第38話 敵が味方、逆もまた然り ⑨
「おまえ、マジで怪我大丈夫なのか?」
尻尾を切り落としながら、織斗が視線を送る。
飛び回る織斗や咲とは対照的に、広は刀を振るだけでその場から動かなかった。
「問題ないと言っただろう。それより、うちの家臣の愚行ですまないな」
「それは仕方な……くはないな。それより広、当主演技せず普通に喋っていいぞ」
「これが普通だが? 凡人にはわからぬ言語とでもいうか?」
「喋り方面白いことになって……もしかして寝起き?」
「数刻前まで病院にいたんだ、目覚めたばかりで当然だろう……我は目覚めた」
「あー、なるほど……うん、懐かしい」
面倒くさそうに頭をかく織斗。
ポケットに隠れていた姫未が顔を出し、首を傾げる。
「何がなるほどなの?」
「うわっ、姫未、びっくりさせんなよ。あー、広な、寝起き酷いんだよ」
「寝起きが酷い? なかなか目が覚めないってこと?」
「ある意味それよりたちが悪い……いや、恥ずかしいな」
「恥ずかしい?」
「うん、広が」
尻尾が飛んだきたので会話を中断し、織斗は再びトランプを投げる。
姫未はポケットに隠れたまま、辺りを見渡した。
刀を振って尻尾を切り落としていく広、その少し離れたところに飛び回る咲の姿。
「あやめちゃんも言ってた。私が屋敷にいたときに、寝てる広には近寄るなって……」
咲がチラリと広を振り返る。
変わった様子はなく、夢現というわけでもない。
術の発動もしっかりしている。
「ごめんね、広。傷口大丈夫?」
声をかけると、顔をあげた広がにこやかに微笑んだ。
目が笑っていない、作り笑顔を貼り付けた表情。
「愚問だな、神の娘よ。俺を誰だと思っている? 緋真の当主、謂わば世界の王だぞ?」
「…………?」
しかしその時の表情、声色によって、咲は彼がいつもの緋真広ではない可能性に気がついた。
広が言葉を続ける。
「雑魚が随分と気張ったようだが、チリが積もったとて所詮ゴミの集まり、山にはなり得ない」
「? 広、なに言ってるの?」
「だがしかし、俺がきたからにはもう安心だ。見ていろ愚民ども、選ばれし血を受け継ぐ緋真一族の秘められた能力、その当主である我が力を見せてやる」
「……なに言ってるの?」
「おまえ、糸を操る術を持っているな?」
「え? あ、はい」
「俺の刀に糸を絡めろ」
「え?」
「あの太い尻尾、俺がまず一本切り捨てる。その後、おまえは糸を操り、二本目を切り落とせ」
「ちょっと待って、そんなに簡単に切り落とせないよ。織斗くんやあやめちゃんが散々戦って……」
「一般人類、平民愚民どもと俺を同等にするな」
「いや、広が強いのは知ってるけど……なに言ってるの?」
「刃の強度は上げておく。行くぞ、まずは一本」
広の声とともに、日本刀から稲妻が迸った。
ビリビリと音を立てるそれを、広は遼馬に向かって放り投げる。
「えぇー、いきなり過ぎるんだけど」
しかし言い返す間も無く、咲は日本刀に糸を絡めた。
勢いをつけて遼馬へ向かう漆黒の日本刀。細い尻尾が日本刀に群がるが、全て弾き飛ばされて消滅した。
遼馬は太い尻尾で対抗しようとしたが、日本刀は稲妻の勢いを増し尻尾に突き刺さった。
ピリッと激しい音がして、太い尻尾が地面に崩れ落ちる。
「うそっ、そんな簡単に……」
「刃の向きを変えろ、二本目を落とす」
「ええっ? えーっと……」
指をくるくると動かし、残り一本となった太い尻尾に刃の面を向ける。咲の隣では、新たなトランプカードを取り出した広がそれを日本刀の方へと投げつけた。
小さな竜巻のような風が起こり、日本刀が尻尾に降りかかる。
パスンっと、小切れの良い音がして、太い尻尾が切り落とされた。
地面に落ちた尻尾が蠢くが、しばらくして力が弱まり動かなくなってしまった。
尻尾は傷口から粒子に変わっていき、やがて消滅した。
「切り落とせた……あんなに苦労したのに、一瞬で」
茫然と立ちすくむ咲。チラッと横目を向けると、新しい刀を構えたまま正面に向く広の姿があった。
その視線の先には、頭を抱えてうずくまる遼馬。
「助太刀ご苦労」
ポンっと、咲の頭に広の手が乗った。
咲は呆然と、広を見上げる。
「うちの家臣が面倒をかけたな。ここから緋真の問題だ」
手のひらを外し、両手で日本刀を構える広。
しかし背後から近づいてきた足音に、広は一旦手を下ろした。
「どうした、あやめ」
遼馬の方を向いたまま、顔を確認してもいないのに広が言った。
手の触れる距離まで近づいていたあやめはちらっと咲を一瞥し、広に向き直る。
「当主様、お話があります」
「悪いが後にしてくれ。お前だって、本来なら動けぬほどの傷を負っている……負傷者だ!」
「負傷者は普通の言葉ですよ、言い換えるまでもありません。とりあえず、こちらを向いてください」
「無用だ、お前の手助けはいらない。……ここは俺に任せて、お前たちは先に行け」
「なにかっこいい台詞言おうとしてるんですか。目を覚ましてください、当主様」
あやめは広の腕を引っ張り、無理やり自分の方へと顔を向けさせる。
ようやく、顔と顔が見つめ合えたところで、あやめが右手を大きく振り上げた。
パァンっと盛大な音が園内に響く。
「…………」
間近にいた咲、そして離れた場所にいた織斗と結奈も、その状況に唖然として言葉を失った。
振り上げられたあやめの右手が、広の頬を叩いたのだ。勢いをつけて盛大に、顔の向きが変わり足がふらついてしまうほど強く。
「おはようございます、当主様」
腕を下ろしたあやめがいう。
惚けていた広が正面に向き直り、漆黒の瞳の中にあやめの姿を映し出した。
「あやめ?」
「はい」
「今って、朝?」
「朝ではありませんが、お目覚めの時間です」
「…………」
無表情のまま、広は辺りを見渡す。
自分を見つめるたくさんの視線、織斗、結奈、そしてすぐ近くに咲。
公園の奥、樹林の中で蹲って動かない遼馬。
「……っ」
一瞬で現状を理解した広は、僅かに後ずさった。
病院からここまで来た時の記憶が、走馬灯のように脳内再生される。
「広?」
心配そうに首を傾げる咲の目を直視することがきず、顔を背ける広。
あやめが二人の間に割って入る。
「大丈夫です、それほどの醜態は晒していません」
「醜態?」
「咲さんには私から説明しておきます」
あやめに手を引かれ、咲は公園の隅へ避難する。
「あやめちゃん、どういう事?」
「当主様、寝起きが酷いんです」
「前に言ってたね、あやめちゃんじゃないと起こせないって」
「こう、右手の親指を立てて、他の指は十五度にそらす。そして人差し指の付け根で頬の骨に当たる角度で打つんです。力加減は、壊れた家電を叩くようなイメージで」
「え、なに? えっ?」
「当主様、起き掛けは言動が厨二っぽくなるんです。寝ぼけてるから無意識なんでしょうけど。格好の良さげな言葉使ってみたり、偉そうにしたり。屋敷でも、私が起こし方を開発するまでは傍若無人に振る舞って痛々しかったです」
「厨二、っぽく……」
その言葉が意味するものと、先程の広の態度を照らし合わせる。
「確かに、いつもの広じゃないみたいだったけど……でも、緋真当主の演技してる時はいつもあんな感じじゃない?」
「あれもどうかとは思いますが、当主様なりの演技です。寝起きの当主様のそれは素だし何より、あんなものじゃない。今日は昼寝から目覚めただけだから、まだマシな方です」
「……そうなんだ」
ちらっと後ろを振り返ると、目元を押さえる広に織斗が駆け寄っているところだった。
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