旗を立てる

いつもとは違う、ルーアンテイルの街並み。早朝だというのに、人があちこちで出回っている。すでに、どこからかおいしそうなにおいも漂ってくる。だた、だれも食事をとるような素振りは見せない。みんな殺伐とした表情で、まるで、自分以外の全てが敵として見ているんじゃないかと思うほど、きつい目つきをした人たちばかりだった。

ハルも似たようなものだ。なるべく誰とも目を合わせないようにしていたものの、どこからか襲われてしまうんじゃないかと思ってしまう。無意識のうちに短刀に手が伸びている。それくらい、住民たちは警戒しているのだ。すでに、昨夜の出来事は、多くの人に周知されているのだろう。次は自分の番かもしれないという疑念が、今の状況を作り出しているのだ。

実際、あの怪物の正体がなんにせよ、あれが王国の放った怪物ならば、一本取られたということになる。だれも想像しえない方法で、この大都市に侵入し、被害を出しているのだから。それにしても、本当にどうやって入ってきたのだろうか。最初の爆発だって、何を意味しているのか。

魔法という技術が、全ての人間に知れ渡っていないもの故に、対処法もその正体すらわからないというのは、厄介な話だ。文明が進んでいない世界においては、未知のものはそれだけで脅威なのだ。

考えを巡らすうちに、目的地である魔法大学についていた。いつもは物静かな大学前の広場には、多くの義兵団が駐屯していた。天幕がいくつも広がっていて、兵隊たちもたくさんいた。どうやら臨時の屯所となっているらしい。まぁ、これだけ広く、一般人が立ち寄らない場所だから、ちょうどいいのかもしれない。ただ、不思議なのは、その兵隊たちの中に何人かの魔法士が混ざっていることだ。なぜ、魔法士とわかるのかというと、たくさんの装飾が施された厚手のローブを身にまとっているからだ。この世界ではどうか知らないが、あの姿はまぎれもなく魔法使いの恰好だろう。中にはとんがり帽子をかぶっている者もいて、どの世界でも魔法使いはああいうものなのだと感心していたくらいだ。

一人の兵隊が、ハルの姿を見ると、何かを察したようにに近づいてきた。

「すいません。ミランダという魔法士の方を知りませんか?」

「ミランダ殿なら、あちらで、隊長とご一緒に・・・。」

彼が指さすほうには、一際豪勢な鎧に身を包んだ男性と、その人と何やら話をしているミランダの姿があった。兵隊に礼を言って、駐屯している義兵団の間を縫って、ハルはミランダたちの元へ歩いて行った。すぐに彼女は、ハルのことに気づき、手を答えてくれた。

「あら、ハルちゃん。早いわね。もう怪我は大丈夫なの?」

「体を動かす分には。」

当然、隣にいる男性、この部隊の隊長である人は、ハルのことを訝しんで見てきた。

「そう変な目で見ないでください、隊長さん。この子ですよ。首長のお気に入りの。」

ミランダがそう言うと、彼は合点がいったように頷き、表情を緩めてくれた。

「君が、・・・。そうか。すまないね。こんな状況だから、私も気が気でないのだよ。」

男性は立ちあがり、手を差し伸べてきた。

「グラハム・ラーナーだ。君のところの頭領とは、古い友人でね。」

「リベルトさんの、お知合いですか?」

ハルも彼の手に合わせて手を伸ばすと、すごい力で握手を交わされた。なんだか懐かしい感じだ。前にも、いや、リベルトとの握手を交わした時も、こんな感じだったような気がする。

「ハルです。アカバネハル。初めましてですよね?」

「あぁ、直接会うのは初めてだな。だが、私も君と縁がないわけじゃない。以前の、奴隷商人との戦いでは、本当に感謝している。」

隊長でもあるにも関わらず、彼は小さく頭を下げてきた。

「部下から話は聞いていたよ。君がいなかったら、あの作戦は成功しえなかったと。」

「そんな。大したことは・・・。」

大したことはしていない、と言いたかったのだが、なんだか返ってくる言葉が想像できてしまって。言わないようにしてしまった。

「そんな君に、監視なんて失礼なものを付けてしまったことを申し訳ないと思っているよ。」

「もしかして、エイダンの隊長さん、ですか?」

「ああ。はて、そして彼はどこに?」

どうやら昨晩のことをまだ知らないようだ。いや、情報は来ているだろうが、エイダンが怪我をしたことを知らないのだろう。

「エイダンは、昨夜の襲撃で、怪我を・・・。」

「あぁ、そうか。それで昨日は報告にこれなかったのか。」

グラハムは、近場にいた隊員に、エイダンの所在を確認するように指示していた。

「それで、ハルちゃん。こんな朝っぱらから、いったい何の用かしら。」

「それは、・・・。」

龍の瞳について、もしかしたら彼女なら、何か知っているのではないかと思ったのだが、こんなに人がいる場で話してもいいものか。そんなハルの様子を悟ってミランダが、

「大丈夫よ、ハルちゃん。この人は、私事を他人に言いふらすような人じゃないわ。」

「おっと、口止めされてしまったかな?」

そういうグラハムの顔には笑顔が見て取れたので、ハルは、彼らの隣に座らせてもらった。

単刀直入に、龍の瞳について、ミランダに聞いてみた。はじめは、冗談半分で聞いている様子だったが、それを王国の魔法士が口にしたと言ったあたりから、ミランダの目は真剣になっていた。

「どう、思いますか?」

「うーん。龍の瞳ねぇ。」

「君が、狙われている理由がそれか。」

「私も、半信半疑ですけど。」

というより、ほとんど信じていない。以前、エイダンにも言われたことだが、レイナという王族の存在、現国王の存在は、ありえないことだ。特に後者の話は、まったくもって論外だ。アストレアに、現国王は存在しない。それは、彼らも知っているようだった。そのうえで、考え込んでいるということは、何か思い当たるふしでもあるのだろうか。

「正直言うと、王国の魔法士の言葉は、もうすべてがハッタリじゃない。ハルちゃんが、初めて王国の魔法士と戦ったと聞いてからね。龍の瞳、この際名前なんてなんだっていいけど、それがハルちゃんのことを指しているのなら、きっと大きな意味がある。私は、そう思うの。」

「大きな・・・意味、ですか?」

「例えば、強大な魔力器官の名称とか。」

ミランダはそう言ってハルの目を指さした。

「その赤い目は、大量の魔力を有しているのではないかしら。」

「目玉が、魔力の塊ってことですか?」

「そう。魔力というものが、いったい人間の体のどこにあるのかっていうのは、わかっていないけれど、人が本来持つ魔力とは別に、その目に魔力を蓄えることが出来るとしたら。その眼球には、魔法士にとって大きな意味を持つとは思わない?」

つまり、ハルは人より多くの魔力を蓄えることが出来るということか。確かにそれは、一種の革命なのかもしれない。魔法というのは、いわば、魔力が多ければ多いほど、より多くのより強い魔法を行使することが出来るのだ。生まれつき魔力が多いものは、それだけで魔法士として勝ち組に値する。

「まぁでも、これは、ハルちゃんの魔法が、強力であるということを裏付けるための憶測でしかないのだけれどね。」

「ほぅ。彼女の魔法は、ミランダ殿も認めるほど、強力なものなのか?」

魔法に関する知識がないグラハムも、それには驚いていた。

「ええ。おそらく、ハルちゃんの魔法には対抗魔法が存在しないわ。」

「そんな、だって火ですよ?水をかけられたら、すぐにでも消えちゃいますよ。」

試したことはないけれど、いくら魔法だからと言って、そんな自然現象まで捻じ曲げることはできないだろうに。しかしミランダは、首を横に振って答えた。

「いいえ。火に水をかけたら消えるというのは、本来の火の性質よ。でも、ハルちゃんが魔法で生み出す火は違う。おそらく水のほうが、蒸発して消えてしまうでしょうね。火っていうのは、物が燃えた時に見える熱よ。熱が、光を放ち、それを私たち人間は火と呼んでいる。あなたが魔法を使っても、自分の体が燃えないのはなぜ?本来の火が持つべき熱量を、何で補っているの?」

「・・・魔力。」

「そうよ。ハルちゃんの火は、魔力がなくならない限り、決して消えることのない火。そして、火が灯っている間は、それは、常に火の性質を持ち合わせている。近寄れば熱い。触れたものを燃やす。水を蒸発させる。普通温度が下がれば火は消える。だけどその火は、温度による影響を受けない。いったいどうすれば、その火を消すことが出来るのでしょうね。」

自分の魔力がなくならない限り消えない炎。彼女の説明は確かに恐ろしい話だ。自然現象的なことを無視するのが、魔法というもの。ハルの言葉で言い換えれば、非科学的な現象だ。なぜ消えないのか、なぜ魔力を燃料として火を起こせるのか。その答えが全て、魔法だから、というもので成り立ってしまうのだ。

だが、それでも弱点がないわけではあるまい。なにせ、人間の魔力は、そう多くはないのだから。そこまで考えて、先ほどの龍の瞳の話につながるのだと、ようやく気付いた。

「ハルちゃんは、そんな魔法を、人よりも多く、長く、強く使うことが出来る。憶測じゃなくても、恐ろしい話だわ。その魔法が、どれくらい人を殺めるのに適しているかは、私にはわからない。でも、あなたがその気になれば、鎧を身にまとった兵隊をすべて壊滅させてしまうことも出来るんじゃないかしら。千だろうと、一万だろうと。」

考えたこともなかったことだ。いつも自分は、自分の身を守るために、この力を使っていた。あるいは、何かを守ろうとして。誰かを害するために使う気などもうとうないのだから。

「それが、王国に狙われる理由・・・。」

「そこまでだ。」

唐突に、グラハムが両手を叩いて甲高い音をたてた。ハルもミランダも、そんな彼に思わず注目してしまった。

「ミランダ殿、大変興味深い考察だが、それ以上は、学者ではない彼女には、すこし刺激が強すぎる。」

「あ、いえ。私は大丈夫ですよ。」

「そうか?だが、熱狂すると歯止めが効かなくなるふしがあるからな。君がどんな魔法を使おうが、少なくとも今は、我々は同じ勢力にいる。君の不安に思う気持ちは最もだが、そういうのはすべて終わってから、調べればいいと思うよ。」

(全てが終わってから・・・。)

「ふん。隊長さんは楽観的ですね。私は、学者なんですから、憶測に憶測が重なろうと、思考は止めたりはしません。」

「はっはっは。楽観視してるわけじゃない。考えることも大事だが、今我々がすべきことは、この戦争に勝利することだ。私はそのことだけを目指すのみだ。」

グラハムの言葉には、そして、その瞳にも迷いはなかった。まだ戦争は始まったばかりだというのに、彼は勝つことだけを考えているのだ。戦争を知らないハルにとっては、これからどれくらい戦いが起こるのか見当もつかないが、まるで、全てを見通しているかのような、自信満々な表情だった。

「魔法士は厄介だが、私は彼らが相手でも負けるつもりはない。戦というものは、力が強いだけで勝利できるほど、あまいものではないからな。」

グラハムのこういうところ、なんとなくリベルトに似ていると感じた。古い中というから、似た者同士なのかもしれない。

「ごめんね。龍の瞳について、明確な情報は持っていないわ。だから、さっき言ったこと、よく覚えておいて。」

「へへっ、ありがとうございます。」

「どうして笑ってるの?」

初めから彼女に答えを求めてはいない。いや、確かに自分のことを知りたいとは思っていたが、なんとなく、こうなってよかったと思っていた。

「すいません、お邪魔しちゃって。私、午後から城壁の見張りの仕事があるんで。」

「おぉ。君も防衛部隊の一員だったのか。よろしく頼む。あぁ、監視の件だが、この際、しばらくはいいだろう。今のエイダン隊員の状態じゃそれも難しいだろうし、代わりを付けられるほど、我々も余裕が無くてね。」

「わかりました。」

そうしてハルは、二人と別れの挨拶を済ませた。

帰り際、他の隊員に肩を借りながら歩いている、先ほど名はしていた監視の人とばったり出くわした。やはりかなりの重症で、歩くのもままならないようだった。

「ハル?うちの隊に何か用があったのか?」

「ううん。魔法大学に用がっただけ。でも、隊長さんとも少し話したよ。」

その場で、監視に関することも伝えておいた。

「とりあえず、ゆっくり休んでね。」

「はっ、情けない限りだな。あんたも、無茶はしないでくれよ。」

エイダンはそう言って、仲間に連れられて駐屯所に向かっていった。ハルもそれを見届けてから、帰路に着くことにした。


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