第11話 初めての狩り
討伐隊は3班に分かれての行動となった。
狩場は、ガヤ村から北西に位置する森。
この森に最近、強力なモンスターが多く住み着いてしまったということだ。
ちょうどこの辺りは、ガヤ村と西の王国、南の共和制国家を繋ぐ街道が交わるところであり、交通の要衝なのだ。
このまま放置して、この場所が交通不可能となった場合、ガヤ村は、『環聖峰中立地帯』の中で孤立無縁の状態となってしまう。それでは村が立ち行かなくなるので、バーリーさんが討伐隊遠征を依頼したというのだ。
ここで3つの班が左右に展開し、満遍なく森のモンスターを追いつめ、各個撃破していくという作戦だ。
隊長と副隊長は真ん中の班。
リーフとダチュラは、右翼の班の後方に所属していた。
僕たちは、右翼の班から少し離れて別働隊として見学することになる。
後方支援にすら回らない完全に別のチームだ。
とはいえ、現地で展開するまでの間は、リーフとダチュラが案内してくれた。
その間にまた少し会話をする。
「リーフ、この杖に付いている宝珠は何か、わかるかな?」
僕は腰のベルトにぶら下げていた小さな杖を見せた。
その先端には5つの宝珠が付いているのだ。
「これは『ブランク宝珠』だね」
「ブランク?」
「何も魔法が登録されていないんだよ」
「そうか。それでは使えないな。魔法の登録って、どうやるんだろうか?」
「それは、むしろ技師であるレンの方が知ってるんじゃないの?僕らは登録された宝珠を使うだけさ」
「ああ、そうか。そうだよな」
言いながら笑ったが、内心やるせない気持ちだ。
『魔法技師』と診断されながら、何も知識が無いのだから。
これならば、魔導書を使った魔法の練習をもっとやっておくべきだった。
今は、小規模の風魔法と1回使っただけでMP切れを起こす回復魔法。これしか使えない。情けないことだが、嫁さんだけが頼りだ。
そんな嫁さんは後ろでダチュラと何やら話し込んでいた。
無口なダチュラとそんなに話すことがあるのだろうか。
この時、僕の知らないところではあるが、実は、嫁さんとダチュラは次のような会話をしていたのだ。
「ねえ、ダチュラ、胸、苦しくない?」
「えっ!」
ダチュラは珍しく甲高い声を上げた後、周囲をキョロキョロと見回した。
「その鎧、軽そうだけど胸が苦しいでしょ」
「な、なんのことだ?」
「大丈夫だよ。周りに人の気配は無いから、私たち二人だけ」
「………」
「あ、ごめん。隠してるんだよね。これ以上はやめておくね。誰にも言わないから安心して」
「……ふぅ。まぁ、しょうがないか。どうしてわかったの?」
これまで低かったダチュラの声が急に高くなった。
「最初に会った時から、すぐわかったよ」
「ほんと?一応、ここの男たちからは誰にもバレてないんだけど」
「リーフ以外からは、だよね?」
「う、うん」
「たぶん、まだウチの旦那も気づいてないと思うよ。男って鈍感だからね」
「そうか……」
「女だってバレないように”無口キャラ”で通してたんでしょ?」
「うん」
「どうして隠してるの?」
「リーフに迷惑が掛かるから」
「二人は一緒なの?」
「駆け落ちしたのよ」
「え、やっぱりそうなの?そうなの?」
「ユリカだって同じじゃないの?」
「あぁ……そうね、私のとこもおんなじ感じ…かな……?」
「リーフの夢がハンターになることだったんだ。私も昔から負けん気が強くて、よくリーフと一緒に遊んだり、喧嘩したり、稽古したりしてた。そのうちに……」
「好きになっちゃったの?」
「うん」
「でも、反対されちゃったの?」
「うん」
「それで二人でハンター始めたんだぁーー」
「……なんか嬉しそうだね、ユリカ」
「いやいや、そんなことないよ。ただ、二人を応援したいって思ってね」
「ありがとう。でも、ユリカの方がすごいわよ。女であることを隠さずに、そんなに堂々とやっているんだから」
「そうかな?でも、女の人が自由に生きるには、辛い世の中だよね。それはわかる」
「きっとリーフも私たちと似た境遇の二人を見て、世話を焼きたかったんだと思う。私も勇気が出たわ。この討伐隊で経験を積んで、リーフと私、二人だけのハンターパーティーを立ち上げてみせる」
「そっか。お互いがんばろうねっ」
「うんっ」
そんなやり取りが後ろでされていることなど露知らず、僕たちは狩場の森に到着した。
「では、僕らは後方支援に回るので、レンとユリカは後から付いて来てくれ」
そう言ってリーフはダチュラとともに右翼の班に合流していった。
残された僕と嫁さんは後からゆっくり付いていくことになる。
「さて、しょうがないから、高みの見物と行きますか」
という僕の言葉に嫁さんが乗っかって来る。
「”高みの見物”ってだいたい悪役が言うセリフだよね」
「ふっふっふ、貴様の実力、とくと拝見させてもらうぞ」
「昔のマンガって、そういう人いっぱいいたよね」
「それでだいたいトーナメントで戦うんだよな」
「わかる」
「……さて、百合ちゃん、ここから彼らのこと見える?」
「うん、見えるよ」
「マジか。あれが見えるの?」
右翼班の本隊はずっと先の方に位置しており、うっすらとしか確認できないのだが、嫁さんには見えるという。
「バッチリ見える」
「じゃあ、この距離で追っていこう。どんな戦いをしているか、百合ちゃん実況してよ」
「りょ!」
右翼班のリーダーは重装歩兵のように装備を固めたハンターだった。
『ディフェンダー』というポジションだ。
周囲に『アタッカー』、少し後方に『シューター』を配置している。
さらにその後方にリーフ達、”回収チーム”。
モンスターからの戦利品を回収するための荷車を持って移動している。
「考えてみたら、モンスターを倒すと勝手に消えて無くなったり、お金を落としていったりするのってゲームの中だけだよね」
嫁さんが説明しながら呟く。
やがて、森の中を進行していくうちに彼らはモンスターと遭遇した。
戦闘開始の合図として、魔法による信号弾が撃たれる。
まもなく他の2地点からも戦闘開始の信号弾が上がった。
最初に遭遇したのは小型のモンスター群で、狼のモンスターだった。
アタッカーが各個撃破し、逃走するモンスターをシューターが宝珠による魔法射撃で追撃する。
一匹たりとも討ち漏らさない見事な連携だった。
リーフから聞いた話では、彼らは今回の討伐隊募集に応じて参加しただけなので、お互い初対面も多いと聞く。それで、このような動きができるということは、集団戦闘におけるセオリーが決まっているのだろう。
リーフ達は遺体を回収しつつ、時折、自分たちの方に向かって来る狼を撃破していた。全く安全な仕事というわけではないようだ。
さらに進んで行くと、中型のモンスターが出現した。
体長2メートルを超しそうな猪のモンスターである。
最初に出現した1体は、突進してきた巨体をディフェンダーのリーダーが盾と鎧で食い止める。
そこをアタッカーが横から攻撃し、倒した。
次に同じ猪が数体同時に出現した。
1体はディフェンダーが同じように対処する。
残りはシューターが遠隔攻撃で撹乱し、アタッカーが仕留める、という戦法が取られた。
ゲームで見るようなHPを削り合う戦闘が行われるわけでもなく、常に人間とモンスターが多対一となるよう連携され、ハンターの側が圧勝していく。
なるほど。プロの仕事とはこういうものか、と感心した。
また、急に班がピタリと止まり、動かなくなる時もあった。
しばらく眺めていると、全員がゆっくり移動して弧を描くような陣形になる。どうやら、逃げ出すタイプのモンスターを包囲しているようだった。包囲網が完成すると、シューターによる一斉射撃が行われ、モンスターの群れを一網打尽にした。
こうして狩りは順調に進み、いつの間にか、太陽は真上に位置していた。
お昼休憩を取ることになった。
各自、持参してきた軽食を食べる。
「どう?退屈してないか?」
リーフが僕たちのことを気に掛けて、こちらの方に来てくれた。
「いや、とても勉強になるよ。来てよかった」
「それなら、よかった」
「みんな宝珠をよく使っているけど、ストックがたくさんあるのか?」
「アタッカーやディフェンダーは、最低限の分だけ持ってるけど、シューターは、宝珠を豊富に揃えているよ。それにマナが無くなっても、この辺は自然のマナが濃いから、下位魔法なら30分、中位魔法でも1時間もあれば再チャージされるんだ。休憩が済んだら、また火力全開になるのさ」
「宝珠のマナは自然からもチャージされるのか。便利だな」
「シューターは、みんな魔法で戦うの?」
嫁さんも質問した。
「もちろんシューターだって、マナ切れに備えて、弓や短剣も持ってるよ。もともとはそれが本職だったんだから」
「へぇーー」
「宝珠のお陰で、魔法は使うものから、当てるものになったんだ。お金さえあれば、上位魔法の宝珠を持つこともできる。だから、本職の魔法使いより、宝珠を使ったシューターの方が優秀なんだ」
「だって。蓮くん」
「僕に振らなくていい……」
会話の流れで嫁さんからイジられる僕。
さらにリーフが説明してくれる。
「僕たちは後方支援として『ヒーラー』の役割も担っているから、怪我人が出た際には、治癒魔法の宝珠で簡単な治療をするんだ。二人は特に問題ないか?」
「僕たちは見ているだけだから、大丈夫だよ。その治癒魔法はどこまでの傷を治せるんだ?」
「これは、下位魔法の【
「僕は【
「そうなのか。さすがだな。もしものときは頼りにするよ」
「ああ、そうしてくれ」
「ただ、治癒魔法は人間の自己治癒能力を促進するだけだから、本当の重傷者には効果が無い。くれぐれも気をつけてくれよ」
「うん。ていうか、気をつけるのはリーフじゃないのか?」
「それもそうだな」
僕とリーフ、二人で笑い合う。
「休憩後は森の最深部に入るよ。この森のヌシとなっているモンスターを倒せば、依頼達成だ。じゃ、帰途でまた会おう」
「ああ、いろいろありがとう」
リーフは戻っていった。
「なんだか、この世界に来て、初めて友達ができた気がするよ」
僕がしみじみ言うと、嫁さんが笑う。
「てか、もう友達でしょ」
「そうだね」
休憩時間が終わり、再び討伐隊が進行を開始した。
目的となる最深部には、3班が連携し、3方向から包囲していく算段のようだ。
午後の進撃も順調だ。
だが、そう思っているところで、後ろの嫁さんがソワソワしている。
なんだ?トイレにでも行きたくなったのか?
「ねぇ、蓮くん……」
「どうした?」
振り返ると、嫁さんはフードを頭から外し、後方に目を向けていた。
神経を尖らせている様子だ。
「なんか……ちょっと変だよ」
その言葉を聞き、僕の警戒心もいっきに強まった。
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