【4】
女性は雨に言葉を遮られ、口を噤んだ。
僕は念願の雨が降ったにも拘らず、ずっと女性の目を見つめていた。
「・・・泣いているのですか」
しびれを切らしたのか、女性が切り出した。
「泣いてなんかいませんよ」
「世界が悲しんでいますよ。死ななくてよいのですか」
「ええ、死にますとも」
僕はもう一度縁に上った。空一面が悲しんでいる。晴れる気配など微塵もない。
「そうだ」
空を眺めながら女性に話しかけた。
「もし死後の世界があるとするのなら、僕が証明してみせましょう」
「・・・どういうことですか」
「今から飛び降ります。死んだ後、もし幽霊になれたら、あなたの目の前に現れて見せましょう。現れなかったとしたら、死後の世界なんて無かったということだ。あなたの信じる死後の世界なんてね」
「私は幽霊を見たことがありません。もし、あなたが幽霊になれていたとしても、見えていなかったら意味がありません」
「だったら、飛び降りればいい。自分で確かめればいい話でしょう。幽霊になれるのかどうか」
「・・・勝手な人ですね」
言いたいことを言い切ったので、目を閉じ、天を仰いだ。顔に当たる冷たい雨粒が、死のうとしている僕を清めるように、身体を伝って流れていく。
心はこれまでにないくらい澄み切っていた。僕は、ようやく選べるのだ。
何も選べない人生だった。何もかも選べなかった。そんな僕が、ようやく選べたのだ。自分自身の死に方を—————。
「もし、あなたの言う通り、空に感情があるのだとしたら———」
女性の声が聴こえる。
「あなたが産まれた日に降った雨は、きっと——————」
僕は一歩、踏み出した。
身体が雨粒を置き去りにして落ちていく。風を感じる暇もなく、僕の身体は吸い込まれるように、地面に———————。
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