燻る心

耳に響いてくるのは、これでもかと泣きわめく蛙の鳴き声と、こちら側ではもはや聞きなれた虫たちの鳴き声だ。改めて考えてみると、こんな冬の初めの頃の季節に、蛙も虫も元気に泣いていることがおかしく思える。これから雨でも降るのだろうか。それ以前にこんな寒さでは冬眠しているだろうに。まるで周囲が田畑に囲まれているかのように騒々しい夜だった。

土壁に囲まれた牢獄でさえ、これほどまでに騒々しく聞こえるのだから、外はまるでお祭りのようになっているだろう。おかげでようやくゆっくり眠りにつけたと思ったのに、すぐに目を覚ます羽目になってしまった。

とはいえ、僅かに体を休めただけで、心が安らいでいることに安堵した。壁に背をもたれて、全身の痛みも和らいでいて、肌寒いけれど心地よい時間だった。

毛布に防寒を任せていはいるものの、やはり自分はとんでもない恰好をしているなとハルはつくづく思わされた。当然体育座りなどできるはずもない。いや、誰もいない個室などであればそんなこと気にせずしていたかもしれないが、監獄には人の目も火の光もある故、女としてあからさまにすることはできなかった。

(っていうか、もう何度か見られてるよね・・・)

同じ奴隷として捕まった被害者だが、気にならないわけではないだろう。あのエイダンという青年も、少なからず自分をそういう目で見ているんじゃないかと不安になってしまった。他人の欲にとやかく言うつもりはないが、こんな世界じゃそのあたりのモラルも疎いように思える。

(どうせ私の体なんか好き好む人なんかいないだろうし・・・)

自虐ではない。年相応の体つきではないと自覚しているのだ。向こう側では友人との体つきの格差に、毎度ため息をつかされてきている。今更、異性の視線など気にする必要などないはずだ。

(そんなことより、あの子を助ける方法を考えなきゃ・・・)

エイダンの言っていた計画がどれくらい信じていいものなのか。少なくとも味方であることは確かだろうが、必ず助ける、などと甘いことを言う人の言葉をどれくらい信用すべきなのか。

そう、甘いと思ったのだ。必ずなど、この世に絶対など存在しないと、ハルはわかっているつもりだった。それは年齢的に精神論など通用しないと考えているのと、ルーアンテイルからのここまでの道のりで嫌というほど味わわされた経験があるからだ。

エイダンとて、ハルと同じくらいの年齢だろう。そして、義兵団に所属しているなら幾多の修羅場を経験しているだろうに。必ずだなんて、・・・ハルには甘ったれの気休めにしか聞こえなかったのだ。それが信用できないわけではない。ただ、彼の言う作戦には少なからず犠牲が出る。そんな予感がしてならなかった。少なくとも無傷では済まないだろうと。もっとも、危険なことには変わりないのだから、何もかも無事に済むと考えることこそおこがましいのかもしれないが。とにかく、エイダンの言葉が本心か、あるいは自分を落ち着かせようとするための言い訳なのか。どちらにせよハルは、ソーラが助かる算段を考えておかなければならない。

(私は助かって、それなのにあの子が助からなかったなんて洒落にならないもの。)

自分にできることを考えなければならない。それこそ、ここにいる人たちを利用しててでも・・・。

「眠れないのか?」

顔を上げると、エイダンがこちらを見ないようにしていた。体だけハルに向けているが、視線は上の空だ。その態度がわざとらしくて、何がどうしてそんなことをしているかがすぐにわかる。

「ごめんなさい。見苦しいものみせて・・・。」

そう言ってハルもわざとらしく下半身と胸元を毛布で隠した。

「いや、女子なら気にして当然だろう。あんたが傭兵だろうと、気が強かろうと、それは関係ない。」

わきまえてくれているのはうれしいのだが、目をそらしたということはやはりしっかり隠さねば見えていたということだろう。皆まで言わずともわかってはいるが、この格好はどうにかならないだろうか。

「少しくらいは眠れたか?」

「うん。周りがうるさくて、目が覚めちゃった。」

「あぁ、それは悪かった。あまり大きな声で話していたつもりはなかったのだが。」

「えっ?」

うるさいというのは外で鳴き喚く蛙たちのことを言ったつもりだった。そもそも半分夢の中に意識があったのだから、彼らの会話など聞こえてはいなかった。話をしていたかさえ分からないというのに、エイダンの言葉はどういう意味だろうか。

「うるさいのは、蛙のことだよ。あと虫とか。」

「蛙?」

エイダンは、小首をかしげていた。

「そう、こんな季節なのに、こうもうるさいのは悩みものね。」

「・・・生き物に、詳しいんだな。」

今度はハルが小首をかしげた。話が噛み合っていない。というよりも、伝わっていないという感じがした。やり取りとして特に問題があるわけではないのだが、ただ、そんな話をする必要などないのだから、今は聞くべきことを聞くべきだ。

「今、大丈夫?」

ハルがそういうと、エイダンは何を言いたいか察してくれたようだが、何も答えず辺りを様子を見てから手を伸ばしてきた。彼の手をとり立ち上がり、また牢屋の奥のほうへ向かっていく。

「声は小さくな。」

「わかってる。」

ハルは、牢屋の入り口から差し込む明かりを一瞥した。エイダンの言う通りまだ日が明るい時間であるなら、見回りに奴らが来てもおかしくはない。本当なら大事な話は夜などにするべきなのだろうが、今はソーラのことが気が気でならないのだ。焦っても何も解決しないとわかっていても、何もしないではいられなかった。

「脱走計画は、明後日に決行される予定だ。」

エイダンの小さな声に、他の投獄者たちも反応して、自然とハルたちから離れていった。

「奴隷商の中に、俺の同胞が一人紛れ込んでいる。作戦当時の朝にその者が天笛を鳴らす手筈になっている。天笛は砦周辺に待機している義兵団本隊に届く。そこから作戦開始だ。」

「私たちはどうするの?」

「武器のない俺たちは、この牢屋に籠城する。入り口は一つ。しかも狭い階段になっていて、守りを固めるのはそう難しくない。」

「そう上手くいく?籠城っていうなら、奴隷商だってこの砦に閉じこもることだってできるんじゃ。そもそも、何で明後日なの?」

「明後日は、奴隷の買い手に俺たちを売り渡す日だからだ。奴らはいつも、捕らえた者たちを砦の外に集め、そこで牛車に乗せる。俺たちはそうさせられないようにこの牢屋で籠城し、同胞たちが突入してくるのを待つ。」

いつも、など言っているのだから、おそらく彼らは相当前からここに潜伏しているのだろう。だが、全員を救出するという大義を目的とするあまり、作戦事態に欠陥があるように思える。すべては受け身の行動なのだ。奴隷商らが動かないと成立しないのは、もちろん、ハルたちにはなにができるわけでもない。せめてできるのは、最後まで抵抗し続けるくらいなのだろう。



「貴方からしたら、私とソーラが捕まってしまったことは、ちょっとした誤算になっているのね。」

エイダンから作戦を聞いたハルは、ソーラの存在が大きな足かせになっているのではないかと思った。エイダンのいう作戦ならば、この牢獄にいさえすれば安全とは言わなくとも、助かる見込みはある。だが、彼女は別の場所に囚われている。しかも、身代金目的で丁重にもてなされている。周りにはたくさんの奴隷商がいるだろう。作戦が始まったら、ソーラは一番危険な立場になる。

「あんたの友人をどうやって助けるか、考えているところだ。闇雲に動いて、作戦に支障が出てもいけない。」

考え込むエイダンを横目に、ハルは牢獄の入り口の鉄格子をみやった。入り口は一つ。出るにしても籠城するにしても、あの扉をどうにかしなければならない。

「あれ、・・・壊せないかな?」

突然のハルの台詞に、エイダンは目を丸くした。

「何言って、・・・直接助けに行く気か?」

「まさか。でも、その時にこの砦がどんな構造になっているかとか、ソーラがどこに囚われているか知っておかなくちゃ。助けるものも助けられない。」

「・・・いや、危険すぎる。奴らは見張りを怠るような荒くれ連中じゃない。」

「あの子は作戦がある事さえ知らない。明後日、急に起こる出来事の中、迷わず逃げ切れるとは思えない。せめて、少し話ができれば!」

「うるせぇぞ。」

その声は、牢獄内からだ。入り口付近で座り込んでいる男性が、いかにも怒っているような口調でくぎを刺してきた。指を縦にして口に当てて、もう片方の手で鉄格子の向こう側を指さしていた。

ハルとエイダンだけでなく、そこにいる全員がすっと気配を消すように静かになった。耳を澄ますと、男たちの声が近づいてくるのが分かった。声がある程度近づくと、別の声の主らと合流し話し出した。内容はわからずとも、どうやら見張りの交代のようで、今度はいくつかの声が遠ざかっていった。残った声の主たちは、しばらく談笑していて、その声はだんだんと小さくなっていった。

「・・・すぐそこに、見張り部屋のようなものがある。」

「そうなんだ。」

「見張り交代の時刻は、大体正午と日の入の間だ。今来た連中は夜の番ということになる。」

「あいつらの動きで時間を計っていたのね。」

「あぁ。もちろんこれも潜入中のものからの情報あってだがな。ここに入ってからは、俺も時間の感覚はわからなくなってきている。」

見張りの交代時間が正確であれば、今はちょうど午後三時くらいということだ。そして、時間を正確に守る奴隷商らの統率のとれた動きから、エイダンの言うように彼らは抜かりなくこの砦を管理しているのだろう。

「昼と夜で見張りを変えているから、途中で眠ったりもしないだろう。一人で見張っているわけでもないしな。」

「でも、奴ら部屋の中にいるんでしょう?見られることなくやり過ごせるんじゃ?」

「無理だ。それができたとして、そのあとはどうする?夜の間、あの見張りたち以外全員眠りについているわけじゃないんだぞ?運よく見張りをやり過ごせた。そんな偶然を何度繰り返せばいい?」

「でも・・・。」

何もできないわけではないはずだ。そう言いたかった。だけど、考えれば考えるほどソーラにたどり着く前に捕まる運命しか見えなかった。

「落ち着け。作戦というのは、入念に考えを巡らし、決行したときに自分が思った通りに動けるようにしておくべきだ。行き当たりばったりで行うのは作戦とは言えない。時間はまだある明後日の朝までにあんたの友人のことを潜入中の同胞に探ってもらい、当日の安全を確保しよう。」

「・・・うん。」

全てを救うという彼らの作戦を甘いといいながらも、自分も同じようなものだ。今の状況でソーラの救出は叶わないのは明白だった。

「気を落としてはいけないよ?」

振り向くと、最初に毛布をくれた老婆がいた。優し気な表情で、ハルをいつくしむように見ている。伸ばされた手がハルの頬に触れると、彼女の体温を感じた。とても冷たく、乾いていて骨ばった筋肉は、痛々しく思えた。

「どんな時も絶望してはいけない。心から屈してはいけない。」

老婆はゆっくりとそう唱えた。そういえばエイダンも同じようなことを、ハルが眠る前に行ってくれたような気がするが、何かのおまじないなのだろうか。

「それって?」

「ルーアンテイルの主長、アルバトロス様がよく言う文句だ。」

エイダンが答えた。

「生きている中で、希望を見出せない時は必ず訪れる。先の見えない道を歩かなければならない日もあるだろう。それでも、絶望の淵に立たされようと、その先に足を踏み入れぬ強い心を持つのだと。自ら絶望へ向かうことが無いよう。揺るがない信念を持てと。そうやって人々を導いてきたんだ。ルーアンテイルに住む者たちは皆あの方のために日々を生きている。あの方が拓いたルーアンテイルという都市が未来永劫続くように、自分とその祖先が幸福に暮らせるように。」

エイダンの言葉に、老婆はその通りだ、というように頷いた。さらに後ろから男性が進み出てきて、

「俺たちは何としてでも帰らなきゃならねぇ。実際、義兵団が助けに来てくれた。あの方は、俺たちを見捨てないでいてくれてる。それだけで俺らは前を向けるんだなぁ。」

声は小さくとも、きっとそのことを大いに話したいのだろう。男の顔は本当にうれしそうで、それにつられて、牢獄にいる者たちみんなが明るく笑いだした。

絶望しない。それがどれだけ難しいことか。先日まで嫌なことがあればすぐに泣いてしまうような自分が、今ようやくか弱い強さを手に入れたのに。それでも折れそうになる心を必死に繋ぎとめているのに。絶望しないことがどれだけ辛いことか。

「あんたも、決して絶望しちゃいけない。」

エイダンが、ハルに無愛想な笑みを見せて言う。

「あんたに生き続ける理由があるなら、友人を助けたいと思うなら、決して挫けてはだめだ。」

だが、その言葉はすとんと腑に落ちた。なぜならこれから、ソーラを助けた後も、自分は果てしなく長い、一歩先も見えない道を進んでいかなければならないのだ。こんなところで躓いている場合ではないのだ。



特に理由はなかったのだが、ハルはエイダンの隣に座っていた。何かと世話を焼いてくれるし、少し話をしてみると、どうやら年も近く、話し方が回りくどいことを除けば気のいい好青年だった。

「まだ俺も義兵団の中じゃ新米のほうだ。こんな大役を任されていいのかと思うほどにな。」

「それでもあなたは受けたのね。すごいと思う。私だったら、命惜しさに是が非でも断ってたと思う。」

「命令だったからな。そこで断ったら義勇兵として失格だ。」

エイダンは苦笑いを浮かべてそう答えた。

命令ということは、やはり軍隊に近い組織なのだろう。

断ることができないのが不憫だと思った。だが彼は己でその道を選んだのだから、むしろそれは失礼にあたるだろう。そして、それは自分自身をも憐れんでいるようなものである。ハルも理由は何であれ、命を賭す仕事をしているのだ。

「あんたは何で傭兵なんてやってるんだ?あんたぐらいの娘がやるような仕事じゃないだろうに。」

「好きでやってるんじゃない、って言ったら少し語弊があるけど、強いて言えば恩を返すためかな。」

「恩?」

「いろいろあって、拾われた先が思ってたより居心地が良かったの。いい人達だったし、他に当てがなかったから。」

「それで傭兵か。恐ろしく強い精神だな。」

エイダンは感心してくれているのだろうが、実際は彼が思ってるほどハルは傭兵が向いているわけではないだろう。ただまぁ、こんな話をすれば誰もがそう思うのは致し方ないだろう。

「貴方が思ってるより見た目通りだと思うよ。か弱い、なんて思いたくないけど、基本的に無力だから。」

そう自虐してみると、エイダンはふっと笑みをこぼした。

「あんたがここに入れられた時のことは忘れもしない。奴隷商に突っかかて行った時の怒声は・・・。」

「ちょっと、それ言わないで。あれは、あいつらに散々されたから、むしゃくしゃしてたの。」

あの時の自分は、自分でもよくわからない感情の高まりがそうさせていたのだ。辱めを受けた屈辱と、奴隷のように扱われたことへの怒りが相まって、普段しないような言動に至ったのだ。もちろん屈辱と怒りだけではなく、今までのストレスとかも混ざっているのかもしれないが、なんにせよ、あれは本当に恥ずかしいとことだった。

「いいじゃないか、別に。女だからって英雄になれないわけじゃない。ここを出れたあかつきにはみんなあんたのことを語り継ぐかもしれないぞ?」

それは、想像するだけで恥ずかしい。ルーアンテイルで自分がそんな風に噂されるなど。実際は、ぼろ一枚で胸もお尻もほとんど丸出しの女が奴隷商に向かって吠えただけだなんて、

「何それ、ダッサ。」

そんな風に女子高生は一括してしまうだろう。

「だっさ?」

「ううん、こっちの話。」

エイダンに向けて言ったわけじゃない。かつて自分が使っていた言葉使いを小声で再現させただけだ。今思えば、学生であった自分は、酷くかっこ悪いように思えた。

「英雄か・・・。私は、ジャンヌみたいにはなれないかな。」

世界史の授業で習ったジャンヌダルクは、人々を率いて戦争を勝利へ導いたという。その年齢は今のハルとたいして変わらないほどだというのに、これだけ差があるというのはどういうわけだろうか。やはり神の啓示とやらそれだけ人を変えてしまうのだろうか。そもそもそれは、信仰心熱い人間に限られた話だろうに。今ハルが、どこの神様ともわからぬ啓示を受けたところで英雄にはなれまい。

「ジャンヌって戦女ジャンヌのことか?」

意外な質問にハルは勢いよくエイダンに振り向いた。

「ジャンヌダルクを知ってるの?」

ハルの問いに、エイダンは少し困ったように首をひねって、

「知ってるというか、昔話というか、ジャンヌダルクっていう女戦士の話は聞いたことがある。」

「女戦士?」

「勇敢なるうら若き乙女、神を信ずるその厚き信仰を以って、人々に希望を与えん。ジャンヌの物語の冒頭だ。乙女は、剣を携え戦いに身を投じていくが、最後は人知れずこの世を去っていった、そんな感じの話だ。少し悲しい物語だが、子供でもよく知るものだろう。」

それは、向こう側で言われているジャンヌダルクとは似ているようで微妙に違うが、少なくとも同じ名前の人間のことを語っている。それは、ハルにとって唐突にめぐり合わせた手掛かりのようなものだった。

「それって本当の話なの?どれくらい昔?」

エイダンはさらに首をひねって、

「さぁ、そこまではわからないな。俺が子供頃から読まれているものだったから。」

と答えた。もともと昔話や物語など、伝聞して伝わっていくのだから、出どころなど探しても出てこないものだ。

それでもハルにとっては、大いに考察が滾る話だった。自分がいた世界とこの世界の接点と呼ぶべきか、その繋がりが見えるかもしれない一つの手掛かりだった。今まで何も見えていなかった暗闇から、一筋の光が伸びる様な感覚をハルは感じたが、状況が状況なだけに素直に喜ぶことはできなかった。

「どうした?考え込んで。」

エイダンに顔を除かれて、どう返事をすればいいか迷ったが、

「うーん。ちょっと、ね。なんでもない。」

そうあやふやに答えることしかできなかった。

「・・・あんたならなれるさ。」

「うん?」

「英雄とまで言わずとも、あんたが望むものに。」

「何のこと?」

エイダンは小さな笑みを浮かべるだけで、それ以上は何も言ってくれなかった。何かを察してくれているのか、あるいは単なるかっこつけなのか。彼が本当に素でこんな正確ならば大変失礼だが、ハルは本当に彼を面倒くさいと思っていた。変な人とは思わないが、クラスにいたらたぶん馬鹿な男子認定していただろう。ただ、今この世界ではそういう格好をつけることが、何の違和感もなく通用してしまうのだ。

「・・・そうね。私は、ならないといけないのよ。たった一人だけでいい。大事な友人を救える英雄に。」

だからだろう。ハルもそんな台詞を吐いてしまったのだ。ださい、だなんて思ったりはしない。心の底からそうなりたいと自分の意志が叫んでいるのだ。偽りも驕りもない。例え片腕を切り落とされても、心臓に剣を突き付けられても、どんな瞬間も前へ歩く道を探り続けようと。

「頼りにしている。あんたのような人がいるだけで、みんなの希望になるはずだ。」

「初めから私のことを英雄に仕立てるつもりだった?」

「さぁな?」

本当に彼は面倒くさいし、くえない男だった。

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