襲撃

戦争がはじまり、すでに一週間が経っていた。ルーアンテイルのもとには、情報こそ入っていないものの、出陣した舞台からの支援要請が届いていた。

主に食料を乗せた荷馬車が、東門付近でキャラバンを組んで待機している。その周囲を護衛する者の中に、鷹の団の団員たちがいた。リベルトを筆頭とした後衛隊だ。鷹の団でも精鋭たちをより集め、そこへ、街で待機している義兵団たち加わり、相当数の隊列が出来上がっていた。

ハルは、キャラバンの参加は許されなかったものの、鷹の団所属の都市防衛部隊に選ばれていて、しばらくの間は、城壁に上って見張り行う役目を与えれらていた。今は、荷馬車に積み荷を乗せる手伝いをしているところだ。

荷物の中に、見慣れた模様の木箱があるのに気づき、ファルニール商会が大きくかかわっているのだと分かった。キャラバンにはクラウスたちの姿はなかったが、もともと兵士ではないのだから、荷馬車の提供や支援物資を送っているのだろう。

「これで最後です。」

「ありがとう、ご協力感謝します。」

運んでいた積み荷を荷馬車に乗っている若い義兵団に渡す。見た目はハルよりも若そうなのだが、その身には鎧を纏っていて、自分よりも大柄に見えた。それにしてもこの言葉遣い。やはり、義兵団たるものこれくらい爽やかなほうがそれっぽさがあるというもの。自分の後ろで両腕組んで待っている監視の人も少しは見習ってほしいものだが。

「あなたは、出陣しないのね?」

「あぁ。今日の隊には加わらない。三日後の都市間交易路の確保を目的とした工作部隊として出ることになっている。」

「都市か・・・なんて?」

「都市間交易路の工作部隊だ。ルーアンテイルがいくら巨大な商業都市であったとしても、無限に物資があるわけじゃない。周辺の大小さまざまな都市と綿密な連携をとって、生産、加工、輸出入をすることによって、それを可能にする。だが、戦時となれば、それを行うための交易路が必要になる。普段使っていないような道を使えるようにするのが目的だ。」

「街道じゃダメなの?」

「街道は王国にも知れ渡っているし危険だ。今のアストレアにそれをするほどの戦力があるかどうかはわからないが、都市間交易は一般人のキャラバンで結成されるんだ。」

戦場へ向かうわけではないから、そのキャラバンには護衛の数も少ないのだろう。だからこそ安全で迅速に行き来できる道が必要ということなのだろう。

「戦争中だから、都市間を行き来する人たちを襲って、儲けだそうとする輩だって増えてくるだろう。そういう奴らから、人と物を守るのが後方支援部隊の役目だ。」

後方支援部隊は、リベルトたちもそれに含まれており、戦力としては出陣した第一軍とほぼ同程度いるらしい。実際に戦火に身を投じるのは、各都市から集められた第一軍の連合軍で、東のフレーデルの街を西側から包囲する形で潜伏しているそうだ。さらにその後ろで、第一軍が問題なく戦いを行えるようにするのが後方支援部隊。物資の輸送を主に行い。戦線を維持できるようにするのだ。

そして、ハルも抜擢された都市防衛部隊。この部隊は数も少なく、正規の兵士はそれほどいない。万が一がない限り、ルーアンテイルでの戦闘など起こりはしないのだが、もともと城壁に囲まれているのだから、それほど危険はないのだ。ただ、王国の密偵が潜んでいるという可能背があるため、一部の義兵団が街の巡回を行っている。ハルも密偵に狙われている身なのだが、監視もあり、必ず誰かと行動することを心掛けているため、今のところ街中で事件らしいことは起きていないそうだ。

「やっと監視から解放されるのかぁ。」

「なんだ、案外目障りに感じてたんだな。何も言わないから、特に気にしてはいないのかと思った。」

「そりゃあ、常日頃が付きまとわれるなんて気持ちのいいものじゃないよ?でも、あなただったから、そんなに気しなかっただけ。」

実際エイダンは、ハルが頼めば食事に付き合ってくれたし、稽古にだって付き合ってくれた。いやいやだったけど。だが、悪くない時間だったのは確かだ。

「まぁ、俺がいなくなっても、警戒は緩めるなよ?あんたが狙われているかもしれないっていう可能性がなくなったわけじゃないんだから。」

「わかってる。むしろ、これからだもんね。何かが起こるんであれば。」

キャラバンの出発の天笛が鳴らされ、隊列はゆっくりと行進を始めた。途中、リベルトがこちらに気づき、手を振っていた。彼のあっけからんとした豪快を見て、ハルは少しだけ安堵した。ほかの仲間たちも、意気揚々と進んでいるのを見て、相変わらずだなと、思わずにはいられなかった。

「私も、頑張らないと。」

本格的に始まった戦争を、その身にひしひしと感じながらも、ハルはエイダンと共に三日後の次のキャラバンの準備に向かった。



戦いというのもは、いつだって唐突におこるものだ。今までだってそうだったのだから。心の準備はできているし、人を殺める覚悟だってできている。だが、今回は少しだけ心もとなさがあった。

「どこへ行った!」

「わからない。」

「単独でうごくなよ。一人でいると狙われるぞ!」

真夜中のことだった。街中で大きな轟音がしたかと思うと、すぐに火の手が上がっていた。誰もが想像していないことだった。都市の中で、こんなにも大きな事件が起きるなど。街中に散らばっていた義兵団や、鷹の団を含めた多くの傭兵隊が招集され、火災周辺の犯人のあぶり出しが始まった。すでに民間人にもある程度武器が出回り、見回りこそしないが、多くの人々が自身の家の防衛を行っている。緊急時には、そうやってみんなで協力するよう言い渡されているのだ。

ハルも、エイダンやほかの団員たちと共に、拠点周辺の通りを歩き回っていた。持っている得物は、前と同じ短刀だけだ。まだ剣を新調していないから、こんなものでは少しばかり頼りなさがある。だが、魔法の力もあるし、仲間たちと一緒に行動しているため、戦力としては十分に役に立てるはず。

ドゴォン!!

「また!?」

大きな爆発音だった。爆発なんて見たことのない人でも、それが爆発だわかるくらいには、強烈な破砕音だ。そもそもこの世界においては、爆発を起こすというのはそう簡単なことではないはずだ。

すぐに爆発が起きた現場に一行は到着したが、当然犯人の姿は見当たらない。一軒の建物の一階で煙が充満していて、チリチリと火が残っている。すぐに消化しなければ、火事になってしまう。

「この辺りに井戸は?」

「こっちだ。」

道に詳しいエイダンが先導し、みんな井戸の水を汲み始める。リレー方式で沈下にあたった。

「敵の目的が見えないな。人のいない集落を襲撃して、何の意味があるんだ?」

爆破された建物には、どうやら家主はおらず、周囲の住民は騒ぎを聞きつけて集まってきたものの、けが人がいるようにも見えない。

「本気で夜襲を仕掛けるつもりなら、こんな住宅街じゃなくて、都市中心部の城塞街でやればいいのに。」

消火作業をしながら、みな口々に憶測を言っていったが、どれもピンとこないものばかりだ。仮に、この騒動が囮なのだとして、いったい何を狙っているのかさっぱりわからないかった。

「ねぇ、エイダン。ミズハさんが狙われてるんじゃないの?」

一番可能性があるのは、当然彼だろう。彼こそがこの都市の代表であり、まさに王そのものだ。ミズハがいなくなることで、実害こそそれほどないものの、大きな意味を持つの間違いない。

「都市の戦力をこっちに集中させて、今のうちに首長を暗殺か。悪い手ではないと思うが、あいにく、城塞街は身分を証明できないものは、立ち入り禁止なうえに、現在は義兵団及び、特定の人物しか入れないようになっている。強引に入る手段もなくはないが、まぁ不可能だろうな。」

彼の言う強引な手段というのは、城塞街の城塞街たる所以である、城塞の壁を手のぼりで押し入ることだろう。しかし、確かにそれは不可能というものだ。何せ数十メートルもの巨大な城塞なのだ。助祭の壁は、垂直になっていて、ところどころ手足を架ける場所はあっても、上りきるのは過酷なものだ。そのうえ、そんなことを想定していたかはわからないが、頂上はネズミ返しになっており、侵入者を阻むようになっている。

「それに、城塞街にも、義兵団の一隊が警護に当たっている。アルバトロス商会に近づくこともできないだろうさ。」

狙いが首長ではないなら、ほかにこの何もない住宅街を襲撃する理由は何だろうか。ほかに価値のあるものといえば、ハル自身だろうか?

「おい、誰かいるぞ?」

住民の一人が、爆発した建物のなかを指さして、大声で叫んだ。巻き込まれた人がいたのだろうか?みんな視線をそちらに向けたが、どうやらそうではないらしい。

「あんた、大丈夫かい?」

その人は、夜のせいもあってか、黒く見えた?周囲で住民が明かりを焚いているとはいえ、爆発があった建物の中はかなり暗い。残り火がはびこっているものの、その人を照らすほどのものではない。しかし、それを抜きにしても、異様に黒い人間だった。肌が黒いとか、そういうた類の話じゃない。黒い色をした、人の形をした何かが、建物から勢いよく飛び出してきた。

同時に周囲の住民から悲鳴が放たれる。黒い人は近くにいた住民に殴り掛かった。その速さは人間のそれを優に超えていて、殴られた住民は、数人を巻き込みながら十メートルくらい吹きとばされていた。

誰もが言葉を失っていた。突然すぎる出来事に、金縛りを受けたかのように動かなかった。しばしの静寂は、黒い人の咆哮によって解かれた。

「ぐぇああぁぁぁぁ!!」

「化け物!」

誰かが叫んでいた。まさしく怪物は、方向を上げながら、次なる目標を見定め、イノシシのように猛進していった。

辺りは阿鼻叫喚となっていた。武器を持たない一般人も多く集まりだしていたため、全員が無秩序に動き出してしまい、逃げ場のない人同士で二次的な被害が出てしまった。

「逃げろ、逃げろ!」

エイダンがすぐそば叫んでいるのがわかった。だが、悲鳴や叫び声に交じって、もはや誰の耳にも届いてはいなかった。武器を持たない人を守ろうと、ハルは短刀を抜こうとしたのだが、人の波にのまれてしまい、押しつぶされるように地面に転がってしまった。必死に体を丸めて、頭をかばうことで精一杯で、何度か踏みつけられながらも、どうにかケガを避けていた。そうこうしているうちに、再び悲鳴じみた叫び声がした。やっとの思いで人ごみから這い出すと、すでに犠牲者が出ていた。数人の住民が地面に倒れ伏している。それを見て、久方ぶりに感じる、死の恐怖が肺の奥底からのし上がってきた。

団の仲間たちは、示し合わせたかのように、黒い怪物に責め立てていた。そこへエイダンも加わり、どうにか仕留められるのでは、と思ったのだが、黒い怪物は4人の剣戟を見事に搔い潜り、平然とよけきっている。

「う、うますぎる。何なのよあの動き!」

もはや人間の動きではない。回避に専念させているから、反撃させないという点では有利かもしれないが、黒い怪物は、またしても規格外の動きを見せた。エイダンが振り下ろした剣を素手で掴み、剣事、彼の体を引っ張り上げ、体制が崩れた体を蹴り上げ、最後に殴ってエイダンを飛ばしてきた。いつから狙われていたのか。とんでもない速度で飛んでくるエイダンの体を、ハルはどうにか受け止めた。受け止めたとは言い切れないかもしれない。体を受け止めた衝撃で、ハルも体制を崩し、地面に倒れ伏してしまった。

「エイダン。エイダン!」

意識を失ったのか。ぐったりとした体をゆすってみても、彼から返事はなかった。そんなところへ追撃と言わんばかりに、黒い怪物はものすごい勢いで突っ込んでくる。今まで戦ってきたどの敵よりも早い相手だった。考えるよりも早くからだが動いていた。エイダンを脇に横たえ、短刀を抜くと同時に、左手に意識を集中させた。黒い怪物は人よりも大きな拳を握りしめて、振りかぶったまま瞬く間にハルの眼前へと迫った。

刹那の逡巡の中、どうあがいても太刀打ちできないことを悟ってしまった。魔法を発動すのも間に合わず、人を吹き飛ばすほどの力を、短刀で受け止めるのもいなすこともできないと。できることはわずかに体をよじり、その拳を交わすことだけだった。しかし、まるでそれを読んでいたかのように、怪物の拳は寸前で止まり、反対の腕でハルの横腹に手刀を放ってきた。

ハルは初めて、あばらが軋むような感覚を味わっていた。意識はあるのに、自分の体制がどうなってしまったのかが理解できず、再び大きな衝撃がしたかと思うと、自分が地面に転がっていることに築いた。

(息が・・・。)

肺の空気をすべて吐き出してしまったかのような息苦しさがしばらく続き、呼吸がうまくできなかった。立ち上がろうにも、体に力が入らず、震える手で殴られた箇所を必死に抑えていた。苦しくて、パニックになり、一生懸命息を吸おうとしているのに、吸えない。痛みよりも呼吸できない原因がわからず、無我夢中で体を叩いたりした。そして、ある時ようやく、肺が広がるような感覚と共に、喉の奥から息が通る音がして、懸命に息をした。

視界が霞み、おなかから激しい激痛が襲ってくる。痛み自体はそれほどでもないのだが、全身にじわじわ広がっていくような痛みは、体に嫌な汗をかかせていた。

「逃げろ!ハル!」

誰かが叫んでいるようだったが、ハルには聞こえていなかった。飛ばされた衝撃で耳鳴りがしていて、周囲の音は届いていないのだ。まさに気を失う一歩手前の状態だったのだ。

ハルは、消えかけている視界の端で仲間が戦っているのを捕えていたが、何も考えられなくなり、立ち上がることなど、出来はしなかった。

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