1.2. 後継問題が一段落した貴族に転生しました

「やはり『でかした』とこの場合は言うべきかな?」

 ベッドで汗まみれで微笑む妻に、どういう顔を見せるべきか悶々としながら声をかける。

 その彼女の隣には、しわくちゃな顔をゆがめ泣いている赤子がシーツに包まれている。

 そう。

 子供が産まれました。待望の世継ぎというやつである。

 まあやることやってるから当然と言えば当然だが、何だかんだで嬉しい。こんな体だから、ひょっとして無理かもと思った事もあるが、機能は問題無かったようで。

 ちょっと複雑なのは、じつは転生だか憑依する前に種付け終わっていた可能性があること。若干だがモヤモヤした気持ちがするのは、俺の種って言い切って良いもんだかどうなんだか……

 だがそれ以上に、嫁が本気で喜んでる顔を見ると、まあ結局のところどうでも良くなってくる。

 それにしても、凄い喜びようだ。男の子だったんで後継問題でどうのこうのいわれる心配なくなったと言うのもあるだろうか。嫁の心の底から喜んだ顔を見ながら思う。子が生まれて嬉しいのはわかるが、これまでに見たこと無いほどの笑顔を浮かべている。

 例え子がなくても、一応貴族どうしであれば、下級から中・上級貴族に嫁いだ場合であってもすぐに離縁とか言う話にはならない。しかし、准男爵や騎士階級の場合だと男に限らず子供が出来ない場合は離縁の対象となりえたりするのだから、それが理由だろうか。まあ理解出来る。いや、理解出来ると思いたい。憑依当初の、中途半端に冷めかけた関係で無く、今はそれなり以上に仲良いと信じてるから。


「で、コレは?」

 なぜかやってきた、町長に該当する男から、恐れながらと渡された袋を眺めながらたずねた。いきなり現れて、応接室にやってこられたのだから対応もこんなもんだろう。

「お、恐れながらお世継ぎ様のご誕生とお聞き致しまして、ほんの些細ではございますがお祝いにと、街のモノの総意でございます」

 何か怯えた表情で、噛みながらも口上を述べる男に、なんだか既視感デジャヴュを覚える。ああ、コンプライアンスとかうるさくなる前に、親会社から無理難題言われないようお伺いを立てるときの俺も、端から見たらこんな感じだったんだろうなぁ。

 そう考えると、せっかくの息子の誕生にケチがつく気もする。なんだか不愉快だが、かといて追い払うのもなんだしなぁ……

 などと思っていると、ふと前世でされた事のある対応を思い出した。それは、クソ碌でもない仕打ちばかりの中で、珍しく気持ちの良かった対応。

「うむ、その気持ちはありがたく受け取るぞ。

 さて、ヴォイチェフ」

 あの時は、気が大きくなっていた中小企業のワンマン社長だったっけ。孫が出来た事をいかにも嬉しそうに話してた顔を思い出しながら、我が家に務める唯一の家令ハウス・スチュワードを呼ぶと町長を指し示す。

「息子の誕生祝いに駆けつけた事に対して、息子からの礼だ。

 倉庫の樽からワインとビールを振る舞ってやれ。女子供には、この間仕入れた蜂蜜酒か果実水があるだろう」 

「は?」

「祝いの無礼講だ。祝う気持ちがあるのなら、その程度は出してやらねば」 

 怪訝な顔の家令にそう命じると、なんだか、段々気分が良くなってきた。

「私からの、では無い。息子からのだ」

 ワンマン社長を真似した台詞を村長に吐くと共に、本心から笑い声が出てきた。

 憑依先の親御さんにも見せてやれなかったのは、日本の両親に孫の顔を見せてやれなかったこと以上に残念で、だから代わりに領民に祝わせる事で喜んで貰おうと言う、なんとも後で考えると不思議な発想ではある。だが、このときには名案に思えたのだから仕方ない。


 それなりに気が大きくなっていたが故の大盤振る舞い。

 まあ、嬉しくて舞い上がっていたとも言うが、多少は収入増やそうと色々やってきたことが、それなりに当たったおかげで税収が結構増えていたのも理由の一つだったりする。

「ありがとうございます、ご領主様」

 なんだか、感極まったような顔で礼を言う長を手で制すと、告げてやった。

「礼なら、息子にだ。当分、息子のために乾杯してやるんだ」

 感謝しまくる長の横で家令があきれたような顔をして「まあ、数年前と違い何とかなりますが」と言いながら肩をすくめているところを見ると、どうやら相当のドヤ顔していたみたいだ……


 後に家令から聞いたところでは、これまでも『税は安くは無いが、土地柄を考えると妥当なところだし、使役も多くは無いからマシな方』という評価だったのが、今回は大盤振る舞いとまではいかないが領民にまで祝儀を施したという事もあり『普段は吝嗇だが、使い所をわきまえた領主様だ』と一気に好意的になったそうだ。

 なんというか、マキャベリ的には正しいんだろうけど、普段はケチくさいっての評判は、やっぱ微妙だなぁ。それなりに改善してきているので使える金も増えたとは言え、内政NAISEIみたいな事は出来てないんだから、それなりにケチくさくなるのも仕方ないのだが。



 しかし使える金が増えるのは嬉しいが、その所為でそれまで自分でこなしていたような家内の事や細々とした雑事が疎かになってしまい、家令に完全に任せ切っている。いや、それどころか本来家令の仕事では無い執務も偶に手伝って貰っている。茶葉のルート開拓の為に貴族への売り込みまがいのことをさせたのは、流石に不味かったかなと思いつつも、家令どうしのつながりを上手く使って見事に中級以上の貴族にまで流行らせた手腕は、実際のところ私では真似できっこないから仕方ない。

 有能すぎてついついヴォイチェフに任せてしまうが、そろそろ執事バトラーはムリとしても従者ヴァレットは雇いたいところだなぁ。最近の儲けからすると、小姓ペイジなら確実に増やせるんだが。


 税収の伸びと言えば、朝市への牛車が思った以上に評判が良い。場車用の荷車を改造した台車を、三台くらい連結して貨物列車みたいにして運ばせている。轍がレール代わりで、LRTと言うか、まあ路面電車に近い感じで運用して見たところ、領民達からは大いに好評。

 それまで週に一度位の頻度で個人個人で市場に持っていっていた野菜を、領主の牛車を使うことで毎日のように大量に持ち込めると言う事で、誰に言われたわけでも無いのに数人のグループにまとまって交代交代で街まで繰り出して売り出している。

 買う側からも今まで以上に新鮮な状態で毎日持ち込まれると言う事で、それなりに好評なようだ。好評なようだと言うのは、このくらいの世界だと客に直接聞く手段が限られるため、直接の判断基準が売り上げになってしまう為だ。要するに、売り上げは伸びている。

 だがそれ以上に、お茶の方。

 難と、思惑が見事に当たり『今までに無く香り高く甘いお茶』としてもてはやされているのが大きい。いわゆる紅茶ブラックティーだが、『痛まないようにするために一度蒸す』というのが当然となりすぎて、過去には存在自体はあったらしいいのだが完全に忘れ去られていたらしい。いわゆる失伝ロストテクノロジーと言うやつだ。地球の大英帝国含めた欧州とは事なり、この国には茶の木が存在しているが所以の差異と言った所だろうか。そういえば、碁石茶の様な発酵茶も存在しないから、風土的な影響があるのかも知れない。

 残念ながら合組ブレンドは今一だった。紅茶と緑茶混ぜるんだから、ある意味当然だが、妻ががんばってくれたにもかかわらず、悲しい味にばかりなってしまったのは良い思い出だ。落胆した妻を、寝室で慰めた事を含めて。

 だが、そろそろ多の領地でも紅茶が出回りだしていると言う噂も流れてきた。

 数日にも及ぶ、領民達の祝いも終わり、また街も静かになってきた。

 合組の雪辱リベンジは今だ。


 そう思いながら早速妻が入れてくれた朝の紅茶を楽しんでいる時に、その知らせは飛び込んできた。

 前回とは異なり他領の紅茶を混ぜることで、我が領の紅茶に足りない香りを補った新しい茶葉は、やや癖があるものの確かに薫り高いと称することが出来るものだった。

「うん、前回とは違い、美味い」

 妻に微笑みかけたところで、新しく雇った従者ヴァレットが飛び込むように部屋に入ってくる。

「何事だ!」

 妻に下がるよう伝えると、若干強い調子で従者にたずねる。

「早馬にございます」

 好事魔多しとは良く行ったものだが、早馬などという異常事態に私は正直うろたえた。王都おかみからおとがめを受けるようなことをした覚えこそないものの、基本的に東欧型の封建制度が社会基盤のこの世界。何があって不思議無い所。

 そこまで考えた所で、従者ヴァレットの顔におびえと怒りのどちらとも取れる色が浮かんでる事に気づいた。それを見て、ようやく言葉が詰問調になっているのに思い至り、改めて丁寧に問い直す。

「都から早馬が届いたようだな。しかし早馬など珍しい。内容は確認したか」

「いえ、封蝋がされておりましたので、そのままお持ちしています」

 硬い表情をした従者が、丸められて封蝋シーリングがされた手紙を渡す。

「なるほど、封は確かに問題無い。よろしい、そのまま下がってよろしい」

 従者がほっとした表情で一礼する。どうやら普段と違うキツい言葉に怯えていた可能性の方が高そうだ。

「使者殿は、返信をお待ちです」と若い従者は伝え、再度礼をしてから下がろうとする。

「待て、使者殿には返信を待つ間、我が家の紅茶ブラックティーでも嗜んで待って頂くように」

「心得てございます」

「妻に、そう伝えてくれ」

 従者は、一瞬きょとんとした表情をして、そしてようやく合点がいったのか納得した表情になり「そのように」と再び礼をし、慌てて駆けだした。


 それなりに潤いだした事から、貴族アリストカートとしてはかなり少なかった我がバラージュ家の家人ヴァサルも、ようやく少しだけとは言え最近は増えてきている。とは言え、家政婦長ハウスキーパー迄は余裕が無いと言うのが正直なところ。なので、妻が采配せざるを得ない。もっとも、本人も喜んでやっている節もあるのだが。


 しかし、細かいところで齟齬があるのは仕方ないところか。勤め出してすぐなのだから、これまで唯一の家令ハウス・スチュワードだったとヴォイチェフ比べて能力的に見劣りするのは仕方ない。

 それにしても、メールみたいにすぐに見てすぐに返信という訳にはいかないが本当に急いでいるのだろう。伝えてきた使者がそのまま返信を待っていると言うことは、待っている間使者になにも応対しないという事はあり得ない訳で、少なし次の日までには返事を寄越せ、そういうことだ。



 あまり待たせては儀礼上も金銭的にも拙いので、早速書斎に籠もると封を剥がして撒かれた手紙を広げてみる。

 どのように書くべきか、実に悩ましい。だが、書く答えは決まり切っている。

 届いた手紙には、儀礼や修辞等を省いて言うと『辺境にある領地が攻められたから首都に近い我が領からも王国軍として戦力を出して貰うぞ。二〇日後に集結だ、遅れるな』と言う事だ。

 そんなものイエス以外に答えようが無いのだが、コレを儀礼や修辞加えた婉曲表現で書こうとすると、ホントにめんどくさい。

 いつの間にかやってきていたヴォイチェフが、すっと厚手の紙を差し出してくる。家人が増えたこともあり、筆頭家令となり執務の手伝いをして貰う機会が増えている。しかし、実にラノベとかアニメに出てくる万能執事じみた男で、何かあるとツイ頼ってしまう。

 さてこの世界では羊皮紙も存在する。存在する事は存在するのだが、どうも魔導書とかそういった類いでの使用がメインで、普通の手紙等であれば紙が主流だ。安いパピルス紙もあるが、それなりに紙すきした紙もきちんと存在している。文化程度が中世な世界という事もあり使用量が少ないため、値段が高いという問題は如何ともしがたいところ。つまり何が言いたいかと言うと、書き損じが怖い。なので、比較的表面を奇麗にした木片で練習してから清書となる訳で、どうしても時間がかかってしまう。ホント、e-mailは便利だよなぁ、手間から考えても。

 書き終えた返信を一旦家令に渡す。そして、家令が私から印章指輪シグネットリングを借りて、使者の前で改めて封印する事になる。直接使者に渡した方がよっぽど良さそうなのにと思った事があるが、記憶として『過去に、わざと封を破った返信を「問題無いな」と威圧と共に使者に渡して無効化をはかった事例が散見された事から、同格とされる家令と使者とで確認した上で受領する形に落ち着いた』と子供の頃に習ったことが、軽い頭痛とともに浮かんできた。意識しないと現れない、全く便利なようで不便な記憶である。

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