第63話 見守る人々

守視点の話になります。

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「前半が終わって0対0か」



 試合合間のハーフタイム、スタンド席で試合を見ながら僕はため息をついてしまう。

 周りは0対0で拮抗した展開になっているからか、にわかに活気づいていた。



「うちの高校凄いね。相手めちゃくちゃ強いんでしょ!!」


「その相手に前半終わって0対0なんて、もしかするともしかするんじゃない!!」



 僕の前で話す女の子達は口々にそう話す。これはこの子達だけじゃない。決勝トーナメントからサッカーを見に来た人達はこういった意見をいう人が多くいる。

 そういう人達に限って、サッカーをあまり見ない初心者が多い。



「あの一方的にやられている展開を見て、どうやったらうちのチームが勝てるって言うんだよ」



 終始敵チームに押し込まれ、何度もゴールラインを割りそうになっていたんだ。

 いつ点が入ってもおかしくない状況に、僕はむしろハラハラしていた。



「さすが全国大会優勝チーム。今までのチームよりも桁違いに強いね」



 正直今のうちのチームレベルじゃ到底太刀打ちできそうにない。

 その証拠に前半が終わった後、余裕綽綽よゆうしゃくしゃくとピッチを去る相手とは対照的に、うちの先輩達の顔色は良くなかった。



「まいったな。この調子じゃ後半は相手に虐殺されて試合が終わる」



 相手はこっちの力量を図るため、確実に前半は流して戦っていた。

 敵も勝負は後半だという事はわかってる。そこで出鼻をくじいて、一気に勝負をつけようという算段だろう。



「向こうのチームも春樹の事を警戒しているんだろうな」



 この試合のキーマンでもあるスーパーサブ。春樹さえ押さえれば勝てると踏んでいる。

 だから後半春樹中心に攻撃を仕掛けてきた所でカウンターを行い、得点を量産するという考えだろう。



「あら? 守君じゃない」


「美鈴さん!? それに玲奈ちゃんも!?」



 後ろから声をかけられたことで、つい声が裏返ってしまった。

 恐る恐る振り向くと、そこには春樹の姉である小室美鈴さんと三日月玲奈ちゃんが立っていた。



「試合が始まってから全然見ないと思ってたら、こんな所にいたのね」


「僕はサッカー部ですから、サッカー部の人達と応援しているのが普通ですよ」


「ふ~~ん、そう」



 興味なさげな表情を見せる美鈴さん。人と話すだけで何かと話題に上る人だけど、この調子なら何事もなく通り過ぎてくれるだろう。

 


「おい!! 守!!」


「何ですか、先輩?」


「お前はいつ女神様の知り合いになったんだよ!!」


「たまたま同じ中学なだけですよ。春樹と仲良くしていたので、たまに関わる事があった程度です」


「そうか‥‥‥」



 実際は関わる程度じゃないぐらい連絡を取る事もあるけど。それぐらいの嘘は可愛いものだろう。

 ただでさえこの人は学園の女神様と呼ばれる程影響力のある人なんだ。春樹みたいに余計な事を言うと、何をされるかわかったものじゃない。



「そういえばあの敵チームの監督、どこかで見た事があるわね」


「美鈴さん、それはテレビの中で見たんじゃないですか?」


「違うわ。もっと間近で見たことがあるような‥‥‥」



 頭に手をあて、考えるような仕草で美鈴さんは何かを思い出そうとしている。

 玲奈ちゃんも敵チームの監督をじっと見ていた。



「わかった」


「玲奈、何か思い出したの?」


「あの人、昔春樹の事を勧誘していた人だ」


「嘘!? あの有名な監督が春樹をスカウトしに来たの!?」


「うん。関東大会準決勝の試合後、熱心に話してたからよく覚えてる」


「思い出したわ!! あの人、春樹の試合の帰り道に話しかけてきた怪しい人だわ!!」


「あの監督の事を怪しい人呼ばわりするのは美鈴さんぐらいですよ」



 どうやら美鈴さんも覚えがあるらしい。きっと状況的に春樹が美鈴さん達と一緒に家に帰る時だったのだろう。

 それにしても全国的に有名な監督の事を怪しい人か。サッカーを知らなければそういう表現をしても仕方がないか。



「熱心に春樹を口説いていたのをよく覚えてる。私も口説かれた」


「玲奈ちゃんまで!?」


「うん。バレー部も凄く強いって言われて。施設の設備も最新だから、1度2人で見学に来たらって誘われた気がする」


「なるほどね。将を欲すれば先ず馬ってことか。頭のいい監督みたいだね」



 春樹が玲奈ちゃんに気があることをわかった上で、そう言った提案をしてきたのだろう。

 あそこはバレーボールも全国有数の強豪高校。玲奈ちゃんもバレーボールが上手いし、一緒に捕まえてしまおうとしたのかもしれない。



「それで玲奈、結局春樹とその高校には行ったの?」


「行ってないよ」


「何で行かなかったの? 折角だから春樹と一緒に行けばよかったのに」


「‥‥‥美鈴さん、もしかして覚えてないの?」


「覚えてないって、何が?」


「さっきの話、美鈴さんが断ったんだよ」


「私が相手の監督に対して、断りを入れたの!?」


「何で美鈴さんが驚いているんですか」



 むしろ断った張本人なら覚えていてもおかしくないけど。本人は本当に覚えてなさそうだった。



「私は春樹の進路に関して、1度も口出ししたことないんだけど」


「うん。美鈴さんは春樹の事については何も言わなかったよ」


「だったら玲奈ちゃん、どうやって美鈴さんは断ったの?」


「正確には春樹じゃなくて、私の勧誘を断ったの」


「あぁ~~、なるほどね。そういう事なら納得いった」



 美鈴さんの事だ。きっと玲奈ちゃんは自分と同じ高校に行くって言ったのだろう。

 春樹は玲奈ちゃんの事が好きだ。だから玲奈ちゃんと同じ高校に行きたいが為に、この高校のオファーを断ったのだろう。



「美鈴さんも上手いこと春樹をこの学校に入学させましたよね」


「ふふっ、守君何か言った?」


「いえ、何でもありません!!」



 怖い。相変わらずこの状態の美鈴さんは通常よりも怖い。

 表面上周りに笑顔を振る舞わないといけないからだろう。いつもの2倍ましで怖かった。



「それにしても春樹はよくあの学力でうちの高校受かりましたね」


「春樹は夏の大会が終わってから猛勉強してた。だから受かったんだと思う」


「そうなんだ」


「うん。鬼気迫る表情で毎日勉強してた。あの時の春樹、本当に凄かった」



 玲奈ちゃんがそう言うのもおかしくはないだろう。僕はその裏側を少しだけ知っている。

 一説によると美鈴さんが玲奈がうちの高校の試験を受けることを餌に勉強嫌いの春樹をのせにのせて、散々勉強させていたみたいだ。



「そういえば本人も中学の夏の大会の後に散々美鈴さんにしごかれたって話していたよな」


「守君、また何か言ったかしら?」


「いえ、何も!?」



 もうこれ以上余計な事を言わない方がいいだろう。

 春樹が今までどれぐらい頑張っていたかがわかったんだ。それだけで充分だ。



「そうだわ。守君。折角だから、私達の席で一緒に応援しましょう」


「いや、別に気を遣わなくて大丈夫ですよ!? それに僕、サッカー部の方で応援しないと怒られるので」


「そう」



 短く返事をすると、美鈴さんの視線は僕の方ではなく後ろにいる先輩達にむけられた。



「すいません。少しの間ですけど、守君を借りてってもいい?」


「もちろんですよ!!」


「好きなように使ってください!!」


「ちょっと待て!! 僕を見捨てるつもりなの!?」


「見捨てるつもりなんてないよ!!」


「俺達は女神様と天使様と仲良くなって欲しいだけだよ」


「そしてゆくゆくは女神様達との合コンを開いて欲しいと思ってるだけだ」


「頼んだぞ、守」


「ここにいる全員、私利私欲だらけじゃないか!!」



 結局は美鈴さんとお近づきになりたいから、僕を犠牲にする気だろう。

 なんて薄情な友人達なんだ。



「ありがとう、そしたら守君は借りていくわね」


「はい!!」


「バシバシ使ってやってください!!」


「先輩‥‥」



 後で覚えててくださいよって言葉は言えない。そのまま美鈴さんに手を掴まれて引っ張られる。



「それじゃあ守君、行きましょうか」


「レッツゴー」



 やる気のない棒読みの掛け声を玲奈ちゃんから言われ、渋々席を立ちあがり美鈴さん達の席へと向かう。

 この瞬間は大勢の人達に見られており、試合後様々な先輩達から美鈴さんとの関係について問いただされるのだった。



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