第86話 姉の受難 13

 それから約束の日、私と玲奈はサッカー部の試合に向かっていた。

 バレーの試合は快勝したため、時間には余裕がある。



「まだ時間があるので、ここでお昼ご飯を買っていきましょう」


「そうね」



 悔しいけど玲奈が立てた計画は完璧である。この前私に話した時よりも、綿密に計画が立てられていた。



「これとこれとこれのセットをお願いします」


「玲奈、そんなに頼んで大丈夫なの?」


「大丈夫です。美鈴さんもこのセット好きじゃないですか」


「確かにここのハンバーガーは好きだけど」


「それなら大丈夫ですよ。私も食べますし」



 私の好みまで把握して予定を立てるなんて、この子はなんていい子なんだろう。

 正直何故こんなに気を遣えて何でもできる子が春樹の事を好きなんだろうとつい考えてしまう。



「テイクアウトも終わりましたし、早く試合会場に行きましょう」


「そうね」



 2人で近くのハンバーガーショップでテイクアウトをして、試合会場へと向かうことにした。



「美鈴さん」


「どうしたの、玲奈?」


「汗をかいた後なのでジャージから私服に着替えるのはわかるんですけど、何で帽子とサングラスとマスクなんてつけるんですか?」



 そう、今の私達は春樹に気づかれない為完全変装した姿だった。

 あれから春樹に玲奈だって気づかせないように立てた作戦がこの変装作戦。

 これだけの装備をすれば、あの春樹でも私達が来てるなんてわからないだろう。



「玲奈、この格好にはとても重大な理由があるのよ」


「どんな理由があるんですか?」


「そうね‥‥‥」



 そういえば、玲奈に理由を言っていなかった。

 馬鹿正直に話してしまうと、玲奈に不信感を与えてしまう。それだけは何としても阻止しなくてはいけない。



「帽子とサングラスはね、日焼けと熱中症対策よ」


「日焼けと熱中症ですか?」


「そうよ。そろそろ熱くなってくるし、日差しが厳しいでしょ。だからその対策よ」


「マスクは?」


「マスクは他の人から風邪がうつらないようにする為よ」


「でも、今は夏だけど‥‥‥」


「夏でも夏風邪がはやることもあるでしょ。だから予防よ。予防」


「なるほど」



 とりあえず玲奈は納得してくれたようだ。適当に理由をつけたけど納得してくれよかった。



「霧香は連れて来なくても大丈夫だったかな?」


「あの子は来たかったら自分で来るでしょ」



 霧香はそういう子だ。私達が声をかけなくても、来たかったら自分で来るだろう。



「次の駅なので、降りる準備をしてください」


「わかったわ」



 その後は玲奈の指示のもと、試合場所まで歩いていく。

 試合会場につくと、既に試合を見ようとする観客で溢れかえっていた。



「よかったわね。ちょうど始まった所じゃない」



 空いている席に座り、私達は試合を眺める。

 買って来たハンバーガーを食べながら、サッカーの試合を見ていた。



「春樹はどこにいるだろう」


「あそこのベンチにいるのが春樹じゃない?」


「本当だ」



 ベンチの端で試合を見ている春樹は、もどかしそうに試合を見ている。

 その証拠に右足がタンタンと地面を叩き、せわしない様子であった。



「春樹はベンチスタートなんだ」


「まだ高校の試合に慣れてないんだから、出れるわけないでしょう」


「でも春樹すごく上手いから、レギュラーで試合に出ていてもおかしくないと思うけど」


「さすがの春樹でもフルタイムで動けるわけないでしょう。たぶんうちの監督も後半の途中で使うんじゃない」


「スーパーサブって事?」


「そうよ。きっと相手が疲れた後半に入れて勝負するって作戦じゃない?」



 ただでさえ春樹は足が速く体も強い。だから体力がない今はフルでは使えない。

 いうならば今の春樹は体力がないゴリラである。

 周りが疲れた時にそのゴリラが出てくるのである。相手としては脅威だろう。



「まぁきっとあのゴリラ‥‥‥春樹は後半から出てくるから見守りましょう」


「美鈴さんは春樹の事がどう見えてるんだろう」



 玲奈がぼそっと言ったことはさておき、ハンバーガーを食べながらのんびりと試合を見る。

 試合は硬直状態で、前半は動きがない。攻めたり攻められたり拮抗した状態が続いている。

 そんな状態の中、ハーフタイムを迎えた。



「春樹達のチーム全然攻めないね」


「そうね」


「ボールを回して時間を稼いでいるみたい」


「時間を稼ぐというよりは、敵を走らせているようにしか見えないわ」


「敵を走らせてるの?」


「そうよ。出来るだけボールをキープして、体力を温存してるように見えるわ」


「後半勝負ってこと?」


「たぶんそうね」



 それもこれも春樹がいての作戦だろう。

 今日の相手は自分達より格下の相手。点さえ取られなければいいと思ってるに違いない。



「その証拠にベンチを見て」


「春樹がアップをしてる」


「たぶん後半から投入されるわね」



 ウインドブレーカーを脱いで、ユニフォームに着替えていることからそれは確実だろう。

 現にベンチにウインドブレーカーを置いた春樹は、意気揚々とピッチに入っていった。



「後半から春樹が投入されるんだ」


「ここからが本番でしょう」



 試合の笛が鳴り、後半が始まる。

 早速春樹がボールを持ち、ゴールへと迫る。



「すごい!! 春樹がドリブル突破した!!」


「だけどシュートは入らなかったわね」



 春樹のシュートはキーパーにはじかれ、コーナーキックになった。

 シュートを外した当の本人は悔しそうに地面を叩いている。



「今のシュート、凄く惜しかった」


「そうね。後少しだったわ」



 玲奈が見に来ていることを知ってか知らずか、いつもよりも感情表現が激しい気がした。

 私がこの前言った言葉がよっぽど聞いているように思えた。



「美鈴さん、コーナーキックだよ」


「そうね」


「あっ!? 見て見て!! 春樹がゴールを決めたよ!!」


「そんなにはしゃがなくても大丈夫よ」


「でも、今のシュート凄かったね」


「そうね。打点も高かったし、いいシュートだったわ」



 春樹が打ったシュートは、敵のDFよりも頭1つ分高かった。

 味方もそれがわかったから、あんなふんわりとしたボールを蹴ったのだろう。



「春樹格好いい」


「そうかしら? 私にはゴリラが敵を威嚇しているようにしか見えないけど」



 得点を決めた春樹はゴールを決めて味方と抱き合っている。

 玲奈には春樹がどう映っているかわからないけど、雄たけびを上げて喜んでいる姿は私から見ればあらぶっているゴリラにしか見えない。



「もう2点取りましょう!!」


「「「「おう!!」」」


「あぁ~~、敵は完全に委縮しちゃってるわ」



 見ていて可哀想になってくる。今の春樹のゴールで、完全に動揺している。



「無理もないよ。だって春樹は凄いんだもん」


「そこだけは私も同意するわね」



 本当はどこかの名門校でプレーしててもおかしくないようなレベルの人物がいるんだ。

 事前情報も何もない1年生がここまでのプレーをしたことに驚いていることだろう。



「美鈴さん、プレーが再開されますよ」


「はいはい」



 このゴールが入ったことで、試合の優勢は決まった。

 結局この後春樹はゴールを決め続け、大差で試合が終わるのだった。



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