残された者

深夜、パルザンへの街道を少し外れた林の中で、焚火を囲む一団があった。焚火の前にはフードとローブを纏った男が、両手を後ろ手に縛られて座らされていた。よく見るとその顔は何度か殴られたような、青い痣が出来ている。殴った犯人は、男の周囲を囲っている武器を持った武骨な男たちだろう。

「私を人質に取ったところで、仲間たちは手を引くことなどないぞ。ブリガンドの娘との交換材料には、ぶっ!」

「余計なことは気にしなくていい。死体を見ていない以上、どちらが生きているかなんてわからないんだからね。」

後ろからレリックが長剣の鞘で男の頭をぶっ叩いていた。周囲には、グルードをはじめとした傭兵たちが、渋い顔をして囲っている。だが、少し離れたところには、座り込んだまま動かない者もいる。それだけ壮絶な戦いであったのだ。そして、護衛対象であるリンダのすぐそばには、頭に布をかぶせられて、横になったいくつか体があった。




そこは、火の海だった。大地が燃え、見渡す限りの炎が視界を埋め尽くしている。しかし、言うほど恐ろしい景色には見えなかった。炎は黄金色の輝きを放ち、火の粉が綿毛の様に空を舞っている。天を見上げれば、群青の空に、無数の星々がその顔を覗かせている。空の明るさからして、どう見ても昼間の時間帯なのに、星の輝きが見えている。

(夢?・・・かな。)

空には何やら鳥の影のようなものがたくさん飛んでいる。自分を囲うように。よく見れば、火の海の中にも、何やら目を光らせている生き物いた。自分を囲うように。彼らは、じっとこちらを見つめながら、その場に留まり続けていた。こんな火の海の中でじっとしていたら、焼け死んでしまうだろうに。

それ以前に、自分だってその火の海の上にたっているのだ。手を見れば、その黄金色の炎がじりじりと体を焼いている。それなのに、とても暖かくて、酷く心地が良かった。




目が覚めると、薄暗い部屋の天井が見えた。見覚えのない天井。首を横に向けると、テーブルに蝋燭の火が灯っていた。柔らかな寝台の上で寝かされていることに気づいたが、知らない場所にいるのはなぜだろう。どうして自分はこんなところで眠っていたのか。

考えを巡らせるうちに、思考と体の感覚が鮮明に戻ってくる。とはいえ、身体はかなり疲弊していて、布団に身を沈めているおかげでそれほど痛みはなかったが、体中が筋肉痛なっているような感覚だった。

部屋の窓からは、白みがかった外の風景が見える。時間は、どうやら朝方らしい。耳を済ませれば、鳥の声が聞こえてくる。こんな状態でなければ、清々しい朝を喜んでいたかもしれないが、どうやらそんな余裕はなかったようだ。

大きく息を吐くと、自然と目が閉じていた。眠気に襲われているわけではない。視界に何かが移るだけで気疲れするような気がするのだ。それくらい心身共に弱っている。けれど、それとは裏腹にどうしようもない胃の空腹感が襲っている。腹の虫こそ鳴いていないが、今なら数人前の食事を平気で平らげてしまいそうな予感がした。

「生きてる・・・。」

ハルは、命があることにようやく気付いた。無意識にそう呟いていた。そこには生き延びたことへの安堵感や、喜びなどは無かった。達成感も、優越感も、何もない。命があることなど、当たり前だというのに、命のやり取りの後では、その価値の大きさが、何倍にも膨れがっているように感じた。

このままもう一度眠ってしまおうかとも考えたが、誰かが近づいてくる気配がした。木造の家なのだろう。階段を上ってくる音はゆっくりとしている。すぐに部屋の扉が開かれると、そこそこ年配の男が、顔を出した。

「・・・起きたか。」

当然その顔に見覚えはない。そもそも、ここがどこかも知らないのだから当然だ。

「あな・・・たは?」

喉が枯れている。言葉を発するのも辛いほど。男は、寝台の横に机に置いてある水差しのような容器を手渡してきた。

「ゆっくり飲みなさい。」

どうやら水をくれたと思ったのだが、受け取った容器からは、少しばかり薬品のような臭いがした。かつて向こう側よく嗅ぎ慣れたような、いわゆる病院の匂いだ。飲んでみると、鼻の奥までスーッとしたミントような香りが拡がっていく。ぬるくなってはいるが、喉を通る感じがとても心地よかった。

「ありがとう、ございます。」

「うん。よかった。身体を起こすかい?」

「いえ、・・・。」

まだそれができるほどの気力がもどっていない。おそらく彼が去れば、自分でも気づかないうちに再び眠りに落ちているだろう。

「ここは?どこなんですか?」

「私の家だ。あぁ、勘違いしないでくれよ。この街では街医者をやっている。自宅兼診療所と言ったところだ。」

「街・・・。じゃあ、ここは。」

「パルザンの街だよ。」

やはりたどり着いていたのだ。どうやって、と言うのは覚えていない。覚えいる範囲では、まだ街へはついていないはずだった。

「君が家に運ばれてきたのは、昨日の夕方位だったかな。聞く話によると、外門を閉めようとしていた門兵の元に、小さな女の子がやってきて、君のことを知らせたんだそうだ。」

「ルナちゃんが。」

「昨日は泣きつかれるまでずっと泣いていたよ。今は妻の隣の部屋で寝ている。何があったかは知らないが、運ばれてきた君の状態は、かなり酷いものだったよ。」

「私、死んだと思ってました。」

意識を失えば、もう二度と目覚めることはないだろうと思っていた。だからこそ、ルナにあらゆる手段を想定しておき、自分の命を優先して、パルザンの街へ向かうように言っておいた。いつ気を失ったのか。タイミングによっては彼女に怖いをさせてしまったのかもしれない。まさか、ルナに助けられるとは思ってもいなかった。

「死んでいただろうね。正直、君の容態を見た時、もう助からないだろうと思っていたよ。肩の傷は塞いで、出血は防いだけれど、流れた血は戻せない。私がしたのは、君の胃に直接管を通して、栄養を摂らせたことくらいさ。」

やはり、血を流しすぎていたのだろう。もっと早くに止血を施していれば、そうはならなかったかもしれない。そんなたらればを考えても仕方がないのだけれど。運が良かったと、言えばいいのだろうか。傍から見れば、それで納得がいくのだろうが、ハルからしてみると、すごく違和感のある幸運だった。

「詳しい話はあとで聞くから、今は眠った方がいい。」

男はそう言って、水差しを取り上げ、容器を持ったまま部屋を後にしていた。ハルは、再び視線を見慣れない天井へ戻すと、僅かに残る思考力で、今の情報をまとめようとした。

(追手、・・・戦いは、どうなったんだろう。他のみんなは、無事、なのかな?)

考えているうちに、心配になってくるが、抗えない眠気に襲われ、そのまま意識を手放してしまった。

次に目を覚ましたのは、正午を少し過ぎたくらいの事だったという。なにやら医術士の男と短い会話をしたようなのだが、覚えていなかった。そうやって、何度も起きては眠るを繰り返し、まともに覚醒をしたのは次の日の朝だった。すでに太陽は上り、窓からその強烈な光が差し込んできたので、つい目を開けてしまった。身体を起こすと、肩から胴に巻かれた包帯がやけにきつく感じられたが、傷の違和感はなかった。射られた矢には、矢じりはなかったからすぐに抜けたし、肉が抉れることもなかった。本当に毒を盛るためのものだったのだろう。その毒も、結局何事もなかった。あの戦いは、夢だったんじゃないかと思うほど、朧な時間だった。考えたって答えはわからないけれど、腑に落ちないことが多すぎた。

おもむろに部屋の扉が開かれた。誰かが部屋を登ってきた音はしなかったから、隣の部屋に誰かいたのだろうか。扉の向こうには、簡易な寝間着に身を包んだ、ルナの姿があった。

「・・・・。」

目が合うと、その目にじわじわと涙が溜まっていく。涙が決壊する寸前に、ハルの元へ飛び込んでくるのか思ったが、ルナは、踵を返して騒々しく階段を駆け下り、階下で何かを叫んでいた。その様子に、ハルは思わず笑みを溢していた。彼女が無事にこの街へ来ていることはわかっていたが、それでも実際にその姿を見て、より安堵できたのだ。

ほどなくして、二人分の足音が近づいてきて、ルナと医術士の男がやってきた。

「ハルお姉さん!」

今度こそ、ハルの元へ飛び込んできたルナに、ハルは両手を広げてその小さな体を受け止めた。

「ルナちゃん。無事でよかった。」

布団に顔をうずめてわんわん鳴き出したルナの頭を、そっと撫でてやった。

「体は辛くないかね?」

「はい、大丈夫です。」

男は、指先でハルの首筋を触ってきた。

「ふん。熱も無いようだ。腹が減っているだろう?今、妻が食事を用意している。後で持ってくるよ。」

男は、そう言いながら部屋の棚から真新しい包帯やら薬品やらが詰まっている棚をいじりだした。

「あの。」

「ん?」

「まだ、・・・名前、聞いて無くて。」

「あぁ。セツだ。しがない医術士だよ。お礼ならいらないよ。あ、治療費は貰うけどね。まぁほんとに応急処置をしたくらいだから、大した額じゃないけどね。」

セツは、そう言ってまたすぐに薬の調合を始めてしまった。医療費のことは、どうにかなるだろうが、それよりも現状の方が気になっていた。

ハルがパルザンの街に到着して、既に一日以上たっている。たかだか数十人の戦いがそんなにも長くなるはずがない。少なくとも、ハルが意識を失った日にはすでに戦いは終わり、勝敗は決していただろう。だとすれば、昨日の内にはもう、どちらかがこの街へたどり着いているはずだ。

「セツさん。あの・・・。」

「ん?なんだい?」

ハルは何と聞けばいいかわからなかった。仲間たちが探していなかったか、敵が来なかったか。どちらを話しても彼には理解が追いつかないだろう。それに、もし追手が来ているのなら、無関係な彼らを巻き込んでしまうことになる。そして、ハルの戦いは、まだ終わっていないことになる。

「・・・私の、私物はどこに?」

「ハルお姉さんの道具なら、隣の部屋にあるよ。」

泣き止んだルナが、少しだけ顔を曇らせてそう言った。

「それと、君の愛馬なら、門兵の厩舎が預かっているそうだよ。後で会いに行くといい。」

「いえ、その。私、すぐに出ないといけなくて。」

彼は医者だ。おそらく、彼がまだ安静にと言えば、ハルはこの部屋から出してもらうことすらできないだろう。でも、もしも仲間たちが敗れ、魔法士たちがこの街へやってきているのだとしたら、すぐにでもルナをフェロウ家の親戚である貴族に届けなければならない。

「待ちなさい。まだ体力はもどっていないだろう?そんな状態でどこへ行こうって言うんだ。」

「この子の命に係わる事なんです!」

細かい説明をしていないから、セツが止めに入るのは当然のことだが、それでもハルは声を荒げずにはいられなかった。そんな、真剣なハルをみて、彼は何かを感じ取ったのか。調合のてを止めて、ハルに向き合った。

「何があったか、話してくれるかね?もしかしたら力になれるかもしれない。」

セツの目をみて、確信はなかったけれど、ハルは自分たちがこの街へ来た経緯を話した。自分が傭兵であること。ルナが狙われていること。敵がすぐそこまで来ているかもしれないということ。彼がどういう人間かはわからないけれど、今はとにかく、使えるものは何でも使うべきだと考えた。

「魔法士の敵がどんなものかはわからないけれど、この街の貴族に取り合えば、ひとまずは安心ということかね?」

「私も、ルナちゃんも詳しい経緯は把握していませんけど、この子のお父さんがそう言っていました。」

セツは少し間、顎に手を当てて考え込んでいた。しばらく、彼は下の階から奥さんを呼んできたかと思うと、彼女にも事の経緯を話した。

「もし、その殺し屋がこの街に来ているのだとしたら、君たちは下手に動かない方がいいだろう。妻に、領主殿の元へ行かせるから。動くならそれからにしてくれ。」

「・・・ありがとうございます。」

セツと、その妻は、思っていたよりも物分かりが良く、そして迅速に行動してくれた。実際ハルだけだったら、どうすればいいかわからなかっただろう。大人の冷静さとでもいうべきか、彼らを頼って正解だった。

それからの動きは本当にとんとん拍子で進んでいった。奥さんの話を聞いたパルザンの領主は、すぐに街中へ警備兵を回し、警備体制を整えてくれたのだ。そして、ほどなくして、セツの自宅に領主の使いの者が訪れ、ルナの親戚にあたる者と接触することが出来た。

「鷹の団、団員のハルです。ルナ・フェロウの護衛に任に着いています。」

「ブリガンドの兄の、ウルガンドだ。生き残ったのは、君たちだけか?」

「いえ、それが、まだわからない状態で・・・。」

ブリガンドの兄と言うだけあって、本当によく似ている兄弟だった。ハルは、詳しい経緯を彼にも話し、現状が不透明であることを伝えた。仲間たちが生きていれば、昨日のうちにでも、この街に来ているはずだと。逆に追手が鷹の団を負かしていれば、彼らはまだルナを狙っているだろうと。さらに言えば、彼らの正確な人数はわからない。あの時襲撃してきた奴らが全員とは限らない。別働でこの街に張っている可能性だって捨てきれない。考えすぎかもしれないが、今は警戒しすぎるということはないだろう。

とはいえ、街中に警備兵が溢れている状態で、人を攫うような騒ぎを起こすとは思えない。だが相手が魔法士で、人を容易く殺める術を持っている以上、それはまた別の意味でも街の脅威となるはずだ。

「そんな危険集団がこの街へ来ているのだとしたら由々しき事態だが、人死にになるような事態は絶対に起こさせはしない。私たちと警備兵達を信じてくれ。この街の貴族として、君たちの安全を約束しよう。」

ウルガンドはそういって、初めて会うというルナに挨拶をしていた。二人はややぎこちない会話を繰り返していたが、叔父と姪の関係なんて、そんなものだろう。一先ず役目を終えたハルは、セツに病室に戻るよう言われ、そこで奥さんが用意してくれた豪華な食事を食すように言われた。

「まずは食べないとな。」

確かに、行軍中は携帯食で済ませていたし、一日中寝ていたのだから、空腹は免れなかった。肉に野菜にスープにパン。一人前にしてはずいぶん量が多かったが、自分でも驚くほど空の胃に吸い込まれていく。もともと食べ盛り、と言うのはそうだし、気にしてもいるのだが、あれほどの激戦をしてきたのだから、どれだけ食べも問題ないだろう。

セツの奥さんは、そんなハルの食べっぷりをみて、心底満足したようで、夕ご飯も楽しみにしててね、と言い残して下の階へ行ってしまった。

食事をして、ようやく落ち着けるようになったからか、また眠気が襲ってきていしまった。ただ、今度は眠らずに、いつ何が起きても動けるように気を張り詰めていた。寝台に横になっていながら、頭の中では、常に最悪の事態を想定し、それに対処できるように。それは単なる準備ではない。最悪の事態でなくとも、受け止めなければいけないことはきっとある。そう、心の準備なのだ。


仲間たちがやってきた。どうやら、心配事は杞憂に終わったようだった。鷹の団は、見事魔法士たちを討伐し、まだ全員ではないが、パルザンへやってきた。彼らは、ハルか、ハルを追った二人の魔法士の遺体を探していたらしい。ハルの遺体が無ければ、この街へ来ているだろうということで、パルザンへ来たらしい。

「俺たちは、レリックさんのとこへ戻って状況を伝えてくるから。」

「はい。お願いします。」

そう言って何人かの先輩たちが、まだ到着していないレリックやグルードたちの元へ戻っていった。どうやら、もしもハルがやられて、ルナ捕まえられた時のために、人質を取っているらしい。もっともそれがどれくらい有効になるかは定かではないが、交換材料くらいなるだろうということだった。その時聞かされた話は、ただ、無言で頷くくらいしかできなかった。

仲間が死んだ。3人も。彼らは勇敢に戦い、そして、散っていったのだ。その中にドランの名前があった。彼は首の骨をやられて、相手と相打ちになる形で亡くなったという。他二人は、戦闘中に重傷を負い、戦闘中はまだ生きていたが、戦いが終わった後に、亡くなったそうだ。身近な人間の死が、ハルは思っていたより応えていた。彼らは単なる仕事仲間であったが、心のどこかで、彼らより先に自分が死ぬものだと思っていたのだ。なにせ、一番弱い存在は自分なのだからと。もちろんハルだって、今回の戦いで死んでいたかもしれない。自分が弱いというのはあながち間違っていないのかもしれないが、それでも、戦いにおいて死は平等に訪れるのだと改めて思い知らされたのだった。

そして、死者は仲間内だけでなかった。今回依頼をしてきた、ブリガンドが亡くなったのだそうだ。まだ、ルナには話していないそうだから、そのことについて掘り返すことはしないが、依頼主の死は、護衛として責務を果たせなかったことを意味する。もちろんその場にいなかったハルにはどうしようもなかったのかもしれないが、それでも少なからず責任のようなものを感じざるを得なかった。彼もまた、奥さんであるリンダを庇ったそうだ。仲間たちも必死に彼らを守っていたのだろうが、その場にいなかったハルにはどういう事態だったのか、想像することは出来なかった。その事実だけが、ハルに重くのしかかってきたのだ。

依頼の失敗。相場よりも多額の報酬を受け取る手筈だったが、これでも受け取る資格などないだろう。命は金で買えないのだから。リンダは無事なようだから、彼女とレリックたちが考えるだろう。だとしても、気持ちのいい物とは思えなかった。


日が完全に沈んだ頃、街道沿いでキャンプをしていた鷹の団一行は、馬が駆けてくる音を聞いて身構えた。

「レリックさん。戻りました。」

先に行かせていた斥候が戻ってきて、得物の柄に伸ばしていた手をレリックは収めた。

「ご苦労様。どうだった?」

「ハルも、対象も無事です。今パルザンの街にいます。」

「馬鹿な!娘に打ち込んだ魔法は大の大人でも殺す毒だぞ。生きているはずが・・・。」

「てめぇの言った通りにはならなかったな。」

グルードが壊れた大斧を取り出し、それを捕えたフードの男に向けて構えた。

「これで君の役割は無くなった。ここで退場してもらう。」

フード男は苦い顔をしてうなだれていた。仲間が残っていることを期待していたのだろうか。だが、ここまで一緒に来た魔法士たちは、目の前の傷だらけの傭兵たちが一人も残らず殺したのだった。

「待ってください。」

グルードが今にも大斧でフード男の脳天を勝ち割ろうという時、護衛対象のリンダが、彼らの前に割って出た。

「あなた方が、もう手を出す必要はありません。」

「こいつを野放しにすりゃあ、またあんたたちが狙われることになる。」

「ええ。そうです。でもあなたたちは十分に戦ってくださいました。これ以上手を汚す必要はないです。」

リンダはそう言って、フード男の前に立つと、その白い手を男の胸元に当てた。

「夫の仇です。あの人と同じ痛みを与えて差し上げます・・・。」

羽虫が飛ぶような高音と共に、男は口から血を吐き出した。

「何を?」

「彼らと同じ魔法です。私も一応の魔法士ですので。」

リンダが触れていたのは、左胸の辺り、そこへ砕く魔法を放ったのだ。だとすれば、砕けた肋骨が心臓や肺を貫いたのだろう。まさしく一撃必殺の魔法だった。

「これで、よろしいですか。」

「奥さん、あんたぁ・・・。」

グルードは、尚も何か言いたげだったが、リンダの目に映る憎しみのような光を見て、それ以上何も言わなかった。

「それじゃ、我々も、街へ向かおう。彼らの死体は、野火事にならない場所で燃やそう。」

生き残った傭兵たちは、レリックの言う通りに死体を焼き、そして、亡くなった仲間たちの墓に別れを告げた。レリックは、最後までその場に残り続け、仲間たちに促されるまで、死者たちの墓を眺めていた。

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