【2】

 どうして、自殺をするんですか?

 もし、そう質問されたとしたら、「人生に絶望したからです」と答えるだろう。

 実にシンプルな理由だ。その理由は?と質問されたら、「そんなのありすぎていちいち答えてられるか」と怒鳴りつけるだろう。

 無論、僕にそんな質問をする人間などいない。だからこうして孤独にビルの屋上へと向かっているのだ。

 一度下調べに来ていたので、勝手は分かっている。エレベーターで上がれるところまで上がったら、非常階段の方から屋上へ向かうのだ。警備員の類はいないし、立ち入り禁止のチェーンもかかっていない。分厚い金属の扉には鍵が掛かっておらず、すんなりと辿り着くことができる。もっとちゃんとした方がいいんじゃないかと、こっちが心配になるレベルのセキュリティの甘さだ。

 この前来た時と全く同じルートで屋上に辿り着くと、ギイイと軋む扉を押し開けた。ふわりと湿っぽい風が顔を撫ぜ、雨の降りしきる屋上が僕を出迎える。

 濡れるのを躊躇わずに一歩踏み出すと、煙草の吸殻を踏んでいた。もしかしたら、こっそりと喫煙をしている者がいるから、こんなにもセキュリティがザルなのだろうか。

 どうして飛び降り自殺を選んだのか。それはこのビルから飛び降りる為だ。

 どうしてこのビルで飛び降り自殺をしなければならないのか。それは僕の行動範囲で空に一番近い場所だからだ。

 どうして空に一番近い場所を選んだのか。それは僕の死を世界に見せつけてやる為だ。

 ちょっと支離滅裂だろうか。自戒しながら雨に濡れた。

 死ぬのならいくらでも方法はある。できれば、これ以上痛みを感じたくないし、苦しいのは嫌だ。楽に死にたい。

 でも、飛び降り自殺だって死ぬのは一瞬だろうし、痛みを感じる暇もないだろうから、楽な死に方だろう。

 空に一番近い場所となると、世界で一番高い山の上で死ぬのが正しいのだろうが、そんなところへ行く方法もお金もない。それどころか、日本で一番高い建物に行くことすら僕には叶わない。だから手っ取り早く、住んでいる街で一番高い建物を選んだ。

 どうして空が世界なのか。それは・・・僕にとっての世界とは空だからだ。

 だから、空に一番近い場所から飛び降りて、世界に僕の死を見せつけてやるんだ。当てつけか、と言われれば、「そうだ、文句あるか」と答えるだろう。

 いや、正確には当てつけではないかもしれない。だって、僕は空に同情を求めているのだから。

 僕は世界に悲しんでほしかったから、雨の降る日を選んで死ぬことにしたのだ。

 恐らく、僕が死んで悲しむ人間なんてこの世界には一人もいない。むしろ笑いのタネになるくらいだ。アイツ、死んだんだってよ。そう言って鼻で笑うくらいの影響しか与えないだろう。いや、そんな影響すら与えないかもしれない。

 先週、飛び降りる為にここへ来た時、空は腹立たしいほどに晴れていた。それはそれは憎たらしいほど澄み切った青空だった。

 あまりにも腹が立った僕は、飛び降りないことにした。僕が死んだ日に世界が嬉しがっているなんて、絶対に認めない。認めてなるものか。

 その日は下調べの為に来たということにして、寝床に帰った。それから窓の外を眺め続け、雨の日を待った。

 そして今日、ようやく雨が降り、世界が悲しんだ。待ちに待った、念願の空が広がった。死ぬ日が来たのだ。

 さあ、死のうじゃないか。

 ずぶ濡れになりながら、死に場所を目指した。あちこちに這いまわる配管を跨ぎながら、ごうごうと唸る機械の森を抜けると、そこには———————。


 ———————先客がいた。

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