第43話 灰になった守

 学校を出て十数分。俺達が来たのは駅前にあるファミリーレストラン。

 いつも徒歩通学している俺にはさほど馴染みがない場所である。



「こんな場所があったんだな」


「電車通学の人達はよくここを利用しているらしいわよ」


「そうだったのか。紗耶香はよくこの場所を知ってたな」


「部活の先輩達が話していたのよ。テスト期間、よくここで勉強会をしてるって」


「へぇ~~」



 紗耶香の情報網は凄いな。元々コミュ力はある方だから、先輩後輩分け隔てなく仲がいいのだろう。

 守もそうだけど、どうすればあんなにコミュ力がつくのかぜひ一度聞いて見たい。



「さぁ、早く入るわよ」


「おっ、おう」



 おっかなびっくり中に入ると、席には大勢のお客さんが座っている。

 幸い並んでいる人はいないようだけど、平日の昼下がりにしては混みすぎだろう。

 


「人がいっぱいいますね」


「お昼時だからね」


「それにしても殆ど学生ばっかだな」


「この駅はうちの学校以外の生徒も利用するから、学生が多いのはしょうがないよ」


「なるほどな。それでこんなに学生が多いのか」



 近隣の高校の最寄り駅にもなっているというのなら納得だ。

 この近くにいくつか高校もあるし、こうなるのも必然だろう。



「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


「4人って入れますか?」


「はい、大丈夫ですよ。今席にご案内しますね」



 店員のお姉さんに案内され、俺達は席に着く。

 席に着くとメニュー表が渡され、俺達はそれを受け取った。



「それではごゆっくりしていって下さい」



 そう言い残すと店員のお姉さんはバタバタとどこかへ行ってしまう。

 きっと忙しいのだろう。小走りにキッチンの方へと戻っていくその姿が物語っている。



「よし! それじゃあ早速ご飯を食べましょう!」


「勉強するのが目的じゃなかったの?」


「勉強もいいけど、まずは腹ごしらえしないと。腹が減ってはいいくそができないって言うじゃん」


「戦だろ!! 飲食店で何言ってるんだよ!!」



 下品だし、何よりここは飲食店だ。

 学校ではなく公共の場なのだから、少しは考えて物事を発言してほしい。

 俺が言えた義理ではないけど。



「ちょっとした冗談だって。本気にしないでよ」


「全く紗耶香は。今が旬のJKなのになんて発言をするんだよ」


「紗耶香ちゃん、そういうことは人がいない所でしないと駄目だと思います」


「あぁ、そうだったね楓。めんごめんご」


「いや、人がいない所でも言わない方がいいだろう」



 友島さんはまともな感性を持っているようで、たまにどこかずれている所がある。

 玲奈とは別のベクトルの天然だろう。でも、そこが可愛いって言う人もいるんだろうな。



「あの、小室君。私の顔に何かついていますか?」


「別に!? なんでもないよ!!」


「あ~~っ、春樹!! いくら楓が可愛いからって見とれてんじゃないわよ!!」


「確かに友島さんが可愛いのは認める。認めるけど、別に見とれていたわけではないよ!!」


「えっ!?」


「何、どうしたの!? 友島さん、そんなに恥ずかしがって?」


「そんな‥‥‥可愛いだなんて‥‥‥」



 俺の前に座る友島さんは恥ずかしそうにもじもじしていた。

 そして俯いたまま顔を上げない。まるで俺に表情を見られたくないようにも見えた。



「春樹は本当に罪な奴だよな」


「何がだよ?」


「別に。やっぱり今日は春樹が僕に奢ってよ!!」


「何でだよ!! さっき俺が散々金欠だって話しをしただろ!!」


「春樹に拒否権はない!! だって女の敵なんだから!!」


「毎年バレンタインデーにたくさんのチョコをもらっているお前にそれだけは言われたくないわ!!」



 真の女の敵である守にそんなことを言われるなんて。

 自分の事を棚に上げて、そもそも俺のどこが女の敵だよ!! 

 俺が敵なら守は悪の根源になる。



「まぁまぁ、2人共。話はその辺にしてさ、料理を注文しようよ」


「そうだよな。せっかく来たんだから、早く注文しよう」


「いっぱいあって迷っちゃうな。春樹は何頼む?」


「俺は‥‥‥」



 守に奢ってもらうのだ。ここは慎重に選ぼう。

 今日はゴールデンウイーク明け、ゴールデンウイークと言えば学生にとっては羽目を外す数少ない機会だろう。



「守だって、部活がない期間なのをいいことに遊びまわっていたはずだ」



 つまり俺と同じく金がない。そんな守の懐事情を考えて、俺が頼むメニューは1つ。



「すいません、このミックスグリルのAセット‥‥‥」


「待て、春樹!! それいくらするんだよ!! 確実に1000円は超えてるだろ!!」


「あっ、それにライスは大盛で。ついでにドリンクバーも付けて‥‥‥」


「少しは遠慮というものを覚えろよ!! 誰の金で飯が食えると思ってるんだ!!」


「誰の金? もちろん守の金だ」



 せっかく奢ってもらえるんだから、好きなものを頼まないと。

 俺はゴールデンウイークに散々姉ちゃんに投資したんだ。少しは守も俺に投資をしろ。



「いいね、春樹。せっかく私も守に奢ってもらうんだから、好きなものを頼もう」


「ちょっと待ってよ、紗耶香ちゃん!! さっきも言ったと思うけど、僕は紗耶香ちゃん達の分も奢るなんて一言も‥‥‥」


「別にいいじゃん。減るものじゃないんだから。あっ、すいません店員さん。このヒレカツ御膳を1つ下さい」


「はい」


「ついでに食後にこのデラックスチョコレートパフェを1つ」


「はい、かしこまりました」



 紗耶香も容赦ないな。食後にパフェまで頼むなんて。

 見ろよ、守の顔を。顔面が蒼白どころか青くなってるぞ。



「紗耶香ちゃん、さすがにそれは来栖君に悪いんじゃ‥‥‥」


「友島さん」


「大丈夫よ。守もこんなに可愛い子に貢げて喜んでいるはずだから」


「そうなんですか?」


「そうよ。だから楓も好きなものを頼みなさい」


「そしたら私は、この季節の野菜を使ったパスタを1つ」


「はい、かしこまりました」


「友島さん!?」



 この光景を見る限り誰も守に遠慮することはないようだ。

 このグループ唯一の良心である友島さんまで、自分の好きなものを頼んでいるのだから誰も守に情けをかけるものはいない。



「哀れ、守」


「覚えてろよ、春樹」


「俺に怒るのは筋違いだろう。文句を言うなら紗耶香に言え」



 この企画をしたのは紗耶香なのだから、紗耶香に文句は言ってほしい。

 本当は今日家に帰って姉ちゃんのスパルタ勉強会を受ける予定なのだったのだから。



「そういえば、姉ちゃんは今何しているんだろう」



 今日は家に帰ってこいとか何も俺は言われてないから、勉強会に参加したけど大丈夫だろうか。



「まぁ、特に問題ないだろう」



 スマホには特に着信は入ってないし、たぶん大丈夫だろう。

 勉強会の邪魔にならないように、マナーモードにして鞄にスマホを入れるのだった。



「私も食後のデザートどうしようかな?」


「せっかくだから頼んだら? 楓甘いもの好きだったじゃない」


「でも、来栖君に悪い気が‥‥‥」


「友島さん‥‥‥大丈夫だよ」


「いいんですか?」


「今日は‥‥‥俺に任せて‥‥‥好きなものを食べて」


「守がこう言ってるんだから、好きなものを食べな」


「はい! 来栖君、ありがとうございます」



 デザートが書いてあるメニュー表を見る友島さん。

 デザートを選んでいる友島さんはどこか嬉しそうに見えた。



「よっぽどデザートを楽しみにしていたみたいだな」


「こう見えて楓は甘いものに目がないのよ」


「そういえば守が買ってきてたフルーツタルトにいち早く反応したのも友島さんだよね?」


「はい。あそこのタルトはすごくおいしいので、印象に残っていました」


「そしたらここでもタルトを頼むの?」


「う~~ん。せっかくですから、タルトやケーキ系以外のものにしたいと思います」



 ケーキ以外のものになると、パンケーキかパフェかアイスの3択になる。

 だけどメインにパスタを頼んでパンケーキはないだろう。そうなるとパフェかアイスの2択になる。



「決めました! 私はこの期間限定メニューのメロンパフェにします」


「はい。ありがとうございます」



 期間限定とあって、紗耶香のよりも値段が高い。

 パスタは俺達のよりも値段は抑えめだけど、デザートはとんでもない値段の物を頼んできたな。



「以上で注文はよろしいですか?」


「はい」


「あの‥‥‥失礼ですが、お連れ様のお顔が真っ青なんですけど大丈夫ですか?」


「大丈夫です。この人はこの状態が普通ですから」


「失礼いたしました。ではドリンクバーはセルフサービスになりますので、あちらの方からお取りください」


「わかりました」



 そう言って店員さんは厨房の方へと戻って行く。

 残されたのは俺達4人。守は早々に灰になっている。



「それじゃあ飲み物を取りに行ってくるよ」


「守はどうする?」


「紗耶香、守の分は俺達で取ってきてやろう」



 せめてもの武士の情けだ。それぐらいはしてやろう。



「しょうがないな。それじゃあ私がとっておきのを持ってきてあげる」


「俺も行く」


「私も行きます」


「そしたら守はここで荷物をお願いね」



 こうして俺達が守を置いて、ドリンクバーへと向かう。

 ドリンクバーから戻ってきても、守は灰になったままなのであった。



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