクヤではなく、森の奥の方に向かっていった。そして、しばらく歩いたところで立ち止まり、後ろを振り返った。


「ねえ、あんた達のアジトって、この辺?」


百合華の質問にエルムが答える。


「へい。そうです。今、言おうと思ってたんですが、どうしてわかったんですか?」


「あっちの方?」


百合華は指を差す。


「そうです。そっちです」


「案内しなさい」


「へい。もう少し先に小道がありやす」


一行はさらに街道を進む。

するとまもなくエルムは街道から外れて森の中へ入っていった。

そこは森をかき分けて出来た小道だ。


「この小道の先にありやす。俺たちが何度も通るんで道になっちまっただけですが」


「これは、言われないとわかりませんわね」


シャクヤが感心する。好奇心でウズウズしているようだ。


「そうね」


一方、百合華の表情は硬い。


進むこと20分程。

いかにも古代のもの、といった建築物が顔を出した。


朽ち果てた石造りの円筒型の建物。上には尖った屋根がついており、まるで西洋風の城にある塔が土の中から、ひょっこり頭だけ出したような姿で立っていた。


全体がコケやツタなどに覆われており、一見しただけでは、ここに建造物があるとは思えない。


扉のない入り口が一つ。ぽっかりと口を開けるように存在している。


「遺跡ってこれ?」


想像していたのとは違っていたようで、百合華は少し不満そうな顔をした。ゲームに出てくるような存在感のある遺跡があると思っていたのだ。


(なぁーーんだ、もっとダンジョンみたいのを想像してたんだけどなぁ……)


「へい。パッと見、小さいですが、中は広くて、地下にはすごい空間が広がっているんです」


エルムの説明にシャクヤが興奮する。


「これまた、言われないと見つけることは難しいですわね!よくぞ見つけてくださいましたわ!おじさま達は素晴らしい大発見をされたのでございますよ!」


「そ、そうですかい。そりゃあよかった」


「あんた達、ここが安全だって言ってたわね」


と、百合華は冷たく言う。やはり不満そうだ。


「へい。この遺跡周辺はモンスターが全く寄り付かねえんです。この危険な中立地帯で、オアシスみたいな場所なんでさ」


「やれやれ、呆れたわ……モンスターが来ないから安全?逆よ。ここはね、超危険なの。危険すぎて、モンスターすら近寄らない、ヤバい場所なのよ」


「「えっ!」」


百合華の厳しい口調に一同が驚く。


「はっきり言ってヤバすぎる。あんた達、よくこんなところをアジトにしてきたわね。誰かいなくなったりしなかったの?」


「いや、それがそのとおりで、気づくと仲間がいなくなっていやした」


「そうでしょ。どれくらいいなくなったの?」


「俺たちがここを発見したのが3ヶ月くらい前でして、それからここに住み始めたんですが、気づくと一人、また一人といなくなって、最初に15人いたのが、今では9人になりやした」


「てことは、今アジトに2人が残ってるの?」


「へい。そうです。留守番です」


「その2人の気配はしないわ。もういなくなってる」


「えっ」


エルムは脅えながらも入り口に向かい、中を覗いた。


「おーーい!お前ら、帰ったぞ!」


留守番たちを呼んだが、返事がない。

そのまま中に入って、ねぐらにしていた部屋に向かった。

誰もいなかった。


「うっわぁ……ひっどい臭いねぇ……」


百合華も入ってきた。鼻を押さえている。


「ここがあんた達が使ってた部屋?ひどいありさまねぇ……」


ゴミだらけの腐敗臭と全く風呂に入っていない男たちの体臭とが交じり合って、まともに立っていられないほどの悪臭となっている。綺麗好きな主婦である百合華にとっては、最悪の環境だ。


「あんた達、命拾いしたわね」


百合華がエルムに告げる。


「え?何がですかい?」


「もしもここに女性が捕まってたら、全員、その股間にぶら下げている汚物を蹴り潰してやろうと思っていたのよ」


「ひぃぇっ」


「でもね、私がやらなくても、ここに住んでいる限り、あんた達は一人ずつ、確実にやられていたわよ。この遺跡の地下には、恐ろしい気配を持ったのがウジャウジャいる。人間に害を為すタイプのおぞましい気配がね」


百合華が思い浮かべたのは、討伐隊の時に遭遇したキメラだ。

あのレベルの凶悪なモンスターが、かなりの数いるような気配を感じるのだ。


(でも、地下からの気配ってボヤけるわね。正確な数や強さまでは、わからない。人がいても、これじゃわからないだろうな)


気配を探る特技も対象が地下にあると、正確な感知ができない。思わぬ弱点があった。


「あっちの先に階段があるわね」


「へ、へい。そこから地下に降りて行けやす。ただ、俺たちもお宝を求めて降りたんですが、あねさんが言うとおり、地下には恐ろしいモンスターがいて、最初に行った時に仲間が2人やられやした。それからは怖くて二度と降りていやせん」


「は?モンスターがいること知ってて、ここに住んでたの?」


「階段を降りた先に重い鉄の扉があって、そこからはモンスターは出て来れないみたいなんです。それで安心してました」


「神経が図太いんだか、バカなんだか……。だいたい仲間が消えていってるのにおかしいと思わなかったの?」


「恐ろしいとは思いやしたが、他に行く当てもねえもんで、モンスターがひしめく森よりもここにそのまま住み続けていたんです。それに意外と居心地いいんですよ」


「やっぱ、あんた達、バカね……」


百合華が呆れていると、遺跡の中に入ってきていた、口のきけない”吹き矢”の男が呻き声を上げた。


「おっ!おおおおぉぉぉっ」


「ん?どうしたの?」


吹き矢の男は動揺している。そこにあるべき何かが無い。そんな様子だ。


「おおおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉっ」


言葉にならない叫び声を上げて、吹き矢の男は外に飛び出していった。


「『ウィロウ』のヤツ、何やってるんだ?」


エルムは彼のことを『ウィロウ』と呼んだ。


「ふーーん、あいつ、ウィロウって言うのね。あれ?ところでシャクヤちゃんは何やってるの?」


気づけば、シャクヤも遺跡に入ってきており、部屋の中を物色していた。

鼻と口をハンカチで押さえている。


「お姉様、とても珍しいものがたくさんございますわ。この部屋の造りや装飾もかなりの年代物です。少々、独特な香りが致しますが」


「こいつらに掃除させないとダメね。でも、今はここから出た方がいいわ。本当に危ないから。先に私の旦那と合流して相談しましょう。私にはどうしたらいいのか、検討もつかないもの」


「わかりましたわ。ですが、あと少しだけ。あっ、あれは何でございましょう」


遺跡に興味津々のシャクヤは夢中になって探索している。よほど気に入ったようだ。


すると、先程走って出て行ったウィロウが戻ってきた。


「おっうおおおぉっ!おおぅ!」


全身汗だくで取り乱している彼は、呻き声を上げながら、百合華たちを通り過ぎて、階段に真っ直ぐ向かっていく。なんとウィロウは、そのまま階段を降りて行ってしまった。


「え、何してんの?」


「おい、ウィロウ!何やってるんだ!戻って来い!危ねえぞ!」


階段は螺旋階段になっている。


ギギギギ、バタンッ


という音が下の方から聞こえた。


「お、おい!ウィロウ!まさかお前!扉の向こうに行ったのか!」


「ねぇ、彼は耳は聞こえるの?」


「聞こえやす。ここがやべえって話も聞いてたはずなんですが」


心優しい百合華だが、この状況には、さすがに大きな声で嘆いた。


「えぇぇぇ、ちょっとちょっと待ってよぉ!私、さすがにそこまで面倒見きれないわよ!一刻も早く蓮くんと合流したいのに!!あああぁぁぁぁ、でもどうしようぉぉぉぉぉぉっ」


「あねさん、すんません。俺が連れ戻して来やす!」


「待ちなさい。あんたが行っても死人が増えるだけよ」


「いや、しかし……」


ここで百合華は、ふと思い出した。


(あれ、なんかこのやり取り、私と蓮くんにそっくり……蓮くんが私を止めた時は、これよりもっと真剣な気持ちで私を止めてくれたのかな?ああ、でも今はそんなこと考えている場合じゃない)


「私が速攻で連れ戻してくる。それが一番手っ取り早いわ。スピードには自信があるの」


と、方針を定めた百合華だったが、言い終わる前に別の声が判断を変える結果となった。


「きゃっ!」


シャクヤが悲鳴を上げたのだ。


「えっ?」


見ると、部屋の床の一部が外れ、空洞が出来上がっていた。

そして、シャクヤの姿が見えない。


(まさか!)


百合華は空洞の箇所に行って、中を覗く。

暗くて中がどうなっているのか、さっぱりわからない。しかし、その奥からどんどん遠ざかっていくシャクヤの気配だけを感じることができた。


百合華は見ていなかったのだが、シャクヤは部屋を物色している間にゴミに隠れたボタンらしきものを発見し、いくつか押していた。そのうちの一つが仕掛けを作動させてしまったのだ。


「シャクヤちゃん!」


考える暇すら無かった。

もしも真っ逆さまに落下したのなら、地下の地面に激突して死んでしまうであろう。

電光石火の勢いで百合華は空洞の中に飛び込んだ。


あとには盗賊の男たちだけが残された。

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