第14話 森のヌシ
さて、少しだけ時を遡る。
これまで一人称で語ってきた白金蓮。そして、その妻、百合華。
二人が右翼班に向け、モンスターに包囲された事実を語っていた頃。
中央の班を指揮するアッシュは、副隊長のトゥイグに話し掛けていた。
「トゥイグよ。どう思う?」
「どう、とは?」
「うむ。もうすぐ最深部だ。各班とも予定の位置に到着するだろう。だが、どう思う?」
「万事、順調ですね」
「その上で、お前の意見を聞きたい。素直な感想を言ってくれ」
「そうですね。あえて言わせてもらえば、うまく行き過ぎている気がします」
「やはり、そう思うか」
「だいたい良からぬ事が起こるのは、こういう時ですね。しかし、杞憂に終わる場合もあります」
「俺は何か胸騒ぎがするんだ。ここからは、なおいっそう気を引き締めて行くぞ」
と、アッシュが言ったところで、右手の方向から煙が上がった。
「なんだ、あれは?狼煙ではない」
「右翼班の方角です。森に火を放ったんでしょうか」
「何か異常事態が起こっている。全員、一旦止まれ。トゥイグ、右翼班の様子を見に行ってくれ」
「わかりました」
「危険な状況だと判明した場合は、すぐに撤退の信号弾を上げるんだ。その時は俺たちも撤退する。お前はそのまま右翼班とともに撤退しろ」
「はい」
トゥイグが走り出すと、すぐにまたアッシュが声を掛けた。
「いや、待て!トゥイグ、やはり行かなくていい」
「え?」
「何か、おかしい。危険なのはこちらだ。今、単独行動するのは、まずい」
「と、言いますと……」
「鳥の鳴き声が聞こえなくなった。背後だ。全員、背後に気をつけろ!後ろの回収班、こっちに集合だ!!」
経験豊富なアッシュは優れた隊長であった。
全員に号令し、戦闘態勢に入らせたことで、この直後に起こったモンスターの急襲に対応することができた。
モンスターに囲まれてしまったが、陣形を崩さず、1体ずつ対処して行く。
「トゥイグ、撤退の信号弾を上げろ!」
撤退の信号弾が上がった。
宝珠の魔法を利用した赤い煙弾である。
「陣形を崩さず、1体ずつ対処するんだ!隙が生まれたところを、後方へ向かっていっきに突破する!それまで耐えるんだ!」
ギリギリの攻防である。
死者こそ出なかったものの、少しずつ負傷者が出はじめ、状況はジリ貧になっていく。しかし、モンスターの群れも徐々に数を減らしている。次第に勢いが衰えてきた。
「よし!今だ!全員走れ!」
中央班全員が、今まで通ってきた道のりを急いで引き返す。
これで群れを突破できれば、あとは全力疾走するのみだ。
そう思われた瞬間、先頭を走る者たちの悲鳴が聞こえた。
アッシュが先頭の方面を注視するとハンターの一人が上空へ吹っ飛ばされた。
そこには、兎のモンスターが立ちはだかっていた。
兎と言っても、それらしいのは顔だけである。熊のモンスターをも越える高身長、そして、筋骨隆々の肉体。白い毛並みと顔はそのままに、肉体だけが異常なまでに超進化した兎のモンスター。
『マッスル・ラビット』であった。
高濃度マナの影響を受けた兎は、モンスター化する際、通常であればその身が耐え切れずに死んでしまうのだが、ごく稀にマナを受け入れることに成功し、超進化を遂げる個体がいた。
そうしたタイプのモンスターは、普通のモンスターを凌駕し、森のヌシとなることが多かった。『マッスル・ラビット』は森のヌシの代表格である。
「『マッスル・ラビット』だと!?なぜ、こんなヤツが後方からやって来る?森のヌシではないのか?」
アッシュが驚きの声を上げた。森の最深部で待っているラスボスと思われていた存在が、自分たちが通ってきた道の後方から現れたのだ。
『マッスル・ラビット』は推定レベル30。
つまりレベル30のハンターと互角の力を持つ。
レベル31のアッシュが1対1で挑んだ場合、勝てるのは五分五分。勝てたとしても無傷ということは絶対にない。
「トゥイグ、援護してくれ。一緒に殺るぞ。こいつを倒さないと撤退できん!」
「わかりました」
「本来なら、全員で倒すはずだったんだがな!」
アッシュが『マッスル・ラビット』に突撃する。
シューターであるトゥイグは宝珠魔法で援護射撃を開始した。
しかし、『マッスル・ラビット』の真価はその脚力にある。
兎は大きく跳躍した。
アッシュとトゥイグの頭上を飛び越え、班の中心に着地する。
同時にその場にいたハンターを蹴り殺した。
これまで保たれてきた陣形がいっきに崩れ去った。
「しまった!こいつ!」
アッシュは振り向きざま、着地したばかりの兎に飛び掛った。
兎も瞬時に反応し、まるで格闘家のような動きでアッシュの剣さばきを避ける。
アッシュの剣は決して遅くはないのだが、兎はそれ以上に機敏であった。
兎もパンチを繰り出してくるが、全てアッシュは剣で受け止める。
痺れを切らした兎は、再び跳躍した。
上空からジャンプキックをするつもりなのだ。
この巨体が体重を乗せて攻撃してきたら、アッシュといえども助からないであろう。
しかし、兎の足がアッシュに到達する前に、炎の矢が『マッスル・ラビット』の顔に直撃した。
「まったく、人間のような動きはしても、頭はやはり獣のままですね。空中に行けば、よい的になることに気づかない」
トゥイグが炎の魔法を放ったのだ。
「いいぞ!トゥイグ!」
怯んだ兎にアッシュは剣を構えて突撃する。
――弾丸加速――
瞬間的に肉体を加速し、弾丸のように敵に突撃するスキル。
発動後の隙が大きいので、必殺の瞬間以外で発動するのは自殺行為となる諸刃の剣だ。
アッシュは空中の『マッスル・ラビット』の胸に飛び込み、剣で串刺しにした。
「ギィィヤアァァァァァァッ!!!!」
絶叫した兎は、そのまま息絶えた。
『マッスル・ラビット』が倒されたことで、混乱状態にあった班も落ち着きを取り戻し、数名の死者が出たものの、陣形を立て直すことができた。
兎から剣を引き抜きながら、アッシュが言う。
「はぁ、はぁ、はぁ……こいつをここで倒せるとは、運が良かった。しかし、おかしい。これほどのヤツが森のヌシでないとしたら、森の奥には何がいるというんだ」
すると、遠方から人の声が聞こえてきた。
次第に近づいてくる。
「隊長!アッシュ隊長!!」
「あれは、右翼班か!」
声の主は、右翼班の班長であるディフェンダーであった。
他に1名のハンター。
そして、リーフとダチュラもいた。
右翼班16名と白金夫妻2名。計18名のうち4名がここまで辿り着いたのだ。
リーフとダチュラは、白金蓮の忠告に耳を傾けていたので警戒心を持っていたことから、最初のモンスターの不意打ちにも即座に対応できた。
その後、お互いに見失わないよう手を繋いで逃げ回り、班長であるディフェンダーの元に合流できたのだ。
合流できたメンバーは全部で6名。彼らは中央班を目指したのだが、途中で2名が脱落し、無事にここまで来れたのは4名だけだった。
隊長の姿を確認でき、ホッとする班長。
あともう少しで合流できる。
しかし、その様子を見ていたアッシュは、大声で班長に呼び掛けた。
「横だ!横にいるぞ!」
声を聞くと同時に、班長は自分の右から大きな白いものが接近して来るのに気づいた。反射的に腕と盾でガードするが、重い衝撃で体が宙に浮いた。
凄まじい衝撃だったが、何とか倒れることなく、踏ん張ることができた。そこにいたのは『マッスル・ラビット』だ。さすがディフェンダーというポジションにいるだけのことはある。この班長の防御力はかなりのものだった。
だが、それを見たトゥイグが叫ぶ。
「バカな!『マッスル・ラビット』は縄張り意識の高いモンスターですよ。同じ森に2体もいるなんて、ありえません!」
班長は他の3名に告げる。
「お前たち、ここは俺が食い止めるから、隊長のところに合流しろ。俺もすぐに行く」
「「はい!」」
頼りがいのあるディフェンダーに守られ、中央班の方へ走るリーフとダチュラ、そしてもう一人のハンター。
しかし、3人目となるハンターの顔が突然見えなくなった。
頭上から襲ってきた大きな青い蛇に頭を咥えられてしまったのだ。
蛇は『ブラック・サーペント』ほどには大きくない。人の頭をすっぽりと咥えられる程度の大きさだ。蛇はそのままハンターを呑み込もうとしているらしく、ハンターは体をジタバタさせていた。
「え!」
「ダチュラ!走るぞ!僕たちは生きて帰るんだ!!」
「うん!!」
リーフとダチュラは驚愕しつつも、とにかく走った。
後ろから走ってきたディフェンダー班長が捕まったハンターを助けようと近づく。
「なんだ、こいつ!『ブルー・サーペント』か?」
そう言った班長だったが、それが全くの別物であることに気がついた。
蛇だと思ったモノ。その尻尾の方には別の生き物の胴体があったのだ。蛇でありながら、それは生き物の尻尾であった。
木の陰に隠れて見えなかったその生き物は、近づいてみると巨大なライオンのような形をしていた。しかし、その胴体には3つの頭がついている。ライオン、ワシ、ヤギの3種類の動物であった。さらに背中にはワシのような翼が大きく生えている。
合成獣『キメラ』だ。
しかし、この場に『キメラ』の存在を知る者はいなかった。
「な、なんだぁ!!この化け物はぁぁぁ!!!」
『キメラ』は、右の前足を振り上げ、ディフェンダーを殴った。
すぐにガードしたディフェンダーだったが、その衝撃は『マッスル・ラビット』の比ではなかった。
メキメキメキッ
盾も鎧も突き抜ける激烈な衝撃がディフェンダーを襲った。
その体は大きく吹っ飛ばされ、岩に激突する。
ディフェンダーは即死した。
それを目撃したハンター全員が戦慄した。
彼らは口々に叫び出す。
「あっ!あの班長が!!」
「一撃で!!!」
「あ、あれが!!この森のヌシだったのか!!!」
そして、アッシュが絶叫するように号令した。
「全員!直ちに撤退だ!!あれには勝てない!!作戦はない!とにかく走れ!!!」
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