敵拠点、発見と攻略
その情報が入ったのは、エイダンが出立してから十日ほどたってからだ。
ルーアンテイルから、南東方向に馬で丸一日かけたあたりに、王国が秘密裏に建設していた拠点の所在が明らかになったそうだ。拠点の規模は、駐屯している兵こそ少ないものの、自然の要塞に囲まれた、大型の拠点ということらいしい。発見に至ったのは、どうやら第二陣の哨戒によるものらしい。すでに王国がこちらに対して戦力を向けていたことには誰もが驚いていたが、まだ兵が集まりきっていないのが幸いだった。
可能性の話だが、件の黒い怪物も、そこから送り込まれているのではないかという情報だ。まだ偵察もまともに行っていない状態なので、敵戦力もどれくらい潜んでいるかわからない。だが、いずれルーアンテイルを攻略することを想定して建てられていると考えても過言ではないだろう。何より、こんな近くに敵拠点があるというのは危険すぎる。これを受けて、すぐに討伐隊の編成が始まった。
既に前線へ送り出してしまった兵を呼び戻すのはリスクが大きいので、必然的に都市防衛部隊から可能な限り兵士をかき集めなければならない。ここから一番近い、第四陣の補給拠点にも連絡を取り、早急に目標の拠点を墜とすこととなったのだ。
「なんだか、大事になりましたね。」
「まさか、戦場に駆り出されることになるとはね。」
討伐隊には、レリックを筆頭とした鷹の団、前衛隊全てが参加することとなった。そのほかにも、残っている義兵団の兵士、鷹の団とは別の傭兵ギルドや、個々人で傭兵稼業を生業としている者たちも、続々と参加してきた。
集まった数は、約二百人。前線へむった舞台に比べれば、数も練度も及ばないかもしれないが、これが今出せる最大の戦力なのだ。それに、第四陣の部隊からも百人ほどの増援と現地で合流するらしい。それと、なぜか、鷹の団の後衛隊の数人が、ルーアンテイルに戻ってきていたのだ。どうやら彼らが第二補給拠点から哨戒任務を受けて、拠点を発見したらしい。そして、そのままレリックの指揮下で進軍するつもりのようだった。
編成は一日もかからなかったが、出陣の準備はそう簡単にできるものではない。これから行く場所は、正しく戦場。数百人が殺し合いをする場所だ。一人ひとりに最低限の装備が支給されていく。
今までやってきた傭兵仕事とは、まったく違う戦いが待っているのだろう。ハルは、使い慣れた短刀と石弓、それから支給された木製の盾と短めの小剣を身にまとうことにした。支給品は、いかにも支給品といった見た目で、正直心もとないことこの上ないが、ないよりはマシということで取り合えず持っていくことにした。特に盾はないと、弓矢を防ぐ術が一切なくなる。仲間たちの中には、自分の得物で、矢を叩き落とせることも彼のらしいが、ハルにはそんな剣の技量はない。とはいえ、それだけ多くの装備を纏っていても、それほど体が重くないのは幸いだった。自慢ではないが、すばしっこさだけは取り柄がある方だと思っているから、それを潰されないで済む。それに、いざとなれば、魔法もある。例の黒い怪物の対抗策として、魔法士も可能な限り参加しているようだから、彼らの援護をするのもいいだろう。
「・・・。」
「緊張してるかい?ハル。」
いつも一緒にいてくれるアンジェは、いつもと変わらない笑顔を見せてくれていた。
「少しだけ。でも、・・・大丈夫です。」
「私も、こういう戦いは、初めてだから、少し気圧されてるんだ。戦争ってやっぱ恐ろしいね。」
彼女は傭兵としてたくさんの戦いを経験してきたはずだ。そんなアンジェでさえも、恐れを抱くほどのことなのだ。心なしか、レリックやほかの仲間たちも、いつもより表情がこわばっているように見える。まるで、気を抜けばその瞬間、命を取られてしまうんじゃないかと思わせるくらい、張り詰めた空気だった。まだ敵拠点にたどり着いてもいないのに。
「みんな聞いてくれ。」
そんな空気を察してか、レリックが口を開いた。
「正直、こんな戦い、参加しないで済むならそうしたかったけど、どうやらそうもいかないらしい。でも、みんななら乗り切れると信じてる。いつもなら、必要以上に戦う必要はないっていうところだけど、今回はあえて言うよ。迷わず殺せ。相手がどんなに惨めな姿になろうとも。迷えば、やられるのは自分のほうだ。相手のことなんて考える必要なんてない。ぞんぶんに、殺せ。」
優しくも、芯の通った声音で、彼は言った。これは、傭兵としての仕事じゃないのだ。遠征の前に、リベルトは死ぬなという。自分が死なないための選択をするということだ。だが、今回は少し違う。相手を殺すことだけを考えるのだ。それは一種のおまじないのようなものだが、誰かが言ってくれるのと、そうでないのとでは、気の持ちようがだいぶ変わってくる。情けをかけようなんて気を起こさせないために、レリックはあえてそういう言葉を選んだのだ。
ハルは、短刀の柄を強く握りしめて、自分に言い聞かせていた。殺すことを躊躇しないように。それが戦争なのだ。ハルだって、こんな戦い参加したくなんかはない。だが、そうしなければならない。戦争は始まってしまった。無関係ではいられないし、勝たなければならない。負けたら死ぬわけでもないだろうが、負けた側に自由があるはずがない。勝つために、殺さなければならないのだ。
進軍は常に慎重に行われた。今回は、こちらが奇襲をかける立場にあるのだ。現地へ到着する前に、気づかれてしまっては意味がない。速度はなくても、徒歩でゆっくりと第四陣との合流地点へと向かう。道中戦いは起こらなかったが、緊迫した空気だけで、何日も戦ったかのような心労が感じられた。なにせ、緊急で組織された部隊だから、食料などは最小限のものしか携帯しておらず、そういった心細さが、いっそう心身に負担をかけているのだ。歩き続けて二日が立ち、ようやく合流地点に着いた時は、思わず安堵の息をはいてしまった。これから命がけの戦いが待っているというのに、なんだか気が抜けてしまいそうだった。とはいえ、ハルも傭兵の端くれだ。気持ちの切り替えはしっかりしていた。出発前にレリックに言われたことも忘れていない。拠点にどれくらいの王国兵が滞在しているかはわからないが、その全てを殲滅するその時まで、今の精神状態を崩すことはしない。情けをかけず、問答無用で敵を殺める。それがいかに残酷なことかとか、そういうのは、終わってから考えればいいと。
ハルたちが到着してから、すぐに第四陣からの増援が到着した。総数にして二百八十四人の部隊が完成した。それを三つの部隊に分けられることになった。第一の部隊は正面から、第二部隊は拠点の周囲から攻め、第三部隊はさらに広範囲に広がり、敗残兵をとらえるようにするのだ。
ハルは、周囲から攻める第二部隊へ加わった。なぜなら、敵拠点の周囲は丸太を地面に突き刺して囲われているのだ。簡易的だが、丸太の柵の高度は4.5メートルはあるから、よじ登っていくのも一苦労だろう。だが、相手が木材ならハルにとっては都合がいい。それこそ、全ての丸太を燃やしてしまえば、敵はすぐにでも拠点から出てくるだろう。
今回の奇襲は、正しく火計だった。王国の拠点がある場所は、木々に囲われていて、他所から見えずらくなっている。そのあたりはさすがというべきか、しかし、火を持って制するにはうってつけの状況なのだ。ハルは、火の魔法を使用して丸太の柵を破壊する役目を、その他は、火矢を拠点内へ放り込むのが役目だ。拠点を火で埋め尽くし、敵兵をあぶりだした所へ、第一舞台が襲い掛かる。逃げ延びた敗残兵は第三舞台が仕留める。作戦としては申し分ないが、問題は黒い怪物がどう動いてくるかだ。魔法士たちはほとんどが第三部隊にいるから、真正面からやりあうのは、必然的に第一、第二部隊の者たちだ。もっとも、怪物の対処法はみな周知しているので、それほど脅威と言えるものではないだろう。
作戦の結構は深夜に決まった。第二部隊が火矢を放り込むのが戦闘開始の合図だ。それまで、みんな携帯食料をかじったり、得物の手入れをしたりと、各々自由に過ごしていた。ハルも、支給品の使い心地を確かめるように小剣を振っていた。やはり、頼りないというか、妙に軽くて剣を振っている感じがしない。あくまで護身用のものとして考えたほうがよさそうだ。攻撃には魔法を使えば十分だ。最悪の場合、たとえ辺り一帯が火事になっても、全身に火を纏って、襲い掛かる王国兵全てを焼いてしまえばいい。
(・・・・。)
何がとは言わないが、我ながら惨いことを考えている。やはり、感情を鎮めるのは難しいことだ。ただ冷酷に人の命を奪える人間は、そうはいない。少なくともハルはそんな人にはなりたくないし、そういう人間でもない。だから、頭では理解していても、心は自然と拒絶反応を起こすものだ。
ハルは、短刀を取り出し、親指のふしを少しだけ切った。そこから漏れ出た赤い液体を舐めると、想像した通りの味が舌に広がっていく。親指からはちりちりとした痛みが響いてくるが、それでいい。それで気を紛らわせるなら、安いものだ。すでに日は沈み始めている。明日の朝には終わっているだろう。それまで、自分の良心を誤魔化せればいいのだから。
仲間たちもその時が今か今かとはやる気持ちを精一杯抑えているようだった。すでに斥候が様子を見に行っているようだから、状況によっては、深夜を待たずに決行するだろう。
「ハル。大丈夫かい?」
いつもそばにいてくれるのは、優しい姉貴分のアンジェだ。
「はい。少し緊張してますけど。」
「ふふ。ハルは、それくらいがちょうどいいんだろうね。まぁ、あたしも似たようなもんだけど。」
これほど大規模な戦闘では、何が起こるかわからない。敵兵の数も、拠点の大きさからして、こちらを上回るというほどではないだろうが、戦争では数がものをいう。乱戦のさなか、どこから敵に狙われるかわからない。常に味方の位置を把握していなければ、同士討ちだってありうる。そこにあるのは、狂気と、殺意と、人の尊厳を奪う暴力が渦巻くのだ。
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