第87話 姉の受難 14
それから数週間、私と玲奈は週末になると必ず春樹達の試合を見に行っていた。
たまたまお互いの試合時間の都合上、私達のチームの試合が午前中にあり春樹のチームは午後に試合があった。
だから辛うじて私達は毎週末春樹の試合を見に行けていた。物好きと言われようとも玲奈に行こうと言われたら断れないので、こればかりはしょうがない。
「美鈴さん、急いでください!!」
「そんなに急がなくても、試合までには間に合うでしょ」
「駄目です!! 今日のお昼に行くお店は出来上がりに時間がかかるので、試合に間に合わない可能性があります!!」
「貴方本当によく調べているわね」
玲奈の凄い所は、春樹の試合時間に合わせて緻密に予定を作っている所だ。
普通時間だけなら、誰だって予定を立てられるだろう。
だけど玲奈は時間だけではなく、私の好みの食べ物やテイクアウトされるまでの時間、果ては私の懐事情まで考慮して予定を作るから凄いのだ。
「本当、玲奈はマネージャーをさせても超優秀ね」
「美鈴さん、何か言いましたか?」
「何でもないわよ、気にしないで」
プレーをさせても超優秀。そして裏方をさせても超優秀。
玲奈なら何をしてもおおむね成功できるだろう。その才能が遺憾なく発揮されている。
「ただ惜しむらくは、その才能をこんな無駄な所で発揮させなくてもいいんだけど」
本当春樹とは別のベクトルで不憫な子。もっといい男なんて山ほどいるはずなのに、何故春樹の事が好きなのかとどうしても思ってしまう。
「着きました。今日はオーガニック系のランチになります」
「私好みの店だわ。玲奈は本当によく調べてるわね」
「はい。大好きな美鈴さんと春樹の為ですから」
「‥‥‥嬉しいんだけど、何だか凄い複雑だわ」
「何が複雑なんですか?」
「ごめん。今の言葉は忘れて」
つい心の声が漏れてしまった。
大好きって言われて真っ先に私の名前が出てきたのは凄い嬉しかったけど、春樹の名前が出てきてなえてしまった。
だけど春樹よりも先に名前が出てきたから今回は許そう。もし春樹の名前が先に出て来てたら、後で春樹を粛清していた。
「こちらがテイクアウトの品になります」
「ありがとうございます。それでは試合会場に向かいましょう」
玲奈の指示に従い試合会場に行く。会場に着くと、ちょうど選手達が整列をしていた。
「美鈴さん美鈴さん!! ちょうど試合が始まるところです」
「そうね。そしたらあそこで座ってみましょう」
「はい」
私達が座ったのは味方のキーパーがいるゴール前の場所。ここならうちの高校の守備の選手達が良く見える位置に移動する。
「美鈴さん、今春樹のチームが攻めてるんだから反対側のゴール付近で見た方がいいんじゃないですか?」
「馬鹿ね、玲奈。後半は陣地を変えるんだから、こっちで見た方が春樹が良く見えるでしょ」
「確かに」
「どうせ春樹が出るのは後半だし、気長に待ちましょう」
テイクアウトしてきたお昼ご飯を食べながら試合を見る。
試合を見た感想はというといつになくつまらない。敵チームに押し込まれているか、ボールを持ったとしても無理に攻めようとはせずにパス回しをするので、面白みに欠けていた。
「うちの高校、押し込まれてるね」
「もう見慣れた光景じゃない」
選手達がピッチ上を走り回り、ボールを取りクリアーするかパス回しをする。
これがキックオフしてからずっと続いていて、見ているこっちが正直うんざりする。
「笛が鳴りましたね」
「やっとハーフタイムになったか」
ここまで長かった。これなら暇つぶし用の本でも持って来ればよかったようにも思う。
「見てください!! 春樹がウインドブレーカーを脱いでいます」
「いつものように後半勝負のようね」
うちの高校の得点源が春樹なので後半重視になるのは仕方がないけど、もうちょっと何とかならないだろうか。
勝つ為だからしょうがないのだろうけど、もう少しなんとかならないだろうか。
「あの‥‥‥」
「はい? どちら様ですか?」
「その声やっぱり‥‥‥」
「やっぱりって?」
「もしかして‥‥‥美鈴先輩ですか?」
「えっ!?」
突然名前を呼ばれたので慌てて振り向くと、そこには友島さんがいた。
『何でこんな所にいるの!?』と声を大にして言いたかったが、その言葉を飲み込み素知らぬ振りをする。
「いっ、いえ!? 人違いじゃないかしら!?」
「でも隣にいるのは玲奈ちゃんですよね?」
「楓、久しぶり」
「この前テスト結果を見た時も会ったじゃないですか。全然久しぶりじゃないですよ」
「うん、そうだね」
まずい、玲奈が普通に友島さんと話している。
こうなれば私も正体を明かさないといけない。
「久しぶりね、友島さん」
「やっぱり美鈴先輩でしたね」
「そういえば、どうして楓はここにいるの?」
「春樹君の試合を見る為です。玲奈ちゃん達もそうですか?」
「うん」
「それなら一緒に見ませんか? さっきまで反対側のゴールで見ていたんですけど、後半は陣地が変わるのでこっちに来たんです」
「いいよ。一緒に見よう」
まずい。非常にまずいことになった。
友島さんに私達の正体がバレたとなっては、私達がひそかに試合を見に来たことが春樹にバレてしまう。
「ちょっと待って」
「美鈴さん?」
「いや、なんでもないわ」
咄嗟に声をかけたが、言葉が出てこない。
そうこうしている内に友島さんは私に耳打ちをしてきた。、
「(美鈴先輩、何でそんな恰好をしているんですか?)」
「(これは熱中症や風邪の為の予防よ)」
「(本当にそう思ってるんですか?)」
「(うっ!?)」
痛い所をつかれた。確かに普通に考えればこの理由づけでは弱い。
玲奈が私のいう事を素直に聞くせいで忘れていた。
「(美鈴先輩、もしかして春樹君と何かあったんですか?)」
「(まぁ、ちょっとね)」
「(わかりました。それなら深くは聞きません)」
「(そうしてくれると助かるわ。ありがとう)」
「(守君の言う通りだったな)」
「(今何か言ったかしら?)」
「(いえ、何でもないです。別に気にしないでください。私は玲奈ちゃんの隣で見てますね)」
友島さんに1つ借りを作ってしまった。これはそのうち何かで返さないといけない。
とうの友島さんはと言えば、玲奈の隣に座って仲良く試合観戦していた。
「あっ!? 後半始まりました!!」
「春樹がボールを戻した後、前線に走ってく」
「また春樹君にボールが渡りました」
「そのままゴールにドルブルしてシュート。やった! 春樹が決めた!!」
「凄いゴールでしたね!!」
「うん!! ものすごい迫力があった!!」
無邪気に喜ぶ2人を見ながら思わず息を吐く。最初はどうなる事かと思ったがその心配は杞憂だったみたいだ。
今2人はお互いの手を握り合って喜びあっている。
「すごい雄たけびですね、春樹君」
「それだけ春樹は気合入ってる」
「私にはゴリラの咆哮にしか見えないけどね」
「美鈴さん、春樹に対しては辛口」
「だってそうでしょう。どこからどう見てもゴリラが叫んでいるようにしか見えないわ」
後はドラミングをすれば、間違いなくゴリラだ。動物園で子供が見たら泣いてしまうだろう。
「春樹君が‥‥‥ゴリラ‥‥‥」
「楓?」
「ごめんなさい。美鈴さんの例えがあまりにも面白くて‥‥‥」
どうやら私の例えがつぼに入ってしまったらしい。そんなに面白いことを言ったつもりはないんだけど、何かが友島さんに引っ掛かったらしい。
「まぁ色々あったけど、これでよかったのかな」
玲奈にもこうやって親し気に話す友達が出来て少し安心である。
だってサングラスにマスク越しでも、今の玲奈は楽しそうだとはっきりわかるからだ。
「プレーが再開された!」
「美鈴先輩も春樹君達を応援しましょう」
「そうね。応援しましょうか」
こうして私達は春樹達のチームを応援して、無事に春樹のチームは勝つ。
春樹はこの日2ゴール1アシストの活躍だった。
「じゃあ私達は先に帰るわね」
「私も一緒に帰ります。どこかでお茶でもしていきませんか?」
「どうしようかしら、玲奈?」
「私も行きたい」
「それなら行きましょう」
「はい!」
「それならオススメのお店を紹介する。ここから2駅離れた場所に、美味しいケーキを出すお店がある」
「ぜひ私も行ってみたいです」
そして私達は試合会場を出て、玲奈のおすすめのお店に行き友島さんと楽しくお茶をした。
後日私の所に守君から電話があり、不審者マスクマンの報告を聞いて今までの方針を転換するのだった。
------------------------------------------------------------------------------------------------
ここまでご覧いただきありがとうございます
よろしければフォローや★★★の評価、応援をよろしくお願いします
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます