第61話 運命の日
ベスト4の椅子をかけた試合当日。俺達選手はロッカールームで試合の準備をしていた。
俺も椅子に座りスパイクの紐を結ぶ。試合前で緊張しているからか、どうにも上手く結ぶことができない。
「いよいよベスト8の試合だな」
「やべっ!? 俺今になって緊張して来た!!」
どうやら緊張しているのは俺だけじゃなかったみたいだ。
ここにいる俺を含めた先輩達全員が初のベスト8の試合で緊張しているらしい。
「いいか、お前等!! 今日の試合は今までのどの試合よりも大切な試合だ!! 頭から全力で走って行けよ!!」
「はい!!」
「相手は同じ高校生だ!! 絶対に委縮するなよ!!」
監督は俺達に発破をかけてはいるけど、この中で1番監督が緊張しているように見えた。
現に今もそわそわとしていて落ち着かない。足をコツコツと踏み鳴らしてせわしなく動いている。
「監督、さすがに緊張しすぎじゃないですか?」
「なっ!? べっ、別に俺は緊張なんてしてないぞ!!」
「いくら相手が全国常連の東橋高校だからって、肩に力が入りすぎですよ」
「まぁ、去年夏の全国大会優勝してるから緊張しないのも無理はないと思いますけどね」
「馬鹿野郎!! 俺達は今までずっと格上のチームに勝利してるんだぞ!! 今さら東橋高校相手に緊張なんかするか!!」
監督は虚勢を張っているけど、今日の試合に関していえば俺達よりも監督の方が緊張しているように見えた。
そう思うのも無理はない。相手は過去何度も全国大会優勝を経験している高校。そして現日本代表を何人も排出している高校である。
監督が緊張するのも無理はない。むしろあんまり緊張してない先輩達の方がおかしいのである。
「先輩達は緊張してないようですね」
「そりゃ相手は天下の東橋高校なんだぜ」
「ここまで来れば当たって砕けろってものだ」
何とも先輩達は頼もしいことを言ってくれるのだろう。
勝つというよりも当たって砕けろの精神だけど、緊張して委縮するよりはマシだ。
「今日の試合、何が何でも絶対勝ってやる」
玲奈や守や楓も協力してくれたんだ。その人達の為にも、今日の試合で結果を出す。
きっと今日押し寄せた観客は十中八九俺達が負けると思っているだろう。だけど絶対に一死報ってやる。
「いいか!! 相手が全国大会常連校だからって、絶対に委縮するなよ!!」
「はい!!」
「相手もお前達と同じ高校生だ!! やってやれないことはない!!」
「その割には俺達とは体格が全然違うけどな」
相手の体つきを見れば、まさに大人と子供。俺達と全く体格が違う。
名門校と中堅校の練習の違いだと思うけど、ここまで違うと頭を使って動かないといけない。
「今日の作戦もいつもの通りだ。前半は徹底的に守って、後半春樹を入れた時に攻撃に転じる。わかったな?」
「はい!!」
「絶対に勝つぞ!! 相手が全国有数の名門校に一泡吹かせるんだ!!」
「はい!!」
「よし、解散だ!! 健闘を祈る!!」
監督が全員を鼓舞して、ミーティングが終わった。
俺はというと緊張した面持ちでベンチの方へと向かう。
「観客が意外と入ってるな」
ベスト32の時よりもベスト16の時よりもたくさんの人達がスタンドに入っているように思えた。
「うちの高校の生徒達が多いな」
スタンドにはうちの高校の制服を着ている人達が多い。
私服を着ている人達の中にも見たことがある顔がいるので、きっと興味本位で試合を見に来たのだろう。
「守や紗耶香、楓達もいるのか」
スタンドで3人は談笑している。きっと俺達の試合を見に来たのだろう。
「玲奈‥‥‥」
スタンドで姉ちゃんの隣に座る玲奈の事を俺は見た。
玲奈には先週の試合の時から、散々相談にのってくれた。
その恩義に報いる為にも、ここで少しでも結果を出したい。
「春樹!! そろそろ試合が始まるぞ」
「今行きます」
一瞬玲奈と目があった気がした。
玲奈はすぐに姉ちゃんと談笑していたし、きっと俺の気のせいだろう。
「どうしたんだよ? スタンドなんて眺めて」
「いえ、何でもありません」
先輩に呼ばれてベンチに座った直後、ホイッスルが鳴る。
東橋高校がボールを蹴り、試合が始まるのだった。
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