開戦

日が昇り、空が青々とその姿を見せている中、ルーアンテイルの東口には、多くの人々が集まっていた。東門へ続く主通りには、隊列を組んだ義兵団が物々しく整列していた。その身に鎧を纏い、鐙を背負った騎馬にまたがりって、今か今かと出発の時を待っていた。そんな彼らに別れの言葉かけに行くものや、激励の言葉かけているもの。中には涙を流しているものさえいる。

彼らは、これから戦場へ旅立つ。数にして八百くらいだろうか。話によると、王都とルーアンテイルの間にあるフレーデルの街に王国の部隊が駐屯しているらしい。今ここに集っている義兵団は、それを迎え撃つために結成されたのだ。

遠くから、角笛の野太い音が街中に響き渡った。それを機に、騎馬たちも頭を上げ、鼻を鳴らして進みだした。ゆっくりとした行軍を人々は祈るような面持ちで見送っていた。ハルも、彼らの雄姿を間近で見て、ついに戦争が始まるのだということを思い知らされた。

「エイダンたちも、いずれ戦地に行くの?」

「いや、俺たちの隊は、後方支援が主な目的だ。本当は戦場に行きたいのはやまやまだが。」

「でも、王国の兵力は千を超えているんでしょう?あれだけで立ち向かえるの?」

衰退したとはいえ、王国はもともと侵略国家だ。かつて東の小王国連合と戦争していた時は万をも超える軍隊を有していたという。それを千にも満たない義兵団では抑えきれないだろうに。

「首長と同盟関係にある周辺都市から、兵力を提供してもらっているんだ。それに、王国はこちらにはそこまで大きな兵力を配備はしないさ。」

「東の国から攻撃に備えているってこと?」

要するにアストレア王国は西にルーアンテイル、東に小王国連合と、挟まれている構図にある。本来警戒すべきは東の国々で、ルーアンテイルはそれに乗じて旗を揚げたに過ぎない。それに、王国はどうあやらこの商業都市の力を甘く見ているらしい。

「ルーアンテイルの兵力は確かに少ない。だが、この都市が持つ力は武力だけじゃない。武器の貯蔵数、食料や家畜、周辺の小都市との連携、何より莫大な資金がある。」

戦争を経験したことないハルには、いまいちピンとこない話だが、戦争にはお金がいるらしい。いかに巨大な軍隊を有していようとも、それを動かすための資金がなければ、戦争を制することはできないのだそうだ。

「本当に、始まっちゃったんだね。」

「遅かれ早かれこうなっていたのさ。みんなわかっていたことだ。今さら嘆いたって仕方がない。」

「私も、何かできることをやらなくちゃね。」

現状、監視を付けられて、変に動かせてもらえない状態にあるが、都市内にいても、できることはあるはずだ。

「本格的に戦いが始まれば、俺もあんたの見張りどころじゃなくなってくる。そうなれば、ある程度自由が利くはずだ。もう、監視をする意味もなくなってきたしな。」

「そっか。じゃあ、まだちょっとだけ、付き合ってもらおうかな。」

最後列の部隊が門をくくったのを見届けて、ハルはエイダンに向き合った。周囲に集まっていた住民たちも散り散りに帰路につき始めている。

「今度はどこへ行こうっていうんだ?」

「・・・あなたの剣術、盗ませて。」



西の空が橙色に染まり始めた頃。どこかしこから、芳しい夕飯の香りが立ち上り始めた。ここ、鷹の団の本拠も、雇われ料理人が作る料理の香りが建物中に広がっていた。

そんな中、ハルはボロボロになった体を自室の寝台に横たえていた。

「おかしいなぁ。私少しは強くなったつもりだったんだけどなぁ。」

うつ伏せでぼそぼそと枕に向かってそうぼやいていた。

「あっはっはっは。ハルも強くなったけどね。あの坊やの腕は本物だったよ。私でもかなわないかもねぇ。」

同室のアンジェも、くつろいだ格好でハルのぼやきを聞いていた。

つい先ほどまでの話だ。どうせ監視の任で、ハルから離れられないのだから、剣術の稽古でもしてもらうとしたのだが、ハルの想像以上にエイダンはやり手で、全く歯が立たなかったのだ。

「あそこまで差があると、もう何が何だか・・・。結局最後のほうは、私よりラベットさんと稽古しているほうが多かったし。」

そう。ハルでは相手にならないと知るや否や、ほかに稽古場にいた仲間たちと戦っているのだ。むしろ、ハルと戦っている時より、生き生きとしているように見えたので、それが無性に腹が立ったのだ。強い人たちは、みんな同じだ。強いものと出会うと、自分の腕を試したくて試したくて仕方がないのだろう。

「私と大して年変わらないのに、どうしてこんなに差があるんだろう。」

「ハル。それを考えたってしょうがないよ。経験の差だってあるし、男女の差だってあるんだから。

「んぅー。でもなんか悔しいんです。」

珍しく拗ねた様子を見せるハルに、アンジェは苦笑いを浮かべるばかりだった。

本音を言えば、いつもちょっと気に入らない態度をとっているから、上下関係とでもいうのだろうか。自分だって少しはできるところを見せてやりたかったのだが、わからせる相手を間違えたようだ。彼が剣をふるう姿、見たことはあったものの、あれほどすさまじい豪剣の使い手だったとは。実際に対峙して初めてそのすごさを理解した。義兵団も、やはり鷹の団のように精鋭がそろっているのだろうか。規模が大きいから、上から下まで幅広くいるのだろうが、彼ほどの強さを持ち合わせているのが、いったいどれほどいるのだろう。あれだけ強ければ、今日出陣していった義兵団も、そうやすやすとやられはしないのではないだろうか。

そこまで考えて、それは甘い考えだろうとハルは改めた。一騎当千という言葉があるが、たった一人が千人もの相手をなぎ倒せることはそう簡単なことではない。戦争は質で勝負しても勝つことはできない。どれだけ優れた兵士がいようとも、それを上回る数にはどうあがいても勝てやしない。それをなしえた者の数の少なさが、それを物語っている。いや、そうやって一騎当千足りえた人物も、その多くは語り継がれているだけで、実際にそうだったかは定かではない。

今回、出陣した義兵団は、王都からルーアンテイルに向かっている王国軍を抑えるという名目ででも浮いたそうだが、実際に正面衝突することはないと、みんな言っていた。主戦場は主に王都の東側。アストレアと小国連合の戦争だからだ。そこへ、本来であればアストレアに助力するはずだったルーアンテイルが縁を切り、王国は東西から敵勢力に挟まれるという構図になってしまっているのだ。つまり、現在フレーデルの街へ駐屯しているという王国軍は、牽制目的で配備していると読んでいるそうだ。小国連合との戦いにちょっかい出すなという王国のメッセージでもあるのだろう。当然ルーアンテイル勢力としてもそれを黙ってみているわけはないので、ああして、決して少なくはない戦力を向かわせたのだ。

「それにしても、あの坊やも大変だね。」

「監視がですか?」

「それもあるし、たぶん連絡係も兼ねてるだろうから。うちと義兵団を行ったり来たりで。」

よく言えば頑張っている。まじめな人だろうから、さぼりなんてしないし、気がよく優しいから、ハルのわがままにも付き合ってくれている。確かに大変な仕事だ。

「戦争が終われば、私の監視からも解放されるんじゃないんですかね?」

「どうだかね。実際、ハルを狙ってるかもしれない連中って、もう何が何だかわからないくらい増えてるだろう?」

アンジェの言う通り、ハルの潜在的な価値というものは、どんどん大きくなっている。鷹の団は、一応ルーアンテイルに属する傭兵団だ。普段、首長との繋がりはなくとも、ミズハの言うことを聞かなくちゃいけない時や、ルーアンテイルを害する情報を共有する義務があるそうだ。当然といえば当然だが、鷹の団がここまで大きく有名なったのも、ルーアンテイルの恩恵あってのことなのだ。人が集う中心地だからこそ、その名声や仕事ぶりが各地へひろがっていくのだ。

リベルトは、フェロウ一家護衛の依頼についての情報を、首長にはすでに流していると言っていた。魔法士を兵器として開発する機関が王国に存在し、才能ある子供やそれと血縁関係にある者たちをさらっていると。まぁ、それはハルもルーアンテイルの魔法大学ですでに話してしまっているから、今さら隠したってしょうがない。ただ、それ以外でも、多くの情報を隠すことが許されないというのは、なんだか尋問されているようで、気分が悪かったのだ。件の龍の瞳についてのことだって、きっとエイダンはすでに報告を行っているのだろう。おとぎ話とはいえ、敵勢力の密偵が口にしていたことだ。完全に鵜呑みすることはできない。とはいえ、もともとミズハには、信頼を得るために、正直に物申している。そのおかげで、こうして守ってもらえている以上、文句を言える立場ではないだろう。

現状の自分の価値について、それがどれくらい大きなものなのか、あまりにも未知数ゆえに、ことの大きさが見えないが、こうして戦争まで起こるに至ったのだ。どれくらいハルが発端となっているのか定かではないが、ここまで来たら、もはや無関係ということではないないだろう。

「こんな魔法の力、他人を傷つける以外に、何の使い道があるっていうんだろう?」

「そんなの、魔法を使える連中に聞くしかないさ。あたしらみたいな教養のない人間には、天地がひっくり返ったってわからないんだから。」

ハル自身も、魔法が使える連中に含まれているはずなのだが、確かにそれに関しての教養は持ち合わせていない。もっと単純な算数とか、日本国の歴史とか、そんなものが役に立つはずもない。

ミランダのもとへ行って、魔法の訓練でもやってみようかとも思ったが、そもそも、街中で火だるまになるわけにもいかないから、現実的な訓練は行えないだろう。

自らの足で進みたい。そう思ってはいるものの、どれも空回りしている。一つだけ、これをすれば必ず何かしらの答えを見つけられるという、選択肢がある。ただそれは、本当に最終手段でしかなくて、それをすれば、自分はこの街にはいられなくなるだろう。

「でも、もうそれ以外に方法なんて・・・。」

「何か言ったかい?」

「いや、なんでもないです。それより、そろそろ、ご飯食べに行きませんか?おなかすいちゃって。」

「そうだね。いい匂いもしてきたことだし。行こっか。」

そういって二人は立ちあがり、自室の扉を開けていった。廊下には腕においしそうな料理の香りが充満していて、それにつられた仲間たちが、光におびき寄せられる虫たちのように集まっていた。

ハルとアンジェも、その中に加わり、賑やかな団欒の輪の中に溶け込んでいった。



ルー、ルールールー。ルー、ルールールー。

普段では信じられないくらい静かな夜のルーアンテイル。もともと鷹の団の拠点周辺は、住宅街となっているため、暗くなると比較的静まり返っているのだが、戦争がはじまり、人の喧騒が街から消えたのだ。明かりこそともっているものの、耳を澄ましても、風の音しか届いてこない。だからだろうか。夜中に一人、屋根に上って歌を歌いたくなったのだ。歌といっても鼻歌で、適当な旋律を奏でているだけなのだが、意外とこれが落ち着くものなのだ。

なにせ、こちら側の空は、向こう側のものとは比べ物にならないくらい美しい眺めなのだ。月の輝きが、まるでスポットライトのように明るく感じられ、目を凝らさずとも、夜の風景を眺めることが出来る。こんなにも澄んだ空気は、向こう側では絶対に味わえないだろう。

「ハル?先に寝てるよ?」

「あ、はい。おやすみなさい。」

「お休み。」

自室の窓から屋根に上ったので、すぐ下から彼女の声が聞こえてきた。

「ハルの子守歌、なかなかだったよ。」

「うぇ?べっ、別にそういうつもりで歌ってたわけじゃないですよ?」

「ふふ、そうかい。」

アンジェはそれっきり声がしなくなった。寝台に入ったのだろう。

夜更かしをするようになったのは、この世界に来てからだ。向こう側では、学校の宿題やらなにやらをやっているうちに、眠気に襲われて夜を楽しむ発想がなかった。それが普通の生活だったのだ。傭兵として、夜の見張りなんかをやっていくうちに、夜空をみる習慣が出来た。この世界の星は、それはもう言葉ではいい表せないほどきれいなものなのだ。

「・・・。」

(この星空の向こうに、私がいた世界が、あるのかな?)

異世界へ渡るという、想像するのも難しい事象を、いったいどうすればなしえるのか。


ルー。ルールールー。ルー。ルールールー

ルー、ルルールール。ルールル、ルー、ルールールー。


ハルは、吟遊詩人のように、今の気持ちを歌にして吐き出していた。言葉にならない、故郷を懐かしむ気持ちを。歌を歌い終えてもなお、その歌声は夜闇に溶け込み、ハルの耳に届いていた。

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