第25話 十五の嘘 ⑨
*
「すごいな、どうやったら一日でそんな仲良くなれんの?」
午後四時半、学校から帰ってきた広が笑いながら言った。
洗濯物を取り込んでくると中庭に向かうあやめについて行こうとした咲だが、目配せされて部屋に残った。
バタバタとあやめが出て行ったところで、広が椅子に座って咲を見上げる。
「家出二日目、気分はどう?」
「……言い方が、嫌味」
「口が悪いからな、俺は」
ニコニコと微笑む広。揶揄われていることがわかった咲は、肩の力を抜いて軽く微笑んだ。
「時間を忘れるくらい楽しかった……けど、広が帰って来ると、現実に戻されるね」
「それは悪かった、様子が気になって早めに帰宅したんだけど」
「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて……あの人は、何か言ってた?」
「あの人……」
反芻した広の言葉に、咲は顔を背ける。
追求はせず、広は話を続けた。
「心配してたから、心配するなって返しておいた」
「……それで?」
「……今日はそれだけ、今日は」
「そっか、ありがとう……」
無理に笑顔を作ろうとする咲を、広は頬杖をついて見つめていた。
どんな言葉を告げたら、咲は納得するだろう。引き離されたことによって、この双子は互いにどう動くだろう。
悪いことにはならない予感が、広にはあった。
なんだかんだいっても互いを求めて繋がっている、双子の兄妹なのだ。
「時間あるんだから考えたらいいよ。これからどうしたいか」
「……うん」
「でもあやめがいるな。一人の時間欲しいなら、明日は学校行かせようか?」
「えっ? いや、大丈夫! あやめちゃんがいるほうが楽しい……学校に、行かせる?」
「不登校、ってわけではないけど、週一しか学校行ってないから、あいつ」
「どうして……」
広は答えなかった。咲のほうもすぐに、深く追求しすぎたと思って口を噤む。
やがて広が、微笑んで言った。
「だからありがとう、あやめと仲良くしてくれて」
「それは……私のほうがありがとうだよ。私は完全な不登校で友達できる環境じゃなかったから、こうして同世代の子と話できて、楽しくて……」
言いながら、咲は当時の状況を振り返った。
神木から逃げ出したところを育ての家に拾われた。人との触れ合いを拒否し、家族以外とは会話もしなかった。
同世代の友達なんか、できるはずがない。
「楽しかった、私。友達とおしゃべりすることがこんなに楽しいなんて知らなくて……学校行ってたら、友達できてたのかな」
「……あのさ、咲」
「戻りました」
広の言葉は、部屋に戻ってきたあやめに遮られた。
瞬時に空気を読んだあやめが、広と咲を交互に見やる。
「……もしかして私、タイミング間違えました?」
「大丈夫! 大丈夫だよ、あやめちゃん」
出て行こうとするあやめの腕を、咲が掴む。
「何が大丈夫なんですか? 告白タイムはもう終わったということですか? どうなりました?」
「ち、違う! 違うから、変なこと言わないでっ!」
変な誤解をされたら困ると、必死になってあやめの口元を押さえる咲。
広は会話の内容がうまく聞き取れず、じゃれあう咲とあやめを穏やかな表情で見守った。
*
夕飯は離れの中で作ることになった。食材を調達してくるからと、広とあやめの二人は本棟にある食堂に向う。
食糧庫からカレー粉と玉ねぎ、人参に牛肉、そして大量のじゃがいもを手に入れて離れへ戻る。
「咲とうまくやれてる?」
途中の廊下で、広が言った。歩みを止めないまま、一歩後ろにいたあやめは首を傾げる。
「問題は起きてないです」
「順調、と捉えていいかな?」
「構いません。もっと言えば、ありがとうございます」
「ありがとう?」
「……楽しかったです、今日」
あやめがふいっと、恥ずかしそうに顔を背ける。
今まで見たことのない可愛い仕草に、広は失笑した。
「何も面白くはありません」
「あ、ごめん」
「……あの部屋で一緒にご飯食べるの、初めてですね」
「確かに、そうだな」
「咲さん待ってますよね、急ぎましょう……ごめんなさい、前を歩いてました」
振り返ったあやめが後退り、広の一歩後ろの位置に戻る。
俯いたまま、恥ずかしそうに。
「楽しみだな」
広の言葉に、あやめは小さく頷いた。
緋真では食堂に料理担当の者がいて、広とあやめは普段そこで食事する。
つまり、料理をしたことがない。
その二人が、手際よくカレーを作るなんて不可能だった。
日本刀を武器にしているにも関わらず、包丁の握り方がおかしい広。刃が指を切り落とす直前で、咲が包丁を取り上げた。「普段は動いてる物しか斬らないから」と、不可解な冗談(であって欲しい)まで口にする始末。
あやめに至っては皮がついたままの玉ねぎを半分に切り、それをそのまま鍋に放り込むという大雑把っぷり。「玉ねぎは全て皮で出来てるから、剥いてしまうと無になるんですよ」とギャグを交えたあやめの発言。
無理だ、危険すぎると判断した咲が二人に米を洗うように指示したが、「米を洗う?」と疑問符で返された。
カレーを作る会がなぜか料理教室に代わり、完成する頃には午後八時を回っていた。
「今日は夜、戦わないの?」
ローテーブルを囲む三人。
咲の言葉に、広とあやめは目を合わせる。
「今日はナシにした、さすがに」
「神木の当主さん、余計なこと言いそうですしね。咲は元気か、いつ帰ってくるんだ、とか」
「あり得るな、それ。咲がここにいる間は戦闘やめておこうかなぁ」
両手を合わせてカレーとサラダを食べ始める。
広の箸の持ち方、食事の仕方がとても綺麗で、見惚れてしまった咲の皿は減りが遅かった。
「食欲ない?」
広の言葉にハッとし、咲は慌ててスプーンを口に運ぶ。
「ごめん、ボーッとしてて」
「食べないともったいないですよ、こんなに美味しいのに……おかわりしていいですか?」
「あ、俺も」
そう言いながら、広とあやめは一杯目と同じ量を持って戻ってくる。
「二人ともよく食べるね……細いのに」
「俺にとって『細い』は褒め言葉じゃないな」
「遺伝ですよね、緋真はもやし男子率が高い」
「あやめ……」
「私は食事に興味ないので、普段はあまり食べないですけど。遺伝といえば咲さん、眠っている当主様には近寄らないでください」
「眠ってる広に?」
「一人で起きれないくせに、寝起きがすごく酷いので」
「ちょ、あやめ。いまその話ししなくても」
「私も朝は苦手ですが、当主様の寝起きは悶え死ぬ酷さです」
「悶え死ぬ?」
「はい、当主様が」
「あやめ、いまその話、する必要あるかな?」
「……とりあえず、当主様を起こすのは私の仕事なので、任せてください」
「あやめちゃんは大丈夫なの?」
「最初は苦労したけど、最近は普通に起きてくれるようになりました」
「へぇ……どうしてあやめちゃんが?」
咲の言葉に、あやめは広に目配する。
「だから言っただろ」
広はため息をつき、空になった皿を持って立ち上がった。
「あやめ、後片付け当番な。流しに置いとくから」
「……酷いです、私が下っ端だと思って。職権濫用です」
「墓穴掘ったのはそっちだろ」
がやがやとそんなやり取りを交わす広とあやめ。
そのせいで、咲の質問ははぐらかされてしまった。
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