拭えない傷跡
到着した義兵団は、十人余りだったが、彼らを引き連れていたのは、ルーアンテイル魔法大学の魔法士たちだった。その筆頭として、ミランダが指揮をしているように見えたが、彼女の意外な姿に驚きを隠せなかった。
「大丈夫ハルちゃん?今、医療班をまわしてあげる。」
「・・・ありがとう・・・ございます。」
当の本人は、さぞ当然のように義兵団に声をかけ、義兵団の者たちは、迅速に彼女の指示をこなしていあ。
「どうして、ミランダさんが・・・。」
「知り合いなのか?」
ハルの隣で、同じように座り込んでいるエイダンも、魔法士の部隊にとても驚いているようだった。
「少しだけね。私が、魔法を行使できるって知ってから、いろいろと教えてもらってるの。」
普段の彼女は、魔法士というより、学者や研究者、という風体で、あんな風に人の上に立って仕事をするような人物だとは思ってもいなかったのだが。
「でも、魔法を武器として扱ったり、人殺しの術として使うことを、とても嫌っていたような気がするけど・・・。」
先ほどの矢の攻撃は、明らかにおかしな点があった。まるで、矢が無数に分裂しているかのように見えたのだ。その証拠に、ミランダと共に来た部隊には、弓を持つ者はたったの三人だけだった。わずか三人で、数百もの矢を一瞬で打ち切るのは不可能というものだ。おそらく魔法で何らかの細工を施したのだろう。
「・・・何はともあれ、増援が来たなら、もう一方の爆発地点に行かないと。」
エイダンがそういって立ち上がった。もう片方のほうをすっかり忘れていた。いったいだけで、それだけの体力をそがれたのだ。だが、その心配は無用のようだった。
「もう一体の怪物は、すでに仕留めてあるわ。安心して。」
「え?」
「私たちが、抑えていたの。犠牲者も出ていないわ。」
ミランダが無言でうなずくのをみて、ハルは大きな息をはいていた。敵の脅威がなくなったのであれば、ひとまず体を休めていいだろう。だが改めて、戦争というものの慈悲無き行為に、悲しい気持ちさせられてしまった。ケガこそしたものの、だれ一人死なずに切り抜けられたわけではない。ハルは、倒れている団の仲間たちのもとへ歩いて行った。
「ヤッサさん、大丈夫ですか?」
「ぉぁ?ハルか?俺は・・・大丈夫だが、ファルザと、アプラスは・・・。」
ヤッサ、ファルザ、アプラス。ハルと、エイダンと一緒に現場に駆け付けた鷹の団の傭兵だ。同じ前衛隊の仲間たちで、年もハルよりレリックやアンジェとの方が近い。それくらいの先輩たちなのだが、悉くのされてしまった。ヤッサは、見たところ軽症で済んだようだが・・・。
ファルザとアプラスが担架に乗せられているのをみて、ハルは手伝いを進み出たのだが、ハル自身もけが人として扱われたため、丁重に断られてしまった。担架に運ばれていく二人の様子は、素人目に見ても重症だ。意識が無く、不安な思いに駆られる。普段から、いつも陽気な先輩たちを見てきたから、二人がもう一度、その姿を見せてくれることを願うばかりだった。
ハルとヤッサ、それからエイダンもミランダが手配した医術士たちに、半ば強引に医療所に運ばれてしまった。軽傷とはいえ、彼らが仕事をしないわけにはいかないということだろう。幸いにも殴られたお腹や、あばら骨に異常はないみたいだった。とはいえ、内出血を起こしていたり、やつの拳がかすめた頬からの出血は、馬鹿にできないものだった。間違いなく、グーのパンチだったはずなのだが、人の肌とは脆いものだ。爪がかすったわけでもあるまいし。早すぎる拳がかすっただけで、ぱっくり裂けるなんて。おかげで、どでかい絆創膏のようなものを貼られた上に、包帯で顔をぐるぐる巻きにされてしまった。
そんな力で、何度も殴られたエイダンの体はボロボロだった。内出血はハルよりもひどく、顔色もすこし青ざめているように見えた。
「大丈夫?死なないよね?」
「あぁ、問題ない。」
彼の表情から、無理をしているのは明白だった。ひきつったような笑い顔からは、血の気が見えなかったのだ。案の定、医術士に目を付けられてしまい、重症者として連行されてしまった。
思いがけず監視の目から逃れる形になってしまったが、あまり喜べる状況でもない。
「俺は、ファルザとアプラスの容態を見てくるよ。先に拠点に戻っているといい。」
処置を終えたヤッサが、同じく重症者の医療所へ消えていくのを見届けて、ハルは一人、その場を離れることにした。医療所を出る間際、入れ替わりで顔に布をかぶされた担架が入っていった。
あの担架が、どういう意味を成すかは、ハルにもわかっている。そうだ。あの現場では、何人もの、非戦闘員が命を落としたのだ。このルーアンテイルの住民たちが。
ハルが思いうかべたのは、火に包まれた男性のことだった。火で焼き殺せれば、あの人はきっと生き延びられただろう。魔法を使わなければ、あんな目には合わなかったかもしれない。あの人は、ハルが間接的にだが、殺してしまったようなものだ。自分に非があるとは思わないけれど、あまりにもむごい死に方で。その苦しみを、想像するのも難しい。それが、戦争というものなのだろう。
医療所の外には、多くの義兵団が待機していた。その中に先ほど自分たちを助けてくれた部隊もあった。もちろんミランダの姿も。
彼女はこちらに気づくと、手を振って呼んできた。
「怪我は大丈夫だった?」
「ぐるぐる巻きですけどね。どうにか軽傷で済みました。でも、同僚の人たちが、まだわからなくて。」
「そう。それにしても、よくあんなのとまともに戦って生き延びれたわね。」
黒い皮膚を持ち、人の形をした化け物。いや、もはや人間ですらないのだろうが、いったいあれは何だったのだろうか。そんな思案を呼んでいるかのように、ミランダが口を開いた。
「おそらくあれは、魔法によって肉体を強化された、言わば改造人間ね。」
「あれが、・・・何なのかわかるんですか?
「奴らの死体を、さっきちょっと調べててね。肉体に魔法を使用された痕跡があったの。」
「人の体に魔法をかけたってことですか?」
ミランダの説明は、ややこしい話もあったが、要するにこういうことだ。
人の肉体に直接魔法をかけると、普通は発動者の魔力が消費されるものだ。だが、魔法の性質が、例えば、成長を促す、というものだったら。それは、発動時の魔力は当然、発動者が補うものだが、その後も継続的に影響を及ぼす魔法だった場合、魔法をかけられた側の魔力が消費され続けるらしい。つまり、あの怪物は、もともとは人で、ほかの魔法士によって魔法をかけられ、その魔法によってあんな姿に変えられてしまったらしい。
「肉体強化の魔法、とでも言えばいいのかしらね。人の体を無理やり成長させて、あんな化け物に変容させるなんて。」
「他者からの魔法によって、常に魔力を消費させられるってことですよね?」
「前に、ハルちゃん、言ってたでしょう?魔法士と戦った時、王国がたくさんの魔法士を集めているという話を。おそらくだけど、王国は、魔法士の才能を集めながら、そういった改造人間にふさわしい人材も集めているんじゃないかって思うの。魔法による肉体の強化を、自身で制御できるように。」
ミランダの想像は、とても恐ろしいものだと思った。あの化け物に、人間らしい意思があったかはわからないが、あんな風になってまで、戦おうとする原動力はいったい何なのだろうか。
「ひどい・・・話ですね。」
「同じ魔法士としては、腸が煮えくり返るほど許せないことだけどね。でも、彼らにとっての、魔法の進歩がそういうものなのだとしたら、この戦争はその研究成果の発表会ってところでしょうね。」
魔法士との戦い。単なる兵士たちのぶつかり合いだけではないというのなら、この戦争は全く予想だにしない結末になる可能性だってある。そもそも、彼らがどうやって街の中へ侵入したのかさえ不明なのだ。それに関しては、ミランダたちも頭を悩ませているようで、対処法がないらしい。
突然現れて、無差別に人を殺す怪物を止めるには、現場へ行って直接叩くしか方法がないのだ。
あるいは、戦争そのものに勝利するか、何らかの方法でこの戦争を終結させれば、止められるのかもしれないが、それまでにいったいどれくらいの犠牲者が出るのだろう。
「このことは、街中に話を通さないとね。正体不明の敵が突然街中に現れる可能性があるって。」
これが戦争なのだと、ハルは改めて思い知らされたのだった。
団の拠点に戻ったハルは、他の仲間たちにひとまず報告を済ませた。城門の見張りなどで、全員はそろっていなかったものの、前衛隊の要であるレリックにも話を通せたのだから、そこからの話は早いものだ。黒い怪物への対策。火は効かず、肉弾戦を主体とした戦い。圧倒的な反応速度。それらを話しても、傭兵たちは、決して絶望したりはしない。前衛隊は、後衛隊に比べてみんな傭兵歴は浅いほうだ。それでも、一人一人の実力は、同じ傭兵よりも磨きがかかっている。ハルのような、まだまだ三流の団員はいても、それぞれ長くこの傭兵団で修羅場を潜り抜けてきた者たちだ。すぐに戦闘方法を編み出し、ありとあらゆる状況の対処法を生み出していった。頼もしい限りだった。
そんな中で、ハルは一足先に休ませてもらうことにした。なにぶん体が辛くて、横になりたい気分だったのだ。もともと日が沈んでからの騒ぎだったため、すでに深夜を回っているだろう。寝る前にアンジェが話し相手に付き合ってくれて、いくらかすり減った気持ちを取り戻すことが出来た。最後は、いつ眠ってしまったのか自分でも覚えていないくらい、緩やかに眠りについてしまった。
胸の内では、亡くなった人たちのことばかり思いうかんで、ざわついて仕方がなかったのだ。だから、早朝に目が覚めても、まるで眠った気がしなかった。外はまだ暗く、東の空がわずかにしらずんで入るが、朝と呼ぶにはまだ早い時間だった。体の疲れが取れず、おまけに全身筋肉痛のような痛みに覆われていて、体を起こす気にもなれなかった。普段なら、早朝の稽古をしているのだが、今日はそれをすることも出来ないだろう。
ハルはふと、自分の目が暗闇だと輝いて見えるといったキサラの言葉を思い出した。それを聞いた時は、そんなはずはないと思ったものだが、エイダンも同じことを言っていたから、嘘ではないのだろう。それを確かめたくなって、小さい手鏡をとって確認してみた。
「ほんとに、輝いてたのかな?」
ハルの、薄紅色の瞳は、やはり普通の目のままだ。そもそも暗いせいで、色すら認識出来ない。人の目が輝くなんて、やっぱり気のせいだとしか思えない。しかし、少しだけ考えてから、もしかしたらと思うことがあった。ちょうど部屋にアンジェはおらず、他に迷惑をかけることもないだろう。痛む体を無理やり起こし、ハルは左手に意識を集中させた。いつも魔法を使うときのイメージを思い起こし、左手に火をつけた。その状態で、もう一度自分の目を確認してみると、
「・・・光ってる。本当に・・・。」
その瞳は、間違いなく自発的に光を放っていた。手の炎が反射して見えるとかではなく、瞳の奥から光り輝いているように見えるのだ。いったいどういう原理なのか。鏡を目に近づけてよく見てみると、瞳孔はいつもの薄紅色ではなく、もっと深い色合いの赤色になっており、虹彩も放射状に光を放っているように見える。ただ、目そのものが光を放っているというよりは、単に輝いているだけで、その目が暗がりを照らすというようなものではない。本当に、周囲が暗くなって初めて認識できる輝きだ。
実際にその目で確かめられると、どうしても考えずにはいられない。魔法を使っている間だけ、このような現象が起こるのなら、他の魔法士はどうなのだろうか。それに、キサラの話では、奴隷商の牢屋にいた時すでに輝いていたということになるが、初めて魔法を使ったのは、そのあとのはずだ。一人で考えていても、話が見えてこない。こういう時は、知っているかもしれない人に頼るべきだ。
まだ、ほとんど日も登っていない時間だが、ハルは最低限の身支度を整え、ルーアンテイルの魔法大学へと向かった。
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