第16話 命
僕、白金蓮は嫁さんを追いかけて中央の班へと向かった。
途中のモンスターは全て嫁さんの手によって倒されていたので、僕はその死骸を横目に見ながら、ただ走るだけで良かった。
やがて中央の班が見えた時、そこには右翼班よりも凄惨な光景が広がっていた。
熊のモンスターよりも大きな白いモンスターの遺体。さらには得体の知れない巨大なモンスターの潰れた胴体。生死は定かでないが、あちこちに血まみれで横たわるハンターとモンスター。
相当な死闘が繰り広げられたようだが、それもつい今し方、終わったところのようだ。
僕を見つけた嫁さんが盛んに呼んでいる。
「蓮くん!早く!こっち!」
そこには、ダチュラに抱きかかえられた瀕死のリーフがいた。
「リーフ!」
「蓮くん、リーフが……」
泣きそうな声の嫁さん。
僕だって泣きたい。
せっかく親しくなった友人が今にも死にそうなのだ。
しかし、医者でもない僕にいったい何ができるのか。
「これは……背骨もあばらも折れている……たぶん内臓にも刺さってズタズタだ……もう助からない」
「レン、お願い!リーフを!リーフを助けて!」
既に泣いているダチュラも懇願してきた。
その顔と声に驚いた。
この子が、実は女の子であったことに今、気づいたのだ。
「ダチュラ……君は……」
そうか。そういうことだったのか。
二人がどんな関係だったのか、今さらながら、すぐに理解した。
そんな二人であれば、全力で守りたかった。
力ずくでも右翼班から連れ出して、一緒に逃げるべきだった。
しかし、今になって後悔しても遅い。
ともかくも、今の自分にできることは一つしかないのだ。
「僕にできるのは、回復魔法だけだ。試してみるしかない」
そう言って、【
優しく光る風に包まれて、体の表面の傷が癒えていくリーフ。
しかし、すぐに反応が変わった。
「がっ!あっ!ぐあああっっ!!!」
リーフが突然、苦しみ出した。
「「えっ」」
嫁さんとダチュラが声を上げる。
「がっああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
さらにリーフの叫びは断末魔のように恐ろしいものへと変わった。体を動かせないまま激しく痙攣している。
「リーフ!!」
その様子を見て、僕は動揺した。
自分が何か失敗したのだ。
「何をやっている!やめろ!!処置もしないで治癒魔法なんて使ったら、余計に苦しめるだけだ!!!」
後ろから怒声が聞こえた。アッシュ隊長だ。
僕は慌てて魔導書を閉じた。魔法が中断された。
アッシュ隊長がすぐにリーフを診る。
「骨が砕けて肺がやられている。ダメだ。治癒魔法は修復魔法じゃない。自然治癒できないものを無理矢理、治すことはできないんだ」
「うがあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
なおも苦しみ続けるリーフ。
その様子を見ながらダチュラはガクガクと震えている。
なんということだろうか。
僕はただ、友人の苦しみを大きくしただけだったのだ。
「リーフ、もう終わりにしよう」
そう言いながら短剣を取り出すアッシュ隊長。
「えっ」
僕が言葉を発した時には、その短剣をリーフの左胸、心臓の位置に突き立てていた。
「がっ!」
最後の小さな悲鳴を上げた後、リーフの動きは止まり、やがて息を引き取った。
アッシュ隊長はリーフに安楽死を与えたのだ。
「いやあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!リーフ!!リーフゥゥゥゥゥ!!!!!」
ダチュラが絶叫した。
リーフに抱きつき、慟哭する。
隣で嫁さんも泣いている。
僕はどうしようもない無力感と罪悪感で、放心状態となった。
「リーフ……ごめん…………」
この一言を発するのが精一杯だった。
後悔しかない。
友を救うことができなかったばかりか、自分のしたことは、彼に余計な苦痛を与える結果となってしまったのだ。
もっと他にやれたことがあったのではないか。
思考を巡らそうとするが、何も考えられない。
情け容赦ない現実を突きつけられて、僕の思考は停止した。
ところが、そんな、うわの空になっている僕の心を現実に呼び戻したのは、おっさんの甲高い声だった。
「お、おい!君!ダチュラ!君は女だったのか!!」
声の主は頭頂部の禿げた副隊長、トゥイグだった。
僕も嫁さんも我に返り、彼を見た。
いつの間にか、キメラを含めて全てのモンスターが死んだことを確認したハンター達が、僕たちの周りに集まっていたのだ。
それまで号泣していたダチュラも自分が大声で呼ばれてハッとした。リーフのことで頭がいっぱいで、男のフリをすることなど全く忘れていたのだ。
「貴様ぁ!男だと偽って従軍していたのか!」
「う……あ……」
まだ泣き止まないダチュラは、悲しみと苦しみで何もしゃべることができない。苦悶の表情でトゥイグに顔を向けるが、相手の目を見ることもできなかった。
「おい、トゥイグ」
アッシュ隊長が止めに入るが、トゥイグはさらにまくし立てる。
「女が隊にいることが不吉だと知らんのか!こんな異常事態になったのは貴様のせいだ!!貴様のせいでみんな死んだんだ!!」
叫びながら、トゥイグは腰に差していた剣を抜いた。
その切っ先をダチュラの顔に向ける。
「責任は取ってもらうぞ」
我が目を疑う光景だった。
ただ女性であるというだけで、ダチュラは副隊長から剣を向けられたのだ。
だが、ダチュラの目の前に突きつけられた剣は、それ以降、ピクリとも動かなくなった。
嫁さんが剣を握ったのだ。
その刃の部分を。素手で。
「どうだっていいでしょ。今はそんなこと」
嫁さんは静かに話すが、ものすごい怒気だ。
正直、ここまで怒っている嫁さんを見たことがない。
その右手は剣の刃を握っているのだが、血は一滴たりとも出ていない。
「な、何なんだ君は!手がどうなっても知らんぞ!」
信じられない嫁さんの行為にトゥイグも動揺を隠せないが、それ以上に驚いたのは、握られた剣が全く動かせないことだった。
おそらく、軽く剣を動かして怪我をさせれば手をどけると思ったのだろう。しかし、全く動く気配がないため、今度は思いっきり引っ張ったが、それでも剣は動かない。
「ど、どういうことだ……」
「ねえ、女がいるとか、いないとか、そんなことが今、何の関係があるの?」
凄みのある表情で睨みつける嫁さん。
「う……」
その迫力に気圧されたトゥイグは剣から手を放して後退りした。
アッシュ隊長が彼に告げる。
「まだ、わからないのか。トゥイグよ。あの化け物をはじめ、ここのモンスターを倒してくれたのは誰だと思っている。この二人だぞ」
「えっ」
「レン、ユリカ、君たちがやってくれたのだろう。礼を言う。感謝してもしきれないほどだ」
正確には全て嫁さんがやったのだが、話がややこしくなるので今は否定しないでおこう。我に返った今、まだ優先すべきことがあるはずだ。
「アッシュさん、それよりもまだ左翼班が残っています。あちらもモンスターの襲撃を受けているでしょう。彼らを助けないと」
「ああ、それはそうなんだが、まずは隊を立て直さなければ」
「百合ちゃん、行ってくれる?左翼はあっちの方角にいるんだけど」
僕の言葉で嫁さんも普段の様子に戻る。
「ごめん。そうだね。あっちにまだ人がいるんだ」
嫁さんは、握っていたトゥイグの剣を、刃の部分を持ったまま、地面に向かって投げた。足元は岩のように硬かったが、剣はさくっと刺さり、刃がすっぽり埋まってしまった。鍔と柄の部分しか見ることができない。
それを見たトゥイグは唖然としている。
「……見つけた。モンスターと戦ってる。ちょっと行ってくるね」
言うと同時に消え去る嫁さん。
「え」
「消えた」
周囲のハンターから驚きの声が聞こえた。
「いや、今、向こうに走っていった……ように見えた……」
アッシュ隊長が驚愕の表情で嫁さんが向かった先を見ている。レベルの高い彼は嫁さんの動きをギリギリで追えたようだが、それでも半信半疑だ。
「ユリカは、いったいどうしたんだ?」
「左翼班を助けに行ったんです。数分もあれば敵を全滅させて、戻ってくると思います」
「なんだと……」
「右翼班の方もモンスターは全て倒してあります。生き残りは4、5名です。鎮火作業にあたらせているので、終わったらこちらに集合させてはいかがでしょうか」
「そうだな。ありがとう。トゥイグよ、頭は冷えたか。集合の信号弾を上げるんだ」
「は、はい」
トゥイグが集合の合図となる信号弾を撃った。
すると、右翼側から了解の信号弾が上がった。
さらに、しばらくすると左翼側からも了解の信号弾が撃たれた。
「おお、左翼も助かったのか」
アッシュ隊長が感嘆の声を上げる。
「治癒魔法の宝珠を持っている者はこっちに来てくれ。左右の班に2名ずつで行ってもらいたい。負傷者の移動を手助けするんだ」
「「はい」」
ハンターが2名ずつ、左右に分かれて向かった。
あとは嫁さんと左右の班がこちらに戻ってくるのを待つだけだ。
ダチュラはリーフの亡骸を抱いてずっと泣いている。
僕はそれを見守るだけで何も言うことはできない。
居たたまれない気持ちでいると、突然、異変が起きた。
森の奥の方から轟音が鳴り響いたのだ。
何事かと思い、全員がその方向を見る。
しばしの間、沈黙が続いた。
すると、左翼に向かったはずの嫁さんが森の奥の方から戻ってきた。
「蓮くん」
「どうした、百合ちゃん?何かあった?」
「なんかね、人がいた気がするんだ」
「人?」
「うん。森の奥にいたんだよ。禍々しい気配を持った、人が」
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