第79話 姉の受難 6
玲奈を美容室に連れて行った日から数日経った。この日は私の高校で入学式がある。
通常在校生は休みなのだが、私は生徒会長も務めているため新入生の前で挨拶をしなくてはならない。
面倒だと思いつつも新入生の前での挨拶を済ませ、急いで学校を出たのだった。
「急げ!! もう発売してるわ!!」
今日はWindsの最新ライブBDの発売日。入学式なんてなければBDを買う為に店頭で並び、今頃は家でライブを一通り堪能した後コールの練習をする予定だった。
「よし! まだ売ってたわ!! すいません!! このBDの特装版を下さい!!」
「ありがとうございます。店舗特典として、カレンダーとメンバー全員のブロマイドもお付けしますね」
「ありがとうございます」
店員さんから持ったら得点追ったり傷つけないようにしまい、ダッシュで家に戻る。
こうして走っている時間すらもったいない。早くBDを見なくては!!
「ただいま!!」
家に帰って来るやいなやお風呂に入ってシャワーを浴び体を清めた後、急いで部屋着に着替え居間に行く。
そこで正座をして座り、大画面のテレビ前でBDを起動させた。
「始まったわ!」
Windsのライブが始まり、私は食い入るように見る。
今日のライブは私が行けなかった大阪や名古屋のライブも収録されているので、しっかり確認しないといけない。
「あぁ~~、やっぱり近江君は格好いい」
画面に映る近江君は本当に格好いい。このキレキレのダンスに曲後半で見せるバク転。本当に近江君は私にとっての王子様だ。
「誰よ!! こんないい所で電話なんて!!」
スマホの画面を見た後、思わずしかめっ面をしてしまう。
私に普段滅多に連絡をよこさない人物からの電話だった。
「もしもし」
『お久しぶりです。美鈴さん。守です』
「久しぶりじゃないわよ。今日入学式で会ったでしょ?」
『僕は美鈴さんがいる事はわかりましたけど、美鈴さんは僕の事わかってないじゃないですか』
「確かにそうね。春樹から入学している話は聞いていたけど、どこにいるかまではわからなかったわ」
「やっぱりそうですよね」
通話口から守君の笑い声が聞こえてくる。
中学時代からちょこちょこ私と関わりがありその度に中々油断できない子だと思っていたけど、一体何を考えて電話をしてきたのだろう。
「今日の春樹ですけど、玲奈ちゃんと別々のクラスになってめちゃめちゃ落ち込んでいましたよ」
「いい気味よ。玲奈と離れて少しは反省するといいんだわ」
「辛辣ですね。そういう玲奈ちゃんの方は大丈夫だったんですか?」
「ダメに決まってるでしょ!! 入学式前にあの子ショックのあまりトイレに引きこもってたんだからね!!」
「玲奈ちゃんらしいですね」
「本当よ。あまりにスッと昇降口に行くから心配で探したら、案の定1階のトイレにいたわ」
あの時のことは考えたくもない。春樹にはあぁ言ったけど、念のため確認しておいてよかった。
「玲奈を必死になだめて別れたけど、正直あの子が心配だわ」
「それなら大丈夫ですよ。玲奈ちゃん自分のクラスの人達とちゃんと話していましたから」
「本当にちゃんと話していたの?」
「質問攻めされていましたね」
「それはよくない状況でしょ」
「大丈夫ですよ。玲奈ちゃんの事だから、すぐ仲良くなるはずです」
守君は楽観的に話しているけど、その状況はあまりいい状況とは言えない。
はっきり言って玲奈が周りに心を閉ざしているようにしか見えない。
「はぁ、先が思いやられるわ」
「どうしたんですか? 美鈴さん? ため息なんてついて」
「貴方にはわからない悩みよ」
玲奈もこれを機に仲のいい友達を作ってほしいけど、それは難しいだろう。
春樹はまだしも玲奈に友達が出来るかどうか心配である。
「そういえば、美鈴さん。今日初めて知りましたけど、あのチョコの件僕のせいになってたみたいですね」
「チョコの件? 何の話?」
「小学校6年生の時に春樹の下駄箱に入っていたチョコですよ。あれは全部春樹宛だったのに、全部僕の下駄箱と間違っていたって嘘を言いましたよね?」
「あぁ、そんなこともあったわね」
「何でそんなこと言ったんですか!? あの時卒業までしばらく春樹から親を殺されたかのような視線をむけられていた理由がやっとわかりましたよ!!」
「だってそのことを知ったら、春樹が調子にのるじゃない!!」
「別にいいじゃないですか。春樹が少しぐらい浮かれていても」
「ダメよ!! 玲奈だって悲しむし、春樹が調子にのっていいことなんて一つもないんだから」
「過保護だな~~、美鈴さんも」
「そういう貴方だって人のこと言えないじゃない!! いつも春樹のフォローやお世話ばかりしていて」
「僕はあの2人が上手く行ってほしいだけですよ。あっ、それで思い出した!!」
「何よ?」
「これが今日電話を掛けた本題なんですけど、やっちゃいました」
「何をやったのよ?」
「ちょっと春樹に発破をかけようとしたら、つい口を滑らしちゃって」
「まさか‥‥‥」
「そのまさかです。春樹に玲奈ちゃんが好きってことを自覚させちゃいました」
「何やってるのよ!! そういう事は自分で自覚しないと駄目な事でしょ!!」
「でもへこんでいるあいつを見たらつい‥‥‥」
「まぁ、口を出したくなる理由はわからなくもないけど」
あのじれったい2人を見て、何度口出ししてやろうと思ったかわからない。
ついつい玲奈には口出ししてしまったけど、基本はしないようにしようと思っていた。
「まぁ、状況はわかったわ。それで春樹はどこ行ったの?」
「帰りました?」
「帰りましたって、一体‥‥‥」
その時私には最悪のシミュレーションが浮かんだ。
たぶんこの考えは当たっているだろう。この子もそれがわかっていて連絡してきたんだ。
「申し訳ありませんが、後はお願いします」
「わかったわ」
「また何かあれば連絡しますので」
「その時はお願いね」
それだけ言って私は電話を切った。
そしてBDの再生ボタンを押してその時が来るのを待つ。
『ガタン』
「来たわね」
大きな物音と共に誰かが玄関が抜けてくる音。
その音の人物と相対する為に、私はBDを見ながら心の準備をするのだった。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
新作を始めましたので、こちらも宜しくお願いします。
神殺しの少年
https://kakuyomu.jp/works/16816700426662068365/episodes/16816700426662111541
両親を殺され魔法が使えなくなった少年が新たに得た力『死線』という能力を使い、両親を殺した犯人を探す物語です。
よろしければこちらの作品もご覧いただければ幸いです。
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