第64話 玲奈の分析

引き続き守視点の話になります

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 美鈴さんに手を引かれながら、僕はスタンドを降りていく。

 今までいた上部の席からは離れた所に連れて来られていた。



「美鈴さん!? 一体どこに座っていたんですか!?」


「それはもちろんグラウンドが見れる最前線の席よ」


「そんなところにいたんですか!?」


「こういうのは臨場感のある所で見るべきでしょ。それよりも早く行きましょう」



 観戦席の上部からスタンドの1番前の席まで美鈴さんに連れてかれた僕。

 席の近くまで行くと、僕や春樹の見知った顔まで座っていた。



「美鈴さん、遅いですよ。試合が始まりますよ」


「ごめんなさい。今サッカーの事に詳しいゲストを呼んで来たから」


「ゲスト?」



 首をかしげる紗耶香と僕の視線が合う。紗耶香だけじゃない、楓ちゃんとも目があった。



「何だ。ゲストって守か」


「あからさまにがっかりしないでよ」


「でもさっきまで一緒に話していたから、新鮮味がないのよね」


「悪かったな。新鮮味がなくて」



 キックオフの前に2人とは会話をしていて、どこに行ったのかと思っていたけどこんな所にいるなんて。

 きっと美鈴さんが2人をここに連れてきたのだろう。そうでなければ、もう少し後ろの方で見ていたはずだ。



「紗耶香達も春樹の事を応援しに来たんだよね?」


「当たり前でしょ。友達なんだから」


「友達‥‥‥か」



 本当に春樹は幸せ者だ。なんだかんだ周りから難癖をつけられるけど、あいつの周りには人が集まってくる。

 美鈴さんの威光もあるとは思うけど、あいつ自身の人柄の良さもあるだろう。



『女神様といるあいつ‥‥‥一体何者なんだ?』


『女神様の弟様じゃないみたいだし、もしかして彼氏!?』


『殺ッチャオウ! 殺ッチャオウ! トリアエズ殺ッチャオウ!』


「なんか昔聞いたことがある声が聞こえるな」



 その声は昔クラスで聞いたことがあるような気がしなくもないけど、今その事はおいておく。

 余計なことを考えると僕が春樹に代わってやられる可能性があるからだ。あぁいう人達とは関わらないに限る。



「守もついに狙われる側になったのね」


「茶化すなよ、紗耶香。狙われるのは春樹だけで十分だ」



 僕はあくまでオブサーバーでいい。余計な厄介ごとは全て春樹に任せる。



「まぁまぁ、とりあえず座りましょう」


「そうですね。もうすぐ試合も始まりますし」



 美鈴さんに促され、僕も椅子に腰かける。これでやっと一息つけた。



「玲奈ちゃんは前半までの試合を見てどうだった?」


「‥‥‥‥」


「玲奈ちゃん?」



 僕の呼びかけにも応じず、玲奈ちゃんはそのままピッチの方へと目を向け続ける。

 玲奈ちゃんの視線の先にはちょうど選手がピッチに戻ってきたようであった。



「玲奈ちゃん、そんなに春樹のことが心配?」


「!?」


「やっぱり図星のようだね」



 先程まで無表情で返事をしていたのに、僕が耳元でささやくと肩をびくっとさせて振り向いた。

 その表情は驚いているような恥ずかしがっているような、可愛らしい姿である。



「この表情は僕達しかわからないだろうな」



 今真近に座っている美鈴さんや僕にしか、その表情はわからないだろう。

 現に玲奈ちゃんは恥ずかしそうに俯いてるし、紗耶香や楓ちゃん達も知らないはずだ。。



「こんな表情を玲奈ちゃんにさせるなんて、春樹は何て罪な奴‥‥‥」


「守君?」


「すいません!? 美鈴さん!!」


「私の大事な玲奈に何かしたら‥‥‥わかってるわよね?」


「はい!! もちろんです!!」



 怖い。美鈴さんはただニコニコと笑っているだけなのにものすごく怖い。

 声は透き通るようなハスキーボイスなのに。この威圧感が出せるのは美鈴さんだけだ。



「それにしても春樹はベンチ入りメンバーに入ったのに、守はスタンド応援組なのね」


「普通の1年生はスタンド応援組だよ。春樹が特別なだけだから」



 うちみたいな強くもなく弱くもない中堅校でも1年生でレギュラーになるのは難しいだろう。

 それでもベンチに入れるのは春樹が部の誰よりもサッカーが上手いからだ。



「まぁ、春樹は昔からサッカーだけは誰にも負けなかったから」


「そうなんですか?」


「えぇ、そうよ。その努力をもう少し別の所に使えないか、いつも私は頭を悩ませているのよ」


「好きな事には一直線なんですね」


「えぇ。いい意味でも、悪い意味でもね」


「確かに」



 今も玲奈ちゃんに対して一直線だし。考えが単純なんだよな。春樹は。



「それにしても守、今日の敵は弱いの? うちの学校全然得点を取ってないんだけど?」


「その真逆だよ。相手は去年の夏、全国大会で優勝した名門校。うちとは格が違うよ」


「名門校!?」


「全国大会優勝ですか!?」


「そうそう。正直うちがここまで善戦しているのが奇跡だよ」



 少しサッカーをしている人はそう思うだろう。

 ただそのことに異議を唱える人が1人だけいた。



「守君のその分析は違うと思う」


「玲奈ちゃん?」


「去年の夏の大会で相手の高校の主要メンバーは殆ど3年生だった。だから殆どのメンバーは卒業して今年はいない」


「そうなんですか?」


「うん。去年がゴールデンエイジって呼ばれている世代だったから、今年の3年生は苦労していると思う。周りからは谷間の世代と呼ばれてるし、去年よりも力は格段に落ちてる」



「2年生が主力だし」と玲奈ちゃんは付け加えた。



「玲奈、よくそんなことまで調べていたわね」


「試合を見に行くなら、少しは知識をつけないと面白くないから」


「凄い!! そしたら相手チームの選手達もわかるの!?」


「うん」


「例えばあそこにいる相手のイケメン選手のこともわかる?」


「うん。あそこの8番の選手は2年生の‥‥‥」



 玲奈ちゃんが相手チームの事について、紗耶香達に説明を始めた。

 それは相手の顔と背番号のみならず、選手の特徴やポジション。果ては利き足まで入念に調べ上げていた。



「凄い!!」


「それにしても玲奈、よくそこまで相手のことまで調べたわね」


「うん。有名な名門高校だったから、いつもより調べるのが簡単だった」


「まるでサッカー部のマネージャーみたいだね」


「それほどでも」



 玲奈ちゃんのサッカーにかける熱意が凄い。

 だけど玲奈ちゃんがこれだけ調べたのはサッカーが好きだからじゃなくてきっと‥‥‥。



「守君、あまり余計なことは言わないようにね」


「はっ、はい!!」



 おお怖い怖い。美鈴さんだけは絶対に敵にまわしたくない。

 玲奈ちゃんをからかうのをやめ試合を見る。ちょうど春樹がセンターサークルに走っていく所だった。



「あっ!? 試合!! 試合が始まるよ!!」


「春樹も出てる」


「頑張れよ、春樹」



 玲奈ちゃんと美鈴さんがせっかく見に来てくれたんだ。ここで絶対結果を出してくれ。

 ピッチのセンターサークルに立つ春樹を見ながら僕はそう願うのだった。



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