「満帆のおやじは、将来を嘱望された料理人だったらしいよ」

「ビューホテルで」

「そう」

 タクヤはボス・テナーのマスターと、満帆のおやじの話をしていた。

「でも、事件があったらしいんだ」

「事件っていうよりも、アレでしょう」

「まあ、あのおやじ、あそこの娘とあったらしいんだけど」

「それでも、婿に入ることだってできたはずだろう」

「なんたって、将来の料理長候補なんだから」

「一族にしてみれば、そのほうが都合がいい」

「そうだね、料理長も一族になるんだから」

「だから事件なんだよ」

「なるほど」

 タクヤはうなずいてバーボンのロックを少し舐める。

「ところで、姐さんは一緒じゃないのかい」

「あっちは別の仕事」

「お金になる方」

 マスターがニヤついた。

「その通りだけど」

「こっちは細かいやつを地道にね」

 ボス・テナーのドアが開いてマスターはドアのほうを見る。タクヤも振り返った。入ってきたのは加奈だった。

 それを確認すると、二人とも無言で元の視線に。

「いきなり無視ですか」

「客じゃないだろう」

 加奈が少し不機嫌そうな表情をする。

「でも、バイト代くれないでしょう」

「欲しいなら、今からでも働け」

 マスターにそう言われて、加奈はタクヤの隣りにすわった。

「そこじゃダメだよ。中に入らなきゃ」

「タクヤさん、夢見さん直帰するって」

「わかった」

「それじゃ、ウチはもう上がりだから中に入ったら」

「どうせタダ働きなんだから」

 カナは渋々カウンターの中に入っていく。

「タクヤさんだけじゃ儲けにもならないし」

 マスターはにこやかにグラスを拭いている。加奈は所在なさげにタバコに火をつけた。

「タクちゃん帰らなくていいのかい」

「どうせ真夜中ですから、帰ってくるのは」

「心配じゃないんだ」

 加奈はそう言って、煙を吐きだす。

「いちいち心配してたらね」

「前の彼氏がタクヤさんみたいだったら、あたし別れなかったのに」

 加奈は冷倉庫からビールを持ち出した。

「おいおい」マスターが言う。

「いいよ、僕につけといて」

「タクヤさん、大好き。いいな、夢見さん」

 タクヤは加奈の差し出したグラスにビールを注ぐ。

「ねえ、それで満帆の娘さんって、どんな人だったの」

 加奈がにこやかにタクヤに訊いた。


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