第52話 春樹の決心
部活の練習が終わり、俺は慌てて家へと帰る。
家に帰って向かう先はもちろん姉ちゃんの部屋である。
「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!!」
「だからまず私に話しかける前に、家に帰ったらシャワーを浴びなさいって言ってるでしょ!!」
家に入って姉ちゃんの部屋に入った瞬間、姉ちゃんからの前蹴りが俺の腹部に直撃する。
勢いよく走りこんだせいか、その反動で後ろに吹き飛ばされ1回転してしまい壁に頭をぶつけてしまった。
「痛ってぇ‥‥‥相変わらず姉ちゃんは暴力的だな」
「ノックもしないしシャワーも浴びてこない!! 私との約束を破り続けるあんたの自業自得でしょ!! 何度言ったらわかるのよ!!」
「でも今俺に前蹴りした時、絶対に待ち構えてただろ!!」
姉ちゃんの部屋を開いた瞬間、前蹴りが飛んで来たんだ。
あれはドアの前で待ち構えていないとできない芸当だろう。
「あんな大声で私の事を呼んでれば、ドアの前で待ち構えるのだって普通でしょ!!」
「やっぱり待ち構えていたのか!!」
姉ちゃんも意地が悪い。初めから俺が部屋に来ることがわかってて、蹴りの準備をしていたのかよ。
「もう少し弟の事をを労わってくれてもいいだろう」
「そう。話はそれで終わり? 悪いけど、私は忙しいから話がないならこれで終わるわよ」
「違う違う!! そんなしょうもない話をしたくてここに来たんじゃないよ!!」
「はいはい、わかったわかった。シャワーを浴びてきたらいくらでも話を聞いてあげるから、早く入ってきなさい」
「はい」
はやる気持ちを抑え、シャワーを浴びに風呂へと行く。
風呂に入った後、一通りの着替えを済ませ急いで姉ちゃんの部屋に向かった。
「姉ちゃん!!」
「部屋に入る時はノックをしなさい!!」
「げふっ!?」
部屋の中にあったぬいぐるみを俺の顔面に向かって投げつけてくる姉ちゃん。
俺の顔面に投げつけてくるぬいぐるみを受けて態勢を崩すも、何とか態勢を立て直した。
「なっ!?」
「姉ちゃん、そのパターンはもう読めてるぜ」
「私の攻撃を受けてる時点で、読めてるって言わないけど‥‥‥」
俺の華麗な受け身を見た姉ちゃんは困惑しているように見える。
いや、困惑と言うよりは呆れているのだろう。ベッドに座りため息をついていた。
「今まで散々リモコンを投げられていたんだ。そんな攻撃じゃ、俺には通用しないぜ」
「ふ~~ん。そう‥‥‥」
「姉ちゃんもまだまだあま‥‥‥」
「いい加減‥‥‥いい加減調子にのってるんじゃないわよ!!」
「ってぇ!?」
油断したのもつかぬ間、姉ちゃんの手から投げられたエアコンのリモコンが額に当たってしまう。
今度こそ俺はリモコンが額に当たった衝撃で、尻もちをついてしまう。
「こんなことなら、さっきのぬいぐるみで倒れておけばよかった」
「ふん。調子にのってるあんたの自業自得でしょ!!」
「それを言われると何も言い返せないな」
倒れた体をその場で起こす。そして立ち上がり何とか姉ちゃんの部屋に入ることが出来た。
「それで、一体何の用なのよ?」
「俺、サッカー部の試合でベンチ入りメンバーに選ばれたんだよ!!」
「まさかあんた‥‥‥夏の大会のチームメンバーに選ばれたの!?」
「そうなんだよ!! すごいでしょ!!」
姉ちゃんも俺がベンチ入りメンバーに入ったことに驚いているようである。
それもそうだろう。1年生がベンチ入りすることなんてなかなかないからだ。
「それで俺、ある決心をしたんだ」
「決心?」
「もし玲奈が見ている試合でゴールを決めたら、俺‥‥‥俺、玲奈に告白しようと思う」
「嘘でしょ!? 何であんたはそんな短絡的な事を考えてるのよ!?」
「短絡的じゃないよ!! 俺、絶対玲奈が見ている前でゴールを決める。決めたら玲奈に告白するんだ!!」
玲奈に格好いい所を見せて告白をする。
今までどうしたら告白するか考えていなかったけど、きっとこれが丁度いい区切りになると思う。
「それは‥‥‥やめた方がいいんじゃない?」
「何でだよ!!」
「そんなところを見せた所で、玲奈の心が動くことはないんじゃないかしら?」
「やってみないとわからないだろ!!」
「あぁもう、この子
姉ちゃんは眉間に手を当てて、ぶつぶつと何かを呟いている。
最近姉ちゃんと一緒にいる時によく見る光景だけど、相変わらず気持ちが悪い。
「わかったわ。貴方のその意見、尊重しましょう」
「ねっ、姉ちゃん!!」
「だけど春樹、玲奈はバレーボール部に入ってるから忙しいのよ。一体どうやって見に来てもらうちもりなの?」
「それは‥‥‥」
「玲奈にわざわざ見に来てくれって頼み込むつもり? それで本当に来てもらえると思ってるの?」
「う~~ん」
姉ちゃんの指摘は正しい。だって今まで玲奈を会場に連れてきてくれたのは姉ちゃんだからだ。
中学時代からよく姉ちゃんがサッカーの試合が見たいと言うので、玲奈もその付き添いで来ていたのだろう。
スタンドに2人でいる姿をよく見かけていた。
「玲奈を連れてくる方法なんてないんだから、あきらめなさい」
「姉ちゃんは今年サッカー部の試合を見に来る気はないの?」
「まぁ、暇があれば行こうと思ってるわ」
「駄目元でいいんだけど、姉ちゃんが玲奈のことを呼ぶことってできないかな?」
「はぁ!? 何で私が玲奈を試合に連れて行かないと‥‥‥」
そこまで言った所で、姉ちゃんは話すことをやめ考えるそぶりを見せた。
そしてまたぶつぶつと何かを呟いている。
「待てよ、これはもしかしたら都合がいいかも‥‥‥」
「姉ちゃん?」
「春樹
「姉ちゃん、いきなりどうしたの? ぶつぶつ言って」
「何でもないわよ。こっちの話よ。こっちの話」
俺の声が耳に入ったのか、慌てる姉ちゃん。
こんな姉ちゃんは珍しい。あまり見たことがない。
「姉ちゃん、もしかして何か企んでる?」
「何も企んでないわよ!!」
「怪しい‥‥‥」
「わかったわ。そんなことを言うなら、今までの契約は全部なかったことに‥‥‥」
「嘘!! 今俺が言ったことは全部嘘ですから!!」
「わかればよろしい」
姉ちゃんが何か企んでいることはわかるけど、今はそれにのるしかない。
なんだかんだ言って姉ちゃんは世話焼きだ。悪いことにはならないだろう。
「それで姉ちゃん、玲奈を試合に誘ってくれるの?」
「いいわよ。そしたらあんたの望み通り玲奈を試合に誘ってあげる」
「さすが姉ちゃん、ありがとう!!」
「だけど春樹。私達はバレー部の活動で忙しいのはわかってるわよね?」
「もちろん!!」
この時期バレー部も夏の大会があるので忙しいとは聞く。
あっちも土日が試合だから、早々に俺達の試合を見に行くことは不可能だろう。
「私達も試合があって忙しいから、どんなに早くても6月頃になってしまうわね」
「6月!?」
「そうよ!! ちょうどこの日とか」
姉ちゃんがカレンダー指差した日。
それは6月上旬。はるかに先である。
「その日って決勝トーナメントのベスト8の日じゃん!!」
「あら? この日じゃやっぱりダメかしら?」
「姉ちゃんわかってて言ってるだろ!! うちのサッカー部って決勝トーナメント初戦が歴代最高到達点なんだよ!! そこから2回勝つなんて、無茶苦茶じゃない!!」
決勝トーナメントベスト8まで行くこと。それは俺達の高校の悲願でもある。
うちの地区でサッカー部がインターハイまで行くには、ブロック予選、1次トーナメント、決勝トーナメントを勝ち抜く必要があるかだらだ。
うちみたいな中堅高校は歴代最高記録で決勝トーナメント1回戦。その試合も名門校に当たって大敗を喫したと聞く。
それなのに姉ちゃんは決勝トーナメント、それもベスト8に行けと言っている。はっきり言って無茶苦茶だ。
「春樹はそんな弱小高から点を取って、玲奈に告白したいの?」
「何?」
「どうせ告白するなら、強豪高校から点を取って告白する方が格好いいと思わない?」
「確かにそうだな」
姉ちゃんの言っていることは一理ある。
雑魚相手にいくら点を取ったとしても、全く格好良くない。
「だから告白するなら、強豪校相手にしっかり点を取ってから玲奈に告白しなさい」
「わかった」
覚悟は決まった。俺はこの学校をベスト8入りして点を決める。
そして玲奈に告白するんだ。
「ふぅ~~、これなら大丈夫ね」
「姉ちゃん?」
「いや、何でもないわ!! それよりテストはクリアーしたらしいわね。おめでとう」
「ありがとう、姉ちゃん」
「これからもこの調子で頑張りなさい」
「わかった」
「それじゃあ話はこれで終わりね」
「うん。じゃあ俺も部屋に戻るよ」
「そうね。また夕飯の時に会いましょう」
お互い軽い挨拶を交わして、俺は姉ちゃんの部屋を出る。
部屋の扉を閉めた所で、ある疑問が俺の頭に浮かぶ。
「あれ? 俺姉ちゃんにテストの話をしたっけ?」
さっきテストの話は一切していないけど、何で姉ちゃんは俺のテストの順位を知っていたのだろう。
「まっ、いいか」
細かいことを一々気にしても仕方がない。やっと大変だったテストも終わったんだ。
それよりも今はサッカーの試合に集中しよう。
「絶対強豪校相手に得点を取る。取って玲奈に告白するんだ」
決意を新たに俺は部屋に戻る。
部屋に戻ってサッカー動画を見ながら、イメージトレーニングに励むのだった。
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