第22話 ギルド本部へ
「蓮くん。今度は何も言わないで」
そう嫁さんから言われた瞬間、僕は心臓が凍ったような思いがした。今のは完全にリーフが死んだ時のことを引きずっている言葉だ。
なんだよ。結局、君はそのことで僕を責めたいんだろう。どうして直接言わないんだ。
僕がそんなことを考えている間に、嫁さんは既に姿を消し、村の入り口に高速で移動していた。村の人たちからすると、何かが疾風のように駆け抜けていった、という感じだ。
さすがの嫁さんでも村の中の道はもう慣れたようだ。迷わずに村を抜けると、今度はなんとなくの感覚で、初めて村に案内されて来た時の道のりを逆戻りした。さらに気配を感知する能力を生かして、回収隊がいる地点を探し当てる。
そうして、日が暮れる寸前には、嫁さんを連れた回収隊が村に帰ってきた。
皆、嫁さんに感謝していた。
モンスターの群れに襲われ、逃げていたところを嫁さんに救われたのだ。初めて村に来た時、嫁さんを睨みつけたという青年もその一人だった。
幸いにも軽傷者が数名出ただけで済んだ。
この地域の危険性を改めて認識した日となった。
「あ、あの、蓮くん」
皆が帰った後、嫁さんが僕に話し掛けてきた。
「あのね、最初にこの村に来た時、蓮くんが木に付けていた目印。あれのお陰で途中、迷わなかったよ。ありがと」
さっきのことへの謝罪かと思ったが、違うことへのお礼だった。
「そうか。役に立ったのならよかった」
「うん。私ダメだね。いつも蓮くんに頼り切っていて……」
「何を言ってるんだ。みんなを助けたのは百合ちゃんじゃないか」
「うん……」
いったい嫁さんが何を気に病んでいるのか、この時の僕はピンと来なかった。そして、僕自身も嫁さんに対して、わだかまりがあるのは事実だった。だが、何も言えない。言えば、むしろ自分自身が情けなくなるだけだから。
「さあ、もう休もう。夕飯の用意ができてるみたいだし、明日、旅立つこともバーリーさん達に言わないと」
「うん」
バーリーさん一家は、息子さん達が助けられたことで再びの歓迎ムードになっていた。急遽、夕食を御馳走にしたようで、様々に嫁さんのことを褒め称える。今度は明らかに僕ではなく嫁さんの手柄であったことから、女性でありながらここまで強いとは驚きだ、という賛辞がひっきりなしに飛び交っていた。
そんな中で、明日に旅立つ旨を伝えるのは、なかなかハードルが高かった。なんとか告げることができたものの、案の定、もう少し泊まっていけばいい、と止められる。しかし、こちらも目的がある以上、長居はしていられない。
「まぁ、しかたねえな!あんちゃんとねえちゃんがどうしても行くって言うんだから、俺たちが止めるわけにはいかねえ!寂しくなるけど、三人とも元気で生きてくれよ!」
バーリーさんがまとめてくれたことで、ようやく皆、落ち着き、最後の晩餐を楽しむこととなった。
そして翌日。
異世界生活7日目。
出発の準備は整った。
所持金は金貨18枚。銀貨40枚。
『ブラック・サーペント』の戦利品売却を合計すると、買い物に使った分を差し引いてもこれだけ残ったのだ。
お金に関しては、嫁さんと半分ずつ持つことにした。
出発前に来客があった。アッシュ隊長だ。
「これを渡そうと思ってな」
それは、紹介状であった。
「ギルド本部に行くなら、それを見せるといい。きっと歓迎してくれるはずだ」
「ありがとうございます」
「なんだ。アッシュも用意してたのか。俺のは無駄になっちまうな」
後ろでバーリーさんも聞いていたようだ。手に紹介状を持っている。
アッシュ隊長が言った。
「バーリーさんも書いていたんですね。それなら両方持って行けばいいですよ。なおのこと、本部で信用されるでしょう」
二人から紹介状を受け取り、僕は謝意を表した。
「お二人とも、ありがとうございます。本当に何から何までお世話になりました」
「とんでもない。こちらこそ、せめてもの恩返しだ」
バーリーさんもニッコリと言う。
アッシュ隊長は帰り際に、さらに忠告をくれた。
「ところで、レンとユリカなら問題ないと思うのだが、最近、道中で人攫いが横行しているという噂を聞いた。被害情報が曖昧なので眉唾ものだったんだが、魔族のことがあってから少し気になってな。くれぐれも気をつけてくれ」
「そうですか。情報ありがとうございます」
そうして、僕と嫁さん、そしてダチュラは外に出た。
しかし、ここで、迎えに出てきたバーリーさん一家と僕たちで少し動揺する出来事があった。
嫁さんの格好だ。
最初に来たときと同じように太ももを出した格好をしている。Tシャツとショートパンツは1枚ずつしかないので、代わりにこの世界の服装で、その雰囲気を再現していたのだ。
「百合ちゃん、それ……」
僕が声を掛けると、嫁さんはフード付きのマントで体全体を覆った。
「人前ではこれで隠すからいいでしょ?」
「ガハハハハハハ!もう、俺からねえちゃんに言うことは何もねえよ!」
バーリーさんが笑い出すと、一家全員が笑い出した。皆、この数日を一緒に過ごしてきて、ウチの嫁さんが普通ではないということを認識していたのだ。
別れの挨拶を済ませ、出発した。
子ども達も寂しがってくれ、僕たちの姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
――さて、いよいよ出発した、と思った矢先。
村の入り口近辺まで来ると、一人の男が近づいてきた。
ハンターの一人だ。
「よう。レンと……ユリカだったか」
そのハンターには右腕がなかった。
討伐隊のとき、右翼班で嫁さんが助けた一人だ。
「風の噂で旅立つと聞いたもんでな。挨拶したいと思ったんだ」
声を聞いて思い出した。右翼班でモンスターの包囲を知らせた時、僕たちに怒り出して一触即発となったハンターだった。
「あ、あのときの……」
僕が気づいて言うと、ハンターは頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう。あんた達のことは一生忘れねえ」
「いや、お互いに生き残れてよかった」
「特にユリカ。女だからと言って、俺はあんたにひどいことを言っちまった。それなのに俺を助けれくれた。意識は朦朧としていたが、ハッキリ覚えているんだ」
そう言われて嫁さんも応答した。
「ううん。気にしてないよ。それに腕の方は助けられなくて、ごめんなさいね」
「これは、あんた達の忠告を無視したことの報いさ。仕方ねえ。聞いた話じゃ、あの時は魔族が絡んでたって言うじゃねえか。だとしたら、そもそもあの討伐隊は最初から失敗していたんだ。そんな中で命があったのは、あんた達がいてくれたからだ。他の連中はまだ心の整理がついていないが、そのうち皆、あんた達に感謝するようになるぜ」
しみじみと言うハンターに僕も返す。
「ありがとう。それだけ言ってもらえると、こちらも嬉しいよ」
嫁さんも言葉を掛ける。
「おじさんはこれからどうするの?もう戦えないでしょ?」
「クニに帰って、実家の畑を手伝うさ。女房と子どもも待っているんだ。今までのハンター業で小銭はだいぶ稼げた。あとは地道にやっていくよ」
「結婚してたんだ。ちょっと意外。ハンターの人たちって皆、結婚しているの?」
「している奴が大半だな。守るもんがある方が、人は強くなろうとするし、家族がいる奴の方が、戦いが慎重になって生存率も高いんだぜ」
「へぇ、みんな、女の人を馬鹿にしているから、結婚してないと思ってた」
「馬鹿にしているわけじゃねえのよ。命懸けの仕事には、女は来るもんじゃねえって思ってるのさ。そのために男ってもんはいるんだからな。まぁ、ユリカみたいに強い女がいるんじゃ、それも間違ってたことになるんだが」
「ううん。私のことは特別だと思ってね。基本的に女の子は弱いんだから」
「ああ、そうだな」
「あ、弱いっていうのは物理的にね。精神的には男の人より強いんだからね」
「ああ、よく知ってるよ。うちも女房が3人いるからな」
「「えっ」」
僕と嫁さん、二人同時にリアクションした。
二人で顔を見合わせる。
女房が3人。確かにそう言った。
今まで全く考えてこなかったが、この世界は一夫多妻制なのだ。
バーリーさん一家をはじめ、この村では見掛けなかったので気づかなかった。
嫁さんが理解不能といった表情をしているので、フォローになるよう会話を続けた。
「そういえば、この村ではみんな、奥さんが一人ずつだったな」
そう言うと、うまい具合にハンターも説明してくれた。
「ここは豊かな村だから、女を養える男衆が多いんだろうな。貧しいところやモンスターに襲われた地域なんかは、だいたい男手が足りない。稼げる男は、その分、女を養うべきだ。レン、あんたも立派な男なんだから、もっと女房を娶るべきだぜ。それが男の役割ってもんだ」
「は、はぁ……」
さすがに返事を濁す以外なかった。
嫁さん同伴で異世界に転移してきて、こっちで他にも奥さんを娶るだと?
それはいったいどんな鬼畜だ?
横にいる嫁さんは、困惑した様子でこちらをじっと見ていた。
「蓮くん、つまり”大奥”ってこと?」
大奥。
江戸時代に徳川将軍家が正室や側室を住まわせていたところだ。実際は、将軍家の子女も住み、さらに世話係の女中が数多く住み込みで働いていた一大組織であるが。
そんな単語が、なぜここで出てきた?ああ、そうか。嫁さんの中では”一夫多妻制”を意味する言葉として、選び出されたのが”大奥”なのだろう。その語彙力はもう少しどうにかならないのだろうか。
とりあえず僕は彼女の言葉に相槌を打った。
「そうだね。”大奥”みたいなことだね」
それを聞いた嫁さんの顔が衝撃を受けた様子になった。
背景に”ガーン!”という文字が見えてきそうだ。
そして、今まで見たことの無い表情をした。
一言で言えば、目が死んでいる。
いや、待ってくれ。何か大きく勘違いしていないか?
そもそも大奥ってどんなとこだか、ちゃんと知ってる?
後でしっかり説明するから待っててよ?
「あ、それじゃ、そろそろ行かないと」
僕は早々に話を切り上げたくなり、ハンターに告げた。
「おお、呼び止めて悪かったな。とにかくあんた達に礼を言いたかったんだ。じゃ、達者でな!ありがとうよ!」
ハンターは元気に見送ってくれた。
何か晴れ晴れとしていて、それ自体は気持ちがいい。
話してみれば実はいいヤツ、という感じでとても好感触だったのだが、それにしても最後に余計な爆弾を置いて行ってくれたものだ。
ダチュラを迎え入れて旅立つ、このタイミングで”一夫多妻制”の情報は本当に迷惑だ。
「グスッ。いいね、男って。あんなにぶつかり合ってたのに、戦いが終われば友情が芽生えるんだね。リーフが死んでから私、涙もろくなっちゃったかな」
なぜか、今のやりとりを見ていたダチュラは涙ぐんでいた。
いったいどこにそんな感動する要素があった?
「大奥……」
嫁さんは死んだ目をしたまま、何事かをつぶやき、空を見上げて歩いている。
こうして異世界に来て以来、最初となる本格的な旅立ちは、村を出る第一歩から既に不安に包まれたものとなったのである。
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