第58話 玲奈のアドバイス

 電車から降りた俺はあてもなく歩いていた。

 そのまま家に帰るのも億劫だったので、気分転換をするのが目的である。



「ここは‥‥‥公園か」



 あてもなく歩いた末、着いた場所が俺が小さい頃姉ちゃん達とよく遊んでいた公園だった。

 懐かしさのあまり、俺はつい公園の中に入ってしまう。



「相変わらずこの場所は変わってないな」



 滑り台やブランコに砂場。そして砂利が敷き詰められた広場。

 小さい頃から全く変わらない光景である。



「疲れたから少し休むか」



 近くにあったブランコに座り、広場を見た。

 広場では2人の兄妹が楽しそうにボールを蹴っている。



「俺も昔はここで練習をしていたな」



 姉ちゃんと玲奈に見守られながら、ひたすらにボールを蹴っていた日々。

 たまに姉ちゃんがつまらないからと3人で鬼ごっこやかくれんぼ等でよく遊んだことが懐かしい。



「それにしても今日の試合‥‥‥全然だめだったな」



 後半から投入されて必死に左右に動いていたけど、マークをはずすことができなかった。

 敵のマークが厳しかったこともあるけど、あれぐらいのマークは剥がさないといけないし今日は全くといっていい程シュートも撃っていない。



「シュートが撃てないどころか殆どボールにも触れていない。一体俺はどうすればいいんだ」



 今までどんなことがあってもこんな状態はなかった。

 どんなに調子が悪くても、得点には絡めていたのに。今日は何も出来なかった。



「それなのに、今日の試合は何も出来なかった」



 はっきり言って力負けだ。今まではこんなことなかったのに。俺はどうしたんだろう。



「今までは試合が終わっても、それなりにやり切った感があった」



 勝っても負けても、それなりに充実感はあった。

 自分の実力が全て出せていたせいか、負けたとしても清々しい気持ちだった。



「でも前回と今回の試合にはそんな感覚がない。こんなこと今までで初めてだ」



 スランプと言ってもいい。何をやっても上手くいかない



「一体どうすればいいんだよ‥‥‥」


「春樹!」


「どうすれば‥‥‥どうすれば結果が出る」


「春樹!!」


「玲奈!? なんてここにいるの!?」



 黙ってブランコを漕ぐ俺の前に現れたのは、姉ちゃん達と祝勝会をしているはずの玲奈である。

 肩で息をしている所を見ると、ここに来るまで走り回ってきたように見えた。



「春樹の様子がおかしかったから、少し心配になって」


「よく俺がここにいるってわかったね」、


「うん。春樹のことは何でもわかるから」



 自信満々に断言した玲奈。その言葉には全く迷いがない。



「玲奈から見て、そんなに俺の様子はおかしかった?」


「うん。この前の試合が終わってから春樹が落ち込んでるように見えた」


「玲奈の目はごまかせないな」



 伊達に長年幼馴染をしていたわけではないようだ。

 どうやら玲奈は俺の異変に気付いていたらしい。



「隣に座ってもいい?」


「うん。いいよ」



 俺に許可を取ると、隣のブランコに玲奈が座る。

 その両手には缶ジュースが握られていた。



「その缶ジュース、どこで買ったの?」


「さっきそこの自販機で」



 玲奈が指を差したのは公園の近くにある自動販売機。

 俺達が小学生の頃からあるせいか、古ぼけているこの辺では有名な自販機である。



「これ春樹の分だから飲んで」


「ありがとう」



 玲奈から缶ジュースを受け取り、蓋を開ける。

 表面に書かれているパッケージを見ると、そこに書かれていたのは野菜ジュースだった。



「このチョイス。いつもの玲奈だな」


「だって春樹は昔からこの自販機で飲み物買う時って、いつも野菜ジュース買ってたじゃん」


「間違いないな」



 当時は体の事を気遣って、野菜ジュースばかり飲んでいた事を覚えていたらしい。

 そういえば玲奈はいつも俺の体のことを気遣って、よくこういうものを買ってきてくれたな。



「懐かしいね。こうして春樹と一緒に並んで話すの」


「そう?」


「うん。電話ではよく話しているけど、こうして2人でゆっくり話したのは久しぶりだよ」


「前に玲奈の連絡先を聞いた時も2人で話してなかったっけ?」


「あの時はバタバタしてたから」


「それもそうだな」



 あの時は姉ちゃんが家から監視していたし、俺も玲奈の連絡先を聞こうと必死だった。

 俺達の間にはいつも姉ちゃんがいたので、こうして純粋に2人だけで話すことは久しぶりだ。



「玲奈は何飲んでるの?」


「オレンジジュース」


「玲奈って昔からオレンジジュースが好きだよな」


「うん。今も好きだよ。部活が終わった後もよく飲んでる」



 手に持っているオレンジジュースを飲む玲奈。

 オレンジジュースを飲んでいる玲奈は幸せそうに見えた。



「玲奈は何も聞かないの?」


「うん。春樹がいいたくなったらでいいよ」


「優しすぎるだろ」



 こういう対応をしてくるのは玲奈らしい。

 そういえば昔からこうして俺に何かあると、玲奈は隣に座って静かに話を聞いてくれた。



「実は俺、最近点が取れないんだよ」


「得点が取れないの?」


「そうなんだよ。決勝トーナメントに入ってから、全くといっていい程得点できないんだ」



 玲奈は俺が打ち明けた悩みを真剣に聞いてくれている。

 俺の隣に座って、ただ黙って話を聞いてくれた。



「でも春樹が得点できなかったことは、中学時代も何回かあったと思うけど?」


「確かに玲奈の言う通り過去に得点を決められないことはあった。だけどあの時はゴールに絡めてはいたんだ」



 今の俺はゴールに絡むことができず、フィールドを右往左往しているだけだ。

 あの時とは違う。俺はチームに対して何も貢献できていない。



「今のままじゃ、試合にすら出ることができなくなる」



 焦りにも似た焦燥感が今俺を襲っている。

 今までこんなことなかったのに。一体どうすればいい。



「う~~ん」


「玲奈?」


「春樹は凄く焦ってるみたいだけど、得点を決められないことってそんなに悪いことなのかな?」


「えっ!?」


「ゴールに絡むことが重要なんじゃなくて、私はチームが勝つことの方が重要だと思うよ」


「確かにそうだけど‥‥‥」


「それに春樹は自分の事を過小評価しているようだけど、春樹はチームの中でも重要な選手だと思うよ」


「何で玲奈はそう思うの?」


「だって今までうちの学校が得点決めた時って、全部春樹がフィールドに入った時だよ」


「そうなの!?」


「うん。私も春樹の試合はチェックしていたから間違いないと思う」



 玲奈にそう言われると、何故かわからないけど元気が出てくる。

 そのはにかんだ笑顔を見ると力が湧く。



「それにさ、春樹は失敗したって思っているみたいだけど、失敗って悪いことなのかな?」


「悪いことに決まってるよ」


「何で春樹はそう思うの?」


「だって失敗なんて普通はしたくないじゃん。百人聞けば百人そう答えるよ」



 そんな当たり前な事を何故玲奈は聞いてくるのだろう。

 今の玲奈の話を聞くと失敗は悪いことじゃないって言っているように聞こえる。



「確かに失敗しないに越したことはないよ」


「玲奈だってそう思ってるんじゃん」


「だけど失敗したからって落ち込むことはないよ。その悪かった所を反省して、次につなげればいいじゃん」


「確かにそうだ」



 玲奈の言っていることは至極真っ当な事だ。

 悪かったことがあれば、その部分を反省して次につなげればいい。



「だから今日悪かった所をしっかり分析して、その対策をすれば次は良くなると思うよ」



 その時俺は気づいた。これは今まで努力してきた玲奈だから言えるセリフだ。

 きっと俺の知らない所で、玲奈も今まで幾度となく失敗してきたんだと思う。

 その度に色々考えて試行錯誤しながらここまでやってきたのだろう。だからこうして俺に対してアドバイスしてくれるんだ。



「ありがとう、玲奈。少し元気が出た」


「うん。それならよかった」


「そしたら帰って、1人で反省会でもするか」



 ブランコから立ち上がり背伸びをすると、お腹の音がぐぅーっとなった。



「春樹?」


「ごめん。気を抜いたら急にお腹が減ってきた」


「今日はお昼ご飯食べてないの?」


「試合が午後一だったから、軽食で済ませてた」



 急に運動してお腹が痛くならないようにバナナ1本ぐらいしか口に入れてない。

 だからだろう。こうして気を抜いたら、急にお腹が減った。



「それなら一緒にハンバーガー食べに行こう」


「ハンバーガー?」


「うん。私から見た今日の試合の感想とかも話せるし、ちょうどよくないかな」


「いいね。せっかくだから食べに行こう」


「うん」



 玲奈もブランコから立ち上がり、俺の所へ来る。

 そして玲奈と一緒に歩き始める。



「そういえば、姉ちゃん達と一緒にファミレスに行かなくて大丈夫なの?」


「うん。美鈴さんは快く送り出してくれたよ」


「そうなの?」


「うん。試合が終わった後すぐに『もし春樹が心配なら、春樹の所に行きなさい』って言ってくれた」



 姉ちゃんがいいそうなことだ。もしかすると姉ちゃんも俺の事を心配してくれていたのかもしれない。



「そうか。俺は姉ちゃんにまで心配かけていたんだな」


「そうだよ。春樹は自分が思っている以上に、周りから愛されてるんだから」


「愛されてるか。いつも姉ちゃんの行動を見ると、とてもそうは思えないけど‥‥‥」



 むしろいつもため込んでいるストレスを俺にぶつけているようにしか思えない。

 学校で姉ちゃんを見る度にいつもそう思う。



「それは美鈴さんなりの照れ隠しも入ってると思うよ」


「そうなの?」


「うん。たまには美鈴さんにお礼の言葉を言った方がいいと思うよ」


「お礼の言葉か」



 そういえば姉ちゃんにそんなことを言ったこともなかったな。

 いつも顔を合わせれば喧嘩をするか俺が姉ちゃんに土下座をするばかりで、ろくにお礼も言ったことがなかった。



「今度会った時に言ってみようかな」


「うん。きっと美鈴さんもすごく喜ぶと思うよ」



 玲奈がそう言うのなら、姉ちゃんにお礼を言ってみようと思う。

 そう決心をして、俺は公園を出る。



「ハンバーガー屋って、駅前の所でいい?」


「うん」



 それから俺は玲奈と一緒にハンバーガ屋へと向かう。

 ハンバーガー屋で玲奈と色々話した後、俺は家へと帰るのだった。



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