第29話 白金百合華の冒険③

白金百合華は、盗賊の大将に呼び止められた。

突如、百合華に協力を仰いだ大将の発言に、今度は周囲の男たちが反応した。


「おいっ大将。まさかあれを頼むのかよ」


「いくらなんでもあんな女っ……の人じゃなくてもいいだろ」


しかし、大将は叫ぶ。


「バカ野郎!あんなに強えなら男も女も関係ねえ!どうせ拾った命だ。今さら恥も何もねえだろうよ!俺たちと仲間の命、それにお宝のためだ。こんなチャンスめったにねえぞ!」


「い、いや、でもよぉ、ほら、めっちゃイヤそうな顔してるぜ」


と言った男の言葉どおり、百合華はあからさまに拒絶の表情をしていた。


(一刻も早く蓮くんに会いたいのに、なんでこんなクズ男から頼みごとされなきゃいけないのよ)


と思っていたのだ。

しかし、大将は百合華に向かって懇願した。


「あ、あねさん!ちょっと聞いてくれ!俺たちが寝ぐらにしているアジトがあるんですが、そこにはお宝が眠っているかもしれないんです。手間は取らせねえ。ここからガヤ村に行く途中にあるんだ」


「あのね、お宝って言葉には少し興味が湧くけど、それよりも大事な大事な人が私にはいるの。あんた達に構ってなんかいられないから」


「そこをなんとか。ちょっと寄ってもらえるだけでいいんで、お願いします!」


「あのねぇ……」


「ユリカお姉様、少々よろしいでしょうか」


横からシャクヤが参加した。


「どうしたの?シャクヤちゃん」


シャクヤは百合華に答えつつ、大将に質問した。


「皆様のアジトにお宝が眠っているというのが不思議なのでございます。いったいどのような所にお住まいですの?」


「い、遺跡なんですよ。お嬢ちゃん。俺たちはそこの入り口を住み処にしてるんです。不思議とそこの周りにはモンスターが寄りつかねえもんで、この危険な中立地帯で唯一安全と言える隠れた拠点なんでさ」


「まぁ、そのような場所がこの辺りにあるだなんて、初耳でございますね」


「俺たちも偶然見つけたんです」


「では、ユリカお姉様、その遺跡がここからの道中にあるというのなら、とりあえず先を急いではいかがでございましょうか。寄るかどうかは、近くになった時に決めるということで」


シャクヤの助言に百合華も同意した。


「そうね。シャクヤちゃんの言うとおりだわ。じゃあ、あんた達、ついて来るなら勝手にしなさい」


こうして、2人の可憐な美少女の旅路に薄汚れた男7人がゾロゾロとついて行く、奇怪な集団が出来上がった。


しかし、歩き出したのも束の間、1時間もしないうちに日が暮れ始めた。様々なことに時間を潰しすぎたのだ。


「あんた達のアジトって、まだ先なの?」


百合華は大将に聞いた。


「え、ええ。まだ先です。お嬢ちゃんを追いかけてるうちにかなり遠いところまで来ちまったみたいで」


「使えないわねぇ」


「遺跡に近いこの辺はモンスターが少ねえんですが、それでも夜は危ねえ。野営するなら、準備は俺たちがやります。あねさん達は休んでてくだせえ」


「まさか、あんた達、私たちと一緒に野宿する気?」


「あ、いや、すんません。ダメなら場所を変えます」


「まぁ、いいわよ。食料と寝床を用意してくれるならね」


「ありがとうございやす。もう少し行くと、小川と交わる絶好のポイントがあるんです。そこで、野営しやしょう」


大将の言うとおり、さらに少し進んだところで小さな川が流れていた。街道を横切るように流れているが、小川というより渓流であった。流れに埋もれた岩を足場にして渡ることができる。


「ここなら新鮮な水も取り放題ですぜ。それじゃ早速、食料を調達して来やす!」


盗賊の男たちは、手分けして食料の確保と寝床の用意に取り掛かった。その間、百合華はシャクヤと話をしていた。


「そういえば、シャクヤちゃんの連れの人ってどんな人?」


「ハンターの方でございます。この旅の護衛としてお願いしていたのございますが、手違いがあったようで、離ればなれになってしまいまして」


「護衛って何人?」


「1人でございます」


「1人だけってことは、結構腕の立つ人なんじゃない?」


「はい。とてもお強い方で、最近では有名な方なのでございますよ」


「男女2人きりで平気だったの?」


「いいえ、その方はお姉様と同じように女性でございますの」


「え、女の人でそんなに強い人がいるの?」


「はい。街では”女剣侠おんなけんきょう”と呼ばれている方でございます」


「へぇ、私も会ってみたいなぁ」


「きっと村まで行けば会えると思います」


「そうなのね。楽しみだわ」


「はい」


と、会話が続いたところで、しばらく百合華は沈黙した。そして、考え込んだ後、再び口を開いた。


「……あれ?ちょっと待って。おかしくない?護衛の人とはぐれて、どうしてその人が先に行っちゃってるの?」


「そこなのでございます。どういう手違いがあったのか、待ち合わせ場所が変わってしまいまして」


「待ち合わせ場所が?」


「はい。わたくし、ハンターギルドで”女剣侠”様とお会いしまして、護衛を依頼致しました。とても話しやすい方で、すぐに打ち解けたのでございますが、出発の朝、しばらく歩いたところで、忘れ物があるから先に行っててくれと言われまして」


「うん」


「しばらく先に進んだのでございますが、”女剣侠”様はいっこうに追いつかれませんでした。そこで、考え直しまして、あ、これは先に村に行って、そこを待ち合わせ場所にするということなのだ、と理解したのでございます」


「いやぁぁ、ちょっと待ってぇぇぇーー」


「はい?」


「それ違うよね」


「え、そうでございますか?どこがでしょう?」


「どこがって最初から」


「え?」


本気で理解していない様子のシャクヤを見て、百合華も驚きを隠せない。


「その人が”先に行っててくれ”って言ったのは、街を出るとこで待っててくれって意味でしょう?シャクヤちゃん、街から出て出発しちゃってるじゃないの」


「え、え?ダメでしたか?」


「ダメよ!だってその人が護衛について旅に出る予定だったんでしょ。だったら、街から出る前に門のところで待ってなきゃ」


「あ、”先に行っててくれ”とは、そういう意味だったのでしょうか……」


「いや、それ以外無いわよ!」


「なるほどぉ。盲点でしたわ。”目から鱗”とはこのことでございますね」


(いやいやいやいやいや!さすがに私だってわかるわよ!なんなのこの子!この私がツッコミ役になってるわ!見てよ蓮くん!いつも私のこと天然天然ってバカにするけど、ここに本物の天然がいたよ!)


シャクヤのあまりのマイペースぶりに百合華も心の中で叫ばずにいられなかった。

そして、シャクヤに言う。


「それじゃ今頃、その”女剣侠”さんは、シャクヤちゃんのことを必死に探してるんじゃないのかな」


「そうでございますね。わたくし、とても申し訳ないことをしてしまいましたわ。ベナレスに戻ったら、誠心誠意、謝りたいと思います」


「そうね。さすがにこっちまで探しに来ることはないだろうし」


「はい」


話をしているうちに盗賊たちの作業が済んだ。

なかなかの手際だった。

山菜が豊富に採取され、兎まで捕獲されている。


「へぇ、いい仕事するじゃないの」


兎の肉は手際よく捌かれ、焚き火で焼かれた。

さらにキノコが火で炙られると、とても良い香りが漂ってきた。


「うわぁ、いいにおい」


「ここら辺は人の手が入らないんで珍味の食材が採り放題なんです」


と、大将が得意気に言った。

即席のご馳走が並ぶ。

二人の女性を最優先にして食事が用意された。


「言っておくけど、私は毒もわかっちゃうから、悪さしようとしたって無駄だからね」


「そ、そんなこと、しやせんよ」


百合華の横ではシャクヤがキノコの香りを嗅いでいる。


「これはとても珍しい高級食材ですわ。わたくしも図鑑でしか見たことがございません」


「へぇ、じゃあ、私が先に食べてあげるから、大丈夫だったら、シャクヤちゃんも食べて」


そう告げて、出されたキノコをパクッと一口で食べる百合華。

口に入れた途端、その目が大きく見開かれた。


「んんんっ!!」


呻きながら百合華が足をジタバタさせるので、シャクヤが慌てた。


「ど、どうなされました?」


「んっ!んまいっ!!なにこれ!!超おいしいっ!!!」


「そ、そんなにおいしいのでしょうか」


「シャクヤちゃんも食べてみて。大丈夫だから」


シャクヤもキノコを口にした。


「お!おいしいですわ!こんなおいしいキノコ、初めて食べました!」


「肉も焼けましたので、どうぞ」


大将が兎の肉を出した。早速、百合華が毒味をする。


「んんんっ!これもおいしいわね!!」


「そうなんです。マナが濃いこの地域でモンスターにならずに生き残った兎は、とても肉がうまいんです」


「へぇーー」


横で見ていたシャクヤも兎の肉を食す。


「まぁ、ほんとにおいしい!」


百合華は大将を見た。

彼女は盗賊たちのことを信用していなかったが、食事に罠を仕込むような気配もなく、むしろ予想外に絶品であった。純粋に自分たちをもてなそうとしてくれているようだ。彼らなりに反省しているのかもしれない。そう考えた。


「なかなかやるじゃない」


「喜んでいただけて何よりです。俺たちが発見した秘密の食材です」


シャクヤがさらに解説する。


「この中立地帯ではモンスターを狩ること以外で森に入る人はおりませんので、穴場だったのかもしれませんわね」


「なるほど。どんなクズでも役に立てることってあるものねぇ」


と、百合華も感心する。


「遺跡周辺の地域はモンスターが少ないってのがミソです。それに気づいたんで、この辺は俺たちの庭みたいになってるんです」


そう大将が言うので、百合華は真面目に質問してみた。


「そもそも、あんた達はどうして盗賊なんかやってたのよ。こんな危険な地域で」


「いえ、それがですね。もともとは俺たちハンターだったんです」


「ハンター?だったらモンスターと戦いなさいよ」


「ええ。そうなんです。最初は俺もそう言って息巻いてたんですが、どうもその、おっかなくなっちまって、逃げちまいました」


「は?」


「ここにいる連中はみんな、元のチームは違うんですが、モンスターが恐くなって逃げてきた奴らでして、なかには恐怖のあまり言葉を話せなくなった奴もいたりします。たまたま俺が発見した遺跡が安全だということに気づいたんで、そこを根城にして生活するようになりやした。一応、俺が一番レベルが高かったんで、みんなから大将なんて呼ばれていやす」


「それで、なんで人を襲うのよ」


「そ、そりゃあ、水と食料は何とかなりやすが、他にもいろいろ物要りになるでしょう。先立つ物が何も無かったんで、つい……」


話を聞いているうちに百合華は立ち上がり、蔑むような目で大将と男たちを見下ろした。


「クズね」


「へい……」


「やっぱり、あんた達は最低のクズだわ。モンスターが怖くて逃げたのは同情する。誰も責めないわ。だけど、それで自分より弱い人を襲うっていうのは何?最悪よ。クズの中のクズよ」


「返す言葉もありやせん……どうせ死ぬものと思って、何も考えていやせんでした」


話を続ければ続けるほど百合華は腹が立ち、男たちに嫌悪感を覚えた。しかし、自分の叱責に反省の色を見せる彼らを見て、根っからの悪人ではないような気もしてきた。ため息をついて、座りながら大将に聞いた。


「あんた……名前は?」


「『エルム』と言いやす」


「ふーーん。じゃあ、エルム。今夜はごちそうさま。おいしかったわ」


「へ、へい!」


「食事が終わったら、あんた達は向こうで寝なさい。少しでもこっちに近づいたら、どうなるか、わかるわよね?」


「で、でえじょうぶです」


食事が終わると、エルムと男たちは命じられたとおりに離れた場所に移っていった。

百合華は深いため息をつく。


「はぁーーあ、なんで蓮くんと離ればなれになったあげく、あんなクズどもと一緒にいなきゃいけないのかしら。食事はおいしかったけど、最低最悪の気分だわ」


その横ではシャクヤが微笑を浮かべていた。


「わたくし、あの方たちを毅然と叱責するお姉様を拝見しまして、とてもかっこよいと思いましたわ」


「そう?」


「あのように男性に対して面と向かって言える方は、なかなかおりませんもの」


「ここでは、そうなのかもねぇ」


「はい」


「もう、ほんとにかわいいわねぇ。シャクヤちゃんだけが今日の私の心のオアシスよ。あなたに会えてよかったわ」


そう言ってシャクヤにハグをする百合華。

見た目は17歳の美少女だが、中身は35歳。

実年齢で20歳も開きのある可憐な少女を前に、若干のオバサン行動を取ってしまうのだった。


やがて、二人は寝た。


男たちは離れた場所でしばらく騒いでいたが、今では静かに眠っており、二人に近寄ろうという不届き者は全くいない様子だ。


だが、百合華は眠れなかった。

今頃、夫がどうしているだろうかと思うと、気が休まらなかったのだ。


(無事に戻れてるかな……途中でモンスターに遭遇してたら、どうしよう……)


自分の不注意で夫とダチュラを置き去りにしてしまったことは、悔やんでも悔やみきれない。


(これで二人に何かあったら、それこそ私はどうすればいいの?やだ。蓮くんが死んじゃうなんて考えたくもない。今すぐ飛んで行きたいよ!)


そして、焦る気持ちを必死に抑える。


(でも、そうだ。きっと蓮くんなら、うまくやれるはず。今はそう信じるしかない。ダチュラも旅には慣れてるみたいだし、二人が協力すれば、たぶん大丈夫)


結婚以来、ずっと頼りにしてきた夫のことを思い浮かべ、自分を落ち着かせた。

しかし、ようやく落ち着けたところで別の心配事が浮かび上がった。


(……あっ!)


眠ることも忘れて、目がパッチリと開いてしまう。


(二人?今、蓮くんとダチュラは二人きり?)


そして、自分が分かれる間際に、夫と大喧嘩してしまったことを今さらながらに思い出す。しかも、最後に見た光景は、二人が抱き合っているように見えた姿だった。


(いや、いやいやいや!あれはきっと何かの間違いよ!蓮くんに限って、そんなことあるわけないじゃない!)


必死に自分に言い聞かせるが、脂汗が止まらない。


(ダチュラはどうなんだろ?いや、あの子だってリーフが亡くなったばかりで、そんな気持ちになるはずないでしょう。そんなことできるならビッチだよ?やだ。友達をそんなふうに疑うなんて最低だ。ああ、でもどうなの?蓮くん優しいし!恋人を失って悲しい時に、優しくされたらどうなるんだろう?体験したことないから想像できない!)


あれこれと考え込んでしまい、まとまらずに堂々巡りを繰り返した。二人が夜の屋外で仲睦まじくしている様子を想像するだけで胸の中が焼けてしまいそうだった。


(だいたい昨日の夜だって、なんか二人が仲良さそうに話してたから、妙に気になって寝つきが悪かったのよ。それなのに、どうして私は夫婦喧嘩したあげくに二人を置き去りにしてきてるのよぉ!)


自分のマヌケさが悔やまれて仕方なかった。

結局、ほとんど寝付くことができないまま、朝まで悶々とする百合華であった。


(蓮くん!今どこにいるのぉ!!)


しかし、その頃の夫が、ダチュラどころか2人の女性と一緒にいることを、まだ彼女は知らない。

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