第19話 魔法研究

バーリーさんから紹介された、このヨボヨボのおばあさんが実はとんでもなくすごい人物で、僕はこの人の導きによって、いっきに才能が開花するのであった。


……などという都合の良い展開は全くなかった。


最初に予感したとおり、このおばあさんは本当にただのおばあさんだった。


名を『ジニア』という。


若かりし頃は魔法使いとして少しは活躍していたようだ。

まずはその昔話を20分ほど聞かされた。

しかし、キリがないので、こちらも無理に質問させてもらった。


「あら、やだ。宝珠について知りたいのかい?そうさねえ、あたしも宝珠についてはそこまで詳しくないけどねえ」


「宝珠に魔法を登録するやり方だけでも分かれば」


「なんだ。そんなところからかい?それなら、あたしだって知ってるよ」


「本当ですか。よろしくお願いします」


「あんた魔法は自分で使えるのかい?」


「ええ、魔導書を使ってですが」


「魔導書!へえ!魔導書!こんな若い人が魔導書を使うのかい!嬉しいねえ!」


「え、ええ」


「宝珠はあるのかい?何も入っていないヤツさ」


「はい。あります」


「なら、話は早いね。登録したい魔法の魔方陣を開いてみな」


「はい」


僕は魔導書を開いた。


「したら、そこに宝珠を置くんだよ」


「はい」


杖についていたブランク宝珠を見る。

よく見ると取り外すことができたので、それを置いてみた。


「宝珠に向かって魔法を発動させるのさ。そうしたら宝珠が魔法を吸い込んでくれるさね」


「わかりました」


「ああっ、お待ちなよ!こんなところでやっちゃダメ。もしも登録に失敗したら、ここに魔法が、ぶちまけられちゃうでしょう!」


「すみません。そうですね」


「外に行こうさね」


独特の訛りを持つジニアおばあさんがギルド支部の外まで一緒に来てくれた。


そこで早速、【風弾エア・ショット】を発動してみた。

すると魔方陣の輝きが宝珠に吸い込まれ、何も発動せずに消えていった。登録された宝珠を覗くと、中に魔方陣が書き込まれ、淡く光っていた。透明の球体だったものが緑色に変わった。


「これで登録完了さね」


次に宝珠の発動を試してみる。

宝珠に向けて軽くマナを送る。


しかし、その”マナを送る”という作業がどのようなものか、この世界に来たばかりの僕には、よくわからない。


「ど、どうやるんだ……これ……」


「あんた、魔法使いなのにマナも扱えないのかい。呆れたお人だねえ」


「面目ない……」


「魔法が使えるんだから、マナを感じたり、使ったりするのは簡単なはずさ。目を閉じて、よく感じるのさ。魔法を使うときの感覚を思い出すんだよ」


言われたとおりに目を閉じる。


確かに魔法を使用したときは体から何かが抜けていく感じはしていた。その感覚を思い出してみると、自分の体に今も同じようなエネルギーの”流れ”があるのを感じた。


「あ、これか」


その”流れ”を指先に留めるようにイメージしてみる。

すると、そこに”流れ”が集まった。


「これを送ればいいのか」


その”流れ”を宝珠に送り込むようにイメージする。

ほんの少しだが、指先からそれが抜けていくように感じた。

そして、それに呼応して宝珠が光りだした。


「おほ、やればできるじゃないのさ」


先程登録した【風弾エア・ショット】が発射された。

向かっていく先も自分がイメージしたとおりで、真正面に遠く置かれている岩だ。小さな竜巻の弾丸が岩に当たって消えた。


宝珠の中は淡い光が消えて暗くなっている。蓄積されていたマナが使用されたのだ。マナがチャージされれば、また発動可能だという。


「いやはや。こんな初歩を知らない魔法使いがいるなんて思わなかったさ。長生きはするもんだねえ」


楽しそうにおばあさんは笑っていた。

どうやら午前中でギルド支部の勤めは終わるらしい。

お昼には家に帰るという。

お年寄りのパートタイマーだ。こういうところだけ妙に現代っぽい。


というより、昔はこんな柔軟な仕事のあり方が普通だったのかもしれない。今頃になって”働き方改革”などと言い出した日本の社会がちょっとおかしいのだ。



宝珠の基礎を教わったところで、一旦バーリーさんの家まで戻り、午後は、一昨日買った魔法に関する書物を読み耽る。


魔方陣に関する説明は、最初は難しかったが、ある程度の法則性があり、コツを掴んでくるといっきに理解が進んだ。この点は、自分が理数系の頭を持っていて、本当に良かったと思う。


魔方陣で使用される文字はこの世界の古代文字だ。

文字の翻訳機能が僕の頭に働きかけてくれるので、その意味までわかる。


すると、魔方陣の形と文字の配列に、魔法の性質、出力、設定が意味づけられていることがわかった。それらの組み合わせによっては発動条件が加わることもあるようだ。


例えば、リーフが使用した『地』の精霊魔法【解析サーチ】は、紙とペン、そしてインクが揃っていない限り、発動失敗となる。この場合は失敗しても魔法が不発するだけで済むのだが、魔法の内容によっては、条件が整わないと暴走し、全く違う結果を生み出してしまうらしい。


そう考えると、『魔法』といってもその内容は科学と変わらない。

扱い方を誤れば、大事故を引き起こすのだ。


さらに自分の持っている魔導書に記述されている各魔法を書物に照らし合わせて調べてみる。魔導書に載っている魔法のうち、オンラインゲーム『ワイルド・ヘヴン』の魔法はごく一部で、あとは何の効果があるのか、魔方陣を見ただけでは全くわからなかったのだ。


お陰で、ほとんどの魔法の効果を知ることができた。ただ、今の僕のレベルで使用できるかどうかは、試してみないとわからない。



これで魔法の入門書については大雑把であるが、読み終わってしまった。

まだ日が暮れるまで時間がある。

次は本屋に向かった。


「本を買いたいんですけど、今度は吟味したいので、また立ち読みしてもいいですか?」


「おう、兄ちゃんなら大歓迎だよ。いくらでも読んでいってくれ」


お言葉に甘えて、たっぷりと立ち読みさせてもらった。

もちろん気に入った本があったら買うと約束して。


魔法に関する上級者向けの本に手を出してみた。


これには、大規模魔法のことが著述されていた。


一つの魔方陣に書き込める図形と古代文字は、範囲が限られているため、細かい内容を記述することは困難となる。そのため、複雑な術式を行うためには、その分だけ大きな魔方陣を用意する必要がある。


大規模魔法となれば、神殿などを利用して床に巨大な魔方陣を描き、数人掛かりで魔法を発動するそうだ。


その原理や儀式の方法などが説明されているが、今の僕にはそこまで必要とは思えないので、ここで読むのをやめた。


他にも役立ちそうなものは無いか探していると、『魔法連携理論』という本が見つかった。


なんとなく開いてみると、ものすごく難解な書物であった。


これはかなり苦戦しそうだ。僕の知らない知識を、さも当然のごとく前提知識として書いてあるのだ。問題提起をされても、それの何が問題なのかが全く理解できない。こういう類の本は読んでいて腹が立つし、眠くなるものだ。


しかし、なぜだか、妙に対抗心が燃えてしまった。

意地でも読み解いてやろうと意気込む。


こうした場合は、とりあえず書き手の立場になって考える。何を前提知識として書いているのか、そこさえ分かれば、それを補えば良い。


しばらくの間、本と格闘していくうちに、著者の意図が少しずつ見えてきた。


魔方陣に記述できる命令には限りがあるため、より高度な魔法を構築しようと考えたとき、魔方陣と魔方陣を連携させて、複合魔法を生成しようというのだ。


例えば、炎を生成する魔法に、もう一つの魔方陣で敵を追尾する魔法を付与する。すると、追尾弾となった炎魔法が発動されるのだ。


なるほど。そういう理論なら、内容が難解なのも頷ける。


しかし、これは理論のみで、魔導書による魔法発動では、実現が難しいという。そのため、ただの理論書になってしまい、余計に難解な書物になってしまったのだ。


「ん?でも、これ、宝珠なら可能じゃないか?」


僕は独り言を言った。


理屈がわかってくると、エンジニアとしての気質が疼き出す。

なんだか楽しくなってきた。


この日は本を買わず、また来ると約束して帰った。

帰り道でも宝珠を見つめ、つぶやいた。


「この中の魔方陣を書き換えることができたら、オリジナル魔法を作れないかな」


バーリーさんの家に戻ると、嫁さんが声を掛けてきた。


「蓮くん、夕飯ができたよ」


「うん」


連絡事項を告げられただけで会話が終わってしまう。

ダメだ。やはりまだ冷え切っている。


夕食後にアッシュ隊長が訪れた。

明日、例の森に調査隊を差し向けるという。


昨日の一件で森のモンスターがどうなったのか、調査するのだ。その調査隊の護衛として僕たち夫婦に動向してもらいたいそうだ。


正式で高額な依頼だった。もちろん調査隊には、嫁さんが加わることに賛同できるメンバーだけを揃えているという。


「私一人で行くよ」


と、嫁さんが言った。


「え」


「蓮くんはいいよ。私が行けば十分でしょ?大丈夫だよ。みんないるんだから迷子にはならないし」


彼女の言うとおり僕が行く必要性はほとんど無い。

逆に僕がいては足手まといだということか。

それとも僕と一緒にいたくないのだろうか。


「わかったよ」


了承はしたが、不満が残った。




翌日も、

午前は魔法使いのおばあさんに会いに行き、

午後は本屋に入り浸り、

魔法と宝珠の研究に勤しんだ。


ジニアおばあさんからは世間話や昔話を聞かされるのに時間を半分費やしてしまうが、止むを得まい。本屋の店主は、僕が熱心に立ち読みする姿を見て、逆に感心していた。


そうして、いろいろなことがわかった。


宝珠には、術者のマナを注ぎ込むことで書き換えが可能であること。ただし、魔法の知識が乏しい人間が行った場合、どのような事故が起こるかわからない。


また、それを応用すれば宝珠のコピーも可能であること。


マナの操作はイメージが大切であり、慣れれば意外と簡単なこと。


マナは物理的なエネルギーであると同時に精神的な影響を受けやすいこと。特に精神的に不安定な場合は、マナが急速に失われることもあるので注意すべきこと。


などである。


『魔法連携理論』については、具体的な連携技術の部分に触れていくとさらに難解であったが、一つ一つ理解し、それを宝珠で実現できないか、外でこっそり試してみた。


本屋の中と外を行ったり来たりする不思議な客となってしまったが、店主は何も言わずにいてくれた。


連携魔法は実現しようとすると確かに難しいものだった。ただ単に魔方陣と魔方陣を組み合わせれば連携できるというものではなく、2つの魔法が同時に発動されるだけとなってしまうのだ。


試行すること数十回。ある程度のコツが掴めてきた。


魔方陣から次の魔方陣へ連携するには、魔方陣同士の距離と発動タイミングが重要になる。数学による計算――具体的には微分による加速度計算と積分による距離算出が必要だった。



夕飯前にバーリーさんの家に戻ると、帰っていた嫁さんから調査隊の結果を聞いた。


モンスターはほとんどいなくなり、静かだったそうだ。一昨日の討伐で嫁さんがモンスターの群れをほぼ壊滅させ、森のヌシも倒したので、他のモンスターも退却したのだろう、という結論らしい。


ハンター達の遺体は、ところどころ欠損しているものや、動物に喰い散らかされてしまったものもあったらしいが、全て森の中で埋葬してきたという。


報酬は銀貨50枚という1日の護衛としては破格の報酬だった。それだけ、魔族がらみの事案ということでアッシュ隊長も警戒していたのであろう。隊長からは嫁さんが高く評価されているということでもある。


「そうか。お疲れ様だったね」


「うん」


話し終わると嫁さんが離れようとする。

今日もまた、報告を聞くのみで会話が終わってしまいそうだ。

僕は少し話を延ばそうとした。


「……あ、えーーと」


「……うん?」


「百合ちゃんが働きに出てるのに僕は休みなんて、初めてだね」


「そういえば、そだね」


微笑を浮かべる嫁さん。


「あーー、だから……お疲れ様」


「うん。さっきも言ってくれたね」


「そうだっけ」


「うん」


結局、それだけで会話が終わってしまった。


まずいとは思う。

これまでも小さな夫婦喧嘩は何度かあったが、夫婦の仲がここまで冷え切ったことは5年間の結婚生活で一度も無かった。


どのように修復すればいいのか分からない。しかも今は異世界にいて、他人の家にご厄介になっているのだ。そのためか、二人とも余所余所しい態度になってしまい、腹を割って話をする機会も作れなかった。




さらに翌日。

異世界生活6日目。


魔法使いのおばあさん、ジニアのところに向かった僕は、ある実験に立ち会ってもらった。


2つの宝珠に【風弾エア・ショット】を登録し、同時発動する。


光る魔方陣が二重に重なって出現し、風の弾丸をさらに風が包み込む。それは勢いよく発射され、遠くにあった岩が小さく抉れた。


「おほぉぉぉ!なんだい、これは!」


おばあさんが珍しく大きな声を出して驚いた。


「2つの宝珠を同時発動して、連携魔法を生成してみたんです。風の攻撃魔法に風の攻撃魔法を重ねることで、威力が2倍になる。名づけて【風弾・二重陣エア・ショット・ダブル】です」


ついに成功した。

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