第65話 ナイスなブサイク

 後半開始から数分経ち、俺はひたすらピッチの中を走っている。

 試合が始まってから俺達のチームは防戦一方。ずっと相手に攻められている。



「春樹!! 17番のマークを頼む!!」


「はい!!」



 通常FWで点取り屋のポジションである俺ですらこうして守備に追われてる。

 ベンチから見ていた時以上に今の状況は悪い。

 前線にFWの先輩1人残して、ほぼ全員が守備に追われているこの状況がそれを物語っている。



「くそ!! なんとかならないのかよ!!」



 敵のチームはいつでも得点ができるといった具合にパスを回して攻撃する。

 どうやら敵は俺達を徹底的に走らせて、疲れた所で仕留める気だ。



「そいつを止めろ!!」


「まずい!!」



 この拮抗した状況に業を煮やしたのだろう。敵のFWがドリブルを始めた。



「1人、2人‥‥‥くそ!! 全く止められない!!」



 するするとDFをドリブルで抜かし、キーパーと1対1となった。

 これで得点が入ってしまえば1対0。全く攻撃することができない俺達からすれば絶望的な点差になる。



「止めろ!!」



 何度目かわからない決定的なチャンスで敵はシュートを放つ。

 敵のシュートはゴールキーパーの右手をすり抜け、ボールはゴールマウスへと向かっていく。



「まずい!!」



 ボールはそのままゴールマウスの方へと向かっていき、ポストに当たってタッチラインを割る。

 どうやらシュートが外れ、間一髪で敵の攻撃を凌いだみたいだ。



「助かった」



 胸を撫でおろし、審判の方を見た。審判の腕はゴールラインではなくコーナーフラッグの方を差している。



「えっ!? コーナーキック!? ゴールキックじゃないの!?」


「春樹、審判に余計な口答えをするな。こっちを見てるぞ」



 審判は俺の事をじっと見つめている。たぶん俺の声が聞こえていたのが原因だろう。先輩も怪訝な顔をしている。



「こっちはただでさえ劣勢なんだ。つまらないことで退場なんてするなよ」


「はい」


「それにあの1対1でどうやらあいつはしっかりと触っていたみたいだぞ」


「えっ!?」


「ゴール前を見ろよ。キーパーがコーナーキックの態勢に入ってる。きっと触った感触があったんだろう」



 キーパーである先輩のことを見ると、コーナーキックの準備をしながら自分の手を見ている。

 その様子は自分がボールを触ったことに驚ているように見える。



「とりあえずお前はニアサイドのゴールポストに入れ。そこでゴールの中にこぼれてきたボールをクリアーしてくれ」


「わかりました」



 コーナーキックなので、俺はゴールのニアポスト付近に立つ。

 その直後、キッカーがボールを蹴り空高く舞い上がったボールがゴールの中に入ってきた。



「クリア!!」



 敵味方、ゴールキーパーまで入り乱れての肉弾戦。

 人が入り交じり、ピッチに倒れる人がいる中で体勢を崩しながらキーパーがボールを触った。



「やった」


「まだだ!!」



 先程キーパーがはじいたボールがペナルティーエリア外にいた敵の選手へと渡ってしまった。

 その選手が既にシュートモーションに入っている。



「まずい!!」



 ピッチの中にいる誰かが言ったその一言。

 直後、ボールがゴールめがけて飛んできた。



「春樹!!」


「えっ!?」



 そう、ボールはゴールに向かってきたんだ。

 それもゴールの中にたたずむ、俺の顔面に向かって。



「ぶへっ!?」



 顔面にボールが当たり、そのボールはふわふわとペナルティーエリアの中を漂う。



「クリアしろ!!」


「とりあえず一回ボールを外に出せ!!」



 その直後ボールが遠くに蹴られる音が聞こえた。

 どうやらピンチが過ぎ去ったようだ。



「大丈夫か!? 春樹!?」


「大丈夫じゃないですよ。鼻が痛いです」



 ボールが顔面に当たっての顔面クリア。

 字面だけ見ると一体どこのサッカー漫画のDFだよって思う。



「春樹、大丈夫か!?」


「あぁ、俺は大丈夫‥‥‥」


「おい、待て!! お前鼻血が出てるぞ!!」


「嘘!?」



 顔に手を当てると確かに血が出ている。

 どうやらさっき顔面にボールが当たった時、不運にも出血してしまったみたいだ。



「君、大丈夫かい?」


「俺は大丈夫です」


「駄目だ。君は1回ピッチの外に出なさい」


「えっ!? 何でですか!?」


「君が鼻から出血してるからだ。血が出た状態でピッチに立つことができないから、その血を止めてからピッチの中に入りなさい」



 今の敵の攻撃はキーパー以外の俺達10人がピッチの中を駆け回っているから成立している。

 その中で1人抜けることがどれだけ大変なことか、俺が身をもって知っている。



「でも‥‥‥」


「何をしている。早くピッチの外に出なさい」


「っつ!!」


「すいません。今こいつをピッチの外に出すので、もう少し待っててください」


「先輩!!」


「馬鹿!! これ以上試合を止めると迷惑がかかるだろ!!」


「お前が戻ってくるまで俺達で耐えるから、鼻血を止めてピッチに戻ってこい!!」



 俺の側に寄ってきた先輩達が口々にそう言う。

 どうやら俺が思っていた以上に頼もしい先輩達だ。



「君、とにかくピッチの外に出なさい!!」


「わかりました」



 審判に促され、俺もピッチの外へと出る。

 その直後タオルとコールドスプレーを持った監督がピッチの外に出た俺の所へと来た。



「おい、春樹!! 大丈夫か!?」


「鼻血以外は問題ないです」



 もらった白タオルを鼻に当てる。

 白タオルを一度鼻から離すとタオルが真っ赤に染まっていた。



「こんなに出血していたのか」



 そんなに出ていないと思っていたが、予想以上に出血が酷い。

 幸いユニフォームに血はついていないけど、確かにこれだけ血が出ていれば審判も外に出すだろうと思う。



「大丈夫か!? 他に怪我はないか!?」


「はい。ボールが顔に当たった以外は大丈夫です」


「よかった」



 どうやら本気で監督は俺が怪我をしていたと思ったらしい。

 手にコールドスプレーを持っているのが、その証拠だ。



「すいません、こんな形でピッチを出てしまって」


「そんなことない。お前はよくやってる」



 監督から2枚目のタオルをもらい鼻に当てる。

 タオルから鼻から離してみたけど、さっきよりは血が引いていた。



「うん? なんだ?」


「春樹、どうしたんだ?」


「何かスタンドが騒がしくありませんか?」



 スタンドの方がやけに騒がしい。その最前線で動く影がある。



「あれは‥‥‥姉ちゃん?」



 どうやらスタンドの1番前の席で姉が何かをしようとしている。

 玲奈や紗耶香や楓、しまいには守まで何かを話している。



「一体姉ちゃんは何をしようとしているんだ?」



 正直嫌な予感しかしない。

 こういう時の姉ちゃんは、俺の予想もつかない突拍子もないことをするから正直怖い。



「春樹!! ナイスブサイク!! よくやったわ!!」


「ナイスブサイク?」



 何言ってるんだ姉ちゃんは?

 ナイスブサイクって、もしかして俺のことを言ってるの!?



「春樹!! ナイスブサイク!!」


「春樹君!! ナイスブサイクです」



 それからうちの高校の観戦席に座っていた人達が口々にナイスブサイクと叫び、スタンドはナイスブサイクコール一色になっている。

 観客席にいる敵の高校の人達はクスクスと笑っており、敵の監督も一瞬スタンドを見て苦笑いをしていた。



「くそ!! 姉ちゃんの奴!! 余計な事言いやがって!!」



 これじゃあ俺はただの笑いものじゃないか。何をしてくれているんだ!! 姉ちゃんは!!



「春樹、お前は愛されているな」


「一体どこがですか!? ただ単に馬鹿にされているようにしか見えないですよ!!」



 監督は耳がおかしくなったんじゃないだろうか。俺は今スタンドから罵声を浴びせられているんだぞ。

 これのどこが愛されているって言うんだ。ただの晒し者だよ。



「相手の様子をよく見て見ろ」


「相手‥‥‥ですか?」


「そうだ。今この状況で相手はお前の事を完全に舐め切っている」


「そうでしょうね」



 あんな事を言われたら、誰だってそう思うだろう。

 監督は何を当たり前なことを言ってるんだ?



「あの様子だと、たぶんうちのチームの事をそんな研究してないはずだ」


「もしかするとそうでしょうね」


「見てたとしても決勝トーナメントの情報だけ。つまりお前の調子が悪くて、点を取っていない時だ」


「それがどうしたって言うんですか?」


「お前は今日全く攻撃人参加していない。そして決勝トーナメントの映像しか見ていないとしたら、相手はお前の本当の実力を把握していないはずだ」



 ピッチを見ながら淡々と監督は話す。うちのチームは既にFWの先輩も自陣に周り、ゴールを守る為に奔走している。



「いいか、春樹。チャンスは1回だけだ。相手が油断しているその一瞬をついて点を取るんだ」


「わかりました」


「次ピッチに入ったらお前を1トップで前に張らせる。相手の目が覚める得点を決めて来い!!」


「はい!!」



 その直後ボールがタッチラインを割った。そして審判の許可をもらい、俺もピッチの中に入る。



「春樹、頼んだぞ!!」



 監督に背中を軽く叩かれ、ピッチの中へと戻る。

 後ろから聞こえてきた声は、俺に対して期待してくれているようだ。



「よし! 絶対に点を取ってやる!!」



 そんな誓いを胸に秘めて、俺はピッチへと戻っていくのだった。



------------------------------------------------------------------------------------------------


ご覧いただきありがとうございます


よろしければフォローや★★★の評価、応援をよろしくお願いします

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る