第20話 連携魔法

「おほほほほぉ!連携魔法なんて、聞いたことあるけど見たのは初めてさ。あんた、何者だい!」


「魔法技師、らしいです」


「いやぁ、ただの魔法技師じゃないさ。一昨日まで素人だったのにおかしな話だよ。あんた、あたしをからかってたんじゃないかい?」


「そんなことないですよ。おばあさんに基礎を教えてもらったので、あとは応用してみただけです。他にこういうことする人はいないんですか?」


「いないねえ。あたしの知る限りじゃ、いないねえ」


「そうですか。なら、これは僕のオリジナル技術になるな」


運良く1日の実験で成功できたが、実現するのに計算が必要だった。『魔法連携理論』にはそこまで書かれていなかったので、この世界の数学ではまだ実現できないのかもしれない。


気を良くした僕はさらに続ける。


「では、【二重陣ダブル】が成功したので、【三重陣トリプル】も試しますね」


「とりぷる!3つかい!」


風弾エア・ショット】宝珠はフルチャージしてあるので20発近く撃てる。さらに3つの宝珠を同時発動し、三重の魔方陣を形成させてみた。


風弾・三重陣エア・ショット・トリプル】である。

これも見事に成功した。


しかし、今度は風の渦が想定以上に大きかった。

狙いを定めるのが難しい。


「うっぐっ!」


勢いに体が持っていかれそうになるが、なんとか堪える。

そして、大きな風の弾丸を発射し、遠くにあった岩に命中させた。

なんと岩が砕けてしまった。


「え」


「なんだい!これは!」


「威力が3倍になると思っていたけど違った。2倍が2倍されて4倍になったんだ」


三重陣については、『連携魔法理論』にも記述されていたが、成功例が全く無いので、その威力については知らなかった。もしかすると今のが、この世界で初めての成功例になったのかもしれない。


「ということは、【四重陣クアドラプル】が成功すれば8倍になるな」


「まだ先があるのかい!」


「ええ。でも試してみたいけど、もっと広いところじゃないとダメですね」


「あたしも付き合うよ。この歳でこんなすごいものが見れるとは思わなかったさ」


広い空き地に行き、四重陣を試してみた。

なるべく迷惑にならないよう、空に向けて発動する。


しかし、今度は大きくなった風の渦が、4つ目の魔方陣を通過できずに反発し合い、暴発してしまった。あたりに爆風のような風が吹き荒れ、風の弾丸がこちらに跳ね返ってきた。


これはやばいヤツだ。

危険を感じて咄嗟に避けていたので、風の弾丸は地面に当たった。

地面が抉れてしまった。


「ひえぇぇぇぇ、これはダメだね。失敗さ」


「ですね……」


残念ながら四重陣は失敗となった。

さすがにこのままの勢いで8倍、16倍……と、倍々で成功していき、あっという間に僕が無双する時代が来る、なんてことは無かった。


これ以上はさらなる研究が必要であるが、危険すぎてまたやりたいとは思わない。少しずつ原因を追究していくしかないだろう。


「ともあれ、【三重陣トリプル】までは成功できたので上々です」


「あんたは”大賢者”にでもなるつもりかい?」


「”大賢者”?そういう人がいるんですか?」


「あたしらの世代では有名だったさ。魔法の研究で、とても高名な方でね。その強さも”勇者”様に匹敵するなんて言われたもんさ。西の王国で召し抱えられたと聞いたけど、もう引退されてるだろうねえ」


「へぇ。ちなみに”勇者”は実際にいたんですか?」


「いたさ!今の若い連中は、おとぎ話だと思ってるみたいだけど、あたしの若い頃は”魔王”がいてね。”勇者”様が倒してくださったんだよ」


「その後、”勇者”はどうなりました?」


「故郷に帰られた、って話さ。それがどこかは誰も知らないもんだから、今では”勇者”様の存在を信じる者がほとんどいないのさ。老人の妄想だと思ってるのさ」


「いい話を聞けました。僕は信じますよ」


「そうかい。ありがとねえ。あんたはきっと素晴らしい”大賢者”になるよ」


「ははは」


大賢者についてはどうでもいいが、過去に『勇者』が存在したことを知ることができた。ご老人の話を聞くことは無駄ではなかった。


しかも魔王討伐後に故郷に帰ったという。その故郷とは、”元の世界”ということではないだろうか。やはり僕らが帰る手段も『魔王』が関係している可能性が高い。


であれば、僕が以前から考えていたとおり、まずは僕たちをこの世界に呼び出した者を見つけ出そう。おそらくは向こうもこちらを探しているはずだ。


人が多く集まるところで情報収集したい。次の目的地はそこだ。


ジニアおばあさんに別れを告げ、本屋に向かった。


お世話になった『魔法連携理論』を購入する。これには、魔法に関する基礎と応用の複雑な理論が散りばめられているので、まだまだ研究の余地があるからだ。


他にも、古代文字に関する辞書、モンスター図鑑、植物図鑑を買った。


頭の中で勝手に翻訳される不思議な機能のお陰で、古代文字を読むことはできる。しかし、文字の全てを僕が知っているわけではないので、思いどおりに書くことはできないのだ。よって今後の研究のためには辞書が不可欠だった。


図鑑は、これからの旅路で必要と思われた。モンスターの知識はもちろんのこと、どんな植物が食用にできるのかも知らなければ、いざというときに飢え死にしてしまう。


文字だけでなく絵まで描かれた図鑑ともなると、1冊で金貨2枚もした。これはもはや庶民の買い物ではない。貴族の買い物だ。店主も殊の外、喜んでいた。


これでこの世界での自分の生き方が見えてきた。ハンターとしては非力であっても、魔法技師として研究を重ねていけば戦う力になる。大きな街に行って情報収集すれば、さらなる飛躍も可能かもしれない。


それで嫁さんをサポートして行こう。少しだけ自信がついてきた。これを聞いたら、嫁さんも喜んでくれるだろうか。


あとは旅に必要なものを揃えれば、いつでも出発できる。今日で黒蛇の戦利品回収も終わるはずだから、明日にでも出よう。


旅立ちの決意が固まると、その前にどうしても寄っておきたいところがあった。


リーフの墓だ。



墓地に来ると再び悔恨の思いが込み上げる。

魔法について調べたからこそ、あのときの反省点が具体的に見えるのだ。


瀕死の重傷だったリーフ。骨も砕け、それが内臓に刺さり、内出血も甚だしい状態だった。現代医療でも外科手術が必要な状態だ。この世界の治癒魔法は、自己治癒力を高める働きをするだけで、ゲームのような便利な回復魔法ではない。


そんな治癒魔法を重体のリーフに施したらどうなるか。


骨が刺さったままの内臓が回復力を高め、傷を塞ごうとするだろう。しかし、骨が抜けていないのだから、内臓と骨が圧迫しあうことになる。想像するだけでも恐ろしい状況だ。その痛みと苦しみはどれほどのものだったか。


要するに僕は医者の資格も無いのに医療行為をしてしまったようなものだ。現代社会なら犯罪者だ。この世界では刑罰に当たらないとしても、僕自身はこの罪を背負い続けなければならない。


「リーフ、少しだけど僕の進むべき道が見えて来たんだ。この世界では、魔法の研究が僕には合ってるみたいだ。約束はできないけど、いつか治癒と修復を兼ね備えた、最高の回復魔法を作ってみたいと思う。それが、僕にできる君への贖罪だ」


僕がつぶやくと後ろから声がした。


「それは是非とも実現してもらいたいな」


振り返ると、アッシュ隊長であった。


「アッシュさん」


「意外そうな顔をしているな、レン。実はリーフは俺の甥っ子なんだ」


「え」


「ダチュラのことも知っていた。俺のところに二人で相談に来たんだ。最初は俺も反対したが、こいつもなかなか頑固でな。ダチュラが男装することを条件に討伐隊への参加を許したんだ」


「そうだったんですか」


「リーフの遺体運びを依頼してくれたこと、逆に俺からも感謝したい。あの時、あの場では俺一人の一存でリーフの遺体だけを運ぶことはできなかった」


「いえ、せめて友人として、それだけはと思っただけで……彼を救えなかったことが僕の最大の後悔です」


「あまり気に病まないでくれ、レン。討伐隊に参加した以上、リーフも覚悟は決めていたのだ。それを見定めた上で俺も参加を許可した。むしろ、君たちは本当によくやってくれた。レンとユリカがいなければ我々は全滅していたのだ」


「そうよ、レン」


さらにもう一つ声が増えた。

やって来たのはダチュラだった。一緒にウチの嫁さんもいる。


「あなたもユリカも本当に変わってるわ。私たちだって狩りに出るからには、命の覚悟はして来ていたのに、私を助けてくれたことよりも、リーフが助からなかったことをずっと悔やんでるんだもの」


ダチュラは村に戻った翌日から、すっかり女性の格好に戻っている。髪は男装のためにバッサリ切っていたが、褐色肌の整った顔立ちと相まって、現代日本ならイケメン女子としてモテたであろう。残念ながら、今は外出中なのでヒジャブで髪を覆い隠しているのだが。


「ダチュラ、もういいのか?」


「うん。心配掛けちゃったね。もう大丈夫。いつまでも泣いていられないから」


僕の質問に笑顔で応えるダチュラ。一時はどうなることかと心配したが、だいぶ気を持ち直したようだ。アッシュさんもダチュラに尋ねる。


「これから、どうするんだ?」


「一度、故郷に帰ろうと思います。でも親には合わせる顔がないので、その後のことはまた考えます」


「そうか。我々はもうしばらくの間、ここに留まることになる。ギルド本部からの指示を待たねばならないからな。王国に戻るなら、それまで待っていてくれ」


と、二人が話すので、僕も聞いてみる。


「ダチュラの故郷ってギルド本部の方にあるのか?」


「うん。その先にある西の王国『ラージャグリハ』にあるの」


「『環聖峰中立地帯』であるここから向かうには、経験豊富なハンターが同行しないと危険なのだ」


と、アッシュ隊長が付け加える。


「なるほど。実はダチュラ、これから百合ちゃんと相談するところなんだけど、僕たちギルド本部のある街に行ってみようと思ってたんだ。よかったら一緒に行かないか?そこから先のことは、何とも言えないけど」


僕が誘うとダチュラは喜んで答えた。


「本当?ぜひ行きたい!」


「百合ちゃん、どうかな?」


事後報告になってしまったが、嫁さんも喜んでくれた。


「いいね。ダチュラを連れて旅に出るなんて楽しそう」


「じゃあ、準備を整えて明日には出発しようか」


「うん」


「それはよかった。二人が一緒なら安心だな」


アッシュ隊長も横で笑っていた。

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