あるものは全て使うべし

ミランダとも契約を結んだものの、ハル自身は個人で魔法を研究するわけではないから、進展があり次第報告することとなった。ハルも、空いた時間を利用して少しばかり試してみてはいるものの、火を起こす以外の現象は起きなかった。ただ、使っているうちに、難なく火を起こせるようになった。手に起こした火は、当然燃え移るし、移った火も普通の火と何ら変わらない性質を持っていた。おかげで真冬の間は、寒さに困ることが少なかった。安物の蝋に一つまみの魔法の火を垂らせば、数時間は部屋でも暖が取れた。寝る前なんかは重宝したし、わざわざ暖炉のある大部屋に行かなくて済んだ。あっちは、大人たちがお酒を嗜んだりしているせいで、あまり居心地が良くなかったのだ。同室のアンジュも、初めは魔法そのものに恐れていたが、慣れてくれば便利な左手と認識されつぃまった。別に左手からしか火を出せないわけではないのだが。それに、何度も魔法を行使してい内に、自分の魔力の量に関して、疑念を持つようになってしまった。

ミランダは、人間が持つ魔力量はそう多くないと言っていた。一日中魔法を使うことは出来ないし、使いすぎれば最悪命にかかわることもあると。魔力は目に見えない血液のようなものだ。足りなくなれば生命活動に支障が出る。無自覚に使い続ければいつの間にか、極度の疲労状態にあることもあるという。だが、今のところハルはそう言った兆候はいられなかった。毎日のように火をおこし続けていても、貧血を起こすこともないし、魔力が足りなくて魔法が発動しないなんてこともない。もっとも、蝋線に火をつける程度しか使っていないのなら、その程度なのかもしれないと思った。

例えば、手にずっと火を纏わせたままの状態で何時間もいたら、話は変わってくるのかもしれない。そんな状況なることないだろう。戦闘で火を使えれば多少優位に立てるかもしれないけれど、左手を燃やしたままなんて、こっちも危なくて気がしれない。ミランダの言う通り、危険な力であることを常に気に留めておかなければ。

この世界の冬は長い。そのうえ、気温もひどく冷たい。毎日のように雪が降り、夏とは違った億劫さがあった。生憎、こんな季節に傭兵の仕事が回ってくることはないから。つかの間の平穏と言ったところだろう。鷹の団に入ってから、多くのことがありすぎたから、こういった時間がとても貴重に思えた。元の世界へ戻る方法は、今は考えないとして、今のうちにやっておきたいことをやっておくようにした。

遠征時にはもっていかなかったが、久しぶりに此方側へ来た時と同じ制服に袖を通した。半袖のシャツにスカート。こんな格好では外を出歩くことは出来ないが、上にパーカーと川のロングブーツを履けば、それなりに寒さをしのげる。とはいえ、外出するために着替えたのではない。アンジュから借りた、小さな手鏡で自分の姿を確認する。そこにはまぎれもない、高校生の赤羽遥がそこにいた。家の鏡で、毎朝執拗に身なりを気にしていたあの時の自分が。だが、今は違っているところもある。腕には包帯が巻かれ、返り血を浴びた白髪が、いまでも少し汚れている。自分では気づかないが、多分、あの頃の自分よりその表情はきっとおかしくなっているのだろう。じっと自分を見つめ返す鏡の中の自分は、疲れたような冷たい目をしていた。それに、少しやせただろうか。食事の質こそ、このルーアンにおいては向こう側と大差ないものの、その量は以前より増えたように思える。それなのに、目に見えるほど細く見えるのは、それだけ運動量が増えたからだろう。毎朝、ひたすら木刀と真剣を振り回していれば、筋力だってつく。体の変化を実感出来てはいないが、学生だった時とは比べ物にならないほどたくましくなっただろう。

(かわいくない・・・)

つまらないことを考えてしまった。元より自分がそんな形容詞に相応しい人物でないのは、学生の時から思っていたことである。ただ、それを抜きにしても、嫌な顔だった。普段からへらへら笑っているのもどうかと思うが、こんな、何もかも睨みつけているかのような顔をしている学生なんて、頭がおかしいと思われても仕方がないだろう。

ため息をつきたくなる気持ちを抑え、今しがた袖を通した制服スタイルから、こちら側の冬服へと着替えた。ほんの少しでいいから、かつての自分の拝んでおきたかったのだ。だが実際は、そんなものどこにもなかったのだ。気慣れたはずのシャツも、なんだか着心地が悪かった。今持ってる一番上等な衣服だろうが、制服を着ている自分が、知らない誰かのように思えてならなかった。


ルーアンテイルの豊穣祭が終わるころには、世界は一面銀世界で、まるで北国のようだった。だが、次第に雪は止み、白化粧だけを残して、季節は巡っていく。春、と呼ぶには些か寒すぎる気もするが、今更もうそんなことに突っ込んだりはしない。この世界の、主にこの辺りの気候はそういうものなのだろう。

春になっても街間の人の動きは少ない。だが、仕事が無いわけではない。傭兵とは戦いを生業とした集団だ。時には、護衛ではなく、対象を討伐する依頼も出てくるものだ。例えば、春に目覚めて、人里に降りてきた熊とか。人の生活を脅かす獣が、この世界にはたくさんいる。山奥で暮らす翼竜のようなものは、滅多に出くわさないが、人間の食料を求めて、田畑を荒らしに来る野生動物はたくさんいる。農業を生業にしている者たちは、今自分たちの金の生る木を守るのに必死になるのだ。

「麦畑の警護、紫宝の実農園の警護、虎熊の討伐、野盗団の逮捕?最後のは義兵団からの依頼ですか。」

「色々あるんさ。警護、だなんて書いてあるけど、実際は結構危険な仕事だよ。去年なんかは青星大蛇が出てね。あやうく食い殺されるところだった。」

アンジュと共に依頼のリストを眺めていながら、そんな話をしていた。彼女もこれから数人の仲間たちと警護の仕事に出るところだったのだ。

「人間を相手にするより気は楽だけど、危険度なら人間以上だろうね。遠征の時、翼竜に出くわしただろう?鷹の団総出でかかればあれくらいは対処できるけど、こういう個別の依頼は、数人単位で受けることになるから、万が一ってこともあるんだよ。まぁ、そんなことさせないけどね。」

日々鍛錬をしているからこそ、皆自信をもって仕事を向かっていく。団の拠点は、いつの間にか人気の少ない静かな家になっていた。ハルも、いくつかのグループにお手伝いがしたいと申し出たのだが、無理はしなくていいと、丁重に断られてしまった。まだ数人での警護を任さられるには些か頼りないのかもしれない。当然命に係わることだ。心配もされているのだろう。だが、そんな自分にも、時に前線に立たねばならない時が唐突に来るものだ。

夕暮れ時の、やや薄暗い時間帯のことだ。アンジュも仕事で、自室でのんびり過ごしていたのだが、何となく拠点が慌ただしくなっているのを感じていた。ほどなくして、ハルの元にもレリックが神妙な顔でやってきた。

「悪いね。休んでいるところ。」

「いえ、大丈夫です。なにかあったんですか?」

「身なりを整えて、下に降りてきてくれるかい?」

レリックはそれだけ言うと、足早に戻っていってしまった。言われた通りに仕事で使う用のシャツとスカートに着替え、髪を軽く整えてから談話室へ向かった。

「すいません。お待たせしました。」

「おう、ハル。おめぇさんも一緒に話を聞いといてくれや。」

そこにはすでに数人の仲間たちが集っていて、グルードが手招きで開いている席を示してくれた。

「彼女も含めた、ここにいる全員が、今我々が出せる最大に戦力です。」

部屋の中心では、レリックが見慣れないな衣服をした人達と向かい合っていた。男と女と子供。夫婦とその娘と考えるのが妥当だろうが、その身なりはかなり目立つものだった。所謂お金持ちというやつだろか。三人とも見事な装飾の施されたきれいな服を着ていたのだ。

「・・・まだ子供ではないか。護衛として役に立つのかね?」

夫らしき男は何やら落ち着きがなかった。集まった仲間たちを一人一人吟味しているような、そんな目つきをしている。とくにはハルは、おそらく子供としか見られていないのだろう。

「彼女は確かに若いですが、しっかりと訓練を施しています。人間相手の戦闘も経験済みです。」

レリックがフォローをしてくれていたが、男はお気に召していないようだった。

「まぁいい。一人でも多くの人員を雇いたいと言ったのは私だ。今は、手を貸していただけるなら、何だっていい。」

「それで、依頼の確認ですが、お三方を、南のパルザンの街へ護送するということでよろしいですか?」

ハルは、それを聞いて疑問に思うことがあった。レリックが言ったように、今ここに集められたの団員は十八人もいる。たった三人を守るには多すぎる気もする。護送の仕事であれば、多くとも七、八人程度あれば十分なはずだが。

「そうだ。前金として、相場の半分を。依頼完了時に残りの半分を支払おう。もちろん、雇った人数分の相場だ。」

随分気前がいいことだが、怪しげに思っているのは、やはりハルだけでは無いようだ。

「報酬の件は我々もそれで構いません。ですが、一つ確認しておきたいことがあります。あなた方は、アストレアからこの街へ来たとおっしゃっていましたが、旅の経緯をお聞きしてもいいでしょうか?」

「大したことではない。パルザンの街に親戚がいるのだ。」

「それだけですか?」

「他に何か理由が必要なのかね?」

場の空気はかなり張りつめていた。男は腕を組んで、まともな会話をするつもりはないようだ。何のために、と言うのをかたくな隠し通すつもりなのだろう。

「フェロウさん。我々としてはこの依頼を請け負ってもいいと思っています。ですが、自ら面倒ごとに巻き込まれるつもりはありません。あなた方がなぜこれだけ多くの人員を雇ってでもパルザンの街へ向かいたいのか、こっちにはそれを知る権利があるはずです。」

フェロウという男は、ようやくかたくなな姿勢を解き、過ごしだけ目が揺らぎ始めていた。おそらくレリックは、彼らの背後問題をおおよそ察しているのだろう。だからこそ、あえて事情を聞いて聞き出そうとしている。

「我々もプロの傭兵です。ある程度は不測の事態となっても対処できます。ですが、もし何者かに追われているのだとしたら、それを話していただけませんか?」

隠し通せるつもりだったのだろうが、レリックが確信をつくと、隣で話を聞いているだけだった妻も、夫の肩に手を当て、何かを目で訴えかけていた。それを見た夫も、ようやく観念し、硬い口を開き始めた。


彼らはフェロウ一家。アストレアで裕福な暮らしをしていた、いわば下級貴族たちだった。夫のブリガンド・フェロウは、王国内では魔法研究を行っていた学者で、国の研究機関に属していた。そこで新たな魔法の開発に成功したらしいのだが、その魔法を巡って同僚の者と対立が起き、研究機関から追放されてしまった。アストレアでは、それなりの豪邸に住んでいたらしいが、毒見を行った使用人が命を落としたり、家の中が荒らされていたりと、身の危険を感じた彼らは、王都を脱し、このルーアンテイルまで来たらしい。初めは、ルーアンテイルの首長に助けを請うたらしいが、門前払いで相手にされなかったようだ。そこで、ルーアン一の傭兵団、鷹の団に白羽の矢が立ったということだ。

現在、鷹の団は多くの仕事を請け負っていて、最大戦力は十八人。三人を護衛するには十分な人数だが、ブリガンドによれば何人いても足りないくらいだという。なにせ、追っ手に来ている連中は・・・。

「魔法士!?」

「あぁ、おそらくな。私の同僚たちが秘密裏に組織している、いわば殺し屋だ。連中は、人を殺すために魔法を使う。」

「そうですか。それは、なんとも・・・。」

レリックは言葉に詰まっていた。集っていた仲間も、臆せずとも、どこか難しい顔をしていた。魔法士は、数が少ない。魔法と言うもの自体、その才能を持っている者がいないのだ。どんなことが出来て、どう戦いに落とし込んでいるのか、想像することも難しいだろう。

あまりにも情報が少ない。いや、情報自体はある。だが、それは未知のものであり、対策のしようがないのだ。最終的には、所詮は人間の技、と言うことで、1対1に持ち込んで一人ずつ処理する方針に固まった。追手がかかっているならば、いっそルーアンテイルの中で待ち受けるという案も出たのだが、向こうの動きが読めない以上、迎え撃つ他ないということになった。これは、護衛の仕事とはいうものの、その本質は不特定多数の殺害だ。フェロウ一家を付け狙う連中を全て殺めない限り、この仕事は達成しえない。なので、パルザンの街で安全が確保できるまで、という最終目標を立てることになった。その先、追手がまだいようと、鷹の団はそれ以上の干渉をしない。ブリガンドも、それを納得してくれた。どうやら、パルザンの街に親族がいるというのは本当らしく、その家にかくまって貰えれば、何とかなるという。下級貴族の親族だから、相手もそれなりの有力者なのだろう。

問題はまだいくつかある、連中がフェロウ一家の動きをどれくらい把握しているかだ。素人のブリガンドでも、追われているという自覚があるのなら、かなり大胆に追跡をしているはずだ。おそらくもう、ルーアンテイルの街には潜んでいるのだろう。だとしたら、急いで街を出なければならない。街中で襲われることはないだろうが、外へ出た瞬間狙われるのは危険だ。

「みんな、急いで準備してくれ。深夜になる前に出発する。」

かなり危険な逃走劇になるだろうと思われた。相手が追跡に馬を使っているかわからないため、荷馬車に一家を乗せていくのは憚られた。彼らには動きやすい恰好に着替えてもらい、二人乗りでばらけて馬に乗せることになった。

夜中だというのに、叩き起こされた馬たちは、いくらか期限が悪そうだったが、そこは調教された馬たちだ。餌で釣ってやれば、すぐにその気になってくれた。ハルの愛馬のアランも、相変わらずハルの髪の毛を食んだりして、走る気は十二分にあるようだ。ただ、ハルは少しばかり、申し訳ない気がした。

「・・・一緒に、生き抜こうね。」

その言葉の意味をアランが理解してくれたかはわからない。でも、遠征の時には気にしなかったが、馬たちを自分の危険な目に遭わせているのではないかというエゴに気づいてしまったのだ。

アランは鼻をふんふん鳴らして、今すぐにでも駆けだしたいという様子だった。そんな彼の鼻ずらを今のうちにできる限り撫でておいた。

「ハル、ちょっといいかい?」

出発前、ハルはレリックに呼び止められた。

「何でしょうか?」

「君に、娘さんのルナさんを任せたい。君の馬に乗せてやってくれ。」

「え?」

「娘さん、どうやらかなりふさぎ込んでいるらしいから、君が適任だと思うんだ。」

レリックの表情は真剣そのもので、いろいろと考えていたことがわかる。フェロウ家の娘であるルナ。年齢は10歳。ソーラよりも年下と聞いたときは、惨いものだと思った。最初から彼女の目には、光が消え失せているように見えた。談話室で話を聞いている時も、両脇の両親たちに縋り付くこともなく、まるで蛇に睨まれた蛙のように、ピクリとも動かない。ただ俯きがちにそこにある何かを見つめている石造様な姿が、惨いと思ったのだ。その旨の内では、自分の命、あるいは両親の命が狙われている恐怖をかかえているのだろう。その恐怖そのものも、10歳の少女には理解できないだろうに。

「年の近い君が一緒なら、少しは気を許してくれると思うんだ。万が一の時に、思うように動けるようにね。」

「そう、・・・ですね。」

移動中に襲撃があった時、フェロウ一家に可能な限り命令に従ってもらわなければならない。最悪、対象だけ馬に乗せて、そのまま走らせることだってある。言うことを聞いてもらわなければならないのだ。

ルナに対して、大人たちがそれをするには、少々圧があるのだろう。相手がハルなら、その懸念も少し和らぐと言ったところだろう。

「それと、今回の依頼についてなんだけど・・・。ルナさんは、最重要護衛対象とすることになった。」

「それって、ルナちゃんを一番に守るってことですか?」

「お父さんの意向でね。奥さんと娘さんを第一に考えてほしいって。」

最重要対象と言うことは、もしも三人を命の天秤に架けた場合、ルナの命を守るために、他二人の命を真っ先に切るということだ。

「君にとってはかなり危険な仕事になるだろう。けど、もし君が危険を感じたならば、とにかく逃げるんだ。対象を抱えながらまともに戦うことは出来ない。逃げて、それまでみんなでカバーする。君が戦うときは本当に最後の砦になった時だ。」

「・・・わかりました。」

危険でありながら重要な役割を与えられたということは、少しは傭兵として半人前に近づけたのかもしれない。しかし、今の自分にそれを実感する余裕はなかった。相手がいるとわかっているものの、争いは避けられないのだ。

「頼んだよ、ハル。」

レリックに軽く背中を叩かれた。その表情は、前のように笑ってはない。当然ハルも、もう泣き言は言わない。情けない顔もしない。これから自分たちは、殺し合いをしに行くのだ。

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