開花

ルーアンテイル魔法大学。それは、存在こそルーアンの民には知られているものの、直接関係がある者はほとんどいないため、どこでどのようなことをしている機関かを知る者はほとんどいない、らしい。それでも団の同僚たちに話を聞く限りでは、物好きな連中がそろって研究に明け暮れているらしい。物好き、と言うのは、魔法自体が認知されていないため、そう思われているようだ。だが、好きなことに没頭しているだけで、まともな生活ができるらしいから、羨ましい限りだそうだ。

場所は、先日と同じ城砦街。と言っても城砦街の中ではなく、城砦街に隣接しているため、正確には下町の方だ。そのおかげで、大学の周辺も大いに賑わっていて、まだ昼前だというのに香しい香りが漂ってきていた。

「それにしても、推薦状を受け取ったはいいけど、ここで何すればいいんだろう?」

たどり着いた途端、そんなことを思い浮かべてしまった。何せそこは、大学と呼ぶにはあまりにも煌びやかで、学舎というよりは教会の様だった。十字架の代わりになぜか穴あきの星が掲げられているし、一応ステンドグラスもあって、木造ではなく石煉瓦造りなので、建物自体はきれいなものだ。周囲には街中だというのに木々が植えられてあって、そこいら一帯だけまるで別の街のようだ。

「良いところだけど・・・、人気が無いのが気になる。」

祭りの喧騒は聞こえてくるが、少し遠い所からだ。大学の周囲には人っ子一人見当たらない。建物からも何かが聞こえてくることはなく静かなものだ。むしろ、怪しげな実験をしているのでは勘ぐってしまう。

「とりあえず、入るか。」

そう意気込んで入ろうとした時だ。大きな爆発音と共に、学舎の屋根が吹っ飛んだ。

「えぇ・・・。」

屋根には穴が開き、空いた穴から人が騒ぐ声が聞こえてきた。何か実験でもしていたのか、僅かに煙が上がっている。魔法学校というより、科学教室か何かだろうか。何をしているかはともかく、少し不安になってきた。こんなところで一体何が学べると言うのか。

正面の大扉を開けて、恐る恐る中を覗いてみると、そこはいかにもな学校の姿ではなく、外観通りの教会のような内装となっていた。とはいえ、先ほど爆発があったせいか、少しばかり焦げ臭いにおいがしていた。

「大丈夫かな。」

たまたま通りがかった長ローブを着ている人に声を掛け、ハルは推薦状を見せた。一応、ミズハの印があるため怪しまれることはなかったのだが、突然の来訪者に対する応対としては、要領を得ない、と言うより人と話すのが苦手そうだった。インドアなのだろう。結局、ミランダという名前を出すまで、こっちへの疑いを晴らしてくれなかった。

通されたのは、大きな本棚がいくつか並び、タマネギの形をしたフラスコのような器具が並んでいる机があった。いかにも理科系。理科という学問など、この世界にはないだろうが。棚で区切られた奥には書斎らしきものがあり、そこに座る女性は珍しく眼鏡をかけている。この世界で眼鏡をかけている人は少ない。そもそもそれを作る技術さえおそらく希少なのだろう。女性の格好は、だぼだぼのローブを肩にかけているが、普通のシャツに袖を通しているので、おそらくローブは羽織のようなものだろう。魔法使いっぽいと言われればそうだが、いうほどいかにもな姿ではなかった。

「あら?」

ミランダと思われる女性はハルに気づくと、ふっと笑顔になってこちらに向かってきた。

「今日はお客さんが来る予定はなかったはずだけれど、どちら様でしょうか?」

「どうも、えっと、ミズハさんから、ミランダさんに会うように言われてきたんですけど?」

「首長から?」

彼女に推薦状を渡すと、ミランダは眼鏡を外してそこに書かれた小さな文字を読み始めた。そんなに長い文章は書いていないと思うのだが、ミランダはずいぶん長いこと推薦状を読んでいた。ようやく読み終わったと思うと、今度はその視線をハルに向けてきて、神妙な視線で撫でるように見回された。

「え?あの、ちょっと・・・。」

ハルの周りをくるくる回りながら、足元から頭の毛先まで満遍なく。別に見られるのは構わないのだが、見る距離が近すぎる。目とハルの体の距離はほんの数センチくらいだ。彼女の顔がハルの耳元に地下ずくとその息遣いや、喉の鳴る音まで聞こえてくるくらい近い。ミランダも変や人と聞いていたが、まさにその通りだった。

「あなたが、新たな魔法士。素晴らしいことだわ。」

一通り見て満足したミランダの顔には子供の様な笑顔があった。

「まさかこんなに若くてかわいい子が魔法の才能を持ち合わせているなんて。お名前は?」

「ハルです。アカバネハル。」

「変わった名前ね。」

「よく言われます。」

「それで?どんな魔法を使えるの?」

やっぱり近い。そんなに迫って直近に顔を近づけなくても会話はできるはずだ。相手が相手なら、引っ叩いて突き放したいところだが、顔を近づけられてくらいで動揺すほどハルはもう臆病ではない。

「いえ、自分がどんな魔法をつかうかとかは、よくわかってなくて。」

「どんな魔法かわからないのに、どうやって魔法の才能があると気づいたの?」

「一度だけ不思議な力で鉄の錠を壊したことがあって、それを見ていた友人が魔法だって教えてくれたんです。」

一応ミランダにも、初めて魔法を使用した経緯を話しておいた。自分が傭兵であることも、そして、世界を渡ることを目標にしていることも。実際は、魔法がどのようなものか、自分で使いこなせるのか。それさえ分かればよかったのだが、ミランダは一切横やりを入れずに真摯に聴いてくれた。

「異世界からの来訪者・・・。よくもまぁ、そんな話をあの首長が信じたものね。」

「ミズハさんにとっては、個人的な好奇心だって言ってましたけど。」

「ま、そっちの話はとりあえず置いておきましょう。今はハルちゃんが使った魔法について考察していきましょう。」

ミランダは、自分の机から杖のようなものを取り出し、それをハルに向けて突き出した。

「さて、ハルちゃん?あなたは魔法についてどれくらいの知識があるのかしら?」

「それが、全くないんです。向こうの世界には、魔法という技術はありませんでしたから。」

「全く?それは、なんというか。つまらない世界ね。」

ハルからしてみれば、テレビもネットもないこの世界も、ある意味つまらないと思えなくもないが、それはおいておこう。

「簡単に説明すると、魔法とは、魔力を燃料としてあらゆる事象を無秩序に起こすことが出来る奇跡そのものよ。」

「奇跡、ですか?」

「触れてもいないのに物を持ち上げたり、汚れた水をきれいにしたり、最近ではとても固い鉱物を粉々に砕くこともできるようになったわ。」

「・・・。」

「どう?すごいでしょう。」

「ええ。まぁ。」

確かにすごいのだが、聞く限りだとそれしかできないのだろうかと思ってします。もっと派手に天気を変えたり、電気を発生させたりとかできたりするものと思っていた。来るときに起きた大爆発は、魔法ではないのだろうか。

「反応薄いわね。これでも、人類の魔法研究において、大きな進歩と言えるのよ?」

「そうなんですか。もっといろいろできるものと思っていたので。」

「まぁ、気持ちはわかるわ。私たち魔法士は、魔法でいろいろしたいから、こうして大学で研究を続けているの。人類が魔法の研究を始めて、もう、数百年はかかったと言われているわ。それなのにもかかわらず、私たちが理想とする魔法を生み出すには至っていない。それだけ、この世界で魔法は希少なのよ。」

「才能のある人間が、少ないんですね?」

この大学も見た目は立派だが、大きさ的には鷹の団の拠点の方が何倍も大きいから、そう言うことなのだろう。

「実際に、私たちはここで魔法の開発よりも、既存の魔法を使った発明品に力を入れているわ。魔法士として、都市に貢献できるようにね。さっき大きな爆発があったでしょう?あれは、魔法による爆発じゃなくて、魔法によって砕いた鉱物とスルマって呼ばれる火薬を使った実験なのよ。」

(それって、爆弾・・・。)

当然、魔法を武器として使うことも考えるのはわかっていた。だが、ミランダの話を聞く限りだと、魔法によって爆弾を生み出したのではなく、爆弾を作るための材料を魔法によって制作した。あるいは、材料を取る方法を人力から魔法に置き換えた、という風に捉えられなくもない。そう考えると、魔法士の研究は、なんだか虚しく思えてくる。

「魔法士の使命は、単に魔法を生み出すことじゃない。魔法をいかに世のために役立たせるか。己の私利私欲のために、魔法を行使する者たちは、魔法士とは呼べないわ。」

そういうミランダの表情は真剣そのものだった。なんとなく、魔法士という職の肩身の狭さを垣間見た気がした。彼女たちは、ルーアンテイルから給金を貰ってはいるが、それはある意味都市への貢献を強制されているのではないだろうか。パトロンとしてどれくらい影響力があるか、ハルは先日大いに知ることになった。そんな中で、こんな都市の日陰のような場所で、何をしているかもわからない建物で、先の見えない研究をしているのは、想像できないほど寂しい仕事だろうに。彼らには魔法を使えるものとしての覚悟があるのだ。

「大変なんですね。私、軽い気持ちで魔法について学べればいいと思ってたんですけど、不謹慎でしたね。」

自分のため、と言うのが悪いとは思わないが、そんな崇高な理念を掲げている彼らに、自分のために時間を取らせるのはなんだか悪い気がしてきた。

だが、ハルはそう思ったのだが、ミランダはすぐにけろっと表情を変え、

「まぁ、私は私利私欲のために、魔法を使いまくってるんだけどね。」

「えっ?」

そう言って大げさに自分の椅子に座って、背もたれに寄り掛かった。

「魔法士の使命なんて大仰な理念を掲げるくらいなら、街中で売り子として真面目に働いた方がましだもの。ここにそんなクソ真面目な魔法使いはいないわ。」

「ええ・・・。今の時間何だったんですか?」

「魔法士について、簡潔に説明しただけよ。実際、そんな人はいないんだけど。」

「よくもそんなありもしない理念を台本無しでぺらぺら話せますね?」

一時信じてしまった自分がバカみたいだ。

「一応、他所ではそういうものがあるのよ。」

「他所?」

「王国でも今はないけど、魔法を研究する機関があったのよ。王国に限らず、大きな街や国には必ずではないけど、魔法士を抱えている。魔法っていうのは、超能力と同じだから。ある意味、差別的な称号でもあるのよ。」

他人にはできないことを魔法士ならできる。そういった意味合いだろうか。魔法に限らずできる人間は出来ない人間より、与えられる仕事と責任が異なる。社会においてそれはごく普通のことだ。仕事ができるものは昇格し、高い給料が与えられる。その代わり、それに見合った責任を負わなければならない。向こう側でハルはアルバイトもしたことが無かったが、その理屈くらいは理解しているつもりだ。

「そして、どんな国でも、魔法を欲している。けれど、魔法士を働く者としては数えていないのよ。」

「それって、傲慢ですよね?」

「この世に傲慢じゃない国なんてあるはずがない。魔法で国が発展するのは喜ばしいけれど、魔法研究を仕事として認めない。結局は税を納められない民としか見られないのよ。そのうえで、勝手に他国へ移住するのは困るとか言うんだから、ほんと嫌になっちゃうわ。」

「・・・。」

現実味のある話だが、いったい誰の話をしていたのだろう。ミランダ本人のことかもしれないし、ここの研究員の話かもしれない。要するに、ここにはそういった人たちが集まっているということだろう。

「ここなら好きなだけ魔法を使えるし、ちょっとした発明でもあの首長は興味を持ってくれる。お金だって、暮らしていくには十分なものがね。決して高いとは言えないけれど、それでも、こんなに人口が多く、恵み豊かな街で暮らせるんだもの。この街に来て正解だったわ。」

そういう風に言うからには、それなりに苦労はあったのだろうが、今の彼女のからは苦しさを感じなかった。

「そんな話はいいのよ。この街で魔法士は、幸福とは言わずとも人並みに生きていけるわ。ましてや、傭兵に魔法の力が合わされば、最強の歩兵として君臨できること間違いないでしょう。さぁ、あなたの魔法を見せてごらんなさい。」

「いや、だからわからないんですけど・・・。」

ミランダに言われる前から、何度も試したのだ。手に力を込めて、酒瓶を壊そうとしたり、ドアノブを壊そうとして見たり、馬用のバケツを吹っ飛ばそうとしたり。何度やってもうまくいかなかった。

「うーん、奴隷商に掴まってた時は、どんな感じだったのかしら?」

「どんな感じかって言われても、必死だったとしか。」

「体に変化はなかった?心臓の音がうるさく感じたとか。頭が妙にすっきりしていたとか。」

あまり思い出したくないのだが、あの時の情景を思い返してみた。ソーラと向かい合った牢屋で、抜け出す方法を考えていた。確か、手には木枷がつけられていて、それを無理やり力で壊したのだった。それをみてソーラが、馬鹿力と称していた。そのあとすぐに、何か確信めいたものがあって、牢の錠に光が散らばって、いや、散らばっているように見えていたのだ。

「魔法とは、魔力を燃料として起こす奇跡。重要なのは、その魔力を感じ取る事よ。魔力はどんな人間にもわずかながらに眠っているもの。魔法の才能とはすなわち、眠った魔力を呼び起こせるかどうか。一度その経験をしたなら、できないということはないはずだわ。さぁ、あなたの魔法を見せてちょうだい。」

ミランダは再び顔を近づけてくる。早く見せたいのはやまやまなのだが、こうも近いと先にその変な顔を引っ叩きたくなる。

とりあえずハルは左手に力を込めてみた。しっかりと拳を握り、そしてあの日の情景を再び思い浮かべてみる。視界に光が散らばっていて、それから・・・、そこから先が思い出せない。とにかく必死だったのだ。ソーラを助けようと。

ふとハルは、部屋の窓を見て、小雪が降り始めているに気が付いた。本降りになる前に拠点に帰れればいいのだが、道中かなり冷えるだろう。

(そういえばあの時・・・)

奴隷商に掴まってから、ずっと一枚のボロ纏っていたはずだ。隠そうにも両手を縛られてうまく隠せないし、何より冬間近の時期にあの格好は寒すぎた。だけど、あの時は無性に体が熱を帯びていたのだ。まるで、体の中で火を焚かれているようなほど熱く。

(熱・・・。燃えるように、熱く・・・。熱く・・・。熱く・・・。)

そうやって幾度か念じているうちに、左手が妙に心地よい熱感に包まれた。すぐそばストーブを焚かれているような温かさだ。気づくとハルの手には火が灯っていた。形容ではない。正確に言えば、燃えていたのだ。

「えっ!」

「わぉ。」

まごうことなき炎が、ハルの手のひらに纏わりついていた。ハルは咄嗟に腕を力いっぱい振ってしまった。だが炎は大きくも小さくもならず、同じ熱量を放っていた。

「ちょ、なにこれ。手が燃えて・・・。」

「まってハルちゃん。そのまま!」

ミランダは何を思ったのか、ハルに制止を促すと、書斎から一枚の紙を取り出した。紙には何も書かれていない。まっさらなものだった。ミランダはそれを燃えるハルの手に近づけて火をつけた。紙は瞬く間に火が回り、くしゃくしゃと形を縮めて、黒く焦げていく。燃え尽きる瞬間、ミランダは手を放し、火が消え黒墨となった紙がぽとりと床に落ちる。

それ見ていたミランダは、口がぽっかりと開いたまま驚愕して、しばらく動かなかった。

「これが、私の魔法?」

火を起こす魔法?ものを燃やす魔法?だとしたら、どうして自分の手は燃えないのか。手からは熱感はあるのに、燃える様な熱さまでは感じない。炎も腕を伝って燃え広がる様子もない。手のひらを閉じたり開いたりすると、それに合わせて火は揺らめくが、それ以上の動きを見せない。

「・・・私も初めて見たわ。これは紛れもなく魔法よ。だれも見たことがない、新たな魔法よ。」

火を見つめるミランダの目は、文字通り輝いていた。まるで、精霊か何かを見つけてしまったかのような、驚きの表情と共に。

「あの、これどうやって消せるんですか?」

上手く発動できたはいいものの、このまま無造作に手を燃やし続けるわけにはいかない。いくら害が無いからと言って、他に燃え移るのだから、あまりにも危険すぎる。

「なんてきれいな魔法・・・。こんなものが実在するなんて。発火?いえ、いっそ簡潔に、火の魔法と名付けましょう。」

「ミランダさん!」

どうしてこうも変人たちは人の話を聞かないのか。ミランダはハルが大声をあげてようやく、我に返った。

「あら、ごめんなさい。何かしら?」

「これ!どうやって消すんですか?」

「そうね、おそらく魔力を放って炎にしているだろうから、あふれ出る魔力を抑えれば消えるでしょうね。」

「それがわからないって言ってるんですけど!?」

火傷もしないし、気を付けていれば火は移らないのだが、こうも火が目の前にあるとさすがに怖い。抑えろと言われても、いったい何が起きているのか実感が無いのだ。

「ハルちゃん。気を静めて。一度発動できたのだから、元に戻すこともできるはずよ。火を消すイメージを念じるの。」

ハルは言われた通り、火が消えるという抽象的なイメージを念じつつけた。念力なんかで魔法をコントロールできるとは思わないのだが、左手の火は瞬く間に小さくなり、そして音も無く消えていった。手には若干熱感が残っていたが、煙が経つ気配もなく、爪や皮膚が焼けた様子もなかった。

「それが、ハルちゃんの魔法よ。どう?すごいでしょう!?」

「すごいというより、驚きました。」

「初めて魔法を使った時は、みんなそれぞれ感慨深いものよ。他人にはない力なんだから。」

火が消えた後もハルは手をぐっぱっさせて、手の感触を確かめたが、それは今まで通りのものと何も変わらない。ミランダは魔力と言っていたが、そんなものがどこから漏れていたのかさえ見当もつかない。

「火を扱える生き物は、人間だけと言われているくらい、生物にとって火は危険なもの。けれど、人間にとっても大きすぎる火は過ぎた力となるわ。ハルちゃんの魔法は、とても強力なもので、危険なものよ。今後、魔法を行使しようと考えているのなら、ハルちゃんはそれを認識しなければならない。」

「身近なものまで気づつけてしまう可能性があるということですね?」

「それもそうだけど、ハルちゃん自身も危険にさらしてしまうわ。」

「えっ?」

「魔法とは、魔力を消費して行う現象よ。魔力とは、分かりやすく言えば生命力と、考えてもらって構わないわ。つまり、魔法はある意味命を削って行うものと言えるのよ。見たところ、さっきの火は、ハルちゃんの体から漏れ出た魔力を熱量に変換しているみたいだから、魔法を発動中は常に魔力を消費していることになる。あまり長時間行使し続けると、今度はハルちゃんの体に影響が出てくるわ。」

大きな力には代償があるものだが、それでは魔法とは、かなり使い勝手の悪いものになるの。あれだけ集中して、ようやく手のひらを炎に包むことが出来たのだ。その火を武器として扱うには、文字通り火力が足りように思える。

「人間の魔力は人それぞれだけど、そう多くはないのよ。私たちでさえ、一日中魔法を使い続けられるほどの魔力は持ち合わせていないわ。使う場合は常に慎重にならなければならないわ。」

とはいえ、まだ力があるということしかよくわかっていないのだ。実際に魔法が存在して、その才能が自身にあることが確認できた。今は火を出すことしかできなかったが、使い方を工夫すれば相応の武器になりえるかもしれない。ようは使い方だ。

「私からしたら、大きな進歩だと思っています。魔法なんて、元居た世界じゃ信じられない代物ですから。」

「すごいでしょう?」

ミランダはどうしてもハルの口からすごいと言わせたいようだったが、ここまできたらハルも頑として言わないようにした。

「でもまだ、光明が見えたとは言えません。この魔法でどうやって元の世界へ戻るのか、見当もつきませんから。」

すごいと言わないハルに対して、ミランダはあからさまに嫌そうな顔をしたが、すぐに真剣な表情になって思案を始めた。

「それに関しては、私も同意見よ。世界を渡る魔法。異世界へ飛ぶ魔法。呼び方はなんだっていいけど、そんなことを可能にする魔法が、この世に存在するのかと聞かれると、怪しい所ね。さっきも言ったように人間の魔力量は少ないし、魔法は万能な力じゃない。極稀に、魔力量の多い人がいたりするけど、それでも可能かどうか。」

ミランダの話を聞く限りでは、異世界ともいえ土、魔法は全能と呼べるようなものではないことが分かった。仮にアストレア王国内にそれを可能にする魔法士がいるのだとしても、現実的な解決策ではないだろう。

「でも、もし本当にそんな魔法があるのなら、いえ、あると仮定して研究に勤しむのは悪くない話だわ。」

ミランダはかわらず真剣な表情をしていたが、その目は笑っているように見えた。研究者の性とでもいうのだろうか。

「ハルちゃん。もしよかったらなんだけど、ここの正式な魔法士にならない?」

「でも、私は・・・。」

「もちろん傭兵は続けてもらっていいわ。そして、ここでの研究に参加する必要もない。もともと、ここの魔法士は好き勝手研究することの方が多いから。私もその口なの。けれど、お金にならない研究はあまりしたくはないわ。私たちにも生活があるもの。つまり、世界を渡る魔法、その真実を調べるのを依頼として請け負ってもいい。そのかわり、・・・。」

「その代わり?」

「ハルちゃん自身を研究対象として見させてもらってもいいかしら。」

(あぁ、そう言うことか。)

要するに、火の魔法を研究させてほしいのだろう。ミランダの目は輝いていた。向こう側でいえば、モルモットになるということだが、言葉のイメージほど危ない話でもないだろう。そういう技術なんて、この世界にはないのだから。

「変なことはしないでくださいね?」

それでも念には念をと、釘をさしておくことにした。

「もちろんよ。お互い徳になる関係を築きましょう?」

彼女は笑顔で承諾してくれたが、内心怪しいものだ。対面した時から如何せん胡散臭い神妙さがある人だから、油断せずに行こう。いわゆる彼女は変態の類だろうから。

ミズハと違って、書類での契約なんて結ばないから、いざというときは適当な理由をつけてばっくれればいい。そのくらい軽い気持ちの口約束をミランダと交わすことになった。これで元に戻れる可能性がどれくらい増えるのか。何もしないよりはましであると自分に言い聞かせなければ、全てが無駄に思えてしまう。それでも歩むと決めた道だ。眼前に聳える山さえ見えない道はいつでも後戻りができる。今はまだ、このままでいいと、そう思うしかないのだ。

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