第37話 敵が味方、逆もまた然り ⑧
水柱に乗って織斗の前に着地した咲は、勢いそのまま遼馬に駆け寄った。
近づけるギリギリのところまで距離を詰める。
「織斗くん、簡単なのでいいから刀を作って! 尻尾を切り落とす」
「切り落とすって、それは意味ないってさっき……」
「いいから、早くっ」
咲にしては珍しい大声に、織斗は慌ててトランプを放り投げた。
「解印!」
織斗が印を唱えるのと、咲が糸の繋がった針をトランプに突き刺すのが同時だった。
鋭い刃に変化したトランプを、咲は糸を使って巧みに操る。
細い尻尾は簡単に切り落とせたがやはり、太い糸は僅かな傷が入るだけで切れそうにない。
糸を操ったまま、咲は再度声を張り上げる。
「織斗くん、もう一回! 次はカードの術力を強めて!」
「術力を強める?」
「ダイヤの硬化威力を強めるってことよ!」
胸ポケットに隠れていた姫未がピョコッと顔を出す。
織斗は完全に理解していないながらもカードを放り投げ、硬化威力を強めるイメージを浮かべた。
「解印!」
織斗の声と共に、糸に絡まる刀が重みを増して落下する。
太い尻尾は反りの方にぶつかって刀を弾こうとしたが、咲が刀の向きを変えたことで刃が突き刺さった。
切先がグググっと、太い尻尾にめり込んでいく。
『グッ』と、遼馬が微かに呻き声を漏らした。
大きな音を立て、太い尻尾の先端が地面に落ちる。
突き刺した刀、尻尾の切れ目からは大量の血飛沫が噴き上がっていた。
「切れた! 再生しない!」
咲が歓喜の声をあげると同時、突風が起こった。
後ろに吹き飛ばされた咲の体を、織斗が支える。
「太い尻尾が本体と繋がってるってことか! よくわかったな、咲!」
「あはは、一か八かだったけど……」
「よし、この勢いで他の二本も切り落とす!」
「いやー、それはどうかな?」
苦笑いを浮かべる咲。織斗が首を傾げると、咲が遼馬を指さした。
俯いていた遼馬が顔を上げる。彼の周囲には小さな竜巻が起こっていた。
角膜が青く染まった瞳で、織斗の方を睨む。
「ごめん、失敗したかも」
「逆に怒らせちゃったわね」
困ったように首を傾げる咲と、ため息混じりにいう姫未。
ビュンと竜巻が織斗たちを襲う。二手に別れて避けると、遼馬はやはり織斗の方へ向いた。
「でも、術を使い始めたってことはちょっとは進展したんじゃない?」
「進展ってなんだよ、日本語の使い方間違ってるだろ!」
「あはっ、織斗に日本語指摘されちゃった。あやめちゃんとどっちがヤバい感じ?」
「ふざけんなって、いま! マジで!」
ケラケラと笑う姫未だが、織斗に怒鳴られて再びポケットの中に身を隠した。
「つーか姫未、おまえ邪魔だからどこか行ってろよ」
「えー、ポケットの中なら大丈夫でしょ?」
「違和感あるし、何よりうるさい」
「じゃあ静かにしてまーす」
指で口元にバッテンを作り身を縮める姫未。織斗は姫未を追い出すことを諦めて、遼馬を見た。
ニタニタと笑みを浮かべる顔は生気がなく、人間らしさはなかった。
ひゅっと尻尾が織斗に向かってくる。
ダイヤのカードを翳す織斗だが、尻尾は頭上を通って背後に飛んだ。
「……え?」
振り返る織斗。尻尾の先端はあやめの腕に絡みつき、引っ張り上げようとしていた。
「ちょ……なんでそっちに」
カードを刃に変えて尻尾を切り落とすが、上空に持ち上げられていたあやめの体は、尻尾が切れた反動で吹き飛ばされフェンスにぶつかった。
「わ、ごめん! 俺がいきなり尻尾切ったから! 大丈夫か?」
「大丈夫、です。それより咲さんを……」
織斗は正面に向き直り、遼馬に目を向ける。
細い尻尾を切り落としていく咲だが、一瞬の隙を見せた途端に手足を掴まれてしまった。
「あ、やば……織斗くん、ごめーん」
「ごめんじゃなくて……すぐ助ける!」
咲の両手足には細い尻尾が絡み付いている。
太い方の尻尾が天を仰ぎ、身動きできない咲を叩き潰そうとしていた。
「えっと、まずは細い方を切り落として……」
「判断が遅い。退いてろ、雑魚」
もたもたとカードケースをいじる織斗の横を、聞き覚えのある声が通り抜けた。
顔を上げると、よく知った背中が遼馬と咲の方へと走って……いや、飛び上がっていった。
彼の手には炎を纏った日本刀、織斗もよく知ってる、緋真当主が作る……
「ひ……広!」
織斗の声に広は振り返ることなく、日本刀を振りかざす。
スパンっと切れの良い音がして、咲に絡みついていた尻尾が千切れる。
文字通りバラバラに、空に散らばった尻尾の肉片は炎を纏って宙を舞い、やがて燃え尽きて灰となった。
「当主様、どうして……」
「広、おまえ怪我……病院は?」
困惑する織斗とあやめ。
咲を抱えて着地した広は、日本刀を肩に担いで振り返った。
「どうして? 怪我? 愚問だな」
ふっと笑みを浮かべる広。
その様子、喋り方に、あやめは僅かに眉をひそめた。
「この状況で人の心配している場合じゃないだろう、神木の当主」
「いや、だっておまえ、救急車で運ばれて意識も戻ってないって……」
「あ、意識が戻ってないってか、寝てただけみたいだよ」
咲が口を挟んで説明する。遠くで話を聞いていたあやめは「寝てた……」と声を漏らし、唇を噛んだ。
と、その時、公園の出入り口に人影が現れた。
出入り口から一番近いところにいたあやめはその人物の姿を確認し、ジッと睨みを利かせる。
「当主様のことをお任せしていたはずですが。あなた、こんなところで何してるんですか?」
ブラックを肩に乗せ、公園に入ってきた結奈はビクッと肩を震わせ、苦笑いであやめから目を逸らす。
「いゃー、私だって広くんには安静にして欲しかったよ? (せっかく二人きりで、しかも看病っていう彼女ポジで安全な場合に避難できてたのに!)」
「心の声、漏れてますよ」
「え、あ? え?」
「眠っている当主様に触れるな、何人たりとも起こしてはならないと私、あなたにいいましたよね?」
「言われました、ね」
「それでは、うちの当主様はなぜここへ?」
「いや、えっと……連れてきたのは私だけど指示したのは……」
「ごめん、あやめちゃん! 私がお願いしたの」
遠くから咲が声を張り上げる。
「参戦する前にブラックに伝えてたの。『私が仮面を外したら戦況が絶望的ってことだから、そしたら結奈ちゃんに連絡して広を連れて来て』って」
「どうして、そんな……」
「見る限り大丈夫そうだったし、この中で一番強いのは広だし」
「大丈夫って、医者でもないのになぜそんなこと……」
「私の育ての親、医者だって話したよね?」
「……しましたね。なるほど」
ふに落ちないが、あやめは無理矢理自分を納得させることにした。
いや確かに、容態は悪くないことはわかっていた。刺された脇腹は傷が浅く、出血量も気にするほどではなかった。
何より咲の言う通り、自分たちだけではこの状況を片付ける事は無理だっただろう。
そのことに関しては許容範囲だが、あやめの杞憂は別の場所にあった。
「あなたが、当主様を起こしたんですか?」
チラッと結奈を見上げる、睨みつけるような、呆れたようなあやめの視線。
結奈は再び肩を震わせる。
「起こした……うん、起こした」
「あなた、気づいてますよね?」
「……広くんの寝起きが酷い事はお兄ちゃんから聞いてたの。なかなか起きれない低血圧系かなーと思ってたんだけど……」
「今日の事は忘れてください。今まで見た事も、これから起きる事も」
諭すように言われ、結奈は目を逸らして頷いた。
「広くん、ほんと……寝起き酷いね」
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