第17話 首謀者

左翼班を助けに行った百合華は、急いで現地に向かった。左翼もモンスターの襲撃を受けており、統率の取れない状態に陥っていた。


気配から察するに、既に半数以上が犠牲になっていると思われた。


現場に駆け付けた百合華は、近くにいるモンスターを次々と蹴散らし、さらに小石を投げつけて、離れたモンスターを1体ずつ仕留めていく。


ハンター達は百合華の存在に全く気づかぬまま、モンスターが次々と倒されていく不思議な光景を目の当たりにした。


まもなく周囲のモンスターが全滅した。


「動ける人は、動けない人の手当てをお願い!みんなで中央の班に合流して。あっちのモンスターもみんなやっつけたから!」


気がつけば、一人の女性ハンターが大声で呼び掛けていた。


不思議に思う間もなく、中央班から集合の信号弾が上がった。左翼班の班長は、周りの者と何やら話し始めた。


一方、百合華の方は、黙ったまま、ある方向に目を向け、何事かを考えていた。


(あっちの方に何かいる?)


それは、森の最深部に位置する方向だ。


(蓮くんとは違う方向。森の中心になるのかな。もうちょっと集中してみよう)


百合華はさらに集中力を高めて、森の最深部の気配を探った。


「いる。やっぱり何かいる!こっちを見てる!」


そう言った百合華は、再びダッシュし、森の最深部に向かった。


ちょうどその時、左翼班は相談の結果、了解の信号弾を発射したところだった。女性ハンターがいなくなっていることに気づき、彼らは怪奇現象にでも遭遇したような不気味な気分で中央班へと向かうのだった。


百合華は超スピードで最深部に向かった。


(この気配は、人だ!)


相手の方も百合華が接近してくることに気づいたようだ。その気配が遠ざかっていく。


(こっちに気づいてる)


しかし、実際には百合華の方が遥かに速いので、相手が逃げているにも関わらず、その距離はどんどん縮まっていく。


やがて森の最深部に着いたが、もちろん気配の持ち主は、いなくなった後だ。


(あっちね)


さらに追いかけようとする百合華。

しかし、そこで踏み止まった。


(あっダメだ!これ以上離れたら、蓮くんがわからなくなる)


夫の気配を感知できるギリギリまで来てしまったことに気づいた百合華。これ以上の追跡は、自分が迷子になる可能性と夫のピンチを察知できない可能性という、二重の危険をはらんでいる。


仕方なく百合華は立ち止まって目を凝らした。一瞬だが、相手の姿を捉えることができた。


(やっぱり人だ!だけど、あの禍々しい気配。人だけどモンスターみたい。このまま帰したくないわ!)


だが、その者は徐々に遠ざかり、既に1キロメートル近く離れている。

百合華は足元に転がっていた石を拾った。小石と比べれば若干大きめだ。


「何も言わずに帰るなんて失礼ね!!おみやげくらい、持って行きなさいよ!!!」


叫びながら石ころを投げ飛ばす百合華。

音速を超えるスピードで発射された石は、再びソニックブームを発生させた。周囲に爆音が響き渡る。


白金蓮たち中央班が聞いた轟音はこれだったのだ。


もはや威力としては大砲と変わらない石ころが、木々を吹き払いながら逃走者へ飛んで行く。百合華のコントロールは精密だった。1キロ近く離れた敵を正確に撃ち落とせる精度だ。しかし、やはり空気抵抗と石の回転によって様々な効果が生まれ、軌道は大きくズレた。


石は大木の一本に命中し、木もろとも粉々に砕けた。

破壊された木は爆裂し、破片が辺りに飛び散った。


(外した!でも手応えはあった?……だけど、生きて逃げたわね)


気配の主は、多少の手傷を負ったように感じたが、そのまま逃走し、気配を追えなくなった。


百合華は、その足で夫のもとまで帰っていった――




――以上が、僕、白金蓮が嫁さんから聞いた内容である。


一連の首謀者が人だった。

かもしれないと嫁さんが言う。


「アッシュさん、そういう存在に心当たりはありますか?」


隣で聞いていたアッシュ隊長に質問してみた。


「すまない。ユリカの話が常識離れしすぎていて、ちょっと頭がついていけなかった」


「すみません」


「いや、しかし、今の話が本当なら、相手は『魔族』だったということだろう」


ついに『魔族』という単語が具体的な会話の中に登場してきた。


「『魔族』?『魔王』の眷属という存在ですか?」


「そうとしか考えられん。今回のモンスターも何者かに統率された動きをしていた。そんなことができるのは『魔族』だけだ」


「『魔族』ですって!?」


甲高い声を出して横からトゥイグが入ってきた。

彼は、まくしたてるように続ける。


「『魔族』が関わる事案でしたら、軍の出番じゃないですか!ハンターの出る幕じゃなかったんですよ!」


アッシュ隊長も彼に語る。


「こればかりは運が悪かったとしか言いようがない。俺も『魔族』案件に関わるなんて初めてだ。昨日の偵察部隊も異変を捉えることはできなかった。むしろ『魔族』なら、偵察部隊を騙して油断させてきたとしてもおかしくない。こちらが見抜くのは容易ではなかったんだ」


「そ、そうですね……」


「このことはすぐにギルド本部に報告しよう」


「いえ、待ってください。隊長。まだ疑問はあります」


トゥイグはアッシュ隊長を連れて行き、僕たちには聞こえないように、遠方でコソコソとしゃべり出した。


「あの者たちは結局、何者なんでしょうか」


トゥイグは僕たち夫婦のことを差して言った。


「あの得体の知れない旅人夫婦を迎え入れて、『魔族』が絡み出したのです。怪しいとは思いませんか。あの強さも異常です。人間とは思えません」


「お前は、助けられておいて、まだそんなことを言うのか」


アッシュ隊長は呆れて言う。


「まだあるんです。死んだリーフからの報告は聞きましたか?彼らのレベルは15と16だったそうです。それが本当ならあんなに強いはずがありません!」


「なるほど。確かにそれはおかしな話だ。だがな、トゥイグ。仮に彼らが『魔族』だったとしよう。俺たちを助けて何の得がある?」


「それはわかりません。しかし、しかしですよ、これがもしも彼らの自作自演だったとしたら、どうしますか?このまま一緒にいたら、もっとひどい罠に掛けられる可能性がありますよ?」


「うーーーーむ……」



「――ていう会話をしているよ」


と、告げてくれたのはウチの嫁さんだ。

耳をすませば遠くの会話も聞けてしまうようで、二人のコソコソ話をさらにこっそり僕に教えてくれていたのだ。


これまた恐ろしい特技を嫁さんは身につけたものだ。きっと浮気などしようものなら一瞬で見抜かれてしまうのだろう。末恐ろしい。もちろん、そんなことをするつもりは全く無いが。


それにしても、”やはり”と言うべきか。猜疑心の強いトゥイグの性格には腹も立つが、彼の抱く疑問には同情の余地がある。


確かに僕たちの存在、というより嫁さんの存在は、この世界の常識では推し量ることができないだろう。僕がずっと懸念していたのも、これなのだ。


しかし、このままでは女性蔑視どころの話ではない。人間として扱ってもらえず、敵視されてしまったら、僕たちはそれこそ行く当てが無くなるのだ。


アッシュ隊長がどのように決定するか。その出方によっては、僕たちは身の振り方を考え直さなければならない。僕は最大の警戒心を持って彼と話をすることに決めた。


まもなく内緒話を終えたアッシュ隊長が、振り返ってこちらに向かって来た。


「いや、置き去りにしてすまなかったな、レン。この頭でっかちが、君たち二人のことを『魔族』なんじゃないかと疑っていたんだ」


「え」


あまりにも正直に話してくれたので、拍子抜けした。


「まぁ、確かにそう言われてしまえば、俺も否定しきれない部分もある。だが、君たちはバーリーさんを助け、我々をも助けてくれた恩人だ。そのことは間違いない。と、俺は思う。そこでだ。すまないが、君たち二人のことは、ギルド本部には報告しないことにしようと思うのだが、どうだろうか。これは俺の個人的な思いなんだが」


「と、言いますと?」


「本部には、トゥイグのような頭の固い連中が多いんだ。万が一、君たちが怪しまれるようなことがあったら、申し訳が立たんのだ」


「そういうことですか」


「『魔族』を退けたハンターなんて、本来なら勲章ものなんだがな」


「いえ、僕たちは名誉が欲しくて旅をしているわけではないので、それで結構です。むしろ、お気遣い、ありがたいです」


「そうか。では、君たちのことは抜きにして『魔族』の報告を行うよ」


ちょうどその頃、右翼、左翼の生き残りが中央班に合流した。


右翼班はダチュラを含めて5名。左翼班6名。中央班12名。計23名の生存者が揃った。そこに僕たち夫婦を加えても25名だ。出発前の50名以上いたハンターが半数未満になっていた。


それでも半数近く生き残ることができたのは僕たちのお陰だとアッシュ隊長は言う。

いや、僕は何もしていない。全て嫁さんがいてくれたお陰だ。


ダチュラはずっとリーフに寄り添っていた。

女性であると判明したためか、ほとんどのハンターが冷たい視線を送っていた。


犠牲者が半数を超えた場合、仲間の遺体の回収は諦めるのが慣例らしい。その分、回収できる戦利品を増やして、生き残った者たちの役に立てる。それは生きているうちからハンターの間で暗黙のうちに交わされている不文律なのだそうだ。


リーフの遺体も置き去りにされることになったが、僕からアッシュ隊長に頼み、今回の報酬として、リーフの遺体だけは運んでもらうことにしてもらった。


こうして、僕たち夫婦の初めての”狩り”は、無事に生き残ることには成功したものの、最高に後味の悪い結果を残して幕を下ろしたのだった。

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