第27話 白金百合華の冒険②
ついリキんでしまったために大跳躍し、南側ルートから北側ルートへ、ひとり移動してしまった白金百合華。
その百合華が発見した女性。
男たちに囲まれてしまった女性は、いかにも清純派といった美しい少女だった。今の百合華から見ても、年下に思える。その少女は男たちに言った。
「イヤですわ。近寄らないでください」
「そう言うなよ。仲良くしようぜぇ。ちょっとお金を貸してくれりゃいいのさ。あとその綺麗な服もよ。なんなら、おじさん達とこの後、夜通し遊んだっていいんだぜぇ」
下卑た男たちの語りかけに、ほんわかした様子で少女は答える。
「お断り致しますわ。おじ様たち、目が怖いんですもの」
顔に傷のある男が呆れて言った。
「お嬢ちゃん、この状況をわかってるのかい?」
「存じておりますわよ。これから、わたくし、人生最大のピンチを迎えるのですよね」
「そうだな。だが、ピンチだけで終わらないぜ。お嬢ちゃん、とんでもない上玉だ。俺たちと遊んだ後は、裏の市場で売り物になるんだ」
「そ、それは困りましたわ……」
身をすくめる女性に群がる男たち。
そこに突然、後ろから別の女性の声がした。百合華である。
「ねぇ、おじさん達、盗賊?」
男たちが一斉に振り向いた。
顔に傷のある男が驚いて言う。
「な、なんだ。どこから現れたんだ、お嬢ちゃん」
「あ、それとも山にいるから、山賊かな?」
「なんなんだ、こいつ。すげえ、いい格好してるぞ」
髪も太ももも隠していない百合華の姿を見て、別の男が若干、興奮気味に言った。この世界では、これだけで破廉恥に映ってしまうのだ。
「まぁ、どっちでもいいかぁ……じゃあ、おじさん達、その子の代わりに私が遊んであげる」
「へぇ、何してくれるんだ?」
男の一人が言うと、百合華は近くに生えていた木に右手で軽くパンチをした。彼らにしっかり見えるよう、あえてゆっくりとしたパンチだ。その拳が当たった瞬間、木の幹が弾けるように折れて吹っ飛んだ。
「私、人を相手にするの初めてなのよ。うまく手加減できなかったら困るから、これで今のうちに降参しない?」
それを見た男たちは、いっきに緊張した顔つきになり、一斉に武器を構え、百合華を囲んだ。
「おい、大将!こいつ、なんだ!?」
大将と呼ばれたのは、顔に傷のある男だ。その男が答えた。
「魔法を使ったんだろ?気をつけろよ、お前ら。こいつは只者じゃねえ!」
「あれ、そう来るの?」
意外なことに立ち向かってきた男たちに百合華は呆れた。
「ふん、何をしたのか知らねえが、女一人に臆病風を吹かせるような奴はここにはいねえ!」
「女一人を大勢で囲んでおいて、よく言うわねぇ」
「うるせえ!お前ら!やるぞ!」
「「おうっ!!」」
掛け声とともに、四方から同時に襲い掛かって来る男たち。
それを見て百合華は驚愕した。
(え、なにこれ)
全員の動きがあまりにもゆっくりだったのだ。
(おっそ!)
もはや超スローモーション再生に見える。
(しかも、これから何をしようとしているのか、手に取るようにわかる。今の私にとっては、人と戦うって、こういうことなのね……)
こちらから攻撃する必要性すら感じない。
百合華は、一人ずつ攻撃をかわし、相手の体の軌道を変えて、男たちがお互いにぶつかり合うように仕向ける。そのうちの2人にはイタズラ心が働き、お互いが口づけする体勢に持っていった。
さらに調子に乗った百合華は、格好つけて独特のポーズをし、言い放つ。
「そして、時は動き出す」
一斉に襲い掛かった6人の男たちは互いに激しくぶつかり合って倒れた。
「やっばっ!一度言ってみたかったのよね、これぇ。リアルでやっちゃったよぉ」
一人で喜ぶ百合華。
顔に傷のある、大将と呼ばれた男だけが残った。
「お、お前!何をやった!」
「わからないでしょ?降参した方がいいわよ」
「ちくしょうがぁっ!」
必死の形相で大将は百合華に突撃してくる。
「もう、しょうがないなぁ」
百合華は大将の剣を指で挟んでキャッチした。
「なっ」
絶句する大将。
そのまま百合華は剣を後ろに引っ張る。
大将は突撃してきた勢いをどうにもできずに前方にあった木に激突した。
剣は手放してしまったので百合華の手に残った。
「おじさん達みたいな盗賊、捕まえたらどうすればいいのかな?この世界ってお巡りさんはいなさそうだし」
そう言う百合華の後ろでは、先程倒した6人のうち1人が身を起こしていた。
この男は懐から”吹き矢”を取り出した。それを口につけ、百合華の背後に向かって思いっきり吹いた。
筒から発射された針が百合華の背中目掛けて勢いよく飛ぶ。しかし、百合華は特にそれに目を向けることもなく、奪ったばかりの剣を針に向けた。
カンッ
剣に当たって跳ね返された針は、吹いた張本人のすぐ横の木に突き刺さった。男は青ざめて硬直した。
「ねぇ、今のって毒がついてるでしょ。なに?痺れ薬?それを女の子に使って何しようとしていたわけ?」
百合華の声に怒気が含まれてきた。
「少しは優しく捕まえてあげようと思ってたけど、私が間違ってたみたいね。今のであんた達がクズだってことがよくわかったわ」
次第にその声色は、重く響いたものに変わってくる。
吹き矢を放った男は震えていた。
「答えなさいよ。女の子に何をするつもりだったのか。返答によっちゃ、あんた達全員、その股の下にぶらさげている汚いものを蹴り潰すわよ!!」
「いっ!いぃぃぃっっっ!」
男はガクガクと震えて悲鳴を上げたが、発音までおかしかった。
「す、すんませんでした!」
そこに後ろで頭から血を流している大将の声が響き渡った。
百合華が振り返ると大将が土下座をしていた。
(え、土下座?)
百合華は驚いた。
この世界にも、こんな和風な文化があるのだろうかと。
「あんた、そのポーズが何だか知ってるの?」
「いや、いやいやいや!よくわからねえ!無我夢中で謝ろうと思ったら、こんな体勢になっただけで、深い意味はねえんです!はい!」
「ふーーん。あんたはどうなの?」
キッと吹き矢の男を睨みつける百合華。
吹き矢の男は脅えたまま四つん這いで大将の隣まで行き、同じポーズを取った。
「こいつは、しゃべれねえんです。すんません」
と、大将が補足する。
「そう。あとは他の連中。意識はあるんでしょ。そのまま寝たフリしてるなら蹴り潰すわよ」
百合華が言うと、倒れていた残りの5人は慌てて起き上がった。
全員が足を閉じて股間を押さえている。結果的に正座になった。
「あんた達も降参でいいのかしら」
「「はい!すいやせんでした!」」
5人が頭を下げる。それは自然と土下座になった。
(ああ、私が”蹴り潰す”なんて言ったから、そういう体勢になったのか)
一人納得した百合華は、助けた少女の方を見た。
こちらの方を不思議そうな目で見ている。
百合華は男たちに厳しい声で告げた。
「あんた達はここでそのまま座ってなさい。ちょっとでも動いたら蹴り潰すからね」
「「へ、へい!」」
全員、正座のまま待機となった。
百合華が少女に近づくと、その子はかわいらしい声で挨拶してきた。
「助けていただき、ありがとうございました。わたくし、『シャクヤ』と申します」
「シャクヤちゃんね、私は百合華。怪我は無い?」
「はい。お陰さまで。とてもお強いのでございますね、ユリカ様」
「”様”なんて付けるのはやめてよ。百合華でいいわ」
「はい。では、ユリカお姉様」
「いや……それもどうなのよ……」
百合華はシャクヤと名乗った少女をまじまじと見た。
物腰は柔らかく、ほんわかしたしゃべり方をする少女。美人であるが、白を基調とした服装も品があってお洒落だ。髪を覆う布はヴェールのようにシースルーの箇所があり、わずかに見えるブルーの髪を隠す以上に、より引き立たせていた。
(かわいいだけじゃなくて、センスも抜群ね、この子。相当いいところのお嬢様じゃないかしら)
百合華はシャクヤに尋ねた。
「あなた、どこかの国のお姫様だったりする?」
「まぁ、ご冗談を。わたくしはラージャグリハの王立図書館で司書をしております」
「そうなのね。あんまりかわいいもんだから変なこと聞いちゃった」
「いいえ。わたくしには過ぎた言葉ですが、とても嬉しく思いましたわ」
「歳はいくつ?」
「今年、成人したばかりです」
「ここでの成人だから15歳か。ところで、そんなシャクヤちゃんがどうして一人でこんなところにいたの?」
「実は、連れの方と、はぐれてしまいまして」
「え、そうなの。私と同じだ」
「合流するために急いでいたところを、あそこの方々に呼び止められて、怖くなって逃げていたのでございます」
「盗賊もそうだけど、よくモンスターに襲われなかったわね」
「そ、そうでございますね。今にして思えば、とても運が良かったのかもしれません。こうしてユリカお姉様にもお会いすることができましたし」
「どこに向かうつもりだったの?」
「用事があるのは聖峰グリドラクータでございます。そのためにガヤ村へ行くつもりでした」
「え、村に行くの?」
「はい。ユリカお姉様はどちらへ?」
「私は、そのガヤ村からベナレスって街に行くところだったんだけど……」
「それなら、この道を真っ直ぐ進めば2日ほどで着けますわ。わたくしとは反対方向でございますが」
「そうなんだ。ありがとう。道がわからなくて困ってたのよ。でもねぇ……」
盗賊の男たちを見る百合華。
「ああいうのが、これからも出てくるかもしれないからねぇ」
「あの、ユリカお姉様。不躾なお願いですが……」
「うん。私がついて行ってあげるわ」
「え、よろしいのでございますか?今お願いするところだったのですが」
「むしろその方がいいわ。よく考えてみると、私がいなくなってウチの旦那は困ってると思うのよね。あの人たちだけでベナレスまで行くのは危ないから、きっと引き返していると思うの。だからガヤ村に戻った方がいいなって」
「ユリカお姉様は、旦那様とはぐれたのでございますか?」
「うん。いろいろあってね」
「それは心配でございますね」
「ほんとに心配。あんなところに置き去りにしてしまったから。じゃ、早く出発しよ」
「はい」
「てことで、あんた達!」
シャクヤとの話がつき、百合華は男たちを呼んだ。
「「へい!」」
男たちは、正座のまま待たされて足が痺れている。
「もうこんなことしないと誓うなら、今回は見逃してあげる」
「「えっ」」
合計7人の男たちが一斉に驚きの声を上げた。
「み、見逃してもらえるんですかい?」
恐る恐る大将が聞き返す。
「そうよ。ちゃんと誓うならね」
「お、俺はてっきり殺されるもんだと……」
「殺してほしいの?」
「め、めめめ、滅相も無い!」
「あ、でも私だけが決めることじゃないわね。シャクヤちゃん、私が来る前に何かひどいことされなかった?」
百合華から突然振られ、シャクヤもしばし考えてしまった。
「そ、そうでございますね……えーーと……」
考え込むシャクヤをハラハラした顔で見つめる男たち。彼女の証言によって、この場における女性裁判長の判決が決まってしまいそうな勢いなのだ。
「特には……」
シャクヤの言葉に男たちはホッと胸を撫で下ろす。
「あっ、強いて言えばですが」
再びビクッと震える盗賊たち。
「ずっと追いかけられて気持ち悪かったと申しますか……あとは、その、近づかれた時……とてもキツい香りが致しました」
「ああ、こいつら臭いもんね」
百合華は冷ややかな顔で男たちを見ながら続けた。
「あんた達、命拾いしたわね。もし、ほんの少しでもシャクヤちゃんがひどい目にあってたら、蹴り潰してたところよ!」
「「ひっ」」
「さて、どうするの?もう悪さはしないって誓う?それとも?」
「誓います!金輪際、人を襲いません!」
と、大将が言う。
「他は?」
「「誓います!」」
残りの6人も宣言する。ただし、吹き矢の男だけは本当にしゃべることができないようで、「あぁ、うぅ」と言う発声しかできていない。
(こういう連中の約束ってどこまで信用できるのかしらね。でも、私もこれ以上ひどいことしたいわけじゃないから、ここまででいいか)
百合華はそう考え、彼らに別れを告げた。
「じゃ、これからはしっかり働きなさいよ。あとお風呂にも入りなさい。じゃあね」
シャクヤを連れて歩き出す百合華。
しかし、その後ろから再び大将の声が聞こえた。
「あ、あの、あねさん!」
「なによ、あねさんて。私のこと?まだ何かあるの?」
「俺はここまで強い人に会ったことがありやせん。それで、あねさんの力を見込んで頼みたいことがあるんです。どうか聞いてくだせぇ」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇーー」
百合華は露骨に嫌な顔をした。
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