第25話 白金百合華の冒険①

「ひぃぃやぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」


足を滑らせた白金百合華は、急斜面をほとんど真っ逆さまに転げ落ちていた。どこかに掴まろうにも草一つ生えていないので、掴める物が無い。石のでっぱりを見つけたので掴んでみたが、石の方が取れてしまった。


(こうなったら、よくマンガとかで見るやつ!)


と考え、空中で剣を抜いた。

それを急斜面に突き立てて止まろうというのだ。


しかし、岩をも豆腐のように切断する百合華である。斜面に刺さった剣は、そのまま地面を斬ってしまい、抜けてしまった。


(ええ!地面の方が斬れちゃうの!?)


結局、そのまま下の盆地まで転がり落ちてしまった。


「あいたたたたたぁ……て、痛くないか……」


上を見上げて自分が先程までいた場所を確認する。途中から傾斜がゆるやかになっていたので、垂直方向だけでなく水平方向にも遠ざかってしまった。


「結構、落ちてきたなぁ………あ」


次に剣を見て嘆き声を上げた。


「縦じゃなくて、横に突き立てれば良かったんだ……」


落胆した後、百合華は落ちることになった原因に思いを馳せた。だんだんと鼻息が荒くなる。


「もう、それもこれも全部、蓮くんが悪いのよ!私だって蓮くんのこと心配してるからたくさん悩んできたのに!私の言うことなんて、ちっとも聞いてくれないで!なんなのよ、あの言い方!いつも、いつも、いっつも!!!いっつも、いっつも、いっつも、いっつも、いっつも、いっつも、いっつも、いっつも――」


夫への不満が徐々にエスカレートし、最高潮に達した。


「上から目線なのよおっ!!!!!!!!!!」


それは声と言うよりも轟音だった。大気が振動する。驚いた周辺の鳥が、一斉に森から飛び去って行った。


「はぁ…………」


思いの丈を叫び終わってスッキリした百合華は少し落ち着きを取り戻した。


「ひとりで大丈夫って言ったそばから、こんなところに落ちて来て……私、何やってんだろ……」


冷静に考えてみると、自分のマヌケさに気づいて再び落胆する百合華。

しかし、今はそれどころではない。


「そんなことより戻らなきゃ」


斜面を見上げるが、上は見えない。


(登るのは無理ね。でも、ジャンプすれば簡単に戻れるわ。蓮くんの気配もわかるから、そこを目指せば大丈夫)


そう考えたが、百合華にとっては、戻る方法よりも戻った後の方が気がかりだった。


(それよりも蓮くんに何て言おう?もうどんな顔すればいいのか、わからない。でも、さっきの助けを求める声も気になる。とにかく仲直りして、一緒に手伝ってもらおう)


悶々と考えながら、上空に向かって跳躍しようと足に力を入れた。


しかし、そこが斜面であり、自分が滑り落ちてここまで来たことを忘れていた。

足元がズルッと滑る。


「わっ!と」


転ばないように足を前に出して踏ん張った。

しかし、これがいけなかった。

イライラした気持ちを残したまま、無理にバランスを取ろうとした結果、思いっきり地面を蹴ってしまったのだ。


ドオォォォンンッ!!


(えっ!うそっ!)


想定外の力でジャンプしてしまった百合華。

その勢いは凄まじく、夫のいる場所を遥かに通り越し、さらに上空まで跳び上がってしまう。


「いやああぁぁぁぁっっっっっ!!!ちょっ!ちょっと待って!止まってえぇぇぇぇ!!!」


しかし、空中に自分を止めてくれるものなどあろうはずがない。ただ、重力に逆らってしまった自分自身の力によって遠くへ遠くへ飛んで行くだけだ。


しかも、一瞬だけ確認できた夫の姿が予想外のものだった。角度のせいか、白金蓮がダチュラを抱きしめているように見えたのだ。


(え、今のは何?見間違いだよね?)


そうであると信じたいが、確認しようにもその場からどんどん遠ざかって行く。以前のような垂直ジャンプと違い、斜めにジャンプしたために見当違いの場所に引っ張られているのだ。このままでは全く見知らぬ土地に着地することになるだろう。


「ちょっと!やだ!止まってよ!どうすればいいのよぉぉっ!!!」


半泣き状態の百合華。

嘆いているうちにようやく垂直方向の勢いが衰え、今度は下に向かって下降を始めた。もちろん水平方向の勢いはそのままだ。


「ここからやっと落ちるの?早く落ちてぇ!!」


自分のパワーをこれほど恨めしく思ったことはなかった。


(私のバカ!バカバカバカ!!蓮くんにあれほど注意されたのに何やってんのよ!もう!)


綺麗な放物線を描いて自由落下する白金百合華。

落下すること自体に恐怖を感じない彼女は、とにかく地面がやってくることを待ち望んだ。そして、ようやく鬱蒼と茂る森の中から背の高い木が伸びているのが近づいてきた。


(よし、あの木に掴まれば、止められるかも!)


百合華は大木の頂にある小枝を掴む。しかし、掴んだ瞬間にそれはポッキリと折れてしまった。飛行速度から考えれば当然の結果だ。


「またこれぇ!?」


結局、前方への勢いは衰えることなく地面に到着することになった。


(この前は地面に穴を開けちゃったから、今度はうまく着地しよう)


ここで心優しい百合華は、余計な配慮をしてしまった。超高度から高速飛行で落ちてきた自分自身の勢いを足のバネで受け止めて、上手に相殺したのだ。


ズザザザザザザッ


それは功を奏し、地面に穴を開けるには至らなかったのだが、上下方向の力を相殺できても、前方への力は相殺できなかった。体はそのままの勢いで前方へ向かって移動してしまう。


「うわっ、ちょっと!」


飛行機が着陸する時を想像すればわかることだが、この状況で急に止まれるはずはない。目の前は再び斜面になっていて、そこを転がり落ちてしまった。


「ひぃやぁぁぁぁっ!」


そうして、ようやく体は止まり、白金百合華は起き上がった。


「ここ……どこ……」


呆然と立ち尽くす百合華。周囲には木と草しか見えない。


「あ……あれ………私……どっちから飛んできたっけ……」


ゴロゴロと転がってしまったため、方角がわからなくなってしまった。根っからの方向音痴である百合華には致命的だ。


こんな時、自分が転がってきた跡が少しは残っているはずだと気づくことができれば、方角を見定めるヒントにできる。しかし、方向音痴の人というのは目印を見つけることが、とにかく下手なものだ。あたりをキョロキョロ見ている間に、そのおおよその方向さえ、わからなくなってしまったのだ。


「ど……どうしよう……本当にどうしよう……」


泣き声でつぶやく、可哀想なメインヒロイン。


(またジャンプする?でもこれ以上、離れることになったら、もっとひどいことになっちゃう。もうあんな思いは、まっぴらごめんよ)


さすがの世界最強の勇者も再びジャンプを試みる勇気は持てなかった。


「こんなときスマホがあればなぁ……」


異世界の不便さを痛感する。


「やっぱり蓮くんの気配を探すしかない。蓮くんさえ見つけられれば……」


夫の気配を探ろうと思うが離れすぎており、既に空中にいた時から気配を感じ取れなくなっていた。もはやここから夫の気配を探すのは困難だ。


(いや、諦めちゃダメ。だったら、もっと集中して範囲を広げてみる。私の力なら、なんでもできるって蓮くんが言ってくれたんだ!)


自らを奮い立たせ、集中力を高める百合華。しかし、遠く離れれば、その気配も小さくなるのが道理だ。その小さな気配を追おうとすれば、近くの小さな気配も数多く感知することになる。


「うっわ、ダメだ!虫とか小動物まで見つけちゃう。数が多すぎだし、気持ち悪い!やるんじゃなかったぁ!」


百合華は悪寒に震えて、また涙声になる。

しかし、他にも希望はあった。


「あっ、でも今のは……」


夫を見つけることはできなかったが、他の気配を捕捉することには成功したのだ。


「さっきの声の人だ!こっちにいたんだ!」


遠く離れて聞こえてきた声は、決して幻聴ではなかった。百合華本人にも理屈はわからないが、これほど離れた場所から助けを求める心の声を感じ取っていたのだ。


百合華は喜び勇んですぐにその気配を追った。今となっては、人助けの使命感よりも、孤独な状況を打破できることに歓喜していた。


その気配の先には、街道が通っていた。そこをさらに進んで行くと、まもなく街道の向こう側から一人の女性が走ってきた。女性は白い服装をしている。


(あの子ね!その向こうから男が6人追ってきてる。それと……)


そこは、ちょうど街道が曲がりくねっている場所だった。

百合華が近づこうと思うと、女性よりもこちら側の位置から一人の男が現れた。


「あっ」


気づいた女性が立ち止まる。

森を通って先回りされたのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……いやぁ、足の速いお嬢ちゃんだこと。おじさん達、ヘトヘトだよ。だが、甘かったな。この辺りはおじさん達の庭みたいなもんなんだ」


先回りした男が話しているうちに後ろの男たちが追いついた。

女性は囲まれてしまった。


「やっと追いついたぜ。さぁお嬢ちゃん、諦めてこっちに来な」


男の一人が言った。


(やれやれ、モンスターの気配がしないと思ったら、こういうことか……)


遠目にそれを確認した百合華は、その一団に近づいていった。

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