転生するキャラしくじったかな?

咲倉 未来

《悪役令嬢断罪パーティーへ今から乗り込もうと思います》

 この扉の向こうでは、学園の卒業パーティーが催されている。


 男爵令嬢ローズが、彼女に懸想した第一王子のルチル、宰相の息子リビアン、伯爵令息ジャスパー、騎士で王子の側近を務めるユーディア、そして教師のアゼツを取り巻きに従えて。



 第一王子の婚約者にしてブラッド公爵令嬢のルビーは、今日のエスコートを断られたためひとりで入場するしかない。


 ルチルとローズとその取り巻きたちは、特別見渡しのよい場所でルビーを待ち構えているのだろう。


 そんなことすら容易に想像できてしまう。



「まったく、どうしてそんな意地の悪いことをしようと思えるのかしら?」



 深いため息をついたあと、控えていたドアマンに扉を開けるように指示する。



 開け放たれた扉に、会場中の視線が一斉に向けられた。



 その中を、余裕の笑みでゆるりと進む。



 やはり見渡しの良い場所に集まっていた王子の一団の前まで歩いていき、持っていた扇子を開いて優雅に微笑んだ。


「お前……」


 驚くルチルと、腕を組んだまま目を見開くローズに視線を合わせると、満面の笑みを向けてやった。


「ごきげんよう。みなさま」


 ルチルとローズの後ろには、リビアン、ジャスパー、ユーディア、アゼツが立っている。


(この方々、自分の婚約者のエスコートはどうしたのかしら?)


 ローズのエスコートは一人で足りる。

 ルチルがパートナーを務めるのなら他は不要なので、自らの婚約者をエスコートしなさいよと思わずにはいられない。


 気付けば目を細めて侮蔑の視線を投げつけていた。


(アゼツ先生も、彼らの行動を諫めていただかないと困りますわ)


 最後に視線を合わせアゼツには特別がっかりしたので、湧いた嫌悪感にすぐさま目をそらした。


「一体なにしに来たんだ、エレス。今日は卒業生が参加するパーティーだ。お前は関係ないだろう?」


「ええ、お兄様。ですが気になる話を耳にしましたので、私も会場に来ることになりましたのよ?」



 第一王女のエレスは兄とその取り巻きの愚行を諫めるために、卒業パーティーに乗り込んできたのである。



「ただの卒業パーティーのはずだが?」


 すっとぼける兄に、エレスは非常に残念な顔をして首を横に振った。


「お兄様。ローズさんの振る舞いは、一学年下の私のところにまで広まっています。そして今日、お兄様がルビー様に婚約破棄を突きつけるという計画すら噂になっていましたのよ?」


「――だからどうした?そもそもルビーの振る舞いが私の妃に相応しくないと証明されたが故の結末だ。なるほど、今お前がここにきてルビーがいないということは、事実を認めて逃げたということだろう」


 どこまでも自分本位で自らの行いを正義だと思い込むルチルの発言に、エレスは落胆する。


「まったく。せっかくルビーと婚約破棄し、改めてローズに愛を誓おうと思っていたのに台無しだな」


 ルチルが取り巻きに同意を求めれば、彼らは軽く笑いながら頷いた。


(なんて感じの悪い雰囲気なのかしら。それもこれもローズさんが手当たり次第に彼らを篭絡したせいね)


 エレスは、この不愉快極まりない集団を解体すべくここに来たのだ。

 持っていた扇子をぱちんと閉じると、反対の手に叩きつけながら戦闘態勢を露わにした。


「お兄様。卒業パーティーで婚約破棄を宣言せずとも、愛を証明する方法などいくらでもありますよね。それに婚約は王家と公爵家の約束ごと。大衆の面前で処理するものではございません」


「お前のような子供には分かるまい。真実の愛を証明するためには必要なことだ」


 腕にぶら下げたローズを愛おし気に見つめるルチルに、エレスの顔がビシッと固まった。


(学年が一つしか違いませんのに子ども扱いですか。そうですか)


 盲目にも程がある。エレスのこめかみに青筋がたち、握っていた扇子の柄がミシリと音を立てた。


「では、ローズさんはお兄様の真実の愛に応える、ということでよろしいでしょうか?」


 急に名前を呼ばれたローズが、勢いよくエレスに向き直る。


「ええっと、それは」


「だって、お兄様はあなたに結婚を申し込むために婚約破棄をしようとしたのでしょう?あ、もしかして、その後ろの方々のどなたかと将来を誓い合っていましたか?」


 先ほどまで仲間意識満載で結託していた集団に、ブリザードが吹き荒れる。


「そ、そのような方は、――いませんわ」


「なら、方々は今すぐに婚約者のところに行ってエスコートをなさいまし!」


 エレスが大きな声で命令すれば、統率を失った取り巻きは周囲を見渡して自らの婚約者の居場所を探る。

 すぐに悲しそうな悔しそうな視線を向けるパートナーを見つけて、ひとり、またひとりと断りを入れてその場を去った。


 エレスの目の前には、兄のルチルにローズ、そして教師のアゼツが残るだけである。


「さて、お兄様。実は今回の件についてブラッド公爵が大変怒り心頭で王家と公爵家のあいだで揉めておりますの」


 当たり前だが手塩にかけて育てた愛娘が公衆の面前で断罪される計画があったのだ。

 実行犯に婚約者の王子と格下の貴族が参加しているとなれば、公爵家として相応の対応をせざるをえない。


「だから、そうされても仕方のない理由がある。学園中から嘆願書が出ているからな」


 アゼツが差し出した紙の束を受け取り、エレスは中身を改める。


「――どれもこれも匿名ではありませんか。これでは証拠としての信憑性を疑われます」


「エレス殿下、ブラッド公爵のご令嬢を非難するのですから、匿名でなければ皆は真実を語れないでしょう」


「では、こちらの内容の保証はアゼツ先生が責任を担っていただける、ということでよろしいですね」


「――そういう、話ではなくてですね」


「真実ならば問題ないでしょう。それとも信ずるに値しないと認められますか?」


 エレスの直球な問いかけに言い淀んだアゼツは、責任を持つ気が無いのだとすぐに分かった。


「そうそう王家とブラッド公爵家の婚約ですが、この卒業パーティーが始まる前に既に破棄いたしました。ですので、やはりこちらは不要ですわ」


「待て!ルビーとの婚約が解消されているだと?そんな話は聞いていない」


「今お伝えしました。それとルビー様は私の代わりにクオーレ国へ嫁ぐことになりましたの。その条件でならとブラッド公爵も溜飲を下げてくださいましたわ」


「なにを勝手な!私の計画が台無しではないか!」


「国の計画を台無しにしようとしたお兄様にだけは、言われたくはないと思いますよ!」


 国家を揺るがす事態を未然に防ぎ、エレスの嫁ぎ先を犠牲にしただけで全てが破綻せずに済んだのだ。これ以上ない平和的解決ではないか。






 腕を組みふんぞり返ったエレスは、愚兄ルチルを思いっきり睨みつける。

 その横で当惑したローズは、内心焦っていた。


(どうしよう!ヒロインに転生したから夢の逆ハーエンドを頑張って達成したのに、ゲーム終了間際で想定外のことが起きちゃった!)


 ローズは前世で不慮の事故に合い絶命した。そして目覚めると創世者様と名乗る神様みたいな人に転生先を促されたのだ。

 ローズは迷わず大好きだった乙女ゲーム『World of Crystalクリスタル Heartハート』のヒロイン転生を希望した。

 念願叶って生まれ変わったこの世界を堪能していただけなのに。


(でも、結果的にルチル殿下と結ばれてハッピーエンドだし、このまま乗っかるのが正解かしら?)


 どうせならばと逆ハーレムエンドを達成したのだが、これって普通に五股なのだ。

 婚約や結婚といった現実と向き合えば、ローズが身を置く状況は非常に危険となる。


「わたし、ルビー様とのことは水に流しますわ。過去の出来事よりもルチル殿下と共に歩む未来が大切ですから」


「ローズ……!君は本当に心が清らかだね」


 涙ぐみローズの手を取るルチルに、同意の意思を込めて大きく頷いた。

 後ろから恐ろしい冷気を感じないではなかったが、アゼツがどんなに努力しても王子であるルチルに対抗できる権力はない。


ルビー様を断罪イベントクリアできなかったのは残念だし、エレス殿下が乱入してきたのはビックリしたけど、自分のハッピーエンドが一番大事よね)


 無難なゴールを決めるべく、ローズはルチルに熱い視線を送り周囲へ遠慮なく見せつけた。





 すっかり二人の世界が出来上がってしまい、エレスはあきれ果てて言葉を失った。

 言うべきことは伝えたのだからと卒業パーティーの会場を立ち去ったのだった。



 ◆◇◆◇


 学園卒業後、第一王子ルチルと男爵令嬢ローズとの婚約は見送られ続けていた。


 表向きはローズが妃教育を終えて準備が整ったあと、婚約を結ぶ手順に従っているとされていた。

 が、本当のところはブラッド公爵とのほとぼりが冷めるのを待っているだけである。



 ただ、妃教育が一年半を過ぎた現在、別の問題が発生していた。



「あ~ん。こんなにたくさん覚えるなんて、できっこないわよ!」


「ローズさん、姿勢を正してくださいませ」


 ローズの悪態に、同席していたエレスは注意を促す。


「だって、だって。休憩が終わったら、また授業がたくさんあるのよ。少しくらい休ませてよ」


「姿勢を正してお茶とお菓子を頂くだけでも、十分に休憩できますよ」


 出だしから躓きっぱなしの妃教育は、すでに何人も教育係が変わっていた。

 ローズがルチルに文句を言って、クビにすること三回。

 ローズの悪態に自信を無くして辞退した者が二人。


 国王陛下に『婚約する気が無いのなら、今すぐ妃教育をやめにする』と脅されて以降は平和になったが、ローズの習熟度はほぼ横ばいで成果がない。


「こんなに大変なら、別のキャラに転生すればよかった。しくじったわ」


「ローズ様。またその話ですか?」


「そうよ。生まれる前に神様――創世者様に聞かれたのよ。どこの世界のどのキャラクターになりたいかって」


「どういう経緯で生まれたかは証明できるものではありません。今は『真実の愛』を証明するために妃教育を頑張ることが優先でしょう」


 少し上手くいかないだけで全てを拒否するローズを、エレスは根気よく説き伏せる。


「エレス殿下は、妃教育の大変さを知らないから言えるのよ」


「存じていますよ。隣国へ嫁ぐことを理由にルビー様と一緒に受けていましたから。信念がなければ耐えられるものではありません」


 気丈で勝気な性格であったルビーですら、柱の影で泣いていたのを何度か見かけた。

 ちなみにエレスは何度も逃走して捕まった経験がある。


「そうなんだ。あーあ、こんなに大変ならルビー様に正妃になってもらって、わたしは側室にしてもらえばよかったな」


 好き勝手にぼやくローズの言葉に、エレスは顔では笑って心の中で憤るのだった。







 エレスは学園卒業後は、城で王族の仕事をこなしていた。

 今日は兄ルチルの仕事の手伝いをさせられている。


「助かるよ、エレス。こう雑多に仕事を持ち込まれては、前裁きだけで日が暮れてしまう」


 ルビーが婚約者であったときは、彼女がこれらをこなしてくれていた。

 けれど代わりを担うはずのローズは妃教育で手いっぱいであり、ルチルの仕事が滞りがちになると穴埋め役にエレスが指名されたのだった。


「今日の分はこれで終わりですわ。いい加減にローズ様に手伝って頂いてはいかがです?」


 エレスとて、王女の仕事を持っている身。それに『真実の愛』を証明するためにも当事者の二人が手を取り合って乗り越えていくべきである。


「ローズには難しくて、質問ばかりで私の手が止まってしまう」


 既に試したあとであり、ルチルは二度とローズに手伝いを任せないと決めていた。


 都合よくあてにしてくるルチルに、エレスは何度も苦言を呈し心の中で兄を罵るのだった。







 そんなエレスの状況を父親であり国王のネフライトは、ことあるごとに労ってくれた。


「お前には嫁ぎ先を譲らせたばかりでなく、日々ルチルとローズ嬢のことで苦労をかけてしまっているな。すまない」


「お父様が謝ることではありません」


「あの二人が片付いたら、次はエレスが嫁ぐ番だからな。ちゃんと嫁ぎ先を探しているから安心してくれ」


 父の言葉にエレスは笑顔で頷いた。


 けれど、エレスは知っていた。

 ルビーに譲った嫁ぎ先よりも、良い条件など残っていないことを。

 十九歳となったエレスは、令嬢の中では行き遅れ扱いとなってしまったことを。



 それらは今更言っても仕方のないことで、あの時に、あれ以上の対処法はなかったのだからと、エレスは自分に言い聞かせて心を納得させるのだった。




 ◆◇◆◇


 ローズの妃教育は三年間で行わる予定であった。その期日を半年先に控えた現在。


 成果はあまり良くない――もとい、非常に残念なことになっていた。

 カリキュラムは半分も消化できておらず、そのことについてルチルとローズは反省するどころか開き治る始末。

 二人に振り回され続けたエレスも、我慢の限界を迎えつつあった。


「お兄様、ローズさんにちゃんと妃教育を受けるように諭してください!」


「多少不出来でも妃になれば自覚が生まれてそれなりになるだろう。王子は私しかいないのだしどうとでもなる」


 ルチルは直系の男子王族が自分のみであることを理由に危機感が薄い。

 影響を受けたローズも緊張感がなく、それどころか――



 エレスが物憂げに窓の外を眺めれば、木陰でローズが騎士のユーディアと楽しそうに会話していた。

 教育の時間中に居るということは、抜け出したということで。それにユーディアとの距離が近いのが気になる。


 ローズは鬱屈した妃教育に嫌気がさし手軽な刺激で気分を紛らわせているらしかった。

 その相手はユーディアだけではない。


(あの取り巻きたちの名前を聞く日が再び巡ってくるなんて、思いもしなかったわ)


 不発に終わった断罪パーティーに紛れて、それぞれ元の婚約者と成婚し順調に別の人生を歩み始めていたはずなのに。



 エレスは部屋のソファに座ると目を閉じて、心を落ち着かせようと躍起になった。

 が、どう考えてもローズの行動に非があるようにしか思えないのだ。


 少し考えの甘い兄のルチルは、しっかり者のルビーを妃に迎えていれば立派に王の勤めを果たせただろう。

 宰相の息子のリビアンも、伯爵令息のジャスパーも家を継いで滞りなく切り盛りしたに違いない。

 騎士のユーディアは王子の側近なのだから、出世コースに乗っている。

 教師のアゼツはつつがなく教鞭をとっていただろうに。


「でも、一番損したのは私ね」


 二十歳になり、ルチルとローズのお守りが日常化してしまった現在、結婚や婚約といった話はいつしか話題にも上らなくなっていた。

 このままずっと、二人に付き合わされるのかと思ったら、急に自分の将来が色褪せてつまらないものに見えてくる。


のは、私だわ」


 その日、エレスは自分の願望を諦めることにしたのだった。



 ◆◇◆◇



 国王陛下の呼び出しに応じるため、ルチルはローズを連れて広間へと向かう。


「妃教育が終わっていませんから、わたしは怒られるのでしょうか?」


 しょんぼりと肩を落とすローズを励まそうと、肩を抱き寄せた。


「大丈夫だ。足りないのならもう一年追加すればいいし、そのうち向こうが諦めて折れるさ。実践で学ぶほうが習得も早いだろう」


 条件を突きつけた国王に対し、我慢レースに持ち込んで根負けさせてしまえばいいと目論むルチルは、さして悩む様子もない。






 対峙した国王からは、案の定、妃教育の滞りを指摘されてどうするつもりなのかと問われた。


「三年前、真実の愛を理由にお前たちは我儘を通したのだ。その決断にたいする不誠実な姿勢は許容しがたい」


「そのように言われるのは心外です。妃教育とは非常に大変ですから、もう一年ほど猶予を頂きたい」


「三年で半分も消化しきれていないと聞く。一年で終わる理屈が成り立たんだろうが」


 国王の否定的な反応にも、ルチルは動じず気が済むまでやり過ごそうと気長に構えた。


 その時、後方の扉が開く音がした。


「おお、丁度よいところに来た」


 国王の言葉に反応してルチルが振り向くと、妹のエレスが男性にエスコートされて入ってくるところであった。


「紹介しよう。クオーレ国の第二王子ハイル・レオンハート殿だ。エレスの伴侶として我が国にきてくれるそうだ」


「っ?!そんな話は初耳です」


「今紹介したのだから、そうだろうな。妹のエレスの伴侶がやっと決まったのだ。めでたいだろう」


 未だに仕事でエレスの補助を当てにしているルチルには、青天の霹靂であった。嫁いでしまったら今までのように頼ることはできないだろう。


「お兄様とローズさんには、ぜひお祝いしていただきたいですわ」


 エレスから祝いの言葉を要求されたが、愕然としたままのルチルは口をパクパクとさせるだけで言葉が出てこない。

 そして横に立つローズもまた、目を大きく見開いたあと思いっきり眉根を寄せたのだった。











(気づいたのですね。ハイル・レオンハートは『World of Love Gameラブゲーム』の攻略キャラクターですものね)


 大好きな乙女ゲーム『World of シリーズ』の五作目。『World of Crystalクリスタル Heartハート』の次作として販売された乙女ゲームである。



 そう、この世界に転生したのはローズだけではない。エレスだって創世者様に問われてキャラクターを選んだのだ。


(私は大好きなキャラクター達を、近くで見守りたくてモブのエレスを選んだのよ。それなのに、とんだ誤算ばかりだったわ)


 婚約者のルビーかヒロインのローズが義理の姉になるポジションで、乙女ゲームを満喫する気で転生したのだ。

 ところが、王女というのは非常に忙しく、かつ学ぶことが多くて転生したキャラをしくじったと早々に後悔した。


 それでも大好きなキャラクター達が実際に目の前に現れれば、気分も浮上する。

 隣国が『World of Love Gameラブゲーム』の舞台で、エレスがいずれ嫁ぐのだと知ったときは乙女ゲームを二つも体験できるのかと昇天しかけた。

 それらを心の支えに、ルビーと一緒に妃教育を受けてエレスは準備万端に整えてきたのだ。


(それなのに、学園が始まったらヒロインがまさかの逆ハーエンドを達成するなんて、信じられない)


 目の当たりにして、『ゲームの中だけで許される所業だろうが!』と思わず叫びそうになったのは未だに忘れられない。

 五股の後始末はどうするつもりなのかと思ったら、なにも考えていなかったことに呆れた。

 あげくルビーを断罪する段取りだけはしっかりと組んでいるものだから、最早救いようがない。


 それでも、エレスは断腸の思いでルビーをクオーレ国に嫁がせて、大好きなキャラクター達が不幸にならないように、まっとうな道へと追い返し、ヒロインは王子とハッピーエンドを迎えられるように段取りしたのだ。



 けれど、この三年でエレスは気づいてしまった。



 結局は本人たちにやる気がなければ、周囲がどれだけお膳立てしても物事は成立しないのである。



 そして、それはエレスにも言えることであった。

 モブだからと遠慮して周囲に合わせ続けたエレスの人生は、なにひとつ実りのない残念なものになっていた。



「私、自分の人生について真剣に考えましたの。それでルビー様にお手紙を出して、王配として私の婿に来て下さる王族を探してもらいました」




 ――ルチルとローズに国政を任せてはおけない



 それが、第一王女として生きてきたエレスの出した答えであった。


 心が決まったエレスは、クオーレ国の攻略キャラクターである年子の兄弟王子に狙いを定め、ルビーに頼んで橋渡ししてもらったのである。

 ルビーもまた、妃教育を一緒に受けたエレスの能力を大変評価していて、断罪パーティー回避の恩義も感じていたため快く協力してくれた。





「お……王配?」


 エレスの言葉で、ルチルの心に大きな闇が広がっていく。

 直系男子に安堵していた分、その衝撃は凄まじく膝がガクガクと震えて立っているのがやっとであった。


「ここから一年で、ルチルとエレスのどちらが国王に相応しいか見極めることとする。ルチルがローズ嬢の妃教育を一年延長したいと言っていたし丁度良いだろう」


 未だに仕事をエレスに頼るルチルと、妃教育のはかどらないローズ。


 対するエレスは、妃教育を完璧に習得済みで王子の仕事を手伝いながら王女の仕事もしている身だ。

 そして伴侶となるハイル・レオンハートは、クオーレ国で兄王子と玉座を競い合う程に優秀な王子であった。





 成り行きを見守っていたハイルは、目の前の茶番に早々に飽きてしまった。

 隣に立つエレスの腰に手をまわして体を引き寄せ、その耳元で己の気持ちを彼女に語る。


「ルビーを妃に迎えたことで兄上は完璧な王太子へと成長した。それが羨ましくて仕方なかった。けど、遂に僕にも女神が舞い降りてくれたんだね」


 クオーレ国で完璧といわれる王太子妃となったルビーに、素晴らしい女性だと教えられたエレス。

 対面してその人柄に好感触をもったハイルは直ぐに彼女を気に入り、一度は諦めた玉座への夢を再び取り戻したのだった。






「ず、ずるいわ。そんなの――」


 沈黙を破って、ローズがエレスに向かって訴えかける。


「なにか不満があるのかね、ローズ嬢。ならば、それは私が聞こう」


 訴えを不満ととらえた国王が割って入ったことで、ローズの主張はそれ以上続けることが叶わなかった。

 けれどその目は、ありありとエレスへの不満を語っていた。


 転生者であることを黙っていたなんてずるい。

 クオーレ国からキャラクターを連れてくるなんてずるい。

 あげくルチルを押しのけて女王になろうと目論むなんて、裏切りだ――


 そう語っているのが分かってしまい、エレスは思わず目をそらした。

 そのしぐさを目ざとく捉えたハイルは、守るように肩を抱き寄せて耳元で囁く。


「大丈夫、いつでもどこでも、どんな時でも、僕はエレスの隣で君を守ってみせるよ」


 その甘い声に腰が砕けそうになり、エレスは慌てて両足に力を入れて踏ん張った。


(そういえば『World of Love Gameラブゲーム』ってシリーズ初のR18指定だったわね――)


 どおりで色気がムンムンで手が早いわけである。

 一瞬だけ、またしくじったかな、と思わなくはなかったが、それもあとの祭りである。


 エレスはハイルと協力し、一年後には問題なく王太子へと就任する運びとなった。


 ちなみにルチルとローズは、自分たちを邪魔する敵役を再び手に入れたことで愛が燃え上がった。

 仕事も妃教育もはかどらないが、エレスへの嫌みだけは尽きることがない。

 その態度を国王陛下が諫めると、口論の末にルチルは勢いで王位継承権を放棄してしまったのだった。

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