第28話 白金蓮の憂鬱②

僕、白金蓮は、赤い髪の女性ハンターにめぐり合っていた。


レベル26のファイティング・グリズリーを一刀のもとに切り伏せた、その強さは尋常のものはない。


この世界では、レベルが5違えば勝てる見込みがないとされ、レベルが10違えば瞬殺される、と言われている。


そのことから、彼女はレベル36を超えていることがわかる。この世界に来て以来、嫁さん以外でこれほど強い人に出会うのは初めてだ。しかも、それが女性であるとは。男尊女卑の考え方が強いこの世界で、意外な出会いであった。


それにしても美人である。ウチの嫁さんもかわいいのだが、彼女をアイドルと例えるなら、この人の場合はモデルだ。


身長もわずかばかりであるが、僕より高い。長めのスカートにはスリットが入っており、そこからスラリと伸びた足が時折見える。嫁さんのように太ももは露出させていないが、その代わりヘソを出していた。この世界でこの格好は、さすがに刺激的すぎるのではないだろうか。


「あ、あの……」


僕はその美しい立ち姿に見惚れてしまい、彼女からの質問も忘れて、言葉に窮してしまった。


「おお、そうだ。すまないな。あたしの名前は『ローズ』。見たとおりハンターをやっているんだ」


「あ、はい。僕は……」


「ローズさん!?やっぱり!あなたは、あの有名な”女剣侠おんなけんきょう”のローズさんですよね!?」


隣にいたダチュラが目を輝かせて、話に割り込んできた。


「ああ、それか。世間じゃ、あたしのことをそう言うヤツも多いな」


「私、ダチュラと言います。大ファンなんです!いつかお会いしたいって思ってました!」


「そうか。ありがとう。ところで、さっきの質問なんだけど、いいかい?」


「あ、はい」


「白い服の女を捜しているんだ。歳は15歳。しっかり者なんだが、どこか抜けてるとこがある貴族のご令嬢だ」


僕とダチュラの二人は顔を見合わせた。

代表して僕が答える。


「いえ、ガヤ村を出てから、ここまで僕たちは誰にも会いませんでした」


「そうか。では、道が違ったか……」


「あの、この街道は一本道だと聞いていますけど?」


「ああ、だからこの南側ルートではなく、北側ルートを行ってしまったんだろうな」


「え、それは大変ですね」


「本当に参ったよ。護衛を依頼されたのに依頼主が先に行ってしまうとはな。こんな失態は初めてだ」


「先に行った?まさか一人で?」


「ああ、街の門番に聞いたら、一人で行ってしまったらしい」


「それは普通のことじゃないですよね。例えば、誰かに追われていたとか」


「いや、そういう雰囲気でもなかったらしいんだ。女一人が街の外に出るなんて目立つから、目撃証言は結構あってね。ただ、肝心の北側ルートと南側ルートのどちらに進んだかは誰も見ていなかったんだ。この街道は危険だから人通りが少ない。一か八か、南に賭けたんだが失敗だったわけだ」


「そうですか……」


よくわからないが気の毒な話だ。

そう思っているとローズさんはじっと僕の顔を見つめてきた。


「君、いいヤツだな」


「え、はぁ」


「ここに来るまで2回ほど馬車とすれ違ったんだが、あたしの格好を見るとイヤそうな顔をして、さっさと行っちまってな。まぁ、そんなことには慣れてるからいいんだが、君は真剣に話を聞いてくれるだけでなく、親切に推理までしてくれた」


「いえ、ただ考えたことを言っただけですよ」


「君なら、こういう場合どうする?もしよかったら聞かせてくれ」


「僕ならですか?そうですね……自分が強かったらの前提ですが」


「うん」


「森を突き抜けて北側ルートまで行きます」


「ぷっ!あははははははっ!」


笑われてしまった。

聞かせてくれと言うから答えたのに失礼な。

そう不満に思っていると、ローズさんは笑い終わってからすぐに言い直した。


「いや、すまない。さすがにそれは、あたしも思いつかなかった。なるほどな。確かに森を突っ切れば、北側に行けるな」


「はぁ……」


「よし、採用!」


「「え」」


僕とダチュラの二人は同時に驚いた。

ダチュラが思わず聞き返す。


「ちょっ、ちょっと待ってください、ローズさん。この人はこの辺りのことに詳しくないから言ったと思うんです。いくらローズさんでも無茶なのでは」


「道さえわかれば何とかなるだろう。この辺のモンスターは強いが、あたしにとっては敵じゃない」


すごい自信だ。感心する僕をよそにダチュラは食い下がる。


「でも、失礼ですが、そこまでするほどの依頼主なんでしょうか。勝手に先に行ってしまったのは、その人が悪いと思いますが」


「それはそうかもしれない。だが、一度引き受けてしまった護衛依頼を途中で投げ出すのは、あたしのルールに反するんだ。裏切られたのなら話は別だが、それ以外のことで依頼主を危険な目にあわせるわけにはいかないのさ」


とても男気溢れるセリフだ。

”女剣侠”と呼ばれるだけのことはある。

どうやら本気らしいので僕はローズさんに危険を知らせることにした。


「あの、自分で言っておいてなんですが、かなり難しいことだと思いますよ。モンスターが大丈夫でも、途中で道に迷ったら、抜け出られなくなる可能性があります」


「それはそうだな。ならば、君はどんなルートで北側に行けると考えたんだ?」


「え……」


ローズさんだけでなくダチュラもこちらを見てきた。

ここで答えないと僕は考えなしに発言したことになってしまうじゃないか。


「じゃあ、素人意見ですが、いいですか」


「うん」


僕は周辺地図を広げて説明した。


「この街道をベナレス方面にもう少し進むと、川があります。この川は聖峰グリドラクータから流れてきている川で、上流では北側ルートと交わります」


「おお」


「この川に沿って進んでいけば、道に迷わずに北側ルートまで行けると思います」


「なるほど。そのとおりだ。いいじゃないか」


ローズさんは喜んだ。

経験豊富なハンターが喜ぶということは僕の考えは理に適っていたのだ。


先程から話を聞いていて、この女性はとても信頼できそうだ。ならば、僕の方からも協力を仰ぎたい。


「ローズさん、教えた代わりにお願いがあります」


「なんだ?」


「僕も一緒に連れて行ってもらえませんか」


「本気か?」


「はい。実はどうしても北側ルートに行きたくて、さっきも考えていたところなんです」


「あたしが言うのもなんだが、余程のことが無い限り、そんなマネはするものじゃないと思うぞ」


「今、その余程のことが起こってるです」


「うーーん、しかしねえ……」


ローズさんが考え込んでしまったので、僕はダチュラに事後報告になったことを謝罪した。


「ダチュラ、先に話をしてしまって、すまない。どうしても百合ちゃんのことが心配で」


「いいわ。私も心配だもの。それに私、個人的にもローズさんとご一緒したいから嬉しいかも」


考えていたローズさんが口を開いた。


「やはり危険だ。あたし一人なら問題はないが、二人を庇いながら進むのは難しい。二人のレベルはいくつなんだ?」


「僕が16で……」


答えながらダチュラを見ると、彼女も答えた。


「私は12です」


「ダメだ。話にならない。森の中を進めば、凶悪なモンスターも出現する。せめてレベル20を超えていなければ、命の保証はできない。むしろ足手まといだ」


レベルによって全否定されてしまった。これでは何も言えない。

僕とダチュラは沈黙した。

気づけば、日が傾いていた。


「もう日が暮れてしまうな。さすがにあたしでも夜に森に入ろうとは思わない。これも何かの縁だ。一緒に野営しないか?話に付き合ってくれた礼に食料をおごるよ」


ローズさんの提案を聞いて、僕は全く別のことを着想し、その決意を表明した。


「ローズさん、明日の朝までに強くなります。それができたら、連れて行ってもらえますか?」


これにキョトンとするローズさん。


「すまない。ちょっと意味がわからないんだが、君は一晩で強くなる人間がこの世にいると思っているのか?そりゃ鍛えれば人間は強くなる。しかし、一晩でレベルをいくつも上げる人間などいるはずがない」


「レベルは上げません。魔法を開発します。より強力な攻撃魔法を」


「なんだって?」


「レベルを補えるほど強い攻撃魔法があれば大丈夫でしょう?」


「もちろん強力な魔法の宝珠を持っていれば、シューターとして活躍できる。最低限、魔法を当てることさえできるなら、レベルが低くても戦い抜くことは可能だ。しかし、開発するというのはどういうことだ?」


この質問にはダチュラが代わりに答えてくれた。


「この人、新しい魔法を開発できるんです。昨夜もいろんなことをやっていて、水を出すだけの魔法を開発していました」


それを聞いて、驚きの表情で僕を見つめるローズさん。


「ほんとか?」


「はい」


「君、名前を聞いていなかったね」


「蓮です」


「レンか。わかった。にわかには信じがたいが、明日の朝までなら待ってあげよう」


「ありがとうございます」


こうして、ひとまずローズさんと一緒に野営をすることになった。ファイティング・グリズリーから逃走するため、荷物を置き去りにして来ていたので、それを回収しに戻り、今度は少し先に進んだところにある川近くで野営の準備に入った。


そういえば、嫁さんは荷物も持たずに飛んでいってしまったが、今頃どうしているだろうか。彼女の強さなら命の危険は無いとしても、一人寂しく森をさまよっていたら、と考えると居たたまれない。


僕が強い語調で怒鳴ってしまったからいけないのだ。あんな喧嘩するんじゃなかった。


「レン」


物思いに耽っているとダチュラに呼び掛けられた。


「レンは、魔法の研究をしてていいよ。準備は私がするから」


「あ、ありがとう」


「気にしないで。むしろ私はこれくらいしかできないから……」


どことなく寂しそうな表情で言うダチュラ。

少し気になったが、僕は早速、魔法の研究に入らせてもらった。


それにしても僕はいつも準備不足だ。今回の旅も嫁さんがモンスターを倒してくれると考えて、安易に始めてしまった。こんな事態になるならば、自分一人でも戦える力をしっかり養ってから来るべきだった。


そう考えると、この世界に来てからやってしまった数々の失敗は、僕が嫁さんに頼り切っていたことが原因なのではないか。


情けない話だ。


どうして人は、気を許した相手に対して完璧を求めてしまうのか。嫁さんだって普段は能天気な女の子なのだ。最強の力があるからといって、超一流のプロのハンターのように何もかも任せてよいものではなかった。


それどころか、僕は彼女の活躍と自分の失敗にプライドが傷ついたような気がしていた。ちっぽけな男だ。


あの子の感覚と強さを信じ、自分はそのサポートに徹する。それができていれば、これまでの全ての失敗は防げたかもしれないのだ。


(僕は今日ほど君のことを尊敬したことはないよ)


この世界に来て2日目、ガヤ村に入る前に僕が嫁さんに言った言葉だ。

そして、こんな会話をした。


(百合ちゃんはそのままでいい)


(……ほんと?)


(心配するのは僕の仕事だ。百合ちゃんは今までどおり、思ったとおりに行動すればいいよ)


あの時、言った言葉は僕の真実だったはずだ。

それを思い出した。

次に嫁さんに会ったら謝ろう。

仲直りして、二人の本当の旅を始めるのだ。元の世界に帰るために。


そして、今は彼女のもとに行くため、早く魔法を完成させるのだ。

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