とある火の始まり

状況は、防戦一方だった。ハルは、折れた剣に四苦八苦しながらも、ローブ男の体術を防いでいた。上司らしき男は、時折ちょっかい出しては来るが、本気で攻撃してくる様子はなかった。部下に花を持たせようとしているのか、実力を見定めているのか。彼らの事情はさっぱりだが、都合のいい状況なのは間違いない。それでも、部下一人を相手にするだけで、こちらが手一杯なのも事実。決して体に触られない様に、武器を掴まれないように。本来気にする必要のないことを気にしなければならないのは、無駄に集中力を削られる。そのうえこちらの攻撃ほとんど弾かれると来た。剣による攻撃が利かない以上、それは、彼らを仕留める術がほとんどないことを意味する。体術で人を殺せるほど腕力があるわけではないし、あるとすれば・・・。

「そろそろ限界じゃないのか?」

部下の男は、執拗に煽ってきた。煽りをいちいち気にするほど頭は回っていないし、実際向こうには余裕があって、こっちは今にも倒れてしまいそうなほど意識が朦朧としているのは確かだ。その原因は、肩に刺さったままの矢だ。利き腕である右の方やられているせいで、剣を振るうたび、攻撃をいなすたび、ズキズキと脳天を貫かれたような痛みが響く。腕の握力だってかろうじて残っているが、いつ剣を無造作に落としても不思議じゃないくらい弱っている。痛みで意識が遠のきそうなのに、痛みで再び意識を戻される。下手な拷問よりもつらい状態だった。この戦いがいつまでの続くのかと。

いや、そんなものは分かりきっている。どちらかが戦いをやめるか死ぬまで続くのだ。楽になりたければ、ルナの元へ素通りさせればいい。そんなこと絶対にしないけれど。

「お前・・・・。だって。はぁ、はぁ、随分、・・・悠長ね。」

「彼女の言う通りだ。さっさと楽にしてやれ。足の骨でも砕いてやれば、もう戦えまい。」

後方で呑気に腕を組んでいる上司の男も、あきれた様子で言い返してきた。

「そうしてやりたいところなんですがね。この女、最初の時以来ずっと隙を見せねぇもんで。これでもがんばっているんですよ?」

これだけ戦闘が硬直状態になっているのは要因。それは奴らの魔法士としての特性とでもいうのだろうか。実際にこうしてぶつかり合ってわかったのだが、彼らは二つの魔法を同時に扱えないのだ。正確には破砕の魔法と、硬化の魔法を同時に発動できないということだ。部下の男は、常にハルの剣を受け止めてから、破砕の魔法を繰り出して来たり、こちらが攻めようとすると決まって一歩引いてしまい、攻撃しようとしてこないのだ。相変わらず動きは速いし、防御に徹するしかないのだが、この短い間でどうにか彼らの欠点を見つけることが出来たのだ。

「最初の一撃で仕留められなかったお前の失態だ。差し違える覚悟で致命傷を与えろ。」

そう、本当に最初の一階だけ、部下の男に触れられた。それ以降、掌に触れないように、あるいは剣で防ぐようにしてきた。それが、この膠着状態を生み出している。

「そんなことしなくたって、どうせこの女死ぬんでしょう?適当に遊んで時間を稼げばよくないっすか?」

(どういう意味?)

「たわけ!遊びで殺しをするな。時間をかけずにブリガンドの娘を捕えれば、それだけ本隊の負担も少なくなるんだぞ。」

「向こうだって、どうせ今頃、先輩方が無双してるでしょうに。」

余計なことを考える暇などないが、今ルナを守れるの自分だけなのだということを、ハルは再認識した。ここでやられれば、大勢を相手にしている仲間たちの申し訳が立たない。

「あの人たちは負けない。鷹の団はあんた達なんかに負けやしないわ!」

「けどお前は死ぬんだよぉ!」

真正面から手刀を突き刺してくる。相手が魔法士なんかじゃなければ、とっくにその腕叩ききっているのに。このままではいけない。そう思っても今の自分には対抗手段が見つからない。最初の時みたいに拳で殴りつけることも考えたが、下手をすれば、反撃をされかねない。けれど、このままやっていても埒が明かない。いっそ左腕を捨ててでもやるべきだと思った。

部下の男に向けて、今度はハルが突っ込んだ。気にすべきは、その両掌だ。彼らは掌で剣を砕いて見せた。身体のどこを触っても同じようなことが出来るのだとしたら、ハルはもう何度か破砕の魔法を食らっているだろう。蹴りも食らったし、肘で殴られたりもした。けれど、身体は砕かれていない。脅威なのは手首から下だけ。片方に拳をくれてやり、もう片方は剣で切りつける。

拳を男の右腕に叩き込む、群れた瞬間に、もう片方の腕を残った力を振り絞って・・・。

「残念。ようやく懐に来てくれたな。」

掴まれた拳は、砕かれていなかった。むしろ人間とは思えない硬い皮膚が、ハルの右手を包んでいた。

「そうだよなぁ、同時にやればどっちかはやれると思うよなぁ?でも、突っ込んできた時点でお前の負けだぁ。!」

切りつけた小剣は、あっけなく弾かれてしまい、そのまま男の手が首元に伸びてくる。左腕が掴まれている以上、逃げ場はない。今度こそ、首の骨を砕かれて、死・・・。

(まだ、終われる・・・。)

「かあぁぁぁぁ!!!」

死んでたまるかという本能が働いたのか、ハルは逃げるのではなく、あえてさらに踏み込み、迫りくる恐怖の手に向かって頭突きをかました。コキンっ、といういわゆる突き指のような音と共に、男の指がきれいに曲がる。

「がっ!。このクソ女ぁ!」

それもほんの一瞬の怯みだけで、すぐに顔面を掌を当てられる。だがもう、抗わないという選択肢はハルにはない。意識が、命が、消えるその瞬間まで・・・。

(こいつだけでも、絶対に止める!)

無我夢中で剣を男の腕に突き刺していた。ようやく、赤い鮮血がその戦いで姿を現した。

「ぐぁああぁ、くそ、このぉ!」

ひるんだ男のみぞおちを力いっぱい蹴る。今の彼の体は、硬化していない!体勢を崩した男の腕を、今度はハルが掴み、引き寄せる。

「くそ、くそ、くそぉ!なんで、お前!」

「やあぁぁぁぁ!」

狙うは男の喉元。折れた剣ではきれいに掻っ切ることは出来ないだろうから、その不細工な刃先で突き刺した。

硬化が間に合わなかったのか、あるいは発動に失敗したのか。どちらにせよ、部下の男の首を貫通し、後頭部から剣の刃先が飛び出ていた。どろりとした血が剣を伝ってくる。柄まで到達する前に、ハルはまっすぐに剣を引き抜いた。部下の男は、既に意識はないのだろうが、風穴の空いた喉元から喉が詰まったような音を出していた。引き抜いた勢いで前のめりで倒れ伏し、頭部の周りに多量の血だまりを作り出していた。

「はぁ、はぁ、はぁ、・・・ううぅ・・・。」

ハルもついに体がもたなくなってきた。膝からがくんと崩れ落ち、手に持つ小剣をその場に落としてしまった。激しい頭痛、眩暈、身体のしびれが激しくなり、視界が霞んで見えていた。矢からの出血のせいだろうか。どうにか止血をしたいけれど、まだ、相手は一人残っている。

上司の男は、心底驚いている様子だった。

「なぜだ。なぜ魔法を使わなかった。発動の失敗か?だが、魔力を込められる瞬間は幾度もあったはず。」

何か一人でぶつぶつ言っているが、それすらもハルには聞き取れなかった。

(ルナ・・・ちゃんは?)

ルナが逃げた方角を見やると、彼女の姿はない。岩場のどこかに隠れたのか、もっと遠くへ行ったのか。少なくとも、ここで自分が命を落としても、すぐに見つかることはないだろう。死ぬつもりなど、毛頭ないが。

だが、抗えないことだって自然の摂理にはある。どれだけ生きたいと強い意志を持っていても、出血が致死量に達すれば生きていられない。ただ、まだ意識があるということは、その時ではないということだろう。

一人殺ったのだから、もう後先考える必要はない。道連れにしてでも、もう一人の男を止めて見せる。

「次は、あなたね。」

「そんな状態で、よくしゃべるな?もうまともに体を動かせないだろうに。」

「そうね。息をするのも、億劫だわ。」

「だろうな。ここまでもったのが、奇跡なくらいだ。実験では、とっくに命を落としている時間だが。」

「何の話?」

部下の男も、似たようなことを言っていたが。そこでハルは、今の体の不調の原因が、出血多量によるものだけではないのではと考えた。

「気づいたか?初めにお前に打ち込んだ、その矢。特殊な魔法を掛けてある。」

「・・・また魔法。」

彼らは一体どれくらいの魔法を使えるのか。単に先頭に使えないというだけで、もっとたくさんの魔法を習得しているのだろうか。ミランダの話では、人が一人が使える魔法は、ごく限られていると聞いている。だからこそ、魔法士と言う存在が、戦闘においてそれほど脅威とは思えなかったのに。

「痛みを取り除く魔法。」

「それって、・・・ブリガンド、さんの。」

「聞いているか?もともと奴は我々の同僚だ。奴の研究を我々が知っていても不思議ではあるまい。」

「あの人は、あなた達のやり方を、よく、思っていなかったわ?」

「あぁ。奴は、治療魔法の開発を行っていた。傷を癒し、病を治し、人を死地から遠ざける魔法の開発を。我々もそれを望んでいた。そんな魔法が実現すれば、王国への大きな貢献と共に、新たな魔法の時代が訪れると確信していた。」

確かにそんな魔法があれば、魔法に対する考えが変わるはずだ。万能とはいかずとも、神の奇跡と見間違うほど、強力な力に足りえる。

「だが、そうはならなかった。奴が生み出したのは、奇跡とは程遠い矮小な力だった。そこで我々は見切りをつけた。もともと開発に特化した能力はあったが、改良する能力はない男だ。あそこから治療魔法に至ることはないだろう。奴は、組織の思惑に気づき逃げ出したが、痛みを取り除く魔法の研究資料と使用法について残していた。今後、誰かが有効利用することを望んでいたのだろう。もちろん利用させてもらったさ。それが、その矢に纏った魔法だ。」

「どういうこと?」

「我々の機関で発見された技術に反転魔法と呼ばれるものがある。一つの魔法の効果を反転させることが出来る技術だ。反転魔法は、反転させる前の魔法とほぼ同じ原理で魔力を集中させ、ちょっとした手を加えることで行える。この技術は、一つの魔法で二つの効果を発揮出るという画期的な技術。一つの開発で二つの魔法を生み出せるようなものだ。奴が創った魔法は、確かに医療や人を救うために使えるかもしれんが、同時に簡単に人を殺せる力でもあるのだ。」

男は声高らかに教授してくれた。彼の言うことが全て真実ならば、肩に刺さった矢に纏っていた魔法は、痛みを取り除くの反対の効力があるということだ。痛みを与え続ける、と解釈するのは簡単だが、実際はもっと曖昧な能力だろう。そもそも、人体に影響を及ぼしている時点で、それはもう毒のようなものだ。

「実験的に矢に魔法を纏わせ、お前の体内に差し込んでみたが、随分効力が薄いようだ。直接その魔法を使った方が、効率はいいだろうな。」

その言い方だと、その魔法は、ちゃんと習得できていないのだろうか。この戦いのさなか、一切そのような素振りは見せなかった。あるいは、何らかの制約があるのかもしれない。

「初めてそれを人に使った時は、瞬く間に弱って半日もせずにそいつは死んだ。お前も、一日も経たずに命を落とすだろう。ここで私と戦ってもいいが、邪魔さえしなければ、これ以上お前には手を出す気はない。」

「仲間がやられたのに、呑気なものね。」

「どの道こいつは、魔法士として不合格だ。幾度も殺す機会があったというのに、お前のような小娘一人殺せないとは。」

見逃すと言われても、どの道命を落とすというのであれば、今更戦いをやめるなんて言うはずがない。

ハルは剣を拾い上げ、それを支えにどうにか立ち上がろうとした。だが、出血のせいなのか、魔法のせいなのかはわからないが、身体にうまく力が入らなかった。

「無駄だ。もう立ち上がることもできないのだろう?ただでさえお前は血を流している。そんな状態でまだ立ち上がろうとする気概は見事だが、大人しく楽になれ。」

「・・・さぃ、だま・・・れ!」

「ん?」

うるさい、黙れ。そう言ったつもりだったが、掠れて言葉にならなかった。本当にここで死んでしまうのなら、それ自体に後悔はなかった。この男に言われるまでもなく、逃げるタイミングはずっとあったのだ。それでも、どうしてか逃げる気にならなかったのだから、仕方がないだろう。

それにこの男の口ぶりからして、ルナを捕まえてしまえば、この戦いが終わるものだと思っている。離れた場所で戦っているであろう仲間たちが、鷹の団の傭兵相手に負けるわけがないと思っているのだろう。もちろんそうなっている可能性もゼロではない。だからこそ、ここでハルが負けるわけにはいかないのだ。この男だけでも葬れれば、少なくともルナの居場所は誰にもわからなくなる。奴らが狙っているのは、彼女の魔法士としての才能なのだから。

「あなただけやってしまえば、まだ終わらない。」

「そうかもしれんが、お前に何ができる。」

どうせ死ぬのなら、この男を道連れにしていくべきだ。もう後先考える必要はないんだから。


―――簡単に説明すると、魔法とは、魔力を燃料としてあらゆる事象を無秩序に起こすことが出来る奇跡そのものよ。―――


かつてミランダが教えてくれたことをハルは思い出していた。


―――魔法とは、魔力を消費して行う現象よ。魔力とは、分かりやすく言えば生命力と、考えてもらって構わないわ。つまり、魔法はある意味命を削って行うものと言えるのよ。―――


諸刃の剣であることとか、そんなこと考えなくていい。今この男を倒せるだけの力があればいい。あの時の様に、身体に熱を帯びる様なイメージを思い浮かべた。熱く熱く、全身が燃え上がるような火を呼び起こせと、心の中で念じ続けた。

パチンッ。

薪が燃える際に放つ破裂音がした。ハルの左手に火花が散り始め、まばゆい光を放ちながら、一瞬のうちに火がついた。

「なっ!?なんだそれは!」

手の炎は、ゆらゆらと僅かな風に揺れている。けれど、こんなものじゃ足りない。もっと、もっと、荒ぶる感情を表すかのように、大きな火を、強大な力を・・・。

ハルの左手に纏っていた炎は、腕を伝い、身体に燃え移り、全身に広がっていく。右手の剣にも、純白の髪にも。鮮やかな色をした炎が、ハルを焼き尽くしていた。

「貴様、魔法士だったのか?いや、そんな魔法。ありえない。なぜそんなことが出来る。そんな状態でどうして貴様は生きていられる!?」

実際彼の言う通りだ。全身に火が回っているのに、髪も衣服も燃えているはずなのに、燃え尽きない。まるで火が残った薪のように燻って、火だけを残したままありつづけている。身体は無性に熱く感じられるのに、決して火傷を負ったような感覚はなく、むしろ心地よい熱に浮かされて、僅かに体が楽になったようにも思えた。

もう一度剣を地面に突き刺し、支えにしてハルは立ち上がった。その瞬間、熱によって生み出された空気流れによって火が舞い上がり、火の粉を含んだ熱風が、周囲一帯に吹き荒れた。火の粉は、小さな草木に触れるだけで、新たに火をおこし、熱風によってさらに火を成長させていく。

「これで、あなたと戦える。」

男は後ずさりをするように身を引いていく。逃げ出すのならそれもいい。だが、逃げた男がルナの元へ行かないという保証はない。ここでやるべきなのだ。

「この火で、黒焦げにしてやるわよ。」


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