タクヤは電車に乗り込んだ。秦野はシートに座って本を読んでいる。見るからにビジネス書。公務員も今やビジネスマンだからね。真面目に勤め上げるだけでは出世できない。

 タクヤは少し離れたところから、吊革につかまって様子を窺っている。

「ねえ、タクヤさん」

 誰かがタクヤに声をかけた。

「タコちゃんじゃない」

「仕事ですか」タコちゃんが小声で言う。

「邪魔しないで」タクヤも小声で言う。

 タコちゃんは、バーントアンバーの常連。電車になんかのって大丈夫なのかとタクヤは思う。電車が止まって、秦野が降りた。

 タクヤも降りて後を追っていく。あいつの家はここじゃないはずだけど。秦野は駅の改札を通ると地下に潜っていく。まっすぐ家に帰るのではないようだ。

「ねえ、タクヤさん」

 どういうわけか、タコちゃんもタクヤと一緒に歩いている。

「あいつが対象ですか」

「お前知ってるの」

「直接は知らないんですが、友だちを知ってます」

「そうなんだ。どんなやつ」

「悪い奴です」

「彼女が騙されたんです」

「高い教材売りつけられて」

「資格詐欺か」

「それよりも、お前彼女いたの」

 秦野は地下鉄を下りると地上に上がり、繁華街を颯爽とブリーフケースをぶら下げて歩いていく。

「あの店に入るみたいですね」

 タコちゃんが通りの向こう側から秦野を見て言った。

「お洒落だなあ」

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