忘却の彼はきっと

@cokerneo

第1話 去年のクリスマス

 ノートを捲りペンを手にした。

 十二月二十四日

[今年のクリスマスは友達とパーティーをしました。でもその場に彼はいません。たぶんに本でも読んでるのかな? 去年のクリスマスとは一味違ったクリスマス。どこか日常のようで私はたくさん笑ってしまいました。

 〇〇学校に進学して、もうじき一年が経ちます。彼と仲良くなれたかな?って時折、思うこともあるけれど今の距離感が私達にはぴったりみたい。

 あの騒動から一年が過ぎても私は彼のことが忘れられないようです。去年のクリスマスは彼と知り合うことができた大事な一日ですから。入院してしまったから日記は書けてないけど夢のような本当の話を私は知っています。来年には二年生に進級します。彼に話したらなんて答えてくれるかな? ぶっきらぼうに 当たり前だろと苦い顔をするんじゃないかな? それでも彼は私の話を聞いてくれるんだろうな。

 そんな優しい彼はきっと人間ではないのだろう]


 クリスマスソングが鳴り響く街。今日はクリスマスイブでどこもかしこも恋人が目に入った。特に予定もない豊田 香蓮は受験勉強の気分転換にでていた。クリスマスムードに嫌気がさしながらもケーキ屋の前で足を止めた。

「クリスマスケーキを一つ」

 サンタのコスプレをした女性が丁寧にお金を受け取った。ケーキが入った箱は可愛らしいトナカイとサンタクロースが描かれている。香蓮はケーキを崩さないように箱を両手で抱えて街外れまで歩いた。イルミネーションを施した家を見るたび綺麗だなと思う気持ちと、どこか寂しさが残った。窓から見える室内はどこも幸せな笑顔に包まていてまるで自分だけが不幸せではないかと思わされる。

 自宅まで五分足らずというのに公園前で足が止まった。公園わきの自動販売機でコーヒーのボタンを押し缶を傾ける。苦みが強いコーヒーを目をつぶり飲み干すと体が温まった。

(ケーキどうしようかな~家族はいないし)

 家族は海外で仕事をしている。だからといって連絡があるわけでもなくクリスマスだろうが正月だろうが帰ってきたためしがないほど父も母も仕事人だ。そんな生活も小学生の頃から続けているとなれるもので両親不在を悲しいと思ったことはなかった。それでも時折ある授業参観などのイベントごとは周囲と比べて不幸せなのだろうと思わずにはいられない。もしも家族がそばにいたら…… なんて思うこともあるけど出張なのだから仕方ないと飲み込む。毎年恒例の夏休みの日記すら家族の色がなく先生の困った顔が忘れられない。

 空き缶をゴミ箱に落とし歩き出す。スマホの電源を入れ時間を確認する。八時過ぎを確認するなりお腹がなった。

「帰ってケーキでもたべ……」

 ライトアップされた自分が汗をかいているのを感じる。トラックが香蓮に向かってきていた。走れば間にあるとかそういった感情はなかった。脊髄反射的なものはあったかもしれない。どちらかといえばあきらめの方が強かった。ジグザグ走行を続けるトラックが香蓮に衝突するまで数秒、心の中で願った。

(誰か。助けて)

 声にならない願いに瞼を下ろした。ぶつかると思った瞬間、衝突音はなくタイヤがスリップする音が辺りを響いた。

「大丈夫か?」困った顔をした男の子。

 片手はトラックの行く先を遮っていた。

「君こそ大丈夫なの?」

「ちょっと待ってくれない?」

 男の子は運転手の方をみるなりタイヤが停止した。のこのこと運転席から出てきた男の口元はよだれが垂れており居眠り運転だったのであろう。トラックのボディーには手形がくっきりと残っていた。

「一段落だな。俺、帰るわ」

「待って」咄嗟に口から出た台詞に香蓮も驚いた。抱えていたケーキに目をやり決心するように声にした。

「助けてくれたお礼。いっしょにケーキ食べない」

「ケーキ? 家族もいるだろうし迷惑じゃないか」

「私、家族いないから」

 寂しそうに話すと男の子は わかったと了承してくれた。ケーキだけでは味気ないと思いコンビニに立ち寄った。私がお菓子やら惣菜やらを購入していると男の子は少年誌を手に取り読みだした。

(齢は私と同いくらいかな?)

 レジに並んでいる時も男の子が気になり、ちらちらと覗いた。買い物も終わり自宅までの道のりは静かなものだった。特に男の子が話をするわけでもなく誘った私も聞きたいことはあれど話してはいけないような空気に無言で歩いた。

「どうぞ。上がって」スリッパを用意してリビングに場所を変えた。

「クリスマスってどんなイベントだっけ」香蓮は首を傾げる。

「キリストの誕生祭じゃないか? 日本なら恋人日なんて人もいるだろうけど」

「恋人…… 君は恋人はいるの?」

「いたらここには来てないぞ」

「そうだよね」

(うまく笑えてるかな…… これてもしかして恋)

 そう思っただけで胸が絞めつけられた。男の子は家を見渡しソファーに座る。

「ねぁ。まだ名前聞いてなかったよね」

「川下 修二だけど君は?」

「豊田 香蓮です」

 二人は顔を見合わせ笑い出す。

「まるでお見合いみたいだな」

「私達初対面だから」

 ケーキを食べ二人で映画を見ていると家族がいたら…… を想像してしまう。当たり前にある幸せが私にはなかったのだと思うと目元が潤んだ。二十二時を回った頃、修二は立ち上がった。

「そろそろ帰らなきゃ」

「そうだよね…… ご家族が待ってるもんね」

「悲しい言い方するなよ。また遊びにくるさ」

「「約束」」

 玄関を出たころ、ふとトラック事故のことを思い出した。口に出していいのか疑問はあったが好奇心が唇を動かす。

「トラック事故の件はありがとうございました。でもどうやってトラックを?」

「そうだな~空手をやってたから?」

  疑問符で返してくる修二に笑みが零れる。

「クリスマスだ。そんな奇跡があってもいいんじゃないか?」

 修二は空を見上げた。夜空はオリオン座がくっきり見えるほど澄んでいた。

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