第18話 気まずい空気
討伐隊が半壊したニュースはすぐに村中に伝わった。一時は騒然となったが、モンスターはほとんど撃退されたらしい、という情報が出回ると、昨日と同じような静かな村に戻った。
リーフは村内の墓地に埋葬された。ハンター御用達の村なので、ハンターの死に立ち会うことは珍しくないという。そうした戦死者の共同墓地に埋葬されたのだ。土葬であった。
葬儀などは無く、簡略化されたものだった。ハンターの死とはこういうものらしい。代金――というか教会への寄付金には、ダチュラがリーフとともに貯めてきた貯金が使われた。
本来はそんなことに使うつもりではなかっただろう。
そう思うとさらに胸が痛んだ。
立ち会ったのは僕と嫁さんだけだ。
埋葬が済むと日が暮れた。
ダチュラを宿まで送り届けると、一つの問題が起こった。
女性だと判明したダチュラがハンターたちの部屋から追い出されてしまったのだ。既にリーフとダチュラの荷物が外に放り出されていた。
それを見た僕は叫んだ。
「おい!何をしているんだ!」
ハンターの一人が答えた。
「あんた達か、今日は世話になったな。よくわからねえが、隊長があんた達に感謝しろと言っていた。だが、この女は別だ。この疫病神はな!」
それを皮切りに荒っぽいハンター達が口々に罵り出した。
「ああ、そうだ。このダチュラだけは許せねえ!」
「リーフとしか話さない無口な野郎だと思っていたら、女だったとはな!」
「こんな悲惨な狩りはめったにあるもんじゃねえ!女のてめえが入り込んでたからだ!」
「リーフが死んだのも、お前のせいだろうよ!可哀想にな!」
「いいや、リーフだって自業自得さ。俺たちを騙して、女連れで乗り込んで来やがったんだ。大勢が死んだんだ!あいつも死んで当然だ!」
聞いていて虫唾が走った。
だが、僕より先に嫁さんが前に出てきた。
そして、彼らを睨みつける。
「ねえ、そこまでにしておきなさいよ」
静かだが力強い口調だった。
ハンター達は黙り込んだ。数秒間、沈黙が続いた。
やがて彼らは「ふん!」といった仕草で部屋に戻っていった。
「あの人たちもきっと仲間が大勢亡くなって、気が立ってるんだよね……」
嫁さんは悲しげな表情をしていた。
一方、ダチュラはずっと黙り込んで俯いたままだ。よくよく考えると女性であることを隠して、よくぞ荒くれ者のハンターたちと生活してきたものだ。
リーフと自分の荷物を抱えて途方に暮れるダチュラ。
生気を失ったように呆けており、まるで彼女だけ時間が停止しているようだった。
「ダチュラ、ダチュラ、ねぇ、ダチュラ」
嫁さんが心配して呼び掛ける。
何度か声を掛けられ、やっと反応するダチュラ。
「……え」
「私たちがお世話になってるバーリーさんのところに一緒に行かない?なんとかしてくれるかも」
「……うん」
ダチュラは何も思考せず、ただ返事をしただけだった。
帰宅し、バーリーさんに事情を話すと、快くダチュラを迎え入れてくれた。
「そうか、そうか。大変だったな!ねえちゃんの友人だ。好きなだけウチにいるといい!」
ダチュラは子ども部屋で嫁さんと同じベッドで寝ることになった。子ども達だけでなく僕も同じ部屋にいるのだが、他人の男が部屋にいることには慣れてしまったらしい。
「そうそう、あんちゃん。『ブラック・サーペント』の戦利品回収なんだけどな」
バーリーさんから、昨日、嫁さんが倒した黒蛇の遺体回収について話をされた。
「体が大きくて、1日では回収しきれなかったらしい。あいつら、『ブラック・サーペント』を生で見たことないもんだから、人数の計算を誤ったんだ。あと2、3日で完了するって話だから、待っててもらえるか」
「そうでしたか。お手数掛けます」
「その間、ウチでゆっくりしていってくれるといい。とりあえず今日回収できた分の引き取り額を預かってきた。回収隊への報酬に1割引かせてもらっている。受け取ってくれ」
もらった小袋はかなりの重量だった。中には金貨12枚と銀貨20枚が入っていた。1日分だけで相当な金額だ。
「目、牙、鱗、皮、骨。どれも上質で大きさもあるから、高額で売れるんだ。村の若えもんも興奮してたな」
と、バーリーさんも喜んでいる。
これで当面の金銭問題は解決できそうだ。
嫁さんはダチュラのことが気がかりなようで、ずっと付きっきりだった。
僕は夕食後、ひとり外に出て道を歩いた。
誰もいないところで、物思いに耽りたかったのだ。
生真面目な性格の僕は、どうしても今日1日の出来事を思い返さずにはいられなかった。
とんでもない1日だった。
思えば、人の生死にここまで関わったことなど今までの人生ではなかった。
嫁さんのお陰で多くの命を救うことができたが、同時に多くの犠牲者も出した。
自分たちの生命を第一に考えるのは当然としても、事前の準備をしっかりしておけば、もっと良い結果が生まれたのではないだろうか。
ここまで考えると、突如としてリーフの断末魔が聞こえてきた。
フラッシュバックだ。
ふと気を抜くとすぐに蘇る、あの時の光景。
僕がリーフに治癒魔法を掛けたために、余計な苦痛を与えてしまった、あの瞬間の光景だ。
トラウマになっていた。
最も親しくなった友人と呼べる相手に対し、助けられなったばかりか、最低最悪なことを僕はしたのだ。
後悔しかない。
悔やんでも悔やみきれない。
ああなる前にもっと早く嫁さんに助けに行ってもらえば良かったのではないか。
しかし、自分たちの身の安全を確保するのにも最初は手間取った。
右翼が混乱したのが、そもそも悪いのだ。
最初にリーフたちとはぐれてしまったのが間違いだった。
陣を崩さずに戦えていれば、犠牲はもっと少なくできた。
では、僕らの助言を聞き入れなかったハンター達が悪いのか。
感情的にはそう言いたい。
しかし、彼らもこれまでの経験に基づいて判断したはずだ。
彼らの悪態には腹が立ったが、新参者の意見がすんなり通ることは、むしろ稀ではないか。
想定外の事態。そんなことはどんな仕事でも起こることじゃないか。
いったいどこから間違えてしまったのか。
そもそも何の知識も無く、生死を分かつ戦場に飛び込むべきではなかったのではないか。
違う。知識が無いから勉強のつもりで彼らに付いて行ったのだ。
経験者すら想定外の事態。そんな中で素人の僕たちにいったい何ができたというのだ。
結局のところ、誰か一人でもあの事態を正確に予想できたのなら、最初から狩りは中止になっていたのだ。予想もできなかった事態に僕たちは最大限に対応して戦い、生き残ることができた。そういうことなのだ。
そして、それは何もかも全て嫁さんのお陰だ。
ということは、僕は嫁さんが活躍できるように全力でサポートするべきだったのではないか。
この考えに至った時、確実に自分の失敗だと思えることが一つだけ見つかった。
嫁さんが中央班を助けに行こうとした際、僕が止めたことだ。
あの時、嫁さんを心配したばかりに手を掴んでしまった。
彼女の力なら、それを振りほどくのは簡単なはずなのに、僕の言葉を一生懸命、聞いてくれた。そのうえで、「手を離して」と言ったのだ。
あの時の会話は10秒だったのか、20秒だったのか、いずれにしてもリーフの危険を察知して、嫁さんは本気で僕を拒絶した。
結果論に過ぎないが、あのとき僕が最初から素直に行かせていれば、リーフの危機に間に合ったかもしれないのだ。いや、彼女のスピードなら間に合ったはずだ。
と、ここまで考えると、もはや自責の念しか無かった。
僕の判断が間違っていた。
そう考えざるを得なかった。
沈み込んだ気持ちで歩いていると、酒場兼宿屋の前まで来ていた。ちょうど昨日の同じ時間帯だったと思う。嫁さんと散歩デートしてここまで来たのは。
初めてリーフに会ったのもまさにその時。あれから24時間しか経っていないのだ。あの時、大勢のハンターがいて賑わっていた酒場が、今夜は少数の客しかいない閑散とした有様だった。
たった1日で同じ場所とは思えない変貌ぶりだ。
そう思った途端、目から涙がこぼれた。
空を見上げて一人つぶやく。
「なんだよ……モンスターがいる世界なんて……全然楽しくないじゃないか……」
そして、さらに気づく。
よく考えれば、まだ一度も僕はリーフのために涙を流していなかったのだ。
「普通さ……友達が死ぬ時っていうのは……何か最期の言葉をもらうもんだよな……なのに、なんだよ僕は……僕は……」
堰を切った涙が止まらなくなり、そのまま僕は一人、夜道で立ち尽くしていた。
「ちくしょう……ちくしょうっ…………」
ひとしきり泣いた後、やがて気持ちが落ち着いたところで再び歩き始めた。考え疲れてしまったためか、道をグルグル回っていたようで、気がつくとバーリーさんの家まで戻ってきていた。
庭では、嫁さんとダチュラが話をしていた。
「ごめんね……私がもっと……早く行けていれば、リーフを助けられたかもしれないのに……」
そう言う嫁さんの声が聞こえた。
「…………」
ダチュラは何も言わず、首だけを振っていた。
そんなことないよ、と言いたいのだろうか。
そもそもダチュラは村に戻ってきてから、ほとんど言葉を発していなかった。
「こんなことになるなら……あの時、蓮くんを振り切って行けば良かった……」
嫁さんのつぶやきが聞こえた。
心臓を矢で貫かれたような気がした。
彼女も同じように考えていたのだ。
「あっ!蓮くん……」
彼女が僕に気づいた。少し慌てた様子をしている。
嫁さんよ。
君は人の気配を察知できるんじゃなかったのか?
今、僕がいるのを知ってて話してたんだろ?
「先に寝るよ」
僕は、彼女と目も合わせずにそれだけ言った。なんとなく冷たい言い方をしてしまったかもしれない。
「う、うん」
嫁さんの顔も少し硬直していた。
その晩、子ども達と一緒に寝られたことは幸いだった。
一人では悶々と悩み続けてしまっただろうから。
翌朝。
異世界生活4日目。
「おはよう」
「おはよ」
嫁さんと朝の挨拶をしたが、目を合わせてくれなかった。
言い方も少し冷たい。
いや、冷たいのは僕も同じか。
朝食中もその後も、嫁さんはダチュラとばかり話していた。
どう考えても夫婦間の空気が重い。
本当は今後の話をしたかったのだが、仕方なく今日は一人で勉強することにした。今はこの世界で生き抜くための知識が圧倒的に足りていない。そのことを僕は痛感したのだ。
まずは、『魔法』と『宝珠』だ。
バーリーさんに魔法や宝珠に詳しい人がギルド支部にいないか相談すると、一人いる、ということで早速紹介してくれた。
ギルド支部まで行くとバーリーさんが引き合わせてくれた。
「まぁ、まぁ、まぁ。魔法について知りたいんだって?」
出てきたのは、ヨボヨボのおばあさんだった。
不安しか感じなかった。
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