第55話 残念な男
試合が始まってから時間が経ち、後半10分。
後半の頭からFWの先輩と交代でピッチに入った俺は、前線で孤立していた。
「中々ボールが来ないな」
わかってはいた事だけど、敵も決勝トーナメントに上がってくるぐらいの強敵である。
俺達は一方的に攻め込まれ、先程から全く攻撃ができない。
「春樹!!」
ゴール前から蹴りだされたフラフラと上がったボールは俺のいる所よりもはるか前の方へと落ちる。
そのボールを奪取する為、落下地点まで俺は全速力で走っていく。
「そいつを絶対フリーにするな!!」
「1人じゃ無理なら2人がかりで抑えろ!!」
先程から俺達が点を取れない原因はこれである。
よっぽど俺の事を危険視しているのか常に2人がかりでマークをされる為、思うように身動きが取れない。
「ぐっ!!」
センターサークル付近で胸でボールをトラップすると、敵2人相手にしばらくキープ。
味方が上がってくるタイミングでパスを出し、俺もゴール前に走りこむ。
「そいつに2人つけ!! 絶対に離れるなよ!!」
「ちくしょう!!」
ボールを捌いて自由になったにも関わらず、俺の周りには敵が2人ついてくる。
その2人を引き連れて、俺はゴール前へと走る。
「先輩!!」
「春樹!!」
サイドにボールを持って走った先輩から中へのクロスボールが上がった。
そのボールに対して、俺はニアサイドに飛び込んだ。
「絶対に触らせん!!」
「お前だけは死んでも止める!!」
俺の周りには1人、2人、3人と人が集まってくる。
全員が俺を止める為、俺に向かって飛び込んでくる。
「届け!!」
全力でジャンプしたが、ボール1個分届かない。
健闘むなしく、ボールが俺の頭上を過ぎていく。
「届かないか」
そのように悟ったが、ここで重大な問題に気づく。
無理やりな体勢でボールに向かって飛んだせいか、空中で体勢が崩れてしまった。
「やばい!!」
そう思った時にはもう遅い。周りが無事に着地する中、俺は受け身の態勢が取れないまま地面に落下した。
「ぐぺっ!?」
受け身が取れてなかったせいか、カエルを潰したような鳴き声を出してしまう。
俺の周りにいたDFも全力で飛びあがったせいか、その場でしゃがみワンテンポ置く。
「よし、ここからカウンターだ!!」
「まずい、戻らないと‥‥‥」
そう思って立ち上がろうとするが、状況は違っていた。
俺に複数人のDFが寄せていたため、ファーサイドにいたMFの先輩がフリーになっている。
「マジで!? ボールが来た!?」
その先輩が全力でゴール前に駆け込んでヘディングシュートして見事にゴールが決まる。
ついに待望の先制点が俺達のチームに入った。
「やった‥‥‥‥‥やったぞ!! 先制点だ!!」
喜びながらスタンドにいる観客の方に向かっていく先輩。
その周りにはスタメンのメンバーも集まってくる。
「よくやったぞ、影山!!」
「影山、ナイスシュート!!」
「さすが影山君!! 格好いい!!」
スタンドからは先輩を祝福する声が聞こえている。
俺はと言うと敵のゴール前で死んだヒキガエルのように倒れている。
「大丈夫か? お前?」
「あぁ、すいません」
誰も駆け寄ってこないことを不憫に思ったのか、先程まで俺のマークについていた敵チームのDFが手を差し伸べてくる。
俺は体に着いた芝を払ってその手を取り立ち上がった。
「その‥‥‥何だ?」
「どうしたんですか?」
「なんかお前‥‥‥残念だな」
「敵チームのFWにそんなこと言うの!?」
「別にけなしているわけじゃないよ。なんかお前を見ていると敵同士だけど、仲良くなれそうだなって思っただけだよ」
まさかの敵に同情される始末。たぶん相手もフィールドに倒れているのに、誰も心配しない俺のことを哀れに思ったのだろう。
「何で俺にかまうんですか?」
「お前とは敵対してるはずなんだけど、なんか人ごとのように思えないんだよな」
「そうそう。あれだけ頑張って走ってチームに貢献しているのに、日が当たらない所とか」
「最後の美味しい所を持ってかれる所もそうだよな」
「泥臭く走りまわる所も共感持てるよ」
「変な所に同情しないでください!!」
どうやら俺の境遇にシンパシーを感じているようである。
嫌な褒められ方だ。妙に距離感を持った言い方で話されているから余計そう思う。。
「まぁ、お前もよくやったよ。地味だけど」
「汚れ役ご苦労様」
「お前のあきらようとしない泥臭さだけは、俺達も認めるよ」
「地味とか泥臭いって言うな!! それにもっと認めるべきところがあるだろ!!」
俺の華麗なパス捌きとか、ボールを取られないキープ力とか色々あるはずだ。
それなのに地味とか泥臭いとかしまいには汚れ役って言葉が先に出るなんて、この人達は今まで俺の何を見ていたんだろう。
「春樹、何してるんだ!! 戻ってこい!!」
「やばっ!? 戻らないと」
敵チームの選手と話している暇なんてない。
今は試合中だ。早く味方陣内に戻らないと。
「おい」
「何ですか?」
「さっきは長々と話したけど、これ以上は1点も許さないからな」
「それにあと2点入れて勝つのは俺達だ!! その事を忘れるなよ!!」
「悪いですけど、あと2点は追加させてもらいますよ」
「やれるもんならやってみな!!」
敵と軽口を叩きながら俺はセンターラインへと戻る。
自陣に戻ると、先輩達が既に試合の準備をしていた。
「お前、敵チームの奴と何を話してたんだ?」
「大した話じゃないですよ。あと2点、相手のゴールマウスにボールを叩き込むって宣言していただけです」
「頼もしいな。次も頼むぞ」
「はい」
この後試合が再開され、敵チームの猛攻が始まる。
その結果先程入れたゴールを無駄にしないように必死に守った俺達が、1対0のスコアでベスト16に進むのだった。
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