頑なな決意
作戦が終了し、後始末等も終えた部隊は、のんびりとルーアンテイルへの道のりを帰っていた。一応最低限の警戒態勢を敷きながら、各々自由に歩いている。ハルもアンジュと並んで、隊列の一部に加わっていた。天気もよく、自然音しかしない、端から見ればのどかとしか言いようがない行軍だった。たった数時間前まで、殺し合いに明け暮れていた集団とは思えないほど、静かな行軍だった。
誰も言葉を発しないためか、ハルは些か口を開くのをためらっていた。アンジュも、他の仲間たちも、目に見えて疲れているのがわかる。当然ハルだって、身体的な疲労と眠気は、隠しきれているものではない。だけど、胸に秘めた決意を、誰かに話して共有したいと思っていたのだ。
元の世界へ帰る方法を探す。そのために、アストレア王国の中心へ行きたいということ。レリックにはしれっと伝えてしまったが、一応彼は真剣に受け止めてくれた。ただ、返事をもらうことはできなかった。
王国へ行くという行為に、鷹の団の承諾が必要なわけではない。だけど、ハルが何も言わずに出ていこうとすれば、彼らは理由を聞いてくるだろう。それだけ多くの時間を過ごしてきた。何もなかったことには出来ない。しかし、彼らに助力するというのも変な話だ。戦時中である今、王国へ、強いては、王都へ近づくのは無茶なことだし、実際不可能かもしれない。ハル一人の力では、どうにもできないだろう。
(・・・どうしたものかな)
行こう、と決めたからには、考えなくてはならない。自分一人で向かうにしても、入念に準備をしなければならないし、手を借りるにしても、今回ばかりは手を貸してもらえるとは限らないだろう。
「なに考えてるの?」
隣を歩くアンジュがハルの顔を覗き込んできた。
「あっ、別に、何も。」
「なにもっていう顔じゃないでしょ?そこそこの付き合いなんだから、わかるよ?」
はぐらかし方もあからさまだったかもしれない。彼女の言う通り、鷹の団の中でも、アンジュとの関係は一際深い。なんでもとはいかないけれど、小さな悩みを普段からよく聞いてもらっている。だから、隠そうとするのも、今更なのかもしれない。
「・・・レリックさんには、もう話したんですけど・・・。私、王都に行こうと思ってるんです。」
ハルがそう言うと、アンジュは大きく目を見開いて見返してきた。驚くのも当然だろう。現状を考えれば、無謀と言える行為だし、今までの私の言動を見ている側からすれば、矛盾していると思われるだろう。
王都へ行っても、真実を知れるかどうかはわからないし、むしろ、酷い目に合うことの方が想像に難しくない。良いか悪いかで言えば、ルーアンテイルにいたほうがよっぽど良いに決まっている。だけど、ハルは自分が少しは強くなったと感じていた。全てではなくとも、多くの問題に向き合えるようになったと思っている。だから、今こそ行動に移すべきなんじゃないかと思えるようになったのだ。例えそれが自惚れだったとしても、結局のところ、いつまでも問題を先送りするわけにはいかないのだ。
「どう、思いますか?」」
「どうって言われてもね。・・・難しい話だね。」
そう、難しいことだ。戦争時に、何も知らない平民を装って、王都内へ侵入するというのは。何か伝手でもあれば、可能性は見えてくるのだが、生憎、王都には知り合いなんていない。現実的に考えれば、潜入という形になるだろう。王国の軍勢が、どのように守備をしているかわからない道のりを、少しずつ掻い潜り、王都に侵入。そして、そこからイリーシル城へさらに入り込み、ハルが欲しい情報を聞きだす。誰から?もちろん、それも潜入しながら、調べなければならないだろう。
そうやって、想像することはできるけれど、実現可能なこととは言えないだろう。
「私、戦争が始まる前から、自分が何者なのか、ずっと考えてきました。知りたくなったんです。自分自身のことを。」
今まで知る必要のなかったことを、知りたくなった。それを知らなければ、この先、生きていくことは、きっとできない。どうしてかそういう想いに掻き立てられているのだ。
「でも、あんた一人じゃ・・・。」
「へへっ、そうですよね。無理な話だって言うのはわかっているんですけど、何とか方法はないかなって、考え込んでたんです。」
強がるように、ハルは笑って見せた。こうやって笑うのも、こちら側に来てから学んだ処世術の一つだ。周りの人を心配させないように。いや、気まずくなった空気に耐えられなくなって、なんとなく笑ってしまう癖がついただけかもしれない。
「私は、私を取り巻く運命が変わったあの城に行って、いろんなことを確かめなくちゃいけない。その結果、王族に捕まってしまっても、それで問題が解決できるなら、行くべきなんじゃないかと思うんです。」
「王族に仕立て上げられたんだろう?ハルが王族にさせられたら、あたしらは敵同士になっちまうよ。例えそうなっても、私たちはあんたを殺そうとは思わないけどさ。みんな、良くないって思うはずだよ。」
ハルだって、鷹の団のみんなと、敵同士になんてなりたくない。ただ、そうなる可能性もないわけではない。ハルの知恵では、そうならないための方法を考えるに至らない。だから、また、いろんな人の力を借りることになるだろう。ハルの行いを認めてくれる、多くの人に。
「私は行きたいんです。行って、確かめて、全てを解決できるとは思ってませんけど、私の目標に向かうための一歩に成れたらいいって、思っているんです。」
決して冗談じゃない。ハルは真剣に、現状と向き合いたかったのだ。それを真摯にアンジュに伝えただけだ。彼女がそれを認めてくれるかはわからない。もちろん、認めてくれなくとも、アンジュにとやかく言うつもりはない。でも、もし彼女がそれを良しとしてくれるなら、手を貸してほしいのだ。
「はぁ、不器用だね、ハルも。」
「えっ?」
アンジュは苦笑いの様な、困ったような顔をしていた。
「もっと素直に、あたしに頼ったっていいんだよ?あたしはあんたの先輩なんだからさ。」
彼女の言葉を素直に嬉しく感じるけれど、ハルにとっては、そう安々と頼み込めることではない。だけど、良し悪しはともかく、他者を利用するというのは、選択肢として間違いではない。ハル自身が、その罪悪感を飲み込めれば。
「・・・アンジュさんは、私のために、一肌脱いでくれるんですか?」
「一肌くらいは、ね。そう何度も無茶されちゃ、あたしも思うところがあるけれど、可愛い後輩のために、それくらいは付き合ってあげるさ。」
そう言いながらアンジュは優し気に笑ってくれた。
「なら、それに甘えないのは、後輩として可愛くないですね。」
「そうさ。どんと任せなよ。」
実際、アンジュ一人の助力では、どうにもならない。今この場でどうこうという話にはならなかった。だけど、彼女はいつか、手を貸してくれることを良しとしてくれたのだ。その思いを無駄にはしたくない。だけど、ハルはとても心が温かくなるのを感じていた。何も解決していないというのに、良い方向に向かっているように感じるのだ。
ルーアンテイルに帰還すると、街の中の異様さが目に付いた。戦争が始まってからというもの、街の中の空気は目に見えて張り付いていた。だけど、その日の空気は、もっと異質というか、ほんの数日の間なのに、いったい何があったのだろうか。
義兵団からの報酬の受け渡しを済ませて、ハルを含めた鷹の団組は、一度、団の拠点に戻ったのだが、そこで知らされた話は、驚愕のものだった。ハルたちが奇襲に向かう前に出立した工作部隊、つまり、エイダンが参加している部隊が、交易間を移動している最中襲撃にあったという。その情報があったのが、一昨日のことで、工作部隊は未だ帰還していないという。被害状況も不明。部隊のほとんどは、ルーアンテイルの市民たちだ。グラハムの部隊が護衛についているはずだが、いったいどれくらいの戦力に襲われたのかも不明。話しを聞く限りでは、状況は絶望的だ。もし襲撃が、あの黒い怪物によるものだとしたら、魔法士のいない部隊では、どれだけ犠牲者が出てもおかしくはない。
「一応、首長からは、いつでも出撃できるようにしておくよう言われている。みんな、その気だけは持っていてくれ。」
レリックの冷静な指示のもと、今すぐハルたちが現場へ向かうことはないそうだが、ハルは心中には靄がかかっていた。被害の大きさも不安だけど、どういうわけか、あの失礼な青年の顔が思い浮かんだのだ。エイダンには恩があると思っているし、食事を共にしたり、いろいろと話を聞いてもらったりした。ハル自身は、友人だと思っている。彼の安否も、出来ることなら知りたいと思ったのだ。
(生きていてくれさえすればいいけど・・・。)
奇襲を成功させて、敵の拠点を一つ潰したというのに、まったくもって安心できないとは。戦争とは残酷なものだ。
こうして拠点でゆっくり体を休めていても、気がまったく休まらない。
「ハル、ちょっといいかい?」
「はい。」
そんなところへ来たのは、レリックだった。
「前話していた、王都に向かうって話だけど。」
あの時は伝えたことについて、本格的な話をしたいのだろう。
「どうして急に、そんなことを言い出したんだい?」
「どうしてって言われると、深い理由はないんですけど、何もしないまま、戦争が終わるのを待っていても、何も解決しないと思ったんです。」
戦時である今、ハルは傭兵としても、ルーアンテイルの一市民としても、ただ過ごしているだけだ。それが悪いというわけではない。ただ、ハルが抱える問題を解決するために少しばかり大胆に歩みを進めるのも、ありだと思っただけだ。
「うん、君のそういう前向きな考えは、僕も尊重したいんだ。だけど、今すぐって言うのは、やっぱり現実的に難しいって言うのは、わかっているよね。」
「はい。今でこそ戦争であやふやになっていますけど、一応私は、ミズハさんから監視対象にされているわけですし。」
義兵団の、エイダンの監視もいつの間にかどこかへ行ってしまったし、街中で義兵団にとやかく言われることもない。黒い化け物との戦闘や、奇襲作戦に参加したことで、十分な信頼と戦力としての価値を見出せたのだろう。
「うん。それに、都市間交易路の工作部隊が、襲撃を受けた。王国の敵勢力は、もうどこにいてもかしくはない。王都に向かうだけでも危険な道のりだ。」
「・・・。」
レリックは、声も表情も冷静だった。
「実際、俺の一存じゃ、君を一人ではいかせられないし、個人としても、行かせたくない。仮に俺の言葉を無視して、一人で向かったとしても、他の人たちがそれを止めようとするはずだ。」
「他の人・・・。」
例えば、義兵団が。ハルの王都へ向かう道のりに立ちはだかるとしよう。ハルは、義兵団と事を構えたくない。味方同士で争うなんて、戦時下でなくとも愚かな行為だ。例えば、ミズハが止めてきたとしよう。彼は大きな権力を持っている。それにハルは、彼の庇護を望んで、彼はそれを約束してくれている。思い立った程度で、その信頼を裏切るわけにはいかない。例えばエイダンが、私を叱責するとしよう。彼は優しいし、冷静に物事を見極めることが出来る人だ。突然王都へ向かおうとする私を、回りくどくも真摯な言葉で、説得してくれるだろう。
今回、王都へ向かいたいというハルの願いを叶えるには、いつも通り多くの障害がある。少し違うけれど、間違いなく存在する壁がある。だけど、ハルもこの世界に来てから、ずっと同じというわけではない。
「あの、レリックさん。」
「ん?」
「それでもやっぱり、私は王都へ行くべきだと思うんです。」
ハルがそう言うと、レリックは、ぽかんと口を開けたような顔になった。口答えというわけじゃない。けど、こういう風に、自分の意思を伝えるのは、反感を話すのは初めてだっただろう。
「・・・本気なんだね?」
「本気です。今すぐとは言いません。・・・でも、できることを、やりたいんです。」
真剣に、レリックの目を見つめながら、どこかすがるような気持ちで、ハルは伝えた。呆けた顔のレリックは、困ったように眉を寄せた。ずるいやり方、いや、真摯に向き合うという、ある意味質の悪いやり方をしていると、わかっている。善悪を語るつもりはない。自分で言うのもあれだが、合理的な方法を自分は使っているのだ。人の気持ちを揺さぶって、物をねだる子供のような、まともであれば罪悪感を覚える方法だ。こういう時だけ、都合がいいと言われても仕方がない。レリックたちはそんなこと言わないけど。
「・・・できること、か。そうだね。君にとっては、とても大事なことだものな。とはいえ、どうしたものか。」
完全に困り果ててしまったレリックに、ハルは苦笑いを浮かべた。
「一応、考えはあるんですけど、その前に、ミズハさんには、一度話をしておこうと思います。守って頂いている以上、勝手なことはできませんから。」
「あの人が、王都へ行くなんて言うことを許してくれるとは思えないけど、まぁ、そう言うのは大事にしないとね。・・・うーん。」
ごめんなさい。そう心の中でハルは呟いた。そういう罪悪感は、そっと胸の奥にしまっておけばいい。自分の決意を揺らぎたくない。
(私は、前に進みたいから・・・。)
人を利用することも、いとわない。そうやって歩く覚悟を、ハルは見出したのだった。
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