第21話 旅の準備

墓参りが終わり、僕と嫁さんはダチュラと一緒に買い出しに出た。


旅の必需品などは、ダチュラがアドバイスをくれた。服と食料と水筒。さらに野営用のグッズ。ある程度のものはダチュラが既に持っていたので、ギルド本部までの道中では、それを使わせてもらうことになった。


さらに今後の戦闘と研究のために魔法の宝珠も購入することにした。この村ではギルド支部で宝珠を扱っているので見に行ってみた。


「宝珠は高額だから、よく考えて買った方ががいいよ」


と、ダチュラからの忠告だ。


宝珠は契約精霊にごとに色が異なる。

『火』は赤。『水』は青。『風』は緑。『地』は黄色だ。


めぼしいものとして、いくつかの宝珠があった。


『火』の精霊魔法で、

炎の玉を発射する【火炎弾ファイア・ショット】の宝珠。

強烈な光を出す【明閃光ブライト・フラッシュ】の宝珠。


『水』の精霊魔法で、

圧力の掛かった水の刃を飛ばす【飛水刃スプラッシュ・スラッシュ】の宝珠。


『地』の精霊魔法で、

地形を変形させる【地変形デフォルマシオン】の宝珠。

毒の有無などを解析する【毒解析ポイズン・サーチ】の宝珠。


「いいところに目をつけるね。どれも戦いで役に立つわよ」


ダチュラが感心してくれる。しかし、僕の考えはもう一つ別にあった。これら攻撃魔法の宝珠を利用して旅の生活グッズとしても応用できないかと考えていたのだ。


「実は、この【飛水刃スプラッシュ・スラッシュ】を出力を抑えて使ったら、水が出せるんじゃないか、と考えているんだ。どう思う?」


質問されたダチュラは困惑した。


「いや、そんなの、聞いたこともないから知らないわ。攻撃魔法は戦闘で使うものだとしか考えたことないわよ」


「やっぱりそうか。じゃあ自分で実験してみるしかないな」


横にいた嫁さんが聞いてきた。


「水を出す宝珠?それ、飲んで大丈夫なの?」


「うん。本で調べた限りでは、ちゃんと飲める水らしい」


「何それ。便利すぎじゃない?」


「ただ、不思議なんだよ。その水はどこから来るんだろうか」


「マナっていうのが水に変換されるんじゃないの?」


「だとすると、マナというのは全く異なる元素に変換可能な万能の元素ということになる。さすがにそんな都合のいい物質が存在するとは思えないんだよな」


「また難しいこと言い出した……」


嫁さんが呆れ顔になったところでダチュラも嫁さんに話し掛ける。


「ユリカ、レンって変わってるわね。何言ってるのか全然わからないんだけど……」


「安心して。私もわかんないから」


しばらく吟味した結果、先程の宝珠を全て購入した。どれも使い勝手が簡単で、とても役に立ちそうだ。『風』の魔法は自分で使えるので後回しで良いだろう。魔法の宝珠5個で金貨6枚となった。


「え!そんなに持ってたの!?」


お金を取り出す際、ダチュラが横で驚いていた。


「わ、私とリーフの今までの頑張りは何だったの……」


どちらかというとドン引きしているようだ。

ごめん。『ブラック・サーペント』が想像以上のお金になったので、実は僕も驚いているんだ。


ふと横を見ると、透明の宝珠が大量に置かれていた。

担当者に尋ねてみる。


「あれはブランク宝珠ですよね?あんなに大量にあって、何に使うんですか?」


「ああ、宝珠の原料になる魔結晶は、この地域で採れるんですよ。マナが豊富な地域ですからね。ブランク宝珠はこの村で生産されて、多くの国や街に輸出されるんです」


「へぇ、ちなみにブランク宝珠はいくらですか?」


「1つで銀貨1枚になります」


「え?」


「銀貨1枚です」


「安くないですか?」


「魔法が登録されていないものは、ほとんど無価値ですからね。魔結晶は聖峰周辺では豊富に採掘されますので」


「てことは、宝珠の金額は魔法の金額なのか」


「はい。今では自分で魔法を使える人が少ないですからね。魔法使いの方はお金持ちが多いですよ」


これは思わぬ得をした。

魔法技師と言われて最初はショックを受けたが、むしろ喜ばしいのではないだろうか。


「百合ちゃん、やったよ」


思わず、嫁さんに笑顔を向けた。


「蓮くんはこっちの世界でもエンジニアみたいになるんだね」


嫁さんも笑った。

なんだか久しぶりに彼女の笑顔を見た気がする。


僕はブランク宝珠を20個ほど購入した。

これからの研究に役立てたいからだ。

本当はもっと欲しいが、荷物になってしまうので我慢した。


その後、ダチュラは個人的な買い物をすると言うので、一度別れた。


久しぶりに嫁さんと二人きりになった。

そろそろ夕暮れ時だ。

僕はここがチャンスを思い、懐にしまっておいたペンダントを取り出した。


「百合ちゃん、これ」


「え、なに?」


「時計のお礼」


「えっ」


「宝珠は武器に付けたり、アクセサリーに付けたりするのが普通なんだって。だから、ブランク宝珠を一つ、ペンダントにしてもらったんだ」


「わあぁ」


「とりあず僕の風魔法を登録しておいたから、百合ちゃんも魔法を使えるよ」


「ありがとう!早速つけてみるね」


「うん」


嫁さんはペンダントを首に掛ける。


「どうかな?」


「似合ってるよ」


「うふふ」


とても上機嫌な様子だ。

よかった。プレゼント作戦は大成功だ。

ここ数日の冷え切った感じもこれで払拭できた気がした。


さらに嫁さんはペンダントの宝珠を手に取りながら言った。


「これ、使ってみたいな」


「マナをチャージしないと使えないよ。この地域はマナが濃いから1時間でチャージされる」


「自分でチャージはできないの?」


「できるよ。普通の人はマナが枯渇しちゃうから、やらないけど、百合ちゃんなら大丈夫かもね」


「ちょっとやってみる」


嫁さんは宝珠に向けて意識を集中した。

すると一瞬だが、手に持った宝珠がブワッと強烈な光を放った。


「え」


思わず身を引いてしまった。

嫁さんが心配そうな声で言った。


「あれ、今これ、私、入れすぎちゃったかな?壊しちゃった?」


「いや、一瞬ビックリしたけど、壊れたわけじゃなさそうだ」


そう言って、嫁さんの胸元にある宝珠を持ってみた。

宝珠は静かだ。しかし、その中にはボンヤリと力強い光が宿っていた。


「蓮くん、今おっぱい触った」


「ああ、ごめんごめん。それよりなんだこれ。すごいマナの量だ。いったい何十、いや、何百発分のマナが入ったんだ」


「そっかぁ。壊れてないならよかった」


「百合ちゃんのマナもすごいけど、宝珠のキャパシティもかなりのものだな。今のでどれくらいマナを使った?」


「うーーん、どれくらいかなぁ?10分の1も使ってないよ。100分の1くらい?」


「マジか……じゃあ、僕のこの宝珠にもチャージしてみてくれる?今度は宝珠が壊れる限界までやってみよう。今くらいのチャージを何度か繰り返してみて」


「うん」


嫁さんは僕が持っていた【風弾エア・ショット】宝珠にマナをチャージした。宝珠は嫁さんがチャージするたびに、ボワァッと閃光を放った。10度目で宝珠に亀裂が入った。


「おっ」


一度亀裂の入った宝珠は、そこから大量のマナを放出し、その勢いで砕け散ってしまった。


「ふうぅぅっ、今、結構チャージしたよ。10分の1くらいマナを使ったかも」


「すごいな。宝珠のキャパシティは」


「私は?」


「百合ちゃんもすごい」


「宝珠、無駄にしちゃったね」


「たくさんあるからいいよ。それより百合ちゃんのマナを無駄にしてしまった」


「大丈夫だよ。ご飯食べて一晩寝れば回復すると思うから」


「そう?じゃあ、この3つの宝珠にもチャージできる?」


「え、3つ?」


「ちょっとだけ」


「もう、しょうがないなぁ。ちょっとだけよん」


妙な言い方で嫁さんは3つの【風弾エア・ショット】宝珠にチャージしてくれた。これで【風弾・三重陣エア・ショット・トリプル】を撃ち放題だ。


「はい。愛情込めてギリギリまで入れてみました」


「ありがとう」


宝珠からは凄まじい量のマナを感じた。持ってるだけで圧倒されるようだ。これでは怪しまれそうで、他人には見せられない。少しやりすぎたかもしれない。


「ペンダントのお礼ね」


そう微笑んでくれた嫁さん。

何かすごくいい感じだ、と思った。


そう。このときの僕は、なぜ嫁さんとギクシャクしてしまったのか――

――という根本原因をすっかり忘れて、全てが解決したように思っていたのだ。


しかし、それは思っていたほど長くは続かなかった。




二人でバーリーさんの家に戻った。

だが、中に入ろうとすると、なんだか様子がおかしい。

何かあったようだ。


家にいたのは奥さん3人と子ども達だけだった。聞いてみると、夕方だというのに『ブラック・サーペント』の戦利品回収隊が戻ってないというのだ。


回収隊には、バーリーさんの息子さん2人も参加しており、割の良い報酬だと、とても喜んでいたのだが、彼らも戻っていないのだ。


最年少のチェリーが不安そうな様子で母親に言った。


「パパ、たべられちゃうの?」


それを聞いた瞬間、嫁さんが悲愴な面持ちで家を飛び出した。

慌てて呼び止める僕。


「え!百合ちゃん!」


嫁さんは一瞬だけ立ち止まり、振り返らず僕に言った。


「蓮くん。今度は何も言わないで」


冷たい響きだった。

そして、嫁さんの姿は風のように消え去った。

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