第44話 意外な特技
守が灰になった後、俺達はたらふく昼食を食べ全員で勉強をしていた。
先程までメニューを選んでいた時の騒ぎが嘘のように、俺達は黙々と勉強を続けている。
「う~~ん、この問題がわからないな」
「どこがわからないんですか?」
「ここなんだけど‥‥‥友島さんわかる?」
俺の隣の席に移動した友島さんに数学の問題を見せる。
しばらく問題を見て一人でボソボソと独り言を言っていた友島さんだったが、持っていた数学の教科書を開いて俺に見せてくれた。
「小室君が今解いている問題はこの範囲の応用問題ですね。このページに載っていた公式を使った後、こっちのページに載っていた公式を使えば解けますよ」
「おぉ! 本当だ!! ありがとう、友島さん」
さすが友島さんだ。質問すれば何でも答えてくれる。
特に数学は苦手中の苦手なので友島さんの力がなければわからない問題だらけだったから、正直助かっている。
「小室君は数学が苦手なんですか?」
「うん。姉ちゃんからは『余計なことは考えないで、公式だけを覚える!!』って言われてるんだけど、どうしてこの公式を使うのかって気になっちゃって、頭に入らないんだよね」
「その気持ちわかります。私も昔原理がわからないのに、なんでこの公式をを使うんだろうって考えた時期がありますから」
「友島さんも?」
「そうですよ。私が勉強で悩んでいるのは意外でしたか?」
「ちょっと意外。友島さんは勉強なら何でもできると思っていたから」
「私も普通の女の子なんですから、裏ではちゃんと努力しているんですよ」
その話を聞いてちょっと意外に思った。
友島さんがそんな努力家だってことに気づかなかったからだ。
「みんな見えない所で努力をしているんだな」
「そうですよ。だから小室君も頑張ってください」
「もちろん頑張るよ」
今の俺は何としても学年20位以内に入らないといけないんだ。
そうしないとあの
「それだけは絶対ないさせないぞ!!」
「春樹、あんた急に気合入った声なんて出してどうしたの?」
「いや、何でもない。こっちの話」
「変な春樹」
紗耶香はいぶかしげに俺の事を見るが、やがて興味がなくなったのか問題に集中する。
「(危ない危ない。この話は俺と姉ちゃんの間だけの約束なんだ)」
こんな恥ずかしいことがばれた日には、俺は学校に行けなくなる。
いや、学校に行けたとしても姉ちゃんに社会的に抹殺されるだろう。
きっとありとあらゆる手を使ってくるに違いない。
「そういえば私も小室君に聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「俺に聞きたいこと? 友島さんが!?」
「はい。ここの英語の訳し方なんですけど、小室君はわかりますか?」
「こんなの簡単だよ。ここの訳はこの文法を使えばいいからこれをこうして‥‥‥」
「なるほど。よくわかりました。小室君、ありがとうございます」
「へへっ。お役に立てたのなら何よりだよ」
唯一俺が体育以外で得意な英語を友島さんに教えている。
先程から友島さんにはお世話になりっぱなしだから、こういう所でしっかり恩を返さないとな。
「数学を教える楓に英語を教える春樹。それに私は美味しいご飯を食べれたし、まさに私達の関係はWinWinWinWinと言った所ね」
「僕はどちらかと言うとLoseなんだけど」
守の発言は放って置く。現に紗耶香も友島さんも、灰になっている守の言葉に誰1人反応しない。
「それよりも春樹が英語得意だったなんて意外ね」
「どうだ? すごいだろう?」
「別に。他の教科では私よりもお馬鹿なのに、英語だけは出来るのが意外だっただけよ」
「ちょっ!? それどういう意味だよ!?」
「言葉の通りの意味よ」
「人は何をするにしろ得意なものの1つや2つ持っているものだろう。それが俺は運動能力だったり、英語だったりしたわけだ!!」
「英語が出来るってことは、小室君ってもしかして帰国子女だったんですか?」
「違うよ。俺は生粋でこてこての日本人だって」
「だったら何でそんな英語ができるのよ。私よりもお馬鹿なくせに!!」
「お馬鹿は余計だ!!」
悪いけど俺は紗耶香より勉強はできるからな。
赤点候補の奴と学年20位以内を目指している俺を比べないでほしい。
「春樹は昔からサッカーに関係することだけは熱心なんだよ」
「ちょっ、守!? その言い方だと、俺がサッカー馬鹿みたいだろ?」
「そのまんまだろ」
「何!?」
いつから俺はそんな評価をされるようになったんだ?
俺程の知的なナイスガイはいないだろうに。
「あ~~確かに春樹って頭がサッカー脳だよね」
「紗耶香!?」
「今の来栖君の話で色々と納得しました」
「友島さんまで!?」
どうやら周りからの評価は軒並み低いみたいだ。
その事実に俺は思わずうなだれてしまう。
「いいんだ。どうせ俺にはサッカーしかないんだから」
「そんなことないですよ!! 春樹君には他にもいい所がありますから!!」
「本当!? ちなみにそれはどのあたり?」
「ええと‥‥‥それは‥‥‥」
「大丈夫だよ、友島さん。気持ちだけはありがたく受け取っておくよ」
友島さん、見つからないのに擁護してはいけないよ。
目が泳いでいるからわかるけど、逆にそれが何もないことを物語っていて俺の心の傷をさらに抉る結果につながるから。
「楓。別に春樹の事をフォローしなくてもいいわよ。本当の事なんだし」
「そうそう。守がサッカー馬鹿なのは小学校からずっとそうだから」
「守は多少フォローしてくれてもいいだろう」
俺達一応小学校からの付き合いなのに、そんなにどうでもいいように言わないでくれよ。
「春樹の事を間近で見て来たからこそ、思っていた事なんだけど」
「そう言われるとへこむな」
「ちなみに春樹のサッカーの腕はどのぐらいなの?」
「そうだな‥‥‥地方の選抜までにはなったかな」
「地方選抜!?」
「ちょっと、春樹!! 何でその事をもっと早く言わなかったのよ!?」
2人のものすごい剣幕に逆に俺の方が驚いてしまう。
紗耶香に至ってはテーブルから身を乗り出すほどだったので、どれだけ驚いたのかが伝わってくる。
「それってそんなに凄いことなの?」
「凄いことに決まってるでしょ!!」
「そうですよ!! 地方選抜って言えば、都道府県選抜の上。もう少し頑張れば日本代表になれるってことじゃないですか!!」
「別に日本代表になったわけじゃないし、地方選抜の時でもベンチ暮らしが多かったからそんなに誇れる程でもないけど」
それこそ後半の負けている時とか、攻撃のアクセントを変えたい時に使われていたから体のいい便利屋としか思われていなかっただろう。
現に監督もそういう使い方しかしていなかったから、余計にそう思った。
「そんなことないですよ!! 小室君ってサッカーが上手いとは思ってましたけど、そんなに凄かったんですね」
「でも、それなのに何でこの高校を選んだのよ? あんたならもっとサッカーの強い高校にも入れたでしょ?」
「そうですよ!! この辺なら帝東高校とか、修南高校とか他にも強い高校もあるのに!!」
「この高校なんてよくてベスト32。そこにすら進めない可能性もあるのによく入ったわね」
「どうしてこの高校を選んですか?」
「いや‥‥‥それは‥‥その‥‥」
いえない。俺が玲奈が追っかけてこの高校に来たなんて。
この高校は進学校でありながらバレーがそこそこ強いので、勉強しながらバレーを続けたい姉ちゃんがわざわざこの高校を選んだのだ。
玲奈も姉ちゃんがこの高校に進学したからきっと後を追ってここの高校を選んだと思うんだけど、その玲奈を追ってこの高校に来たなんて恥ずかしすぎて言うことができない。
「春樹のことだ。きっと美鈴さんを追ってきたんじゃないか?」
「なるほどなるほど。それならわかるわ」
「偉大なお姉さんを追ってきたんですね。納得しました」
理由は全然違うけど、どうやら2人は納得したらしい。
姉ちゃんの裏の顔を知らない2人からすれば、俺は尊敬する姉の後を追って入ってきたできた弟という立ち位置に見えてるに違いない。
「(ありがとな、守)」
「(そう思うなら、今度お小遣いが出たら何か奢ってくれ)」
紗耶香と友島さんに聞こえないように守とやり取りをした。
こういう時の守は頼りになる。ありがとう、守。
だけどここのファミレス代は一切出せないからな。それは守が全額負担してくれ。
「やったね、楓。あんたの人を見る目は正しかったみたい」
「なっ、何のことでしょう!?」
「さぁ、何のことだろうね」
「紗耶香ちゃんの意地悪」
「怒らないでよ。ここのパフェをもう1つ守が奢ってあげるから」
「また僕が奢るの!? さすがにおやつは自分のお金で食べてよ!!」
守がリアクションして、笑う紗耶香。
その中で友島さんが1人慌てているのが印象的だった。
「気にしても仕方がないか」
今は勉強に集中することが先。明日以降もテストは続くんだ。
頑張らないと。姉ちゃんと約束した20位以内に入ることができない。
「それよりも今は勉強に集中しよう。明日のテストで赤点とっても知らないぞ。特に紗耶香」
「何で私だけ名指しなのよ!!」
「紗耶香ちゃんあ春樹に怒られてる」
「ちょっと、守!! 何隣で笑ってるのよ!!」
守と紗耶香が喧嘩をしている声をBGMにして、俺と友島さんは勉強を進めていた。
結局この日は日が暮れるまでファミレスで勉強し、家に帰るのだった。
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